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しおりを挟む机の上に放った書類がバサリ、と音を立てて落ちた。
深いため息をついてから、十束は固いパイプ椅子の背にのけぞって天井を仰いだ。
――まったく……なんて事件だ。
事件の翌朝、所轄のH警察署の空き部屋で十束は暗澹たる表情を浮かべていた。
ついさっきまで読んでいた報告書はもう一つの証拠品であるメモに書かれた住所に向かった捜査班によるものだ。
弟切 勇。
それが捜査によって判明した、今回の事件で殺された男の名前だ。
身分は大学生。父親は転勤で海外に住んでおり、母親はすでに亡くなっている。
報告書には弟切の身分証明書の写真が添えられている。涼し気な一重でつるりとした頬の整った顔は清潔感があり、派手ではないが異性にモテそうなタイプにも見える。
この男は今朝の生首事件の被害者――何者かに殺され、首と胴体を切り離され別々の場所に置き去りにされた哀れな被害者であると、当初は誰もが思っていた。
「……だが、それは間違いだったな」
苛立ちを隠せない十束の言葉に榊も固い表情で頷く。
――結論から言えば、弟切は無辜の人ではなかった。
事件の初動捜査を機動捜査隊から引き継いだ際、十束たちは遺体の一部と共に見つかった地図に記された山に、そして別動隊はメモに書かれたF市内の住所へと向かった。
『弟切』の表札が掛かったその家は閑静な住宅街の一軒家だった。建物の周辺には何の異常もなく、周囲の家々と同様のごく普通の一般家庭に見える。
しかし、いたって『普通』であったのは建物の外観のみで、屋内に踏み込んだ捜査班を待っていたのは悪夢のような光景だった。
弟切の自室と思しき二階の部屋には、壁一面に大量の写真が貼られていた。
壁は五つに区分けされ、『獲物候補』『捕獲』『調理』『実食』『評価』……と壁に直接書きなぐられている。
『獲物候補』には年若い少女たちの写真――明らかに隠し撮りと思われるものが貼られていた。
『捕獲』は手足を拘束され、怯えきった表情の少女たちの写真。
『調理』『実食』では……少女達が男に嬲られ、切り刻まれ――例えようもない苦しみと痛み、恥辱を与えられていく過程が克明に記録されていた。
そして最後の項目『評価』では、写真がさらに三つに分類されている。
『美味』『普通』『不味い』
写っていたのは変わり果てた被害者達と、満面の笑みを浮かべる弟切だった。
――あんな奴が、のうのうと生きていていいはずがない。死んで当然だ。
被害者達と同じ年頃の娘がいる捜査官が、感情を抑えきれず吐き捨てた言葉が十束の耳に残っている。
十束は結婚はしておらず、子供もいない。だが気持ちは痛いほどわかる。
何の罪もない少女が、一人の男の身勝手な欲望に巻き込まれ、輝かしい未来を奪われた。
許されざる罪だと、十束は腸が煮えくり返る思いで奥歯を噛み締めた。
これらの惨劇が行われたのは弟切の家の地下室。
元は音楽鑑賞か楽器演奏のためだったのか、壁や床に防音設備が施されていたが、現在は楽器どころか椅子や机などの家具さえもない部屋となっている。
代わりにある物といえば――キャスター付きのワゴンに乗せられた凶器の数々。そして部屋の真ん中に残された夥しい血痕。
この血痕は鑑定の結果、少女達の血ではなく弟切の物と判明したが、写真を見る限り被害者の少女達もこの部屋で誰にも届くことのない助けを求めながら殺されていったのだろう。
少女たちの身元確認等は別の事件として他の捜査官たちが引き継ぐことになった。
そして、十束達の捜査は振出しに戻る。
“弟切を殺したのは、誰だ?”
“弟切の胴体は、何処へ持ち去られた?”
謎が濃霧の様に十束達の前に立ちはだかっている。
「十束さん、そろそろ行かないと……」
「……ああ、もうこんな時間か」
榊が立ち上がり十束を促した。これから捜査本部となる所轄署の会議室で捜査会議が開かれることになっている。
重い足取りのまま、十束と榊は会議室へと向かって歩いた。
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