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橘 金春

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「十束さん、大丈夫ですか?」

 隣を歩く鑑識官が心配そうに十束の顔を覗き込んだ。

「いや……うん、大丈……ぶぅぇッ」

 山を登り始めて三十分が経過した頃、十束はかなりバテていた。

 ――大学生の頃はこんなにバテたりしなかったのになぁ。

 ひょっとしなくても年のせいか……と考えるだけで何だかへこむ。

 先ほどの軽口の仕返しのつもりか、五メートルくらい先にいる榊がドヤ顔で十束を振り返ると誇らしげに手を振っている。かと思えば、すぐに心配そうな表情になり、軽々とした足取りで十束のいる場所まで引き返してきた。

「本当にダイジョブっすか? 手、引きましょうか? いざとなったら俺がおんぶしますよ」

「おいおい、俺は「まだ」年寄りじゃねーっつの……」

 ひと回りほど年が離れているくらいでジジイ扱いされてたまるかと、十束は立ち止まって息を整えた。

「……それより、これから行く場所の事は頭に入ってるか?」

「えっと、今さっき神社を抜けたところだから。このマルの位置はもう少し先ですよね?」

 現物は鑑識に回しているため、携帯で撮影した証拠品の地図の写真を見ながら、榊は首を傾げた。

「このマル印の場所、登山道からちょっと離れているだろ」

「はい、でも他の目印になるような物はちゃんと説明が書いてありますけど、ここには何もないっすね」

「ああ、だがこのマル印の場所にはな、実は滝があるんだよ。『幻の滝』ってやつがな」

「えっ! 幻の滝!」

 十束の記憶では、ハイキングコースから逸れたその地点にはちょっとした崖があるはずだった。

「剥き出しの岩肌が壁のようになっているんだ。それで雨が降ると山から染み出した水が岩肌を流れ落ち、細い滝のように見える」

「……じゃあ、雨の降らないときは?」

「ただの崖だ」

 雨が多く降るときしか現れないから、幻の滝。
 そのため地元の人間でも昔から住んでいる者に知られているくらいで、普通の登山客ならまず訪れることのない場所なのだった。


「……なあんだぁ、そうだったのかぁ……」

『幻の滝』と聞いて上がった榊のテンションが一気に萎んでいく。

「よし、説明おわり。行くぞ」

 少し休んだせいか、ずいぶん楽になった気がする。再び十束が先頭となって一行は山道を登っていった。

 神社を抜けてH山の頂上へ向かい、次の山へと続く尾根道を途中の分岐点で左に曲がる。

 ハイキングコースから外れるため、足元は急に未舗装の地面となり、目的とする地点までにはごつごつとした岩場を越えなければならなかった。

「うへぇ。この石、浮いてるっ」

 おっかなビックリ、といった様子で榊が声を上げた。

「みんな、足元、気をつけろよ」

 岩場を越えてしばらく歩くと、急にすこし開けた場所が見えてきた。
 登山開始から約一時間。ようやく、十束たちは目的の地点に到着した。

 ――変わらないな。当たり前か。

 緑の下草が生い茂り、まばらに生えた木々の奥には壁のような垂直の岩――その場所は十束の記憶の中にある、十五年前のそれとまったく変わりなかった。
 ただ、ある一点を除いては……。

「あ、あれが滝……もとい崖っすか?」

「おい、それ以上近づくなよ」

 崖面に近づこうとした榊を十束が呼び止める。

 十束の視線の先、数メートル先の地面には何かに手向けるように真新しい花束が置かれていた。

「え……花束?」

「まだ新しいな。この暑さだ。少なくとも今朝方ここに置かれたに違いない」

 ここから先は鑑識の出番だ。振り返った十束の視線を受けて、鑑識官達が進み出て現場の調査を始める。

「……ここの地面、掘り返された跡があります」

「よし、写真を撮った後に掘り返してみよう。慎重にな」

 数枚の写真を撮った後、草がかぶせられた地面を掘り返すと黒いゴミ袋に何重にも包まれた何かが出て来た。

 鑑識官達は地面にブルーシートを広げ、ゴミ袋を慎重に開けていく。
 一枚、また一枚と袋が開く度、漂う異臭が濃くなっていった。

「被害者……の、遺体?」

「地図の通りに出たってわけか……」

 とにもかくにも、被害者の遺体は見つかった。あとは、証拠を集めて犯人を特定しなければ――そう思った矢先、鑑識官が困惑した表情で十束を振り返った。

「――十束刑事、この遺体は被害者ではありません! 頭部があります!」

 鑑識官の声に十束は目を瞠った。

「間違いないか!」

「はい! それにこれは……女性の遺体です!」

「……は?」

 十束の横で榊は予想外の出来事にあんぐりと口を開けている。

 むろん、十束も驚きを隠せない。てっきり今朝発見された被害者の男性が見つかったものと思っていたからだ。

 生首事件の犯人が残りの遺体の場所を教えるため、あえて地図を残したという線はどうやら見当違いだったらしい。

 しかし事はそれだけではすまなかった。

「十束刑事! こちらにも掘り返された跡があります!」

「こっちもです! ……嘘だろ、まだ他にも埋まってるのか……?」

 周囲を探索していた別の鑑識官達が、さらに痕跡を発見して騒然としている。


「……周辺をくまなく洗うぞ! 掘り返す前にしっかり写真を撮っておけ!」

 混乱する現場を収めようと、ベテランの鑑識官が声を張り上げた。
 そのおかげか皆は落ち着きを取り戻し、改めて捜査を再開した。

 だが、夏の蒸し暑い空気の中、この場にいる誰もが冷たい汗が背に流れ落ちるのを感じていた。

「いったい、何が起こってるんだ……」

 目の前で次々と掘り出されていく黒い袋。
 暑さのせいだろうか、それとも……十束はぐらりと視界が揺らぐのを感じた。
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