幼馴染対処法

かよ太

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学校から帰るとすぐに、俺はクラスメイトの梶間(かじま)から借りたゲームソフトを機械本体にセットして満面の笑みを浮かべつつゲームを開始した。
部屋にはバシュッ、バシッというテレビからのゲームの効果音と、菓子も食べないでプレイしているせいで、腹の虫が一緒に鳴っている。
ゲームは格闘技モノで、随分あーでもないこーでもないと、一緒に借りてきた攻略本に書いてある、呪いのようなコマンドを確認し覚えながら夢中になってボタンを連打していた。

「ゆうや……」
いきなり背後から小さくどもった変な声が聴こえて、思わずコントローラーをそちらへ投げつけた。

「……うわッッッッ!!!!」
「う……い、痛いよ……ゆうや」
「いいいつのまに部屋に来たんだよ、お前はっ!」
コードレスではないコントローラーでも十分、幸四郎(こうしろう)には届いたようだった。痛そうに額をなでて俺を恨めしそうに見ている。一体どれだけ近くに接近していたんだ。いぶかしげに睨んでも、へこたれない幸四郎はただのにぶちんだと思う。

「あのなあ、毎回毎っ回! どうして、ノックをして返事をもらう、っていうマナーができないんだ。いつも言っているのにまだ覚えないのかッ?!」
「そうやってすぐ怒る……」
ピキピキと怒りマークを出したい俺に、あ、そうだ。ゆうやのためにいいもの持ってきたんだよ。と、やつは目の前にチョコレートでコーティングされた柿○種の袋をかかげてご機嫌とりにでた。おおきく言いたくはないが、そうされると怒りも静まって邪慳にしなくなるという、俺の性格を知り尽くしている幸四郎の俺対策の手だ。それに加えて今日は飲み物までちゃっかりついている。

ゲームを中断して、持っていたものをひったくるようにして奪った袋を開けて食べ始める。ご機嫌取りとはいえ、菓子と飲み物をセットで持ってくることはめったにない。こういうことをするということは、相談事と決まっていた。

「……で、何のようなんだ」
俺がたずねると、上目目線でこっちをみながらもじもじししている。コレに関しては長年の付き合いだから、ゆっくりと口を開くのを咀嚼しながら待つのは朝飯まえだ。気の早い俺だってこいつのペースぐらい理解している。そうして決意した顔を俺に見せた。

「あのさ……今日の放課後に野元(のもと)さんに告白された……」
「ふーん、……よかっ……た?! ってお前がか?!」
幸四郎の雰囲気に合うような、ネコパンチでは効かない驚きの話だった。まさかそうくるとは思いもしなかった俺は、防御も忘れて完璧にクリティカルヒットをくらっていた。つまり、飲んでいたソーダを咽喉に詰まらせて咳き込んでしまったのだ。痛くて、涙も出た。

「だ、大丈夫……?」
噎せかえる俺の背中をおずおずと撫でてくる。

「大丈夫じゃねえよ……それで、お前はどうしたわけ。たしか野元っていえば2組の奴だったよな」
それも梶間がかわいい、と言っていた奴だったはずだ。大人しくて、たぶん気弱な幸四郎と並んだら……。

「うん、かわいかった」
そう言って顔を赤らめて俯く。
その仕種を見て、幸四郎を痛めつけたコントローラーを握りしめた。
なんだろう、……このイヤな感覚。
そういえば、俺たちが女の子のことをそういう風に話すのは初めてかもしれない。いつも話に上がっていたのは俺たちではなく第三者の話が多くて。そりゃあ、いつか俺にも幸四郎にも、彼女ができるとはおもっていたけれど、まさかこんな形でくるものだとは思っていなかった。

「ふ、ふ~……ん。よかったじゃん、可愛くてさ。じゃあ、これからは俺ん家来るなよ。俺は忙しいんだからな」
なんとなくもやもやする気持ちをふり払うように、中断していたゲームを再開するために、俺は幸四郎を追い出すことにした。

「え、……ゆうや何言って……」
「食いもんと飲み物、ありがとよ」
「ゆうや……」
「じゃあな!」
とまどう幸四郎はいつものことだ。俺は幸四郎の背を押して押して、押しまくった。それから一切は無言でゲームをし続ける俺の背中に、痛い視線を感じなかったわけはなかったが、腹が立ったということはわかったみたいで、部屋を出て行った。

意固地になって幸四郎を追い出したものの、さっきまで夢中だったゲームから流れ出す音が、楽しめるどころか、イライラの対象でしかなくなっていた。

……なんだよ。……なんなんだよ、コレ。

俺は不可思議な思いに捕らわれていた。 


 ■ ■ ■


いつもは二人で一緒に登校するのだが、今日は都合よく日直当番に当たっていたので幸四郎をさけて登校することができた。始業時間が近くなって、教室に次々とクラスメイトが入ってくる。

「はよっす。どうだった、あのゲーム面白かったろ」
にこやかに話しかけてくる梶間には申しわけないが、あれからすぐにセーブもせずに切ってしまった。

「……俺にはちょっと難しかったみたいだ」
「まあ、気長にやれよ。俺はもうクリアしてるしさ」
そう言われても、クリアできそうにない。あの時の感情がよみがえると、どうしたのわからないくらい動揺している自分がいた。あのゲームはトラウマになるかもしれない。梶間の顔が直視できないことが、少し後ろめたかった。

「おいいいい、ゆうやっ!!」
「幸四郎が彼女同伴で登校してきてんぞ!!」
教室にうるさい二人組みがやってくる。前者が中村、後者が谷村だ。

「え、何それ。……お前知ってる」
「……まあな」
梶間に聞かれて平静さを保って返答することができたけれど、まさか、話をしてすぐに行動に出られるとは思っていなかったので、内心は驚いていた。お前、悩んでいたんじゃないのか。なんだよ、その行動の早さは。

俺の知っている幸四郎が、いつまでもそのままじゃないとは思うけれど……。それにしたって、いつもののんびりさはどこに行ったんだよ。お菓子とソーダ水。相談、……あれは本当に相談だったのか。今となったら、違う気がする。昨日の出来事は、俺たちの……。それは、開いてはいけない扉があって、その奥を覗こうとしているような感覚がじわりじわりと俺を襲ってきていた。

「知ってたか。さすが幼馴染ってか、でもあれだな。あいつお前しか見てないのかと思ってた」
「あ、俺もー」
「俺も俺も」
「……なんだよ、その気持ち悪いの」
「いや、異常なまでの執着っていうか……なあ、」
梶間は、中村と谷村に同意を求める。二人もこくこくと肯いている。

「ケッ、いってろ」
言いたいことばかり言いやがって。なんだそりゃ。あいつが俺しか見てない? だったら彼女の相談なんてしないし、いっしょに登校だってしないだろう。それにいい機会だ。いつもいつも、こうしろうー! こうしろー! こうしろうー! なんて寒いギャグも飛ばさなくてすむ。

昨日からのぽっかりとした気分はそうだ。幸四郎へのそういう気持ちがずいぶん軽くなるからだったんだ。俺は調子に乗っている三人を無視して、宿題がまだ一つ残っていたと席に戻って机の中から英語の教科書を取り出した。

「……ゆうや」
話題の人間が教室にやってきた。第一声が俺の名前だったことにむっとしたが、すぐさま三人に囲まれて揉みくちゃにされている。

「よーよー、こーしろーちゃん。もうモテモテですねえ」
「もてもてだよな、この野郎~ッ」
「今日から付き合いはじめたのか」
おはようの言葉もなく、やつらは好き勝手に幸四郎をはやし立てて、質問を浴びせている。俺は呼ばれたことに気づかないふりをして、英語の単語を調べた。

「ゆうや……」
三人を無視して、幸四郎は俺の目の前にやってきて、もう一度名前を遠慮がちに呼んだ。うるせえよ。俺はもう、お前なんか知らねえんだ。だから、お前も俺のことなんて放って置けばいい。意地になって聞こえないふりをし続けていたら、机の上にある教科書を落とされた。

「……何すんだよ」
教室にいたやつらがその音に驚いてこっちをみたけれど、これこそ構っていられなかった。俺と幸四郎はにらみあった。幸四郎が俺をにらむことなんて、そうそうない。

なんで「可愛い」彼女ができたお前に、そんな眼でにらまれなくちゃならないんだ。おかしいだろ。いいじゃないか。告白なんてされたこともないし、したこともない俺だ。された人間の優越感とやらで許してくれたっていいだろう。……なんだよ。イライラする。幸四郎自身も俺に昨日から言いたいことを我慢している素振りがあったし、現に今も何かを訴えたそうに見てくる。けれど俺は自分のイライラの原因がなんなのかわからなくてむしゃくしゃしていて余裕がないので、わからないふりをしてやる。

「お、おい……お前ら何してんの。落ちつけよ、ゆうやも幸四郎も……先生、もうすぐ来るぞ」
先生が来ると聞いて緊張が切れた。幸四郎を目いっぱい憎しみをこめてにらみつけると、床のものに目をやる。

「幸四郎、お前それきちんと拾っとけよ」
「おい、ゆうやどこ行くんだよ」
「気分悪いから便所」
「ま、待って。ゆうや……!」
なんだよ、ふざけやがって。俺は幸四郎の呼ぶ声も無視して教室を出た。幸四郎のくせに。何で俺が「みじめだ」なんて思わなくちゃならないんだ。 お前が、野元と付き合うっていうから俺は……っ。

……俺は。

なんだ、何だろうこの感情は。昨日からなんかへんだ俺。幸四郎が彼女と付き合うからってなんで俺がこんなにイライラしなくちゃならないのだろう。手洗い場の鏡を見ていても、変な顔をしている。かっかしている感情を抑えるため顔を洗おうと、ひねった蛇口からは節水のためか、勢いのない水がちょろちょろと出てきて、よけいにイライラさせた。

「どうしてだよ、ゆうや」
手洗いのドアを思いきり開けて入ってきた。何でついて来るんだ。

「ゆうや、おかしいよ。昨日から態度が……いつもより非道い」
「別に同じだ、変わらねえよ。それにな、もうお前とは金輪際関わらない」
うんざりなんだよと言おうとした。

「……どうしてだよ。俺が、俺が……試したからか」
目からウロコ……いや、それは俺のことで、幸四郎の目からは涙がぼろぼろと頬を伝っている。タイル張りのトイレだから、エコーがかかってよわよわしい声が、よりよわよわしく聞こえて動揺する。

「ば……ッ、泣くなよ! 男だろうが!」
「だってゆうやが」
あわててポケットからハンカチを出して幸四郎の顔を拭く。こんなやつ放っておけばいいのに、どうしてこう気になるんだろう。だいたいこいつは、泣きぐせがあったり、気弱だったりってことを覗けば、身長は俺より15センチは高いは、親父さん似の優しい顔をもっているはで、そこそこ格好いいイケメンの部類に入るのだ。

それなのに、こうやってひょこひょこ機嫌ばっかりうかがってきて。俺は、お前の何なんだよ。幼馴染みだからって、ここまで依存するのはおかしいだろ。

「ふふふ、ゆうや。におうよ、コレ」
「悪かったな。だいたい、ぬぐってもらっといて文句言うなよ。早めにぬぐっておかないと泣いたのばれて冷やかされるのはお前なんだからな」
「ううん、ゆうやのにおいがする」
「……なに、言ってんだよ」
「ねえゆうや。俺に彼女ができて……どう思った」
便所だぞ、ここは。詰め寄ってくる幸四郎が気味悪かった。後退りしても、その間をせばめてくる。涙目になって俺を見るのは変わらないくせに……。

「俺、ゆうやが好きなんだ。だから告白されたことを知ったら何か言ってくれるのかなあって思って」
期待していたのに、どうしてこううまく行かないんだろうね。でも、それでも俺にはやっぱりゆうやしかいないんだ。そんな声が聞こえて、、、かぶさってくる影に何もできずに俺は……幸四郎にキスされていた。 


 ■ ■ ■


放課後、梶間たちがゲーセンに寄って行かないかと誘ってくれたが行く気にはなれなかった。だいたいあいつ、俺を無視して野元と帰ったのだ。俺にあんなことをしておいて、結局さっきのあれは馬鹿にしてやったとしか思えない。軽々しくキスなんかしやがって。俺はアレが……ファーストキスだったんだぞ。

……なんでキスなんか。あいつは、泣けば俺が言うことをきくと知っている。それで逃げられない俺に嫌がらせをした、というのがしっくりきて一番理解できる。自分でもなんだが相当自己中だから、あいつが俺に対して切れるのもわかる。俺のイライラを幸四郎に押し付けるのはいつものことだけれど、それははっきりいってお門違いなのだ。俺は幸四郎に甘えていたのだろう。きっとそれへの幸四郎の嫌がらせなんだ、さっきのキスは。

――――「ねえゆうや。俺に彼女ができて……どう思った」

別にどうも思いもしねえよ。よかったじゃねえか。何も考えたくない。とりあえず家に帰って寝よう。とにかく昨日と今日で気持ちが宙ぶらりんだった。明日になればこのイライラも軽減するだろう。ふらふらと何の気なしに歩いて帰宅した。

「おかえり」
「なんでお前がいるんだ」
部屋に入ると、幸四郎が……いた。毎回毎回、俺の幸四郎に対するひどーい扱い以前に、やっぱりこいつは俺に付きまといすぎじゃなかろうか。玄関に靴なんてなかったのに、……いや、俺が窓のドアを閉め忘れたのが原因だと思い当たる。俺の家と幸四郎の家は、幼馴染設定ではお決まりの、幸四郎の部屋から窓伝いに俺の部屋に侵入できる構造だった。

「だってもう6時だよ。おばさんは帰ってないみたいだけど、帰り遅いんじゃない」
「不法侵入で訴えるぞ、このドロボウ」
ムシャクシャして鞄を投げつけた。バチンと、幸四郎がそれを受け止めてこっちをみた。真剣すぎて視線をそらすことができない。

「今日のキス、どうだった」
ふざけやがって。ここで怒りを爆発させたら俺の負けだ。ここはぐっとこらえる。

「別に、どうもしねえよ」
背を向けて、着替えをしようとハンガーに手を伸ばす。

「俺は気持ちよかったよ。ふれるだけのキスだったけど、抜けるくらい」
制服を脱ぐのをとめた。

「お前、マジで頭イカレてんじゃないのか」
俺の怒りは頂点に達した。

「帰れ! ふざけやがって。なーにが抜けるだボケ! 俺のことなんだと思ってるんだ。女に告白されたっていっていっしょに登下校して。俺が好きだってキスまでしてきて、挙句の果てにはそれかあ?! お前何一つ行動が噛みあってないんだぞ、わかってんのかっ」
「俺の中では一本なんだ」
「ぬかせ!」
馬乗りになって胸倉を掴み、やつの頬を殴った。もう一発お見舞いしようと殴りつけようとしたが、腕を掴まれた。

「放せよ、殴らせろ!」
「ゆうや……俺はゆうやしか見てなかったよ。今回だって」
「お前、そういえば、トイレで試したとか何とか言ってたな」
幸四郎は少しためらってからポツリと言った。

「ゆうやの傍から、俺がいなくなるってことが……どういうことか、試したんだ」
「なんだそりゃ」
「俺もゆうやもどんな気持ちになるのかなって、ずっとずっと一緒だったし、ゆうやは俺のことていのいい下僕か、生意気言える弟みたいに思ってただろ」
「あのなー……まあ、本質的にはそうかもしれないけど、俺は俺なりに甲斐甲斐しく世話してただろう。ってなんだよ、下僕とか弟ってどうなんだよ」
「そうじゃないよ。そうじゃないんだ! どう思った、ねえ、ゆうやは俺のことどう思ったんだよ……」
「わっ」
いきなり幸四郎が俺を押さえつけてひっくり返ったから、寝転がった真上には泣きそうな幸四郎の顔があった。さっきからじっと見つめてくる瞳が真剣で――――怖かった。

「キスしてもいい、」
俺は、なにもしていない。それなのに幸四郎はそれをきかずに一人で驀進する。なあ、おかしくないか、これ。ぐるぐる頭も目も回りにまわして考えても何がなんだかわからない。けれど、幸四郎のその熱っぽい視線が俺をおかしくさせていた。

「ゆうや、どきどきしてる? 俺ね、ゆうやが大好き……大好きだよ」
「ん……」
キスをして抱きしめてきた。床に男二人が寝ているこの状況は変だと思う。けど、深くなっていくキスに頭がぼうっとしてきて、思わず俺は幸四郎を抱きしめ返していた。


 ■ ■ ■


「で、けっきょく、こーしろーちゃんは、こーしろーちゃんだったわけだ」
「なんだよー。俺たちのゆうやになるのかと思ったのに、けっきょく元通りかよ」
「仲直りできてよかったな」

次の日、一緒に登校した俺たちにクラスメイトは言い放った。野元とは一日登下校デートという条件をつけていたらしい幸四郎は、にやにやと俺の肩を引き寄せる。

「そうなんだ。ゆうやは俺のものだから」
暴言だと思っていたクラスメイトの言葉より、爆弾を投下したのは幸四郎のほうだった。

……え、嘘だろ。いつの間にそうなっちゃってんの。あれ、あれが受け入れたってことになってんのか。じょ、冗談だろ。だれか……冗談だといってくれ……。泣きべそをかきたいのは本当は、俺のほうなんじゃないかとさわやかな笑顔の幸四郎を見て恐ろしくなった。 




終 
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