1 / 2
前編
しおりを挟む「君とは暮らしていけない。確かに高貴な身分と賢さを併せ持つ君はとても素晴らしい。そして何より美しさも持っているが……君と暮らしていると息が詰まるんだ。家に帰ってもずっと緊張してしまい、ろくにゆっくりすることもできない。だから離婚して欲しいんだ」
夫はそう言いながらわざとらしく肩をすくめて掌を上に向け「やれやれ」と言っていた。
親同士が決めた結婚をしてから3年の月日が流れたが、どうにもこの人を馬鹿にするような態度を取る癖は治らなかった。私が教育して治るものでもないけれど、せめて今後生きていくためにもその癖は治せばよかったのに。
私は夫と向かい合うようにビロードのソファに座りながら、ゆっくりと紅茶を飲んだ。覚悟が決まっていると心は穏やかな海のように揺らめくことすらない。一年前の私は夫が許せなくて泣いて怒って、今が人生のどん底だと思い悔しくて悔しくて歯を食いしばっていた。でも復讐してやると決めたあの日からずっとこの日を待っていたんだ。
へらへらとする夫の顔を見れば情を思い出して、
「おい、まさか離婚したくないとごねるんじゃないよな? 今更君に泣きつかれたところで僕も困るんだよね」
「いいえ、その離婚の申し出お受けいたしますわ」
「本当か!」
私がにっこりしながら離婚申し出を素直に受け取ると夫はもう子供のようにはしゃいでいた。馬鹿な人、こんなにはしゃいでいたら誰だっておかしいって気づくでしょ。
「そういえば裁判所と教会、どちらを先に済ませるのかしら?」
「は? 何を言っているんだ。教会で誓いの文書を神の炎で消し去るんだから裁判所は行かなくていいだろ」
「あら? 浮気をしていることを黙って神前に行こうとしていたの? 駄目じゃない。ちゃんと罪を告白して償わないと」
わかりやすいぐらい夫は額から脂汗を滲ませている。今はもう冬で先ほどまでパチパチと音を鳴らす燃え上がる暖炉に手を当てながら暖をとっていた人だとは思えないわ。なんでこうわかりやすい人なのかしら。
「なな何を言ってるんだ!」
「子爵令嬢と浮気していたじゃない。しかも彼女には夫がいるのよね、呆れ返ったわよ私」
「フンッ……何を言っているかと思えば与太話をしているだけか。彼女は僕と幼馴染で小さい頃から過ごしてきた……まぁ妹みたいなものだ。確かに頻繁に会っているかもしれないが、それだけで浮気だと思うのか?」
「そう、そう言い切るの? 子爵令嬢は公爵様とご婚約されたの知っているわよね? これが何を言っているかわからないほどあなた馬鹿じゃないでしょ?」
「何言っているかわからないな! 僕たちはただ昔話をしていただけだよ。全く君がそうやって疑うから彼女も辛い思いをしているんだ。恥を知れ恥を! とにかく離婚の準備をしろよ、お前に財産は渡さないからな」
勢いよく立つと夫はモノに当たり散らしながら、最後には勢いよくドアを閉めた。
「ごめんよライラ待っていたか?」
「ダン! あぁダン、会いたかったわ。あの怖ーい奥様はお屋敷にまだいらっしゃるの?」
「あぁ、とりあえずこっちの別邸には僕の使用人しかいないからバレるはずないから安心をしなさい。あぁ可愛いライラ、君と結ばれたかったよ」
「ダン私もよ。でもこうやって逢瀬ができることで私たち繋がれるから幸せよね。あぁダンとの子供が欲しいな。公爵様とはうまくやってみせるから、私たちの子供アイツの金で育てさせましょう」
「だがライラがあんな男に抱かれるなんて僕耐えられないよ」
「大丈夫よ体を触らせるの一回だけにするし、その一回さえ乗り越えられれば私の体も心も全てダンのものだよ。あの伯爵家のミナとダンが婚約した時は胸が張り裂けそうになったけど、やっと結ばれるね私たちすごく嬉しい!」
「僕もだよライラ。何とか離婚の手続きでアイツが全て悪いということにできたらもっといいんだけどな、あいつ浮気を疑っているんだよ君と僕の」
「浮気じゃなくて本気だもん!」
「ははっそうだね、僕も本気だよライラ。でも今後離婚が成立するまではアイツも何かしらしてくるかも知れないから気をつけるんだよ。しばらく会えなくなる分思いっきり今日は愛し合おうな」
「はーい!」
はぁ別邸のアイツの寝室に穴開けておいて良かったわ。
おかげで全部丸聞こえ、この人たちアイツの使用人の前に私伯爵家の使用人だってことを忘れているのかしら。確かに金で黙らせることもできる人もいるでしょうけど、さらに高い金を出されたらそういう人ってすぐ喋っちゃうのよね。金で得た信頼は簡単に金で買えちゃうのよ。
何でこんな離婚の話をした当日から夜中出ていけるのかしら。バレるでしょ普通、というか別邸だからバレないって発想がおかしいのよ。こんな深夜に出ていく貴族なんてだいたい怪しいところに行っているのが定説でしょ。
「なーにが気をつけろよなの。何でアイツら最後にお楽しみだけしようとするのかしら……だから浮気もすぐバレるのよね。バレるかバレないかの駆け引き楽しむのは賢い人間にしかできないっての。あ、公爵様お聞きになられます? あ、子爵様もどうぞ。まぁそこにいても聞こえるほどの大声ですけどね彼らは」
小声で私がボソボソと言った時、公爵様は怒りで顔を真っ赤にさせ震えていた。子爵様は呆然としており、御夫人は床に座り込んで嗚咽を漏らしていた。ライラの嬌声が聞こえるたびに3人の顔色や態度が変わって行くのは、自分としては少し罪悪感は感じた。でも旦那様があの時素直に浮気を認めて謝罪すればこのようなことにはならなかったのだ。
「あの部屋に入ってもいいのか」
「どうぞ公爵様のご自由に」
54
お気に入りに追加
162
あなたにおすすめの小説
覚悟は良いですか、お父様? ―虐げられた娘はお家乗っ取りを企んだ婿の父とその愛人の娘である異母妹をまとめて追い出す―
Erin
恋愛
【完結済・全3話】伯爵令嬢のカメリアは母が死んだ直後に、父が屋敷に連れ込んだ愛人とその子に虐げられていた。その挙句、カメリアが十六歳の成人後に継ぐ予定の伯爵家から追い出し、伯爵家の血を一滴も引かない異母妹に継がせると言い出す。後を継がないカメリアには嗜虐趣味のある男に嫁がられることになった。絶対に父たちの言いなりになりたくないカメリアは家を出て復讐することにした。7/6に最終話投稿予定。

双子の姉がなりすまして婚約者の寝てる部屋に忍び込んだ
海林檎
恋愛
昔から人のものを欲しがる癖のある双子姉が私の婚約者が寝泊まりしている部屋に忍びこんだらしい。
あぁ、大丈夫よ。
だって彼私の部屋にいるもん。
部屋からしばらくすると妹の叫び声が聞こえてきた。

元婚約者が愛おしい
碧桜 汐香
恋愛
いつも笑顔で支えてくれた婚約者アマリルがいるのに、相談もなく海外留学を決めたフラン王子。
留学先の隣国で、平民リーシャに惹かれていく。
フラン王子の親友であり、大国の王子であるステファン王子が止めるも、アマリルを捨て、リーシャと婚約する。
リーシャの本性や様々な者の策略を知ったフラン王子。アマリルのことを思い出して後悔するが、もう遅かったのだった。
フラン王子目線の物語です。

【完結】私が王太子殿下のお茶会に誘われたからって、今更あわてても遅いんだからね
江崎美彩
恋愛
王太子殿下の婚約者候補を探すために開かれていると噂されるお茶会に招待された、伯爵令嬢のミンディ・ハーミング。
幼馴染のブライアンが好きなのに、当のブライアンは「ミンディみたいなじゃじゃ馬がお茶会に出ても恥をかくだけだ」なんて揶揄うばかり。
「私が王太子殿下のお茶会に誘われたからって、今更あわてても遅いんだからね! 王太子殿下に見染められても知らないんだから!」
ミンディはブライアンに告げ、お茶会に向かう……
〜登場人物〜
ミンディ・ハーミング
元気が取り柄の伯爵令嬢。
幼馴染のブライアンに揶揄われてばかりだが、ブライアンが自分にだけ向けるクシャクシャな笑顔が大好き。
ブライアン・ケイリー
ミンディの幼馴染の伯爵家嫡男。
天邪鬼な性格で、ミンディの事を揶揄ってばかりいる。
ベリンダ・ケイリー
ブライアンの年子の妹。
ミンディとブライアンの良き理解者。
王太子殿下
婚約者が決まらない事に対して色々な噂を立てられている。
『小説家になろう』にも投稿しています

(完)妹の子供を養女にしたら・・・・・・
青空一夏
恋愛
私はダーシー・オークリー女伯爵。愛する夫との間に子供はいない。なんとかできるように努力はしてきたがどうやら私の身体に原因があるようだった。
「養女を迎えようと思うわ・・・・・・」
私の言葉に夫は私の妹のアイリスのお腹の子どもがいいと言う。私達はその産まれてきた子供を養女に迎えたが・・・・・・
異世界中世ヨーロッパ風のゆるふわ設定。ざまぁ。魔獣がいる世界。
お兄様の指輪が壊れたら、溺愛が始まりまして
みこと。
恋愛
お兄様は女王陛下からいただいた指輪を、ずっと大切にしている。
きっと苦しい片恋をなさっているお兄様。
私はただ、お兄様の家に引き取られただけの存在。血の繋がってない妹。
だから、早々に屋敷を出なくては。私がお兄様の恋路を邪魔するわけにはいかないの。私の想いは、ずっと秘めて生きていく──。
なのに、ある日、お兄様の指輪が壊れて?
全7話、ご都合主義のハピエンです! 楽しんでいただけると嬉しいです!
※「小説家になろう」様にも掲載しています。
悪役令嬢と言われ冤罪で追放されたけど、実力でざまぁしてしまった。
三谷朱花
恋愛
レナ・フルサールは元公爵令嬢。何もしていないはずなのに、気が付けば悪役令嬢と呼ばれ、公爵家を追放されるはめに。それまで高スペックと魔力の強さから王太子妃として望まれたはずなのに、スペックも低い魔力もほとんどないマリアンヌ・ゴッセ男爵令嬢が、王太子妃になることに。
何度も断罪を回避しようとしたのに!
では、こんな国など出ていきます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる