エアロゾル・ヌガー

田丸哲二

文字の大きさ
上 下
9 / 18
第三章・守護者の救出

2

しおりを挟む
 まだ、数分は潜っていられる。それにあの女性はまだ諦めてない。美月はさっきの男以上の強さを感じた。

 息を呑み込み、水をフィンで蹴り、必死に海中に沈む車を追いかけて壊れたドアから車内へ侵入した。そして力尽きて朦朧としている女性の腕を掴んで強引に引っ張り上げた。

 その時、挟まっていた足が外れて血が吹き出したが、女性は気丈にも一度だけ目を開けて美月の顔を見てから気を失った。強靭な鋼の筋力と物凄い精神力。

『この人、見たことある。……いや家族全員……』

 美月はその女性を抱えてフィンで思いっきり水を蹴って海面へと上昇した。自分はまだ大丈夫だったが、この有名なアスリートが怪我より先に窒息死してしまうかもしれない。

 車はブルーにかすむ海底へゆっくりと沈み込んで砂と藻を掻き立て、車内には両親の死体だけが取り残され、アメフラシが潰されて紫色の液体を噴出すように血の雲が海中を曇らせた。



 それから数十分後、崖の上の事故現場に救急車とパトカーが数台現れて三人の負傷者が救出されて病院に運ばれた。

 足を怪我した女性と体格のいい男の怪我は重傷だったが、最強のファミリーと言われるアスリートである。美月は三人とも助かるだろうと思い、タオルを体に巻いて崖下に沈んだ車の付近を眺めていると、茂人が自転車に乗って苦しそうに立ち漕ぎをして脇道の坂を上がって来た。

「美月。大丈夫か?」

「うん。私はね。潜るのは楽勝だったけど、酷い事故だったよ」

「トラックがスゲー勢いで崖から突き落としたらしいな。それに一人轢き殺されたんだって」

 茂人は美月のすぐ横で自転車に乗ったまま話している。ここに来るまでに情報を集めたようだが、被害者の家族の事は何も知らなかった。

 どうせすぐにニュースになって世間は大騒ぎになるだろうから、美月も敢えて茂人に教えなかった。聴取を受けた警察官も意味深な表情をして、美月にプライベートな話は伏せている。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

視える棺2 ── もう一つの扉

中岡 始
ホラー
この短編集に登場するのは、"視えてしまった"者たちの記録である。 影がずれる。 自分ではない"もう一人"が存在する。 そして、見つけたはずのない"棺"が、自分の名前を刻んで待っている——。 前作 『視える棺』 では、「この世に留まるべきではない存在」を視てしまった者たちの恐怖が描かれた。 だが、"視える者"は、それだけでは終わらない。 "棺"に閉じ込められるべきだった者たちは、まだ完全に封じられてはいなかった。 彼らは、"もう一つの扉"を探している。 影を踏んだ者、"13階"に足を踏み入れた者、消えた友人の遺書を見つけた者—— すべての怪異は、"どこかへ繋がる"ために存在していた。 そして、最後の話 『視える棺──最後の欠片』 では、ついに"棺"の正体が明かされる。 "視える棺"とは何だったのか? 視えてしまった者の運命とは? この物語を読んだあなたも、すでに"視えている"のかもしれない——。

静寂の訪問者

グランマレベル99
ホラー
私は小説初心者なのでご意見ご指摘がございましたら軽い気持ちでコメントしてください

秘密の仕事

桃香
ホラー
ホラー 生まれ変わりを信じますか? ※フィクションです

ルッキズムデスゲーム

はの
ホラー
『ただいまから、ルッキズムデスゲームを行います』 とある高校で唐突に始まったのは、容姿の良い人間から殺されるルッキズムデスゲーム。 知力も運も役に立たない、無慈悲なゲームが幕を開けた。

すべて実話

さつきのいろどり
ホラー
タイトル通り全て実話のホラー体験です。 友人から聞いたものや著者本人の実体験を書かせていただきます。 長編として登録していますが、短編をいつくか載せていこうと思っていますので、追加配信しましたら覗きに来て下さいね^^*

赤い部屋

山根利広
ホラー
YouTubeの動画広告の中に、「決してスキップしてはいけない」広告があるという。 真っ赤な背景に「あなたは好きですか?」と書かれたその広告をスキップすると、死ぬと言われている。 東京都内のある高校でも、「赤い部屋」の噂がひとり歩きしていた。 そんな中、2年生の天根凛花は「赤い部屋」の内容が自分のみた夢の内容そっくりであることに気づく。 が、クラスメイトの黒河内莉子は、噂話を一蹴し、誰かの作り話だと言う。 だが、「呪い」は実在した。 「赤い部屋」の手によって残酷な死に方をする犠牲者が、続々現れる。 凛花と莉子は、死の連鎖に歯止めをかけるため、「解決策」を見出そうとする。 そんな中、凛花のスマートフォンにも「あなたは好きですか?」という広告が表示されてしまう。 「赤い部屋」から逃れる方法はあるのか? 誰がこの「呪い」を生み出したのか? そして彼らはなぜ、呪われたのか? 徐々に明かされる「赤い部屋」の真相。 その先にふたりが見たものは——。

りんこにあったちょっと怖い話☆

更科りんこ
ホラー
【おいしいスイーツ☆ときどきホラー】 ゆるゆる日常系ホラー小説☆彡 田舎の女子高生りんこと、友だちのれいちゃんが経験する、怖いような怖くないような、ちょっと怖いお話です。 あま~い日常の中に潜むピリリと怖い物語。 おいしいお茶とお菓子をいただきながら、のんびりとお楽しみください。

百物語 厄災

嵐山ノキ
ホラー
怪談の百物語です。一話一話は長くありませんのでお好きなときにお読みください。渾身の仕掛けも盛り込んでおり、最後まで読むと驚くべき何かが提示されます。 小説家になろう、エブリスタにも投稿しています。

処理中です...