6 / 18
第二章・狂気の症状
1
しおりを挟む
8月18日13時40分。館山の海岸線の国道を走っていた運送屋のトラックの運転手が助手席の若者を気にして、窓を少し開けて煙草を吸い始めた。
助手席の若者は煙草の煙と熱風が車内に入って嫌な顔をして無精髭の運転手を睨んだが、先輩なので何も言えずに顔を背けて真横に見える青い海を眺めた。
山沿いからは水蒸気のような白い雲が流れて、晴れているのにこの辺だけスコールがありそうな空模様だ。暑さと湿度で日本も熱帯化している。
そして窓の隙間から綿毛のような微生物ヌガーが侵入してきたが、若者は煙草の煙に鼻をつまみ、運転手は煙に満悦してヌガーの甘い匂いに気付かなかった。
肉眼では見えないが、白い綿毛の一塊りが車内の空気の流れに揺れている。運転手が鼻から煙を吐き出して口から煙草を吸う度に、それが顔の前付近を行き来し、助手席の方にも漂ったが、ヌガーは煙草の臭いを好み、羽をクラゲのように窄めて空気を泳いで運転手の方へ寄っている。
煙草の先、唇と鼻の皮膚に付着してくねくねと蠢き、汗に濡れて滴り落ち……、空気を鼻から吸い込んだ時に鼻腔の中に数粒のヌガーが吸い込まれ、煙を追いかけるように気管を通って肺へ侵入していく。
運転手は気付かずに灰皿で煙草を揉み消し、窓ガラスを閉じて食後の一服を終えて、晴れ間に浮かぶ霧のような雲を眺めた。
「まったく、蒸し暑い日が続くな~。温暖化問題、どうにかして欲しいぜ」
そう言ってクーラーを強にして、タオルで額の汗を拭った。助手席の若者は苦笑いして、お前が窓開けるからだとつい心の声を呟く。
「煙草、やめた方が環境にいいすよ」
そう言われて、運転手が険悪な表情で睨んだが、気分を害したのは注意された事よりも胸に息苦しさを感じたからである。
ヌガーは肺に入り込むと、コルクの先端から鋭い針を出して肺胞へ潜り込み、16枚の羽が分離して増殖していく。
鼠算式に分離と羽の成長を繰り返し、貪食細胞であるマクロファージと結合した原生生物は、肺胞での酸素と二酸化炭素のガス交換とニコチンなどの変性物質を食胞に取り込み超活性化した。
その食作用と酸化により肺はぬか漬けのように発酵して白ネバのヌガー状態になっていく。
肺胞の表面積はテニスコート半分程あるが、その20%程が数分で侵食された。
運転手がゴホッと何度か咳き込み、助手席の若者が急に調子が悪くなったと呆れている。
「大丈夫すか?」
「う、うるせ~。馬鹿にしやがって」
そう言われて、逆ギレかよとうんざりしてそっぽを向いたが、車内に残っていた微量の白い綿毛を若者も吸い込んでしまった。
助手席の若者は煙草の煙と熱風が車内に入って嫌な顔をして無精髭の運転手を睨んだが、先輩なので何も言えずに顔を背けて真横に見える青い海を眺めた。
山沿いからは水蒸気のような白い雲が流れて、晴れているのにこの辺だけスコールがありそうな空模様だ。暑さと湿度で日本も熱帯化している。
そして窓の隙間から綿毛のような微生物ヌガーが侵入してきたが、若者は煙草の煙に鼻をつまみ、運転手は煙に満悦してヌガーの甘い匂いに気付かなかった。
肉眼では見えないが、白い綿毛の一塊りが車内の空気の流れに揺れている。運転手が鼻から煙を吐き出して口から煙草を吸う度に、それが顔の前付近を行き来し、助手席の方にも漂ったが、ヌガーは煙草の臭いを好み、羽をクラゲのように窄めて空気を泳いで運転手の方へ寄っている。
煙草の先、唇と鼻の皮膚に付着してくねくねと蠢き、汗に濡れて滴り落ち……、空気を鼻から吸い込んだ時に鼻腔の中に数粒のヌガーが吸い込まれ、煙を追いかけるように気管を通って肺へ侵入していく。
運転手は気付かずに灰皿で煙草を揉み消し、窓ガラスを閉じて食後の一服を終えて、晴れ間に浮かぶ霧のような雲を眺めた。
「まったく、蒸し暑い日が続くな~。温暖化問題、どうにかして欲しいぜ」
そう言ってクーラーを強にして、タオルで額の汗を拭った。助手席の若者は苦笑いして、お前が窓開けるからだとつい心の声を呟く。
「煙草、やめた方が環境にいいすよ」
そう言われて、運転手が険悪な表情で睨んだが、気分を害したのは注意された事よりも胸に息苦しさを感じたからである。
ヌガーは肺に入り込むと、コルクの先端から鋭い針を出して肺胞へ潜り込み、16枚の羽が分離して増殖していく。
鼠算式に分離と羽の成長を繰り返し、貪食細胞であるマクロファージと結合した原生生物は、肺胞での酸素と二酸化炭素のガス交換とニコチンなどの変性物質を食胞に取り込み超活性化した。
その食作用と酸化により肺はぬか漬けのように発酵して白ネバのヌガー状態になっていく。
肺胞の表面積はテニスコート半分程あるが、その20%程が数分で侵食された。
運転手がゴホッと何度か咳き込み、助手席の若者が急に調子が悪くなったと呆れている。
「大丈夫すか?」
「う、うるせ~。馬鹿にしやがって」
そう言われて、逆ギレかよとうんざりしてそっぽを向いたが、車内に残っていた微量の白い綿毛を若者も吸い込んでしまった。
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説
視える棺2 ── もう一つの扉
中岡 始
ホラー
この短編集に登場するのは、"視えてしまった"者たちの記録である。
影がずれる。
自分ではない"もう一人"が存在する。
そして、見つけたはずのない"棺"が、自分の名前を刻んで待っている——。
前作 『視える棺』 では、「この世に留まるべきではない存在」を視てしまった者たちの恐怖が描かれた。
だが、"視える者"は、それだけでは終わらない。
"棺"に閉じ込められるべきだった者たちは、まだ完全に封じられてはいなかった。
彼らは、"もう一つの扉"を探している。
影を踏んだ者、"13階"に足を踏み入れた者、消えた友人の遺書を見つけた者——
すべての怪異は、"どこかへ繋がる"ために存在していた。
そして、最後の話 『視える棺──最後の欠片』 では、ついに"棺"の正体が明かされる。
"視える棺"とは何だったのか?
視えてしまった者の運命とは?
この物語を読んだあなたも、すでに"視えている"のかもしれない——。

ルッキズムデスゲーム
はの
ホラー
『ただいまから、ルッキズムデスゲームを行います』
とある高校で唐突に始まったのは、容姿の良い人間から殺されるルッキズムデスゲーム。
知力も運も役に立たない、無慈悲なゲームが幕を開けた。
すべて実話
さつきのいろどり
ホラー
タイトル通り全て実話のホラー体験です。
友人から聞いたものや著者本人の実体験を書かせていただきます。
長編として登録していますが、短編をいつくか載せていこうと思っていますので、追加配信しましたら覗きに来て下さいね^^*
赤い部屋
山根利広
ホラー
YouTubeの動画広告の中に、「決してスキップしてはいけない」広告があるという。
真っ赤な背景に「あなたは好きですか?」と書かれたその広告をスキップすると、死ぬと言われている。
東京都内のある高校でも、「赤い部屋」の噂がひとり歩きしていた。
そんな中、2年生の天根凛花は「赤い部屋」の内容が自分のみた夢の内容そっくりであることに気づく。
が、クラスメイトの黒河内莉子は、噂話を一蹴し、誰かの作り話だと言う。
だが、「呪い」は実在した。
「赤い部屋」の手によって残酷な死に方をする犠牲者が、続々現れる。
凛花と莉子は、死の連鎖に歯止めをかけるため、「解決策」を見出そうとする。
そんな中、凛花のスマートフォンにも「あなたは好きですか?」という広告が表示されてしまう。
「赤い部屋」から逃れる方法はあるのか?
誰がこの「呪い」を生み出したのか?
そして彼らはなぜ、呪われたのか?
徐々に明かされる「赤い部屋」の真相。
その先にふたりが見たものは——。

りんこにあったちょっと怖い話☆
更科りんこ
ホラー
【おいしいスイーツ☆ときどきホラー】
ゆるゆる日常系ホラー小説☆彡
田舎の女子高生りんこと、友だちのれいちゃんが経験する、怖いような怖くないような、ちょっと怖いお話です。
あま~い日常の中に潜むピリリと怖い物語。
おいしいお茶とお菓子をいただきながら、のんびりとお楽しみください。
百物語 厄災
嵐山ノキ
ホラー
怪談の百物語です。一話一話は長くありませんのでお好きなときにお読みください。渾身の仕掛けも盛り込んでおり、最後まで読むと驚くべき何かが提示されます。
小説家になろう、エブリスタにも投稿しています。
終焉の教室
シロタカズキ
ホラー
30人の高校生が突如として閉じ込められた教室。
そこに響く無機質なアナウンス――「生き残りをかけたデスゲームを開始します」。
提示された“課題”をクリアしなければ、容赦なく“退場”となる。
最初の課題は「クラスメイトの中から裏切り者を見つけ出せ」。
しかし、誰もが疑心暗鬼に陥る中、タイムリミットが突如として加速。
そして、一人目の犠牲者が決まった――。
果たして、このデスゲームの真の目的は?
誰が裏切り者で、誰が生き残るのか?
友情と疑念、策略と裏切りが交錯する極限の心理戦が今、幕を開ける。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる