エアロゾル・ヌガー

田丸哲二

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第一章・ヌガーの発生

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 藤崎茂人の家には顕微鏡と化学薬品、試験管、ビーカーなどのガラス容器、それに水槽が設備された研究室がある。狭いが茂人専用であり、美月は親が県知事ともなるとお金の使い方が違うと半分皮肉を込めながらも感心した。

「クマノミ、ソラスズメダイ、ツノダシも幸せそう。ロマンチストなシゲトのペットだもんね」

 美月が研究室に入って来るなり、恨めしそうに水槽の熱帯魚を眺めている。

「地球温暖化の研究です。熱帯魚やサンゴ礁は北上して、勝浦の辺りでも見られるようになってんだぞ」

 千葉市館山の沖ノ島はサンゴ北限といわれているが年々それは北上し、このまま水温が上昇すれば、東北や北海道の海中でもサンゴと熱帯魚が生息すると茂人は真剣に心配していた。

 美月はそれよりも海が汚される事が心配だった。ゴミや油だけではなく、原子力発電所の放射性物質の汚染水が海に流されている。

「ねっ、それよりさ。それが死んでたの?」

「ああ、大量に海岸に打ち上げられてたんだ」
 
「環境汚染?プラスチックとか?」

 室内奥の小型シンクに魚とカモメの死骸が入れてあった。大量の魚とカモメが砂浜に打ち上げられて死んでいたのを数匹検査用に貰って来たらしい。

 茂人がマスクとゴム手袋をして解剖用のナイフで魚とカモメの腹を裂くと、手を突っ込んで内臓を取り出して台の上に広げた。

 泥のような血と臓物の黄色い液体が飛び散って、横で見ていた美月が眉間にしわを寄せて顔を背けた。

「アレルギー体質のくせに、よくそんなことできるね?」

「肌は弱いけど、ハートは強いんでね」

「カッコつけてるけど、単なるホラー好きなんでしょ?カエルの解剖とか好きそう」

「もちろん、ベテランですよ」

 茂人はそう言って、一羽の胃の中から黒い塊りを出して広げると、プラスチックの袋の一部を発見した。

「プラスチックだけど、なんか変だな?」

 他の魚やカモメの臓物に白くネバネバした残骸があり、更にカモメの頭部をナイフで切断すると、納豆のように腐った脳に白いカビに浸食されていた。

「なにそれ?」

「もしかして、これが原因かもね?」

 茂人がピンセットでそれを摘み、ライトに当てて顔を近づけて見ている。腐ったような粘った液体が糸を引き、白いカビのような物が伝わって蠢いているように見えた。

「白カビっぽいけど、こんなの初めて見たよ」

「なんか、腐ったソフトキャンディーみたいな匂いがする」

 美月が少し鼻を近付けて、気持ち悪そうに顔を顰め、熟したフルーツと焦こがした砂糖のような甘酸っぱい香りに鼻をつまむ。

「ほんとだ。生臭い魚が、甘いミルク菓子みたいだ。ミヅキ、食べてみるか?」

「バカ。やめろ。気持ちわる」

 茂人が魚の内蔵もピンセットで摘んで美月の顔に近付けて揶揄からかううと、美月が跳ね除けてピンセットは床に落ちたが、腐った液体が茂人の顔に飛び散ってマスクと額に付着した。

「ヒッ……。ミヅキ、拭いてくれ」

 茂人は手袋をした手を前に出して目をつむって固まり、美月がそれを見てゲラゲラ笑った。
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