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ハーブの女王

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 依頼者の名前は山崎知子、34歳。レトロ感のある淡いブルー地に白い花柄のワンピースを着て、大人っぽい落ち着いた雰囲気も有りながら、少女の輝きを失ってない可憐な美しさを漂わせていた。

 姉が「ハーブの女王」と呼んだのも時を内包して、ラベンダー畑から未来に想いを馳せて駆け付けた感じがしたのだろう。

『時を越えて花屋に迷い込んだ?』

 洋介はテーブルの上のラベンダーの花を見てから、質問を始めた山崎知子に微笑みかけた。

「水の錬金術師とは花を水に溶かして、その想いを読み解くのですね?占い師であり、探偵でもある?」

「ええ、花が見た風景と感じた事を映像化して蘇らせます。ですが、香水では無理ですよ。アルコールと香料を混ぜて作った物が香水ですからね。香りを追いかける程、鼻は利かない」

 花と鼻で「シャレたの?」と姉が後ろでコーヒーを飲みながら笑いを堪えている。それにつられて山崎知子もリラックスしたのか、率直に相談事を投げかけた。

「実はこんな歳になったのに結婚を迷っているのです。学生の頃、遠距離恋愛で北海道に住む同じ歳の高校生と付き合い、卒業して東京で再会し、愛を語り合っていたのに、突然彼が別れを告げて消え去った」

 山崎知子はその昔の彼の事が今も心に深く残り、現在付き合っている恋人にプロポーズされたが踏み出せないと告白した。


 ラベンダーの香水は彼が最後に彼女にプレゼントした魔法の香りだった。知子は無くなると同じブランドの香水を購入し、それをバッグに常時忍ばせ、時折肌に付けてその香りに抱き締められた。

「なるほど、過去と香水。難問の連続ですね」

 洋介はテーブルの上のラベンダーの香水を手に取り、客の了解を得てから蓋を開け、甘いフローラルと爽やかなハーブの香りを鼻腔に吸い込んで目を閉じた。

 しかし心に引っかかる想いが有る筈が無い。単に癒された気分になっただけで、諦めて過去に囚われる嘆きを呟くと、テーブルの上のラベンダーの花が反応してアドバイスをしてくれた。

『時は感じた瞬間に過去になる?』

『そう……花は陽射しを感じるだけ。過去も未来も今を起点にすべきよ』

 室内の棚に置かれたラベンダーの鉢植は、紫の花を咲かせた時からこの女性が現れる事を知っていたが、感じるべきは今の光りだと言った。

『月か太陽か?答えはそこから』

 洋介はその囁きでゆっくりと目を開け、山崎知子をしっかりと見つめて提案した。幻聴かもしれないが、ハーブの香りで洗練された想いが浮かんだ気がする。

「過去の彼ではなく、現在の恋人についてなら占いますよ。もしその気があれば、彼が好きな花を持って再来してください」
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