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第四章 〜再会と過去
79話 『土の大精霊』
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仲間たちと別れ、1人中央部上層階を目指していたグレイ。途中、多くの囚人たちが囚われる監獄を通過し、上層へ登れば登るほど、大気の熱量が上昇していく。灼熱の尋問室『サハラ』の存在によるものだろうか、ルヴィアに徐々に近いている感覚。そして、そこに奴がいる感覚を肌感で理解するグレイ。
『ハッハッハッハッハッハッ』
「ハッ?!」
バタンッ!
上層階の監獄、下層とは異なる特別な一室の中で暗い天井の下でこちらへ笑い掛けてくる何かにグレイは驚き壁は体をぶつける。
「なんだ?」
特別性の監獄の中はとても暗く、中に何がいるのか目を凝らしても見えない。けれど奥の奥の奥の方には、人語を喋る何かが蠢く。
『聞こえるのだろぅ?もっと前へおいでぇ』
グレイはその何かに導かれるまま、黒い鉄格子へ進む。
『もっと顔をよく見せてくれ』
『……イッ!』
『ほらぁ、もっと前へ』
『…レイッ!』
『ほらぁ、あと少し!』
『グレイッ!!』
「ハッ?!」
ガシャンッ!!!!!!!!
『ガハッハッハッハッハッハッハッ』
バタンッ!!
グレイは何だも自分の名を呼ぶシルフィアの声に気づき、黒い鉄格子から距離を置いた途端に、奥で蠢いていた何かは前へ出て思いっきり鉄格子に掴み掛かりグレイを脅す。
「ハァハァハァ…あなたは…一体誰」
『俺か?俺はオデュッセウス=ジャックナイフ。お前の同志だ』
「俺の…同志?」
鉄格子の奥からグレイへ語りかける男の名はオデュッセウス=ジャックナイフ。中は薄暗くよく見えないが、うっすらと見えた風貌は、ダズと同等ほどの体格に、力強い黒の瞳と顎に髭が見えた程度。そんなオデュッセウスは、グレイへ提案を持ちかける。
『俺をここから出してくれ。そうすれば、お前の願いを叶えてやる』
「出せだと?罪人をか?」
「ガッハッハッハッハッハッハッ!!大魔法省に喧嘩を打ってる奴が何を言うかと思えば。お互い様さ。しかし、俺は罪人じゃない。夢追い人さ。俺も未界のその先を夢見る男だ。お前もそうなんだろ?グレイ」
「?!…。どうして俺のことを」
『ガッハッハッハッハッハッハッ。知りたくば、ここから出せ』
初対面で一度も名を告げていないグレイのことを、まるで知っている風に語るオデュッセウス。そして、グレイの旅の果て、未界進行もオデュッセウスは見事言い当てる。オデュッセウス=ジャックナイフ。この男は一体何なのか。疑問に疑問が重なる不穏な空気。
「ァァァァァ!!!!!!」
「?!」
黒い鉄格子を境にオデュッセウスと語らうグレイの耳に入るルヴィアの叫び声。さらに上からこの声は聞こえてくる。
『これで200回目だな』
「はぁ?!」
『あの娘っ子の叫び声さ。ここにきてからもう200回は聞いたぜ。さぁ、時間もないぞ。今助けに行かなければ、お前の大切なものは奪われる。ただし、この先に待ち構えるベルド=ザグドレアにお前は勝てない。力がないからだ』
オデュッセウスの推測では、ベルドとグレイが戦えば確実にベルドに軍配が上がると言う。それだけベルドはグレイを圧倒する力を秘めていると。ただし、自分を解放すればその戦力は逆転するとも続ける。ベルドを倒してルヴィアを救いたくば、自分を解放しろ。ただその一点張り。
魔獣の森でベルドと実際に拳を交えたグレイ。もちろんルヴィアを助け出すため、ベルドを倒す気でアステラ監獄まで駆けつけたが、いざ対峙した時、本当に勝機はあるのか。グレイは徐々に不安な気持ちに駆られていく。
『さぁ!選べ』
「…。」
『仲間を救うためにこの俺を利用するか!!勝ち目のない戦いに身を投じて、仲間共々ここで死に絶えるか。』
ドクンッドクンッドクンッドクンッ!!!
パチンッ!!
「?!」
グレイの鼓動はどんどんと速度を増し、息を荒げていく。そんなグレイを1発ビンタし目を覚ませるシルフィア。
『まやかしじゃ。グレイ、お主にはわらわが着いておろうて。邪に取り込まれるでないぞ』
『クッハッハッ…。この精霊ごときめ。』
『あの小娘を救いたいのなら、さっさと足を動かさんか』
「シルフィア…。ありがとう!今目が覚めたよ!ルヴィアは必ずこの手で助け出す!」
グレイはシルフィアの助力により、オデュッセウスの邪に満ちた言葉巧みな戯言を振り払い、己の足を動かし始める。
中央に伸びる筒状の排気口のようなものの外周を回るように天へと伸びる螺旋階段。その階段を一歩ずつ登っていき、さらに上の上層へと足を踏み入れる。
上層に近づけば近づくほど、熱気と不穏な魔力が満ち満ちており、シルフィアに悪寒が走る。
『グレイ…今回の敵はなんだか嫌な予感がする』
シルフィアは唐突にグレイの頭へ語りかける。
グレイの身を案じることはもちろんだが、それ以上にこの通路の奥から感じる異様な気配に、シルフィアは不穏な魔力を感知していた。
「どういうこと」
『上手くは説明できぬが…』
「そっか。でも、何があっても俺は行かなきゃいけない。ルヴィアのためにも、一緒に着いてきてくれた皆んなのためにも。そして君のためにもね」
グレイはシルフィアの警告を承知の上で、覚悟を決めて通路を突き進み、茶色の大扉で仕切られた一室に足を踏み入れる。
ガチャーーーー。
『アステラ監獄、上層・天知の間』
中央に筒状の排気管のようなものが天井まで突き抜け、それ以外はまっさらで無の空間が円柱状に広がる部屋。そして、部屋の外周には、斧や戦鎚、長剣、槍、多くの近接武器が掛けられていた。
「ここだったか」
「来たか。小僧」
「グレイ!!来ちゃダメ!早く逃げて」
ルヴィアは天知の間へ入ってきたグレイへ出ていくように説得する。
「もう遅い」
ミシミシミシミシミシミシ!!!!
「?!」
グレイの背後から大地が軋むような痛々しい音が聞こえ、グレイは振り返ると、先ほど自分が開けて入ってきた茶色の大扉が変色し、灰色で苔のような細かい緑が生えた古びた岩石模様が浮き出ていたのだ。
「何をした?」
「土属性魔法・ガイアベルムだ。ここからは逃さんという意味だ」
土属性魔法・ガイアベルム。物など対象のものの耐久値や強度を岩石レベルに強化し、主に内からでも外からでも密室空間を作り出す時に用いられる一種の拘束魔法。そしてこの魔法は、
『ガイアロスの得意魔法じゃ、これは』
「ガイアロス?」
「?!」
頭に直接語りかけるシルフィアとそれを口にするグレイの会話に驚き目を見開くベルド。そして、グレイの口から聞こえてきた『ガイアロス』の名前にベルドの内なら何かが反応を示す。
スゥーーーーー。
ベルドの内から一つの光の球が現れて空を旋回した後、ベルドの肩に止まり、その光の球は姿を変えていく。
『オイラのこと呼んだけー?』
「まさか?!七大精霊?!」
『そうじゃ。あやつが大地誕生と共に生まれた山々や森を形作る土の大精霊・ガイアロスじゃ』
ーー悪寒の正体はあやつか。
シルフィアと同じくらいの2、3頭身妖精で髪型はカクカクの岩模様、何より全身を茶色に、顔や手だけが肌色をした猿にも見えなくもないその見た目に、シルフィア同様、七大精霊の特徴が垣間見える。
『久しいのう~ガイアロス』
シルフィアもガイアロスにその姿を見せるべく、グレイの心臓から抜け出し、グレイの肩に止まる。
『あわわわわわ、シルフィアじゃねーかよっ。何でここにいるんだよ。ま、まさかオイラの首を狙って?!』
『そんなわけなかろうて、バカめ』
ガイアロスとシルフィアがどういった関係性なのかはよく分からないが、内輪言を見るにガイアロスが少々下手に出ている様子。
「そうか。お前も七大精霊と契約を交わしていたのか。やはり前回は、露骨に手を抜いていたのだな」
「別に手を抜いてたわけじゃねーよ。条件が悪かっただけだ。でもここなら、全力で戦える」
「あの白い炎か?」
「だったらなんだよ」
「いや、何…風ではないのだなと思ってな。まぁいいさ、火属性相手ならこっちも都合がいい。硬化」
ピキピキピキピキ…。
ベルドは両手を肘まで硬化させ、戦闘体制をとってグレイへ歩み寄っていく。
それに対し、グレイもまた、ポケットに手を入れ、改良版・アルビニウムを両手に一つずつ握りしめ、ベルドへ向かっていく。
「ガイアロス、引っ込んでいろ」
「シルフィア、戻っていいよ」
2人は七大精霊を内に戻し、互いの拳と拳で語り合おうとしたが、ルヴィアがそれを止める。
ルヴィアはベルドの後ろからベルドの足に掴み掛かり、妨害を始める。
「貴様…何の真似だ」
「グレイ…お願いだから、逃げて。ウチのためなんかに…命を棒に振らないで…」
「放せ…」
「グレイ…早く…」
「2度は言わんぞ」
ベルドは右手に先の鋭く尖った岩の棒を生成し、足に掴み掛かるルヴィアに目を落とす。
「待て!!ベルド!!!」
ベルドがその棒でルヴィアを始末しようとはやることを察したグレイはベルドを呼びかける。
「これは、この愚かな小娘の意志だ。自分の立場も理解できず、ただいたずらに命を投げられる愚かな馬鹿の、しょうもないプライドを汲んでやれ、小僧」
「ルヴィアはバカでも愚かでもない!!ただの友達思いな優しい人だ!!それが分からないお前らの方がよっぽど馬鹿だ!!」
「類は友を呼ぶとはよく言ったものだな。こいつもこいつなら、貴様も貴様だ。この小娘にはまだ生物兵器のことを聞き出す必要があったが、この4日尋問し続けても何の進展も無し。頭は弱くとも一丁前に口は硬いらしい…。もう用無しになったからどうでもいいがな」
ーーあの小娘がここにきてから、もう200回は聞いたな。ガッハッハッハッハッハッハッ。
ふと思い出すオデュッセウスの言葉。
「この4日…ずっとあんなに非道なことをしてたのか」
「あぁ。無駄な時間だったがな」
「クッ……。お前たちは、どこまでも腐ってる!!闇ギルドの何十倍もだ!!」
グレイは、この4日間、いや、大魔法省がルヴィアという少女に近づき、その能力の全てを我が物として利用し始めてからずっと、ルヴィアを苦しめてきたことに怒りを覚え、全身に力を込めて、その頭を叩くために飛び出す。
バンッ!!!!!
ーー速い?!
「アル・ゼノカンガリュー・ラッシュ・改!!」
両手で改良版・アルビニウムを握りつぶし、燃え盛る白炎を拳に纏わせ、左右の連打をベルドへ打ち込むグレイ。
「オラオラオラオラオラオラ!!!!」
ズバババババババババッ!!!!!
ダダダダダダダダダダッ!!!!!
猛烈に繰り出されるアル・ゼノカンガリュー・ラッシュ・改を硬化させた左腕一本で対処するベルド。
ベルドの動体視力は常人の約3倍の速度でモノの動きを捉えられるため、身体能力のずば抜けたグレイの連打であっても、そう簡単に有効打が入らない。しかし、たとえ攻撃を目で終えたとしても、硬化させた左腕一本といえど、耐え凌ぐのは無理があり、ベルドは限界手前で右手に掴んだ鋭く尖った岩の棒をグレイ目掛けて差し向けるが、グレイ自身も動体視力には自信があり、不意の一撃を屈んで避けた上で、下からベルドの顎へ燃ゆる拳のアッパーを打ち込む。
「アル・ウイコアラ・アッパー・改!!」
ゴンッ!!!
「ブハァ!!」
ベルドは思わず舌を噛み、多少の出血を吐き出し、さらにはアッパーで脳みそを揺らす。
動体視力に自信があったはずのベルドだったが、自分の繰り出した不意打ちで仕留め切るはずだった相手にその一撃を避けられたあげく、そこから切り返して攻撃を繰り出せるグレイの余りある余力を計算に入れられなかったことが、この一撃を喰らった要因だと考えられる。
完全にグレイをなめきっていた油断怠慢が引き起こした事象。これを受け、ベルドは己の価値観を見つめ直す。この小僧は油断ならないと。
「ルヴィア!こっちへ来るんだ!!」
ベルドをぶっ飛ばしたことで、ベルドに隙が生まれ、ベルドの間合いで拘束されていたルヴィアが、その間合いから抜け出しグレイの元へ駆け出す。
「グレイ!!!うぁぁぁん!!!」
ギュウ!!
両手首を拘束され、両足首には鉄球の重しが付けられていたルヴィア。それでも微かに生まれた希望に縋り付く。
「グレイ!!グレイ!!!グレイ!!!!」
「良かったよルヴィア!」
グレイもルヴィアを強く抱きしめ、安心させる。
「ハァハァ…小僧。名を何と言う」
「グレイだ」
「そうか…グレイか。覚えておこう。この俺に一撃を打ち込んだ小僧。そして、今日この場で死ぬ小僧の名をな!!!」
ズバーーーーー!!!
ベルドは全身から土属性のオーラを放ち、グレイを威圧する。その勢いで黒スーツのボタンははち切れ、飛んでいき、そのまま上着を地面に捨てるベルド。そして、シャツの腕を捲り、ネクタイを緩め、本気モードに移行する。
「ペッ!!。さぁ、始めようかグレイ。久々に血がたぎる戦いをしよう。」
ベルドは口に溜まる血を全て吐き捨て、真剣な目でグレイと対峙する。今のベルドはグレイを始末することは勿論だが、それと同じかそれ以上に、グレイとの戦いを楽しんでいた。
「グレイ…やっぱりあいつは…」
「ルヴィア、少し離れはていてくれないか」
「でも、貴方が…」
「絶対、あいつをぶっ倒してくるから。俺が戻るまで、これを預かっといてよ」
グレイは自分の首に巻いていた灰色と黒の格子模様のカシミヤのマフラーをルヴィアに首に簡単に巻き付け、泣きじゃくる傷だらけのルヴィアに自分の大切なものを預け、歩み出す。
「ベルド!お前を倒して、全員でここを出てやる」
「ハッハッハッ。グレイ、貴様の未来はとうに決まっている!"死"のみだ!!」
「ハッ!死ぬのは一度で十分だ!!!」
「知ったような口を!」
バッ!!タッタッタッタッタッ!!!
バッ!!タッタッタッタッタッ!!!
黒ノ執行の精鋭たちですら恐れ慄く暗殺部隊きっての天才・ベルド=ザグドレア。その男を前に、グレイは真っ向から挑む。ルヴィアを無事ここから助け出すために、この男を倒す!!
「アル・ウイコアラ・パンチ・改!!」
「土属性魔法・ロックストライク!!」
ズバン!!ズバン!!ズババババン!!
白炎を纏いし拳で殴りつけるグレイと、硬化し、さらに土属性魔法を上乗せさせた拳で殴りつけるベルドの2人の打撃が炸裂する。
バシンッ!!!バシンッ!!!ズバンッ!!
片一方が殴れば、片一方は腕でガードし、数発打ち込んでは後退して距離を置き、また詰め寄っては殴り合う。その繰り返しで、互いにボロボロになるまで殴り合う2人。
「土属性魔法・ロックボンバー」
ベルドは大気中に大岩を生成して、グレイへ投げ飛ばす。
大岩なだけあって、その過度な重量感を持つ岩はスローペースでグレイに襲いかかるが、勿論、これは簡単に避けるグレイ。
ズバンッ!!!ゴロゴロゴロゴロ。
大岩はグレイが元いた場所へ着弾し、勢いで粉々に砕ける。そんな細かな石をさらに操るベルド。
「土属性魔法・ストーンプッシャー」
粉々になった石たちがベルドの意思でグレイは吸い寄せられ追尾性能を持った流星がグレイを追いかけ回す。
「な、んだよこれ!!クソッ!めっちゃ…追いかけて…くるじゃねーか!!」
ズバンッ!!ズバンッ!!ズバンッ!!!!シュンシュンシュン!!!!
グレイは走る速度に緩急をつけ、スローペースとハイペースを使い分けることで、追尾性能を持つ石を数回に分けて着弾させ、その数を減らしていく。
「逃げ回る相手は、動いが読みやすいぞ!!」
バンッ!!
後方からストーンプッシャーに追いかけ回され、グレイの動きを読み切ったベルドが正面から現れる。
「なっ?!」
グレイは咄嗟に改良版・アルビニウムを前方に投げ、ベルドを困惑させる。
ーー投擲?ガラスか?何か液体が…。
一瞬の出来事でもそれがガラスのケースであることと、中に入った薬品を見極めるベルド。
しかし、グレイの狙いは改良版・アルビニウムを投げ当てることにあらず。
ズバッ!!!!
グレイは右片足で地を蹴り上げ、逆回りで足を思いっきり回し上げ、勢いで改良版・アルビニウムのケースを割り、右足に白炎を纏わせ、火炎車のごとき縦回転足技を繰り出す。
「アル…えぇーっと、なんでもいいや!!!」
ブワァン!!!!ズババババババン!!
ピカーーーン!シュワン!
咄嗟のことで技名も思いつかなかったグレイ。
そして、ベルドもまた故意に投げつけられたガラスケースを警戒して距離を置いていたため、グレイの白炎を纏いし縦回転回し蹴りは避けられる。けれども、奇襲を仕掛けてきたベルドに距離を置かせ、さらには背後から迫り来るストーンプッシャーの残弾を蹴り潰したことで、二つの攻撃を対処してみせたグレイ。結果的にオーライな結果を上げる。そして、グレイの攻撃乗じて背後にしれっと実体化するシルフィア。これは完全にベルドの意表をついただろう。
「風属性魔法・風塵衝波!!!!!」
『風属性魔法・風塵大衝波!!!』
「何?!」
ブァァァアン!!!!ドスンッ!!
グレイの白炎纏う縦回転回し蹴りによって詰め寄れなかったベルドは、空いてしまったこの距離でも攻撃を繰り出すため、土属性以外に使える風属性魔法で、さらに速さを活かした風塵衝波を繰り出すも、風の大精霊・シルフィアによって、その上位互換である風塵大衝波をお見舞いされ、逆に攻撃を喰らう羽目となってしまう。
「クハァ…風の大精霊…いつの間に…。」
「シルフィア?!どうして」
『お主とあやつで距離が空いた時点で、何やら左手に風属性のオーラを溜めておるのが見えてのう。もしやと思い準備しておれば、このザマよ。狙いは悪くないが、相手が悪かったのう小僧よ』
「全てお見通しと言うわけか。風の大精霊…」
『そろそろオイラの出番じゃねーか?』
「黙っていろ。やつは風の大精霊だぞ。お前じゃ相性が悪いだろ」
ベルドの脳内に直接語りかける土の大精霊・ガイアロス。けれど、相手が風の大精霊ということもあり、属性的に不利であるこの状況で、ガイアロスに頼るべきではないと判断したベルド。もし、ガイアロスの力を借りるとしても、シルフィア自身のマナを少しでも消費させて置く必要がある。それに、不幸中の幸いか、契約者であるグレイの得意属性は火属性である誤認しているベルドは、シルフィアによる風属性魔法の上乗せさせた強力な風属性魔法は飛んでこないと推察している。そして、当のグレイ相手には属性的に有利である以上、自分がシルフィアをいかにマナ切れに追い込めるかどうかが、この勝負の鍵を握るのだと推察する。
そのどれもが的外れであったとしても、ただ一点、シルフィアの助力無しでは土の大精霊と契約した万全なベルドを倒す術がグレイに無いことは確かであった。
そしてグレイの心臓の代替となるシルフィアの1日に使用できるマナは僅かであり、1発、風塵大衝波を放った現在、風属性魔法を繰り出せてあと2発が限界。ベルドの知らず知らずにグレイは追い詰められていた。そして、それはグレイも理解していた。
ーー相手は土属性魔法の使い手で、さらにバックには土の大精霊も控えてる。シルフィアが魔法を一回使った以上、もってあと2回。シルフィアが眠ったら…その後はジリ貧か。
ーー俺が風の大精霊に魔法を多く引き出させる。そして、マナ総量で大きくアドバンテージが取れれば、あとはガイアロスに暴れさせるのみ。互いに七大精霊と契約を交わした者同士、属性の有利不利があったとしても、勝負の行末は、誰にも分からない。
互いに拮抗した身体能力。そして、大精霊による属性的有利を得ながらも、制約によって使用できるマナが限りなく少ないグレイ陣営と、己と大精霊、互いに相当なマナ総量で圧倒し、さらには互いに同じ属性を操る相乗効果も併せ持つベルド陣営か、勝負の行方は、2人の思考の深さに左右される。
『ハッハッハッハッハッハッ』
「ハッ?!」
バタンッ!
上層階の監獄、下層とは異なる特別な一室の中で暗い天井の下でこちらへ笑い掛けてくる何かにグレイは驚き壁は体をぶつける。
「なんだ?」
特別性の監獄の中はとても暗く、中に何がいるのか目を凝らしても見えない。けれど奥の奥の奥の方には、人語を喋る何かが蠢く。
『聞こえるのだろぅ?もっと前へおいでぇ』
グレイはその何かに導かれるまま、黒い鉄格子へ進む。
『もっと顔をよく見せてくれ』
『……イッ!』
『ほらぁ、もっと前へ』
『…レイッ!』
『ほらぁ、あと少し!』
『グレイッ!!』
「ハッ?!」
ガシャンッ!!!!!!!!
『ガハッハッハッハッハッハッハッ』
バタンッ!!
グレイは何だも自分の名を呼ぶシルフィアの声に気づき、黒い鉄格子から距離を置いた途端に、奥で蠢いていた何かは前へ出て思いっきり鉄格子に掴み掛かりグレイを脅す。
「ハァハァハァ…あなたは…一体誰」
『俺か?俺はオデュッセウス=ジャックナイフ。お前の同志だ』
「俺の…同志?」
鉄格子の奥からグレイへ語りかける男の名はオデュッセウス=ジャックナイフ。中は薄暗くよく見えないが、うっすらと見えた風貌は、ダズと同等ほどの体格に、力強い黒の瞳と顎に髭が見えた程度。そんなオデュッセウスは、グレイへ提案を持ちかける。
『俺をここから出してくれ。そうすれば、お前の願いを叶えてやる』
「出せだと?罪人をか?」
「ガッハッハッハッハッハッハッ!!大魔法省に喧嘩を打ってる奴が何を言うかと思えば。お互い様さ。しかし、俺は罪人じゃない。夢追い人さ。俺も未界のその先を夢見る男だ。お前もそうなんだろ?グレイ」
「?!…。どうして俺のことを」
『ガッハッハッハッハッハッハッ。知りたくば、ここから出せ』
初対面で一度も名を告げていないグレイのことを、まるで知っている風に語るオデュッセウス。そして、グレイの旅の果て、未界進行もオデュッセウスは見事言い当てる。オデュッセウス=ジャックナイフ。この男は一体何なのか。疑問に疑問が重なる不穏な空気。
「ァァァァァ!!!!!!」
「?!」
黒い鉄格子を境にオデュッセウスと語らうグレイの耳に入るルヴィアの叫び声。さらに上からこの声は聞こえてくる。
『これで200回目だな』
「はぁ?!」
『あの娘っ子の叫び声さ。ここにきてからもう200回は聞いたぜ。さぁ、時間もないぞ。今助けに行かなければ、お前の大切なものは奪われる。ただし、この先に待ち構えるベルド=ザグドレアにお前は勝てない。力がないからだ』
オデュッセウスの推測では、ベルドとグレイが戦えば確実にベルドに軍配が上がると言う。それだけベルドはグレイを圧倒する力を秘めていると。ただし、自分を解放すればその戦力は逆転するとも続ける。ベルドを倒してルヴィアを救いたくば、自分を解放しろ。ただその一点張り。
魔獣の森でベルドと実際に拳を交えたグレイ。もちろんルヴィアを助け出すため、ベルドを倒す気でアステラ監獄まで駆けつけたが、いざ対峙した時、本当に勝機はあるのか。グレイは徐々に不安な気持ちに駆られていく。
『さぁ!選べ』
「…。」
『仲間を救うためにこの俺を利用するか!!勝ち目のない戦いに身を投じて、仲間共々ここで死に絶えるか。』
ドクンッドクンッドクンッドクンッ!!!
パチンッ!!
「?!」
グレイの鼓動はどんどんと速度を増し、息を荒げていく。そんなグレイを1発ビンタし目を覚ませるシルフィア。
『まやかしじゃ。グレイ、お主にはわらわが着いておろうて。邪に取り込まれるでないぞ』
『クッハッハッ…。この精霊ごときめ。』
『あの小娘を救いたいのなら、さっさと足を動かさんか』
「シルフィア…。ありがとう!今目が覚めたよ!ルヴィアは必ずこの手で助け出す!」
グレイはシルフィアの助力により、オデュッセウスの邪に満ちた言葉巧みな戯言を振り払い、己の足を動かし始める。
中央に伸びる筒状の排気口のようなものの外周を回るように天へと伸びる螺旋階段。その階段を一歩ずつ登っていき、さらに上の上層へと足を踏み入れる。
上層に近づけば近づくほど、熱気と不穏な魔力が満ち満ちており、シルフィアに悪寒が走る。
『グレイ…今回の敵はなんだか嫌な予感がする』
シルフィアは唐突にグレイの頭へ語りかける。
グレイの身を案じることはもちろんだが、それ以上にこの通路の奥から感じる異様な気配に、シルフィアは不穏な魔力を感知していた。
「どういうこと」
『上手くは説明できぬが…』
「そっか。でも、何があっても俺は行かなきゃいけない。ルヴィアのためにも、一緒に着いてきてくれた皆んなのためにも。そして君のためにもね」
グレイはシルフィアの警告を承知の上で、覚悟を決めて通路を突き進み、茶色の大扉で仕切られた一室に足を踏み入れる。
ガチャーーーー。
『アステラ監獄、上層・天知の間』
中央に筒状の排気管のようなものが天井まで突き抜け、それ以外はまっさらで無の空間が円柱状に広がる部屋。そして、部屋の外周には、斧や戦鎚、長剣、槍、多くの近接武器が掛けられていた。
「ここだったか」
「来たか。小僧」
「グレイ!!来ちゃダメ!早く逃げて」
ルヴィアは天知の間へ入ってきたグレイへ出ていくように説得する。
「もう遅い」
ミシミシミシミシミシミシ!!!!
「?!」
グレイの背後から大地が軋むような痛々しい音が聞こえ、グレイは振り返ると、先ほど自分が開けて入ってきた茶色の大扉が変色し、灰色で苔のような細かい緑が生えた古びた岩石模様が浮き出ていたのだ。
「何をした?」
「土属性魔法・ガイアベルムだ。ここからは逃さんという意味だ」
土属性魔法・ガイアベルム。物など対象のものの耐久値や強度を岩石レベルに強化し、主に内からでも外からでも密室空間を作り出す時に用いられる一種の拘束魔法。そしてこの魔法は、
『ガイアロスの得意魔法じゃ、これは』
「ガイアロス?」
「?!」
頭に直接語りかけるシルフィアとそれを口にするグレイの会話に驚き目を見開くベルド。そして、グレイの口から聞こえてきた『ガイアロス』の名前にベルドの内なら何かが反応を示す。
スゥーーーーー。
ベルドの内から一つの光の球が現れて空を旋回した後、ベルドの肩に止まり、その光の球は姿を変えていく。
『オイラのこと呼んだけー?』
「まさか?!七大精霊?!」
『そうじゃ。あやつが大地誕生と共に生まれた山々や森を形作る土の大精霊・ガイアロスじゃ』
ーー悪寒の正体はあやつか。
シルフィアと同じくらいの2、3頭身妖精で髪型はカクカクの岩模様、何より全身を茶色に、顔や手だけが肌色をした猿にも見えなくもないその見た目に、シルフィア同様、七大精霊の特徴が垣間見える。
『久しいのう~ガイアロス』
シルフィアもガイアロスにその姿を見せるべく、グレイの心臓から抜け出し、グレイの肩に止まる。
『あわわわわわ、シルフィアじゃねーかよっ。何でここにいるんだよ。ま、まさかオイラの首を狙って?!』
『そんなわけなかろうて、バカめ』
ガイアロスとシルフィアがどういった関係性なのかはよく分からないが、内輪言を見るにガイアロスが少々下手に出ている様子。
「そうか。お前も七大精霊と契約を交わしていたのか。やはり前回は、露骨に手を抜いていたのだな」
「別に手を抜いてたわけじゃねーよ。条件が悪かっただけだ。でもここなら、全力で戦える」
「あの白い炎か?」
「だったらなんだよ」
「いや、何…風ではないのだなと思ってな。まぁいいさ、火属性相手ならこっちも都合がいい。硬化」
ピキピキピキピキ…。
ベルドは両手を肘まで硬化させ、戦闘体制をとってグレイへ歩み寄っていく。
それに対し、グレイもまた、ポケットに手を入れ、改良版・アルビニウムを両手に一つずつ握りしめ、ベルドへ向かっていく。
「ガイアロス、引っ込んでいろ」
「シルフィア、戻っていいよ」
2人は七大精霊を内に戻し、互いの拳と拳で語り合おうとしたが、ルヴィアがそれを止める。
ルヴィアはベルドの後ろからベルドの足に掴み掛かり、妨害を始める。
「貴様…何の真似だ」
「グレイ…お願いだから、逃げて。ウチのためなんかに…命を棒に振らないで…」
「放せ…」
「グレイ…早く…」
「2度は言わんぞ」
ベルドは右手に先の鋭く尖った岩の棒を生成し、足に掴み掛かるルヴィアに目を落とす。
「待て!!ベルド!!!」
ベルドがその棒でルヴィアを始末しようとはやることを察したグレイはベルドを呼びかける。
「これは、この愚かな小娘の意志だ。自分の立場も理解できず、ただいたずらに命を投げられる愚かな馬鹿の、しょうもないプライドを汲んでやれ、小僧」
「ルヴィアはバカでも愚かでもない!!ただの友達思いな優しい人だ!!それが分からないお前らの方がよっぽど馬鹿だ!!」
「類は友を呼ぶとはよく言ったものだな。こいつもこいつなら、貴様も貴様だ。この小娘にはまだ生物兵器のことを聞き出す必要があったが、この4日尋問し続けても何の進展も無し。頭は弱くとも一丁前に口は硬いらしい…。もう用無しになったからどうでもいいがな」
ーーあの小娘がここにきてから、もう200回は聞いたな。ガッハッハッハッハッハッハッ。
ふと思い出すオデュッセウスの言葉。
「この4日…ずっとあんなに非道なことをしてたのか」
「あぁ。無駄な時間だったがな」
「クッ……。お前たちは、どこまでも腐ってる!!闇ギルドの何十倍もだ!!」
グレイは、この4日間、いや、大魔法省がルヴィアという少女に近づき、その能力の全てを我が物として利用し始めてからずっと、ルヴィアを苦しめてきたことに怒りを覚え、全身に力を込めて、その頭を叩くために飛び出す。
バンッ!!!!!
ーー速い?!
「アル・ゼノカンガリュー・ラッシュ・改!!」
両手で改良版・アルビニウムを握りつぶし、燃え盛る白炎を拳に纏わせ、左右の連打をベルドへ打ち込むグレイ。
「オラオラオラオラオラオラ!!!!」
ズバババババババババッ!!!!!
ダダダダダダダダダダッ!!!!!
猛烈に繰り出されるアル・ゼノカンガリュー・ラッシュ・改を硬化させた左腕一本で対処するベルド。
ベルドの動体視力は常人の約3倍の速度でモノの動きを捉えられるため、身体能力のずば抜けたグレイの連打であっても、そう簡単に有効打が入らない。しかし、たとえ攻撃を目で終えたとしても、硬化させた左腕一本といえど、耐え凌ぐのは無理があり、ベルドは限界手前で右手に掴んだ鋭く尖った岩の棒をグレイ目掛けて差し向けるが、グレイ自身も動体視力には自信があり、不意の一撃を屈んで避けた上で、下からベルドの顎へ燃ゆる拳のアッパーを打ち込む。
「アル・ウイコアラ・アッパー・改!!」
ゴンッ!!!
「ブハァ!!」
ベルドは思わず舌を噛み、多少の出血を吐き出し、さらにはアッパーで脳みそを揺らす。
動体視力に自信があったはずのベルドだったが、自分の繰り出した不意打ちで仕留め切るはずだった相手にその一撃を避けられたあげく、そこから切り返して攻撃を繰り出せるグレイの余りある余力を計算に入れられなかったことが、この一撃を喰らった要因だと考えられる。
完全にグレイをなめきっていた油断怠慢が引き起こした事象。これを受け、ベルドは己の価値観を見つめ直す。この小僧は油断ならないと。
「ルヴィア!こっちへ来るんだ!!」
ベルドをぶっ飛ばしたことで、ベルドに隙が生まれ、ベルドの間合いで拘束されていたルヴィアが、その間合いから抜け出しグレイの元へ駆け出す。
「グレイ!!!うぁぁぁん!!!」
ギュウ!!
両手首を拘束され、両足首には鉄球の重しが付けられていたルヴィア。それでも微かに生まれた希望に縋り付く。
「グレイ!!グレイ!!!グレイ!!!!」
「良かったよルヴィア!」
グレイもルヴィアを強く抱きしめ、安心させる。
「ハァハァ…小僧。名を何と言う」
「グレイだ」
「そうか…グレイか。覚えておこう。この俺に一撃を打ち込んだ小僧。そして、今日この場で死ぬ小僧の名をな!!!」
ズバーーーーー!!!
ベルドは全身から土属性のオーラを放ち、グレイを威圧する。その勢いで黒スーツのボタンははち切れ、飛んでいき、そのまま上着を地面に捨てるベルド。そして、シャツの腕を捲り、ネクタイを緩め、本気モードに移行する。
「ペッ!!。さぁ、始めようかグレイ。久々に血がたぎる戦いをしよう。」
ベルドは口に溜まる血を全て吐き捨て、真剣な目でグレイと対峙する。今のベルドはグレイを始末することは勿論だが、それと同じかそれ以上に、グレイとの戦いを楽しんでいた。
「グレイ…やっぱりあいつは…」
「ルヴィア、少し離れはていてくれないか」
「でも、貴方が…」
「絶対、あいつをぶっ倒してくるから。俺が戻るまで、これを預かっといてよ」
グレイは自分の首に巻いていた灰色と黒の格子模様のカシミヤのマフラーをルヴィアに首に簡単に巻き付け、泣きじゃくる傷だらけのルヴィアに自分の大切なものを預け、歩み出す。
「ベルド!お前を倒して、全員でここを出てやる」
「ハッハッハッ。グレイ、貴様の未来はとうに決まっている!"死"のみだ!!」
「ハッ!死ぬのは一度で十分だ!!!」
「知ったような口を!」
バッ!!タッタッタッタッタッ!!!
バッ!!タッタッタッタッタッ!!!
黒ノ執行の精鋭たちですら恐れ慄く暗殺部隊きっての天才・ベルド=ザグドレア。その男を前に、グレイは真っ向から挑む。ルヴィアを無事ここから助け出すために、この男を倒す!!
「アル・ウイコアラ・パンチ・改!!」
「土属性魔法・ロックストライク!!」
ズバン!!ズバン!!ズババババン!!
白炎を纏いし拳で殴りつけるグレイと、硬化し、さらに土属性魔法を上乗せさせた拳で殴りつけるベルドの2人の打撃が炸裂する。
バシンッ!!!バシンッ!!!ズバンッ!!
片一方が殴れば、片一方は腕でガードし、数発打ち込んでは後退して距離を置き、また詰め寄っては殴り合う。その繰り返しで、互いにボロボロになるまで殴り合う2人。
「土属性魔法・ロックボンバー」
ベルドは大気中に大岩を生成して、グレイへ投げ飛ばす。
大岩なだけあって、その過度な重量感を持つ岩はスローペースでグレイに襲いかかるが、勿論、これは簡単に避けるグレイ。
ズバンッ!!!ゴロゴロゴロゴロ。
大岩はグレイが元いた場所へ着弾し、勢いで粉々に砕ける。そんな細かな石をさらに操るベルド。
「土属性魔法・ストーンプッシャー」
粉々になった石たちがベルドの意思でグレイは吸い寄せられ追尾性能を持った流星がグレイを追いかけ回す。
「な、んだよこれ!!クソッ!めっちゃ…追いかけて…くるじゃねーか!!」
ズバンッ!!ズバンッ!!ズバンッ!!!!シュンシュンシュン!!!!
グレイは走る速度に緩急をつけ、スローペースとハイペースを使い分けることで、追尾性能を持つ石を数回に分けて着弾させ、その数を減らしていく。
「逃げ回る相手は、動いが読みやすいぞ!!」
バンッ!!
後方からストーンプッシャーに追いかけ回され、グレイの動きを読み切ったベルドが正面から現れる。
「なっ?!」
グレイは咄嗟に改良版・アルビニウムを前方に投げ、ベルドを困惑させる。
ーー投擲?ガラスか?何か液体が…。
一瞬の出来事でもそれがガラスのケースであることと、中に入った薬品を見極めるベルド。
しかし、グレイの狙いは改良版・アルビニウムを投げ当てることにあらず。
ズバッ!!!!
グレイは右片足で地を蹴り上げ、逆回りで足を思いっきり回し上げ、勢いで改良版・アルビニウムのケースを割り、右足に白炎を纏わせ、火炎車のごとき縦回転足技を繰り出す。
「アル…えぇーっと、なんでもいいや!!!」
ブワァン!!!!ズババババババン!!
ピカーーーン!シュワン!
咄嗟のことで技名も思いつかなかったグレイ。
そして、ベルドもまた故意に投げつけられたガラスケースを警戒して距離を置いていたため、グレイの白炎を纏いし縦回転回し蹴りは避けられる。けれども、奇襲を仕掛けてきたベルドに距離を置かせ、さらには背後から迫り来るストーンプッシャーの残弾を蹴り潰したことで、二つの攻撃を対処してみせたグレイ。結果的にオーライな結果を上げる。そして、グレイの攻撃乗じて背後にしれっと実体化するシルフィア。これは完全にベルドの意表をついただろう。
「風属性魔法・風塵衝波!!!!!」
『風属性魔法・風塵大衝波!!!』
「何?!」
ブァァァアン!!!!ドスンッ!!
グレイの白炎纏う縦回転回し蹴りによって詰め寄れなかったベルドは、空いてしまったこの距離でも攻撃を繰り出すため、土属性以外に使える風属性魔法で、さらに速さを活かした風塵衝波を繰り出すも、風の大精霊・シルフィアによって、その上位互換である風塵大衝波をお見舞いされ、逆に攻撃を喰らう羽目となってしまう。
「クハァ…風の大精霊…いつの間に…。」
「シルフィア?!どうして」
『お主とあやつで距離が空いた時点で、何やら左手に風属性のオーラを溜めておるのが見えてのう。もしやと思い準備しておれば、このザマよ。狙いは悪くないが、相手が悪かったのう小僧よ』
「全てお見通しと言うわけか。風の大精霊…」
『そろそろオイラの出番じゃねーか?』
「黙っていろ。やつは風の大精霊だぞ。お前じゃ相性が悪いだろ」
ベルドの脳内に直接語りかける土の大精霊・ガイアロス。けれど、相手が風の大精霊ということもあり、属性的に不利であるこの状況で、ガイアロスに頼るべきではないと判断したベルド。もし、ガイアロスの力を借りるとしても、シルフィア自身のマナを少しでも消費させて置く必要がある。それに、不幸中の幸いか、契約者であるグレイの得意属性は火属性である誤認しているベルドは、シルフィアによる風属性魔法の上乗せさせた強力な風属性魔法は飛んでこないと推察している。そして、当のグレイ相手には属性的に有利である以上、自分がシルフィアをいかにマナ切れに追い込めるかどうかが、この勝負の鍵を握るのだと推察する。
そのどれもが的外れであったとしても、ただ一点、シルフィアの助力無しでは土の大精霊と契約した万全なベルドを倒す術がグレイに無いことは確かであった。
そしてグレイの心臓の代替となるシルフィアの1日に使用できるマナは僅かであり、1発、風塵大衝波を放った現在、風属性魔法を繰り出せてあと2発が限界。ベルドの知らず知らずにグレイは追い詰められていた。そして、それはグレイも理解していた。
ーー相手は土属性魔法の使い手で、さらにバックには土の大精霊も控えてる。シルフィアが魔法を一回使った以上、もってあと2回。シルフィアが眠ったら…その後はジリ貧か。
ーー俺が風の大精霊に魔法を多く引き出させる。そして、マナ総量で大きくアドバンテージが取れれば、あとはガイアロスに暴れさせるのみ。互いに七大精霊と契約を交わした者同士、属性の有利不利があったとしても、勝負の行末は、誰にも分からない。
互いに拮抗した身体能力。そして、大精霊による属性的有利を得ながらも、制約によって使用できるマナが限りなく少ないグレイ陣営と、己と大精霊、互いに相当なマナ総量で圧倒し、さらには互いに同じ属性を操る相乗効果も併せ持つベルド陣営か、勝負の行方は、2人の思考の深さに左右される。
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