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第四章 〜再会と過去
68話 『表と裏』
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改良版アルビニウムを製作するための素材とニーナの船酔いに効く酔い止めを買い揃えたグレイたちは月光丸に戻る。
「お待たせゼクシード、買ってきたよ」
「あぁ、ご苦労だった」
ゼクシードは船上に設置された木製ベンチの上で何やら大きなモノクロ新聞を開いて読んでいた。
「何それ?なんか面白いことでも書いてあるの?」
「んーー。お兄さんやハルミたちも載ってるぞ」
「本当に?どれ!」
ゼクシードが読んでいた新聞に兄であるカイトやハルミたちの記事が載っていると言うもんで、グレイは新聞を貰い読み上げる。
「ここだ」
ゼクシードが指を指した記事。それは、闇ギルド解体の記事。そこには多くとも4件、総勢200人規模が関わる事件が掲載されていた。
「すっごい、この短期間で闇ギルドを4件も解体させたなんて」
「にしても物騒な話だ。裏面も読んでみな。殺人の見出しや脱獄囚の記事も載ってる。」
囚人・デイモン=マックスター、バスタロッテ=ナルマーニ、共にロックアウト監獄脱獄。
「ロックアウト監獄って?」
「ウエスト大陸南部にある、ウエスト史上最難の監獄、らしいがこのザマだ。」
ウエスト大陸南部にある天空監獄・ロックアウト監獄。人工的に大山を削り取り、遠くから見れば一本の細い岩の柱で上層を支える鼠返し状の土台に建築された標高2000メートルにある監獄。そして囚人たちには勿論魔力阻害器具が取り付けられているため魔法を駆使した脱獄はできず、監獄の外側は崖になっており、脱獄イコール落下死というある意味で、生きて脱獄することはできないと言われる天空監獄であった。
そんなところから2人の囚人が脱獄して見せた。この一件はロックアウト監獄だけでなく多くの系列監獄にも情報が回り、世間を震撼させ、大見出し記事となる。
「良いニュースもあれば、悪いニュースもあるね」
「だがここ最近はこんなことばかりだ。これを見ろ」
ゼクシードは1週間前と2週間前の週間新聞をグレイに手渡す。
「どれだけ持ってるのさ」
「世界事情を知るには新聞が手軽だからな」
ゼクシードから手渡された新聞の1枚には一面大見出し記事で、これまたイースト大陸1有名な監獄からの脱獄記事が載っていた。何よりも懸賞金を倍に跳ね上げ、UMNならびにイースト大陸に拠点を置く独立ギルドに警戒を呼びかける旨も記載されていた。
「こうも立て続けに?それに何だか…まるで3年半前みたいに…」
「あぁ…。もし裏で手引きしてる奴がいるんだとしたら…靱とやってることは変わらないな」
靱。ゼクシードやハナが属していた奴隷解放を目論む支援団体。3年半前にレオネード・ハーツやホーリー・シンフォ、そしてグレイらによって解体された組織であり、3年半前の旧・ドセアニア王国を滅亡させる要因にもなった組織である。
「どう思うの?」
「十中八九外の世界に協力者がいるはずだ。何せロックアウト監獄は天空監獄だ。魔法無しでは死ぬだけだ。ただ、ウエストとイースト。真反対の遠き大陸での1週間空きの脱獄事件。同一犯とは思えないな。俺たち靱はノース大陸に絞って作戦を遂行して、6箇所の収容所を落とすのに数年を費やしている。リアリストからしてみたら現実的じゃないな」
ゼクシードの見解はあくまで別の協力者による手口、犯行であり、ウエスト大陸での一件とイースト大陸での一件は全くの別物だと言う。
「闇属性魔法の、ゲートを使ったら?」
「…?。何か、同一犯だと言いたいのか?」
「星界の使徒が関わっていたら…と思って。幹部のメラクも、真十光のイナも、あっちには闇属性魔法を使える奴が多くいる。遠く離れた位置の瞬間移動だって造作もないよ」
「そう言われたら何とも言えないな。実際、闇属性魔法は希少で文献も少ない。詳しくは分からないからな」
闇属性魔法のゲート。これまでグレイたちを苦しめてきた移動魔法。その存在がある限り、こういった普通の人間なら不可能な事を星界の使徒たちは平気でやってのけてしまうため、グレイは疑いの目を向ける。
「何はともあれ、ウエスト大陸でも事件が起きている以上は用心した方がいいな」
「そうだね!ニーナにもこの事を伝えてくるよ」
「頼む。それじゃ、素材はこっちで預かる…」
「ありがとう!はいこれ」
グレイはゼクシードに買い揃えた素材を渡して、ニーナに同一の話をしに行く。
ーー闇属性魔法か。深く調べる必要がありそうだな。
ゼクシードは改良版アルビニウムの製作とともに、闇属性魔法についての文献や論文、レポートを探すことにした。
そして一行はメリンダで用事を全て済ましてしまったため、水の都・クリアスへは向かわず、真っ直ぐ下へ南下し、西へ直角に曲がってグレイの故郷であるマクアケ村を目指す。何故なら、クリアス経由では、途中に大森林・マグルミの森があるため月光丸では少々移動が難しいためだ。
「クリアスには行かないんだ~」
「何かあるのか?」
「いや、でも初めてお姉ちゃんと出会った場所だから、思い出がね」
グレイは初めて見たアイドルの屋外ライブ、ミヅキの生ステージを思い出す。青い衣装に身を包んだ水色髪の天使のことを。この世界にはこの人以上に歌を愛し響き届ける者は居ないのではないかと思わせるほどの美声と容姿。あの日のライブをもう一度見たいと願うグレイだった。
メリンダの街を南下し2時間月光丸を走らせ、ウエスト大陸中部の街・リップホックに到着する一行。
「このままマクアケ村を目指すの?」
「少し燃料を補給してから行こうか」
ゼクシードたちはガソリンスタンドに行き、燃料を15リットルほど入れ、満タンにしてからマクアケ村へ向かおうとしたが、ニーナが何やら一枚のチラシを持ってきた。
「ねぇねぇ、グレイ見てよ」
「ん?アイドルライブ?SOPって確か」
「スターオーシャンプロダクション!!ミヅキ様がいる事務所だよ!」
「ミヅキ様って…ハハッ」
「凄いんだよ!!No.1アイドルなんだから!」
ニーナは、グレイにミヅキの凄さや魅力を熱く語る。
今でこそ実家を離れてしまい、荷物も全て置いてきてしまったニーナは、推しであり、憧れでもあるアイドル・ミヅキのグッズは持ち合わせてはいないが、その想いは本物であった。
ーーやっぱ結構凄いんだ、お姉ちゃん。
「それで、これが…」
「んんんんん!!!!!」
ニーナは『見たい』とは言わない。しかし、グレイを強く見つめるその目や表情は、完全にこのライブを見たいと強く主張している風だった。
「まぁ、いっか。先を急いでるわけでもないしね」
「やったーー!!!!ありがとうグレイ!!」
船酔いが酷くて重度のアイドルオタク。相当個性の強い仲間だこと。
チラシに書かれていたライブ公演の日は明日の午後であったため、一行は街のはずれに月光丸を停めて、一夜を過ごす。
翌日、ゼクシードは改良版アルビニウムの製作に取り掛かり、ニーナは街へ出向いてアイドル公演の下調べをする。その間グレイはリップホックの外側に位置する農家に足を運び、新鮮な野菜を買い込んでいた。
一対一の屋外販売。
畑の前に並べられた横机と籠の中に無造作に入れられる野菜たち。
人参、キャベツ、玉ねぎ、じゃがいも、多種多様な野菜が取り扱われていた。
「凄い、この玉ねぎ大っきい!」
「でしょう。うちの野菜は全部無農薬だから体にも良いのよ」
「そうなんですか?!」
「うちの自慢さね!」
農家のおばさんは、後ろの畑で作業をしているおじさんに手を振る。
「でも無農薬だと、やっぱり収穫量とかも減っちゃいますよね」
「お?詳しいわね坊や。経験でもあるのかい?」
「ちょっと家族の手伝いで」
「それは偉いねぇ~良かったら手伝っておくれや」
「本当ですか?!是非」
久しぶりの農作業はグレイにとって興奮的な体験だった。
その後グレイは自金で買った野菜と、おばさんのご厚意で頂いた野菜を持って月光丸に帰還する。
「お疲れゼクシード」
「お疲れ。また野菜か…本当に好きだね」
「大好き!ニヒヒッ!」
グレイは笑顔のまま台所へ行き、野菜を保冷庫に詰め込む。
「グレーーーイ!!!!!グレイはいる?!」
「どうした?騒がしいな」
グレイが台所から出ると、ニーナが手持ちのサイリウムを複数本購入し、グレイとゼクシードに渡す。
「?!…僕も行くのか…」
「当たり前でしょゼクシード!!グレイもよ!」
「まぁみんなで行こうか」
「はぁ…了解だボス」
ゼクシードはため息混じりに承諾し、一行は夕方、リップホックの街の中心にある仮設ステージで行われるスターオーシャンプロダクション所属の新人アイドル『5thオリオン』のライブを観戦する。
5人組の女性アイドルグループであり、それぞれが、赤、青、黄色、緑、ピンクの5色を担当しており、可憐の衣装に身を包み、ポップの効いた歌詞とダンス、曲調で観客たちを楽しませる。
ニーナに連れられてのライブ公演だったが、ゼクシードも満更でもない様子。それに加えて鬼のように盛り上がるニーナに手を繋がれて一緒に楽しむグレイ。3年半前に味わった感覚とはまた違うものをグレイに体験させる。
その翌日、早朝に月光丸を出して、マクアケ村まで2時間ほどで到着する一行。約3年半ぶりにグレイは故郷のマクアケ村の土地へ足を踏み入れる。
スゥーーーーーハァーーーー。
懐かしい土と草木の香り。米の収穫を終えた畑は綺麗さっぱり落ち着き、村の人々は冬場のため家から出ようとはしないため、辺りは静まり返っていた。
「ここがグレイの故郷?!」
「そうだよ。マクアケ村。懐かしいな」
「グレイ、ここら辺に船を止めれるところはあるかな?」
「んーー、村の外じゃないと無理かも」
「とりあえず停めれるところを探そうか」
こうしてグレイら一行は、村へは入らず周辺の空き地を探して月光丸を停船させ、徒歩でグレイの実家へ足を運ぶことにした。
「お祖父様が1人で住んでるんだっけ?」
「そうだよ。もしかしたらミムラのおばさんも来てるかもしれないけど」
御歳80となるウィローの身の回りの世話をグレイに代わってこなしてくれる約束をしていた隣地区のミムラのおばさん。家政婦さん扱いのため、もしかすると家にいる旨を話す。
「手見上げとかなくて良かったの??」
「それならある」
「「え?!」」
思わずグレイまでも驚いてしまう。ゼクシードの優秀っぷりには頭が上がらない。
「良かったのにそんなの」
「良くないだろ。命の恩人を育て上げた方だぞ。偉大な方だ」
「そ、そうかな…へへへっ」
祖父が褒められたことに嬉しく思うグレイは、つい自分のことのように鼻を高くしてしまう。
数分ほど村を歩き、途中、グレイは顔馴染みの子供をいち早く見つけ、ゼクシードの影に隠れる。
「どうしたグレイ?」
「いや、えぇーと、その…」
「どうしたの?お腹の調子でも悪い?」
ニーナも中腰になり、俯くグレイの目を見つめて話し込む。
グレイが初めに見つめていた先へゼクシードは顔を向けると、そこには何人かの青年たちと数人の大人がいた。グレイはあの仲の誰かを見て調子を悪くしたに違いない。ゼクシードはそう睨む。
「誰か気になるやつでも?」
「えぇーと、昔色々あった人たちで…」
「まぁ理由は問わん。そのまま背中に隠れて歩け。盾にでも何でもなってやる」
ゼクシードはグレイの前を歩き、青年らは大人たちとは会わせないようにグレイを隠して村の奥へ侵入していく。
しかし、物事は簡単には行かず、その中の青年の1人がニーナに目を向け、声をかけてきた。
「ねぇねぇ、そこの桃髪の子!ちょっときてよ」
「はぁ?!」
これはナンパというやつだろうか。15、16程の歳の子がニーナをナンパしてきたのだ。
青年は取り巻きを連れてニーナたちに近づいてくる。
「フンンン…」
それに気づき、グレイは強く目を瞑り、ゼクシードの白衣を握りしめる。
「グレイ…」
「ねぇってば、聞こえてるんでしょ?同い年?どこの学院の子?」
青年は同い年に見えたニーナに年齢を問いたり、中高学院に通っていることを前提に話を進めていく。
「君みたいな可愛い子、ここら辺じゃ全然見ないけど、引っ越しとか?」
「か、可愛い///」
ーーこいつ満更でもないな。
ゼクシードはニーナの態度に呆れ返り、ため息をつきながらメガネを直す。
「俺の名前はレギー、君は?って、あれ?グレイか?」
「?!」
自分のことをレギーと名乗る青年は、ゼクシードの後ろに隠れていた灰色髪を見つけ、回り込んで確認する。
「ほら!やっぱりグレイじゃん!お前ら、落ちこぼれグレイが帰ってきたぞ!」
「「落ちこぼれグレイ?」」
ゼクシードとニーナは、レギーの放った言葉に苛立ちを覚える。
「おっマジじゃん!魔法もろくに使えない落ちこぼれグレイだ!」
「家も貧乏で野菜生活で服もお下がり」
「おまけに両親まで居ないときた!最低最悪の落ちこぼれグレイだーー」
ーー?!
いつぶりだろうか。マタタビさんと共に旅に出る前までか。忘れかけていたこの感覚、再び味わう苦痛の日々。
それは『いじめ』というやつだった。
「おもちゃが勝手に居なくなるなよ~壊れたかと思って心配したんだぞ」
レギーはグレイに詰め寄り追い討ちをかけていく。
「おい、口が過ぎるぞ、君」
「そうよ!グレイがあんたたちに何したって言うのよ!」
「んぁ?何もしてないさ」
「何それ!意味わかんない!」
「ただこいつは存在が不愉快なんだよな!!!」
怯えるグレイにレギーは3年半分の思いを込めて手を上げる。それを見かねてか、ニーナは右手を握りしめ、レギーの頬をぶん殴る。
グハァッ!!!
ニーナの渾身の一撃がレギーの頬に入り、吹っ飛んでいく。レギーの取り巻きたちはレギーに肩を貸し逃げ去っていく。
「あんたら最低よ!!!!正真正銘のクズどもよ!!」
ニーナは両手を合わせて叩き合い、グレイの方へ振り返る。
「大丈夫だった?グレイ」
「うん…ありがとうニーナ…」
真十光に立ち向かい、自分を庇うように戦ったヒーロー的な姿とは裏腹に、今目の前にいるグレイはレギーに酷く怯え、心は冷え切ってしまっていた。
あれほどまでの強敵に立ち向かっていけるような子が、ここまで弱ってしまうほど過去に受けたトラウマは衝撃的な物なのだろうと2人はグレイに同情してしまう。
「体が冷えるぞ。早く行こう」
ゼクシードはグレイの手を握り実家まで引っ張っていく。
「じゃあアタシも!!」
ーー2人とも…。
ニーナももう片方の手を握り、3人肩を並べてウィローの住まうグレイの実家に足を運ぶ。
「お待たせゼクシード、買ってきたよ」
「あぁ、ご苦労だった」
ゼクシードは船上に設置された木製ベンチの上で何やら大きなモノクロ新聞を開いて読んでいた。
「何それ?なんか面白いことでも書いてあるの?」
「んーー。お兄さんやハルミたちも載ってるぞ」
「本当に?どれ!」
ゼクシードが読んでいた新聞に兄であるカイトやハルミたちの記事が載っていると言うもんで、グレイは新聞を貰い読み上げる。
「ここだ」
ゼクシードが指を指した記事。それは、闇ギルド解体の記事。そこには多くとも4件、総勢200人規模が関わる事件が掲載されていた。
「すっごい、この短期間で闇ギルドを4件も解体させたなんて」
「にしても物騒な話だ。裏面も読んでみな。殺人の見出しや脱獄囚の記事も載ってる。」
囚人・デイモン=マックスター、バスタロッテ=ナルマーニ、共にロックアウト監獄脱獄。
「ロックアウト監獄って?」
「ウエスト大陸南部にある、ウエスト史上最難の監獄、らしいがこのザマだ。」
ウエスト大陸南部にある天空監獄・ロックアウト監獄。人工的に大山を削り取り、遠くから見れば一本の細い岩の柱で上層を支える鼠返し状の土台に建築された標高2000メートルにある監獄。そして囚人たちには勿論魔力阻害器具が取り付けられているため魔法を駆使した脱獄はできず、監獄の外側は崖になっており、脱獄イコール落下死というある意味で、生きて脱獄することはできないと言われる天空監獄であった。
そんなところから2人の囚人が脱獄して見せた。この一件はロックアウト監獄だけでなく多くの系列監獄にも情報が回り、世間を震撼させ、大見出し記事となる。
「良いニュースもあれば、悪いニュースもあるね」
「だがここ最近はこんなことばかりだ。これを見ろ」
ゼクシードは1週間前と2週間前の週間新聞をグレイに手渡す。
「どれだけ持ってるのさ」
「世界事情を知るには新聞が手軽だからな」
ゼクシードから手渡された新聞の1枚には一面大見出し記事で、これまたイースト大陸1有名な監獄からの脱獄記事が載っていた。何よりも懸賞金を倍に跳ね上げ、UMNならびにイースト大陸に拠点を置く独立ギルドに警戒を呼びかける旨も記載されていた。
「こうも立て続けに?それに何だか…まるで3年半前みたいに…」
「あぁ…。もし裏で手引きしてる奴がいるんだとしたら…靱とやってることは変わらないな」
靱。ゼクシードやハナが属していた奴隷解放を目論む支援団体。3年半前にレオネード・ハーツやホーリー・シンフォ、そしてグレイらによって解体された組織であり、3年半前の旧・ドセアニア王国を滅亡させる要因にもなった組織である。
「どう思うの?」
「十中八九外の世界に協力者がいるはずだ。何せロックアウト監獄は天空監獄だ。魔法無しでは死ぬだけだ。ただ、ウエストとイースト。真反対の遠き大陸での1週間空きの脱獄事件。同一犯とは思えないな。俺たち靱はノース大陸に絞って作戦を遂行して、6箇所の収容所を落とすのに数年を費やしている。リアリストからしてみたら現実的じゃないな」
ゼクシードの見解はあくまで別の協力者による手口、犯行であり、ウエスト大陸での一件とイースト大陸での一件は全くの別物だと言う。
「闇属性魔法の、ゲートを使ったら?」
「…?。何か、同一犯だと言いたいのか?」
「星界の使徒が関わっていたら…と思って。幹部のメラクも、真十光のイナも、あっちには闇属性魔法を使える奴が多くいる。遠く離れた位置の瞬間移動だって造作もないよ」
「そう言われたら何とも言えないな。実際、闇属性魔法は希少で文献も少ない。詳しくは分からないからな」
闇属性魔法のゲート。これまでグレイたちを苦しめてきた移動魔法。その存在がある限り、こういった普通の人間なら不可能な事を星界の使徒たちは平気でやってのけてしまうため、グレイは疑いの目を向ける。
「何はともあれ、ウエスト大陸でも事件が起きている以上は用心した方がいいな」
「そうだね!ニーナにもこの事を伝えてくるよ」
「頼む。それじゃ、素材はこっちで預かる…」
「ありがとう!はいこれ」
グレイはゼクシードに買い揃えた素材を渡して、ニーナに同一の話をしに行く。
ーー闇属性魔法か。深く調べる必要がありそうだな。
ゼクシードは改良版アルビニウムの製作とともに、闇属性魔法についての文献や論文、レポートを探すことにした。
そして一行はメリンダで用事を全て済ましてしまったため、水の都・クリアスへは向かわず、真っ直ぐ下へ南下し、西へ直角に曲がってグレイの故郷であるマクアケ村を目指す。何故なら、クリアス経由では、途中に大森林・マグルミの森があるため月光丸では少々移動が難しいためだ。
「クリアスには行かないんだ~」
「何かあるのか?」
「いや、でも初めてお姉ちゃんと出会った場所だから、思い出がね」
グレイは初めて見たアイドルの屋外ライブ、ミヅキの生ステージを思い出す。青い衣装に身を包んだ水色髪の天使のことを。この世界にはこの人以上に歌を愛し響き届ける者は居ないのではないかと思わせるほどの美声と容姿。あの日のライブをもう一度見たいと願うグレイだった。
メリンダの街を南下し2時間月光丸を走らせ、ウエスト大陸中部の街・リップホックに到着する一行。
「このままマクアケ村を目指すの?」
「少し燃料を補給してから行こうか」
ゼクシードたちはガソリンスタンドに行き、燃料を15リットルほど入れ、満タンにしてからマクアケ村へ向かおうとしたが、ニーナが何やら一枚のチラシを持ってきた。
「ねぇねぇ、グレイ見てよ」
「ん?アイドルライブ?SOPって確か」
「スターオーシャンプロダクション!!ミヅキ様がいる事務所だよ!」
「ミヅキ様って…ハハッ」
「凄いんだよ!!No.1アイドルなんだから!」
ニーナは、グレイにミヅキの凄さや魅力を熱く語る。
今でこそ実家を離れてしまい、荷物も全て置いてきてしまったニーナは、推しであり、憧れでもあるアイドル・ミヅキのグッズは持ち合わせてはいないが、その想いは本物であった。
ーーやっぱ結構凄いんだ、お姉ちゃん。
「それで、これが…」
「んんんんん!!!!!」
ニーナは『見たい』とは言わない。しかし、グレイを強く見つめるその目や表情は、完全にこのライブを見たいと強く主張している風だった。
「まぁ、いっか。先を急いでるわけでもないしね」
「やったーー!!!!ありがとうグレイ!!」
船酔いが酷くて重度のアイドルオタク。相当個性の強い仲間だこと。
チラシに書かれていたライブ公演の日は明日の午後であったため、一行は街のはずれに月光丸を停めて、一夜を過ごす。
翌日、ゼクシードは改良版アルビニウムの製作に取り掛かり、ニーナは街へ出向いてアイドル公演の下調べをする。その間グレイはリップホックの外側に位置する農家に足を運び、新鮮な野菜を買い込んでいた。
一対一の屋外販売。
畑の前に並べられた横机と籠の中に無造作に入れられる野菜たち。
人参、キャベツ、玉ねぎ、じゃがいも、多種多様な野菜が取り扱われていた。
「凄い、この玉ねぎ大っきい!」
「でしょう。うちの野菜は全部無農薬だから体にも良いのよ」
「そうなんですか?!」
「うちの自慢さね!」
農家のおばさんは、後ろの畑で作業をしているおじさんに手を振る。
「でも無農薬だと、やっぱり収穫量とかも減っちゃいますよね」
「お?詳しいわね坊や。経験でもあるのかい?」
「ちょっと家族の手伝いで」
「それは偉いねぇ~良かったら手伝っておくれや」
「本当ですか?!是非」
久しぶりの農作業はグレイにとって興奮的な体験だった。
その後グレイは自金で買った野菜と、おばさんのご厚意で頂いた野菜を持って月光丸に帰還する。
「お疲れゼクシード」
「お疲れ。また野菜か…本当に好きだね」
「大好き!ニヒヒッ!」
グレイは笑顔のまま台所へ行き、野菜を保冷庫に詰め込む。
「グレーーーイ!!!!!グレイはいる?!」
「どうした?騒がしいな」
グレイが台所から出ると、ニーナが手持ちのサイリウムを複数本購入し、グレイとゼクシードに渡す。
「?!…僕も行くのか…」
「当たり前でしょゼクシード!!グレイもよ!」
「まぁみんなで行こうか」
「はぁ…了解だボス」
ゼクシードはため息混じりに承諾し、一行は夕方、リップホックの街の中心にある仮設ステージで行われるスターオーシャンプロダクション所属の新人アイドル『5thオリオン』のライブを観戦する。
5人組の女性アイドルグループであり、それぞれが、赤、青、黄色、緑、ピンクの5色を担当しており、可憐の衣装に身を包み、ポップの効いた歌詞とダンス、曲調で観客たちを楽しませる。
ニーナに連れられてのライブ公演だったが、ゼクシードも満更でもない様子。それに加えて鬼のように盛り上がるニーナに手を繋がれて一緒に楽しむグレイ。3年半前に味わった感覚とはまた違うものをグレイに体験させる。
その翌日、早朝に月光丸を出して、マクアケ村まで2時間ほどで到着する一行。約3年半ぶりにグレイは故郷のマクアケ村の土地へ足を踏み入れる。
スゥーーーーーハァーーーー。
懐かしい土と草木の香り。米の収穫を終えた畑は綺麗さっぱり落ち着き、村の人々は冬場のため家から出ようとはしないため、辺りは静まり返っていた。
「ここがグレイの故郷?!」
「そうだよ。マクアケ村。懐かしいな」
「グレイ、ここら辺に船を止めれるところはあるかな?」
「んーー、村の外じゃないと無理かも」
「とりあえず停めれるところを探そうか」
こうしてグレイら一行は、村へは入らず周辺の空き地を探して月光丸を停船させ、徒歩でグレイの実家へ足を運ぶことにした。
「お祖父様が1人で住んでるんだっけ?」
「そうだよ。もしかしたらミムラのおばさんも来てるかもしれないけど」
御歳80となるウィローの身の回りの世話をグレイに代わってこなしてくれる約束をしていた隣地区のミムラのおばさん。家政婦さん扱いのため、もしかすると家にいる旨を話す。
「手見上げとかなくて良かったの??」
「それならある」
「「え?!」」
思わずグレイまでも驚いてしまう。ゼクシードの優秀っぷりには頭が上がらない。
「良かったのにそんなの」
「良くないだろ。命の恩人を育て上げた方だぞ。偉大な方だ」
「そ、そうかな…へへへっ」
祖父が褒められたことに嬉しく思うグレイは、つい自分のことのように鼻を高くしてしまう。
数分ほど村を歩き、途中、グレイは顔馴染みの子供をいち早く見つけ、ゼクシードの影に隠れる。
「どうしたグレイ?」
「いや、えぇーと、その…」
「どうしたの?お腹の調子でも悪い?」
ニーナも中腰になり、俯くグレイの目を見つめて話し込む。
グレイが初めに見つめていた先へゼクシードは顔を向けると、そこには何人かの青年たちと数人の大人がいた。グレイはあの仲の誰かを見て調子を悪くしたに違いない。ゼクシードはそう睨む。
「誰か気になるやつでも?」
「えぇーと、昔色々あった人たちで…」
「まぁ理由は問わん。そのまま背中に隠れて歩け。盾にでも何でもなってやる」
ゼクシードはグレイの前を歩き、青年らは大人たちとは会わせないようにグレイを隠して村の奥へ侵入していく。
しかし、物事は簡単には行かず、その中の青年の1人がニーナに目を向け、声をかけてきた。
「ねぇねぇ、そこの桃髪の子!ちょっときてよ」
「はぁ?!」
これはナンパというやつだろうか。15、16程の歳の子がニーナをナンパしてきたのだ。
青年は取り巻きを連れてニーナたちに近づいてくる。
「フンンン…」
それに気づき、グレイは強く目を瞑り、ゼクシードの白衣を握りしめる。
「グレイ…」
「ねぇってば、聞こえてるんでしょ?同い年?どこの学院の子?」
青年は同い年に見えたニーナに年齢を問いたり、中高学院に通っていることを前提に話を進めていく。
「君みたいな可愛い子、ここら辺じゃ全然見ないけど、引っ越しとか?」
「か、可愛い///」
ーーこいつ満更でもないな。
ゼクシードはニーナの態度に呆れ返り、ため息をつきながらメガネを直す。
「俺の名前はレギー、君は?って、あれ?グレイか?」
「?!」
自分のことをレギーと名乗る青年は、ゼクシードの後ろに隠れていた灰色髪を見つけ、回り込んで確認する。
「ほら!やっぱりグレイじゃん!お前ら、落ちこぼれグレイが帰ってきたぞ!」
「「落ちこぼれグレイ?」」
ゼクシードとニーナは、レギーの放った言葉に苛立ちを覚える。
「おっマジじゃん!魔法もろくに使えない落ちこぼれグレイだ!」
「家も貧乏で野菜生活で服もお下がり」
「おまけに両親まで居ないときた!最低最悪の落ちこぼれグレイだーー」
ーー?!
いつぶりだろうか。マタタビさんと共に旅に出る前までか。忘れかけていたこの感覚、再び味わう苦痛の日々。
それは『いじめ』というやつだった。
「おもちゃが勝手に居なくなるなよ~壊れたかと思って心配したんだぞ」
レギーはグレイに詰め寄り追い討ちをかけていく。
「おい、口が過ぎるぞ、君」
「そうよ!グレイがあんたたちに何したって言うのよ!」
「んぁ?何もしてないさ」
「何それ!意味わかんない!」
「ただこいつは存在が不愉快なんだよな!!!」
怯えるグレイにレギーは3年半分の思いを込めて手を上げる。それを見かねてか、ニーナは右手を握りしめ、レギーの頬をぶん殴る。
グハァッ!!!
ニーナの渾身の一撃がレギーの頬に入り、吹っ飛んでいく。レギーの取り巻きたちはレギーに肩を貸し逃げ去っていく。
「あんたら最低よ!!!!正真正銘のクズどもよ!!」
ニーナは両手を合わせて叩き合い、グレイの方へ振り返る。
「大丈夫だった?グレイ」
「うん…ありがとうニーナ…」
真十光に立ち向かい、自分を庇うように戦ったヒーロー的な姿とは裏腹に、今目の前にいるグレイはレギーに酷く怯え、心は冷え切ってしまっていた。
あれほどまでの強敵に立ち向かっていけるような子が、ここまで弱ってしまうほど過去に受けたトラウマは衝撃的な物なのだろうと2人はグレイに同情してしまう。
「体が冷えるぞ。早く行こう」
ゼクシードはグレイの手を握り実家まで引っ張っていく。
「じゃあアタシも!!」
ーー2人とも…。
ニーナももう片方の手を握り、3人肩を並べてウィローの住まうグレイの実家に足を運ぶ。
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