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第三章 〜新たなる冒険
48話 『親子②』
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毎朝欠かさず、腕立てや腹筋などそれぞれ5千回の筋力トレーニングに励むグレイ。そんなグレイを見て、いつもより精や覇気が感じられず注意するダズ。
「おい!グレイ!!全然声出てねーじゃねーか」
「?!…あっはい!すいません」
「たるんでんじゃねーぞコラァ!いつも言ってんだろ!真剣にやれって」
「すいません…ちょっと考え事してて」
「どうせ資材運びがないんだから今日はいつもの倍のメニューをこなせ。そんで、月光和熊との決闘はとりあえず無しだ。今のお前は危うすぎて出せん」
「すいません。」
他のことに気を取られ、全く筋トレに集中できないグレイ。いつも資材運びの仕事も、リカートン造船所が長期休暇に入る関係で休みになったため、いつもの倍のメニューをやらされることとなる。
「そんで…何を考えてた?女か」
「まぁ、近いような遠いような」
「恋バナは任せとけ。この百人斬りのダズ様にな!」
「正気ですか?(笑)」
一体誰がこのオヤジを百人斬りなんて呼んだんだ。まさか自分でつけたわけじゃないよな?と心の底で小馬鹿にしていたグレイ。
「で、何の話だ…」
「実は、ハナさんのことで…」
亡くなっていたと思っていた両親のうち、母親の生存が確認され、その人物は、自分のことも、過去の記憶も綺麗さっぱりなくして、新たに幸せな家庭を築いていた。その状況を、何故か自分に投影してしまうグレイ。
「母さんが亡くなったことはマタタビさんから聞きました。多分ですけど、これに間違いはないと思います。ただ、もし今もどこかで生きている父さんが、俺のことを忘れて、新しい人生を歩んでいたら…そう考えてならないんです。」
「それを確かめるための前段階としての修行だろうが!他人の家庭に首突っ込んむより先にやらなきゃいけねーことがあんだろうが、アホんだら。」
「?!」
ーーそうだ。これは俺のわがままから始まった物語なんだ。何よりもまず、あの熊を倒さなきゃ、俺の冒険は始まらない…。
一瞬にしてグレイの顔つきが変わったことに気づき、ダズは改めて月光和熊との再戦を打診する。
「分かったんなら、さっさとあの熊を倒す方法を模索してこい!」
「ちょっと、行ってきます!」
顔色を変え、改めて修行に集中するグレイだった。
数日後、アルバートの協力のもとで、リオナをエヴァンのはずれにある麦畑にて農作業を頼み、ハナと2人だけの時間を作ってやることにしたゼクシードたち。
ハナは1人で畑に向かい、母・リオナを遠くから見つめる。
大きな麦わら帽子に群青色のオーバーオールを着たリオナは、帽子から見えるその茶髪に整った色白の肌。何から何まで昔と変わらない綺麗なままの母親だった。
「……。おか…」
「お母さーーーーん!!」
「?!」
自分の後ろから母を呼ぶ声が聞こえ、振り向くと、そこには自分の母親と、再婚相手アルバートの間に生まれた息子・リーファの姿があった。
リーファはそのままハナを避け、麦畑に足を踏み込み、リオナの元へ一直線に駆け出す。
「どうして…」
話が違う。ゼクシードにも、アルバートにも、今この時間だけは2人っきりの空間にしてくれると言われたし、約束してくれた。それなのに、どうして息子がいるのか。
これは完全なアクシデントであり、セシリーヌの店中で面倒を見ていたはずのリーファが抜け出し、自分の意思で麦畑まで来てしまったのだ。
「僕も手伝うーー」
「本当に?!リーファは優しいね。じゃあそこの麦を刈って、」
「おりゃ!どお?!取れた!」
「すごいじゃん!すぐ成長しちゃうんだから」
「お母さん!」「お母さん~」「お母さん」
「ずるいよ…(泣)」
---------------------
『お母さん~』
『イャァァ!!!!近づかないで!!!…ごめんなさい。本当に。ハナは悪くないのよ…でも怖いのよ…その髪をみると、お父さんを思い出すの…』
------------ー--------
「お母さ~~見てみて!」
「リーファはすごいね」
よしよし。頭を撫でられ褒めてもらえる。本当に愛し、尊敬する人に。自分が一度も受けたことのない待遇を、他所の息子は容易にしてもらえる。
リーファに強い嫉妬心が芽生え今にも気が狂いそうになってしまうハナ。そんなリーファに、小さい頃の自分を投影し、遠くから羨ましそうに見つめるだけしかできない。リーファが羨ましくて、疎ましくて、それでも…母の喜ぶ笑顔が心に沁みて…やはり、今の順風満帆な幸せを手にした母を邪魔してはならない。
ーーやっぱりアタシは必要ないや…。
「さようなら…お母さん…」
ーーどうか幸せでありますように…。
これから先、母のことは全て、自分と対極のリーファに託し、ハナは大粒の涙を流しながら振り返り、邪魔をしないようにその場を立ち去ろうとする。
「ハナ!!」
「?!」
10年半ぶりに聞いた母の声は…とても気持ちよかった。
---------------------
エヴァンの河川敷にて。
石階段に座り込んで、海賊ごっこで遊ぶ少年たちを眺め浸るグレイ。
「隣いいかな」
グレイは右上を向き、それがゼクシードであることを確認する。
「どうぞ」
ゼクシードも石階段に腰を下ろし空を仰ぐ。
「悩み事か?」
「それはそっちでしょ?」
「…。」
図星を突かれたゼクシードは、表情や仕草に露骨に動揺が見られる。
「今回の一件、余計なお世話だったかなと思って。」
「結局会うことを決めたのはハナさん自信なんだし…いいんじゃない」
「それが…自分の望むような形じゃなかったとしてもかい?」
「…。」
ゼクシードの指摘は、まさに自分が思い悩んでいた問題。ハナの一件でグレイが自分に投影した悲劇。
「俺も、母さんはもう亡くなってるらしい。でも父さんはまだ生きてるかもしれない。そんな時、ハナさんの両親みたいに、どっか別のところで、自分の知らない間に、新たな人生を歩んでるかもしれないって考えたとき、酷く打ちひしがれた。ハナさんがリーファ君を見た時も同じ気持ちだったと思う」
ゼクシードも、ハナも、グレイも、小さい頃に両親と離れ離れになり、孤独を彷徨ってきた者だからこそ共感でき、理解し合えること。
「でも…それでも俺は会いたい。父さんに、できることなら母さんにも。それで、産んでくれてありがとうって一言言いたい」
「?!」
その言葉は、ゼクシードを芯から救った言葉だろう。ハナのことで思い詰め、余計なお世話だったかとグレイに相談してしまうくらいには精神的にくるものがあった。ハナの過去を知りながらも、互いにもう一度辛い過去を思い出させる事象、引き金になりかねないことを平然と提案してしまった自分の愚かさを呪うところだった。そんなゼクシードに、グレイの言葉は芯に刺さったのだ。
「ここから先は、ハナさん次第だよ」
---------------------
「ハナ!!」
「?!」
リオナは麦畑の中で急に立ち上がり、立ち去ろうとするハナを呼び止める。
「どうして…」
それでも、ハナは振り向かず、リオナに背を向けたまま話す。
「『ハナ』なの?貴女が…」
「?!」
リオナは完全に理解しているわけじゃない。自分がハナだということも、この容姿、外見的特徴を覚えているわけでもない。ただ、咄嗟に自分のことをハナだと思い込んでの呼び止めだった。
「違います!」
「そうなの…?ごめんなさいね。急に呼び止めて…」
「クッ……」
ーーダメ。今振り向いちゃダメ。ダメなの!呼んじゃ…お母さんって絶対に言っちゃいけない。だってそれは…お母さんの人生を狂わせる呪いになるから…。
ハナは母親に呼び止められても、グッと堪え、リオナから徐々に距離を置いていく。もうリオナの前には姿を現さない。2度と関わらない。そう強く意志を固め、麦畑から離れていく。
「ねぇ!やっぱりハナよね!ハナ!」
「?!」
ハナは涙が止まらなかった。
記憶を失っているはずの母親が、どうして自分のことが分かるのか。
「どうして…ねぇどうしてわかるのよ!!!(泣)」
ハナは思わず振り向いて、リオナを怒鳴りつけてしまう!
「ハナ…どうしてだろう…自分でもわからないの。でも、私はきっと、貴女に謝らなきゃいけないことが沢山ある。死んでも償いきれないほどの過ちがあると思う。それが何か…ずっと分からないまま時間ばかり過ぎてた。ねぇハナ…教えてくれない?私に、貴女のことを」
ハナと向き合うことで、初めて自分の奥底に引っ掛かっていた何かに手を伸ばしかけたリオナ。
「ダメだよ…それを知ったら貴女の人生をめちゃくちゃにしてしまう…アタシにはできない」
「ハナ…ちょっと待って、ハナ!」
ハナはリオナに背を向け駆け出していく。
自分の存在について何か掴みかけたリオナにこれ以上近づくわけにはいかない。自分のことも、そして父のことも、何もかも全て忘れて、これまで築いてきた幸せを大切にしてほしい。
自分を卑下し遠ざけてきた母を、それでもハナは憎めない。憎みきれない。何故なら彼女がたった1人の生みの親だから。全ては劣悪な家庭環境と父、そして、力を持たず弱いままで何にも抗えなかった自分のせい。だって…母は、リーファにあんなに優しく笑顔で接しれるのだから。
無我夢中でエヴァンの街を駆け抜け、ある女性にぶつかり、そのまま強く抱きしめられる。
「よく頑張ったね…ハナ」
「うわぁーーーーーんあんあん、ねぇーーざぁぁーーん」
その胸の暖かさ、包容力、母と同じくらいに透き通るような優しい声。自分のことを幾度も抱きしめてくれたタツマキだと、すぐに気づく。そしてハナは、タツマキの胸の中で悲しみに暮れる。
それから数日後。餓鬼洞山にて。
グレイの修行の側で話し合うハナ、ゼクシード、タツマキ、ダズ。
ハナはある目的のためにエヴァンを旅立つという。
「アタシ、セルバースへ行く!」
「セルバースって…アルバートさんの故郷か…」
「そんでもって、お母さんの第二の故郷…かな」
「どうして急に??何かやりたいことでもできた~?」
タツマキはハナの真意を伺うと、ハナは笑顔で語る。
「アルバートについて調べてくるわ!!」
「「「えええ?!」」」
「何よ??なんか変?」
「変っていうか…失礼だろそれ…」
「やべぇーなぁー」
「アルバートさんは良い人そうじゃない、ねぇ」
「分からないですよ!姉さん!それを調べに行くんです!」
ゼクシードたちは、アルバートのことを誠実そうな良い人という認識だが、ハナなりの母親を思っての行動なのだろう。ハナ自身は劣悪な家庭環境で育ったわけで、それが影響しているのかもしれない。
「でも、何があっても大丈夫だと思うけどね…」
「どうして?」
「リーファはアタシとは真逆だから!ニコッ」
リーファが自分とは対極であることを重々理解しているハナだからこそ、=リーファは優秀な子だと語る。
「姉さん…出所したらレオネード・ハーツに入団したいってワガママ言って困らせたのに…またワガママ言ってごめんなさい…」
「良いわよ全然。でも必ずレオネード・ハーツには入団させるから!いつでもレオネード・ハーツの門を叩きなさい。」
「うん!!」
ーーくぅーーー。これ一度は言ってみたかったのよね。
自分がギルドマスター・シグレに言われたことと同じようなことをいうタツマキ。
「それじゃあ行ってくるね!皆んな!グレイも修行頑張ってね~~!!」
「~はい!!!」
ハナはグレイらに大きく手を振り餓鬼洞山を後にする。
ーーこれでいいんだ。全部自分で決めたこと。お母さんの幸せの邪魔はしない。
アタシもいつか…幸せになれるかな…。
ハナのセルバースを目指す旅が始まる。
「おい!グレイ!!全然声出てねーじゃねーか」
「?!…あっはい!すいません」
「たるんでんじゃねーぞコラァ!いつも言ってんだろ!真剣にやれって」
「すいません…ちょっと考え事してて」
「どうせ資材運びがないんだから今日はいつもの倍のメニューをこなせ。そんで、月光和熊との決闘はとりあえず無しだ。今のお前は危うすぎて出せん」
「すいません。」
他のことに気を取られ、全く筋トレに集中できないグレイ。いつも資材運びの仕事も、リカートン造船所が長期休暇に入る関係で休みになったため、いつもの倍のメニューをやらされることとなる。
「そんで…何を考えてた?女か」
「まぁ、近いような遠いような」
「恋バナは任せとけ。この百人斬りのダズ様にな!」
「正気ですか?(笑)」
一体誰がこのオヤジを百人斬りなんて呼んだんだ。まさか自分でつけたわけじゃないよな?と心の底で小馬鹿にしていたグレイ。
「で、何の話だ…」
「実は、ハナさんのことで…」
亡くなっていたと思っていた両親のうち、母親の生存が確認され、その人物は、自分のことも、過去の記憶も綺麗さっぱりなくして、新たに幸せな家庭を築いていた。その状況を、何故か自分に投影してしまうグレイ。
「母さんが亡くなったことはマタタビさんから聞きました。多分ですけど、これに間違いはないと思います。ただ、もし今もどこかで生きている父さんが、俺のことを忘れて、新しい人生を歩んでいたら…そう考えてならないんです。」
「それを確かめるための前段階としての修行だろうが!他人の家庭に首突っ込んむより先にやらなきゃいけねーことがあんだろうが、アホんだら。」
「?!」
ーーそうだ。これは俺のわがままから始まった物語なんだ。何よりもまず、あの熊を倒さなきゃ、俺の冒険は始まらない…。
一瞬にしてグレイの顔つきが変わったことに気づき、ダズは改めて月光和熊との再戦を打診する。
「分かったんなら、さっさとあの熊を倒す方法を模索してこい!」
「ちょっと、行ってきます!」
顔色を変え、改めて修行に集中するグレイだった。
数日後、アルバートの協力のもとで、リオナをエヴァンのはずれにある麦畑にて農作業を頼み、ハナと2人だけの時間を作ってやることにしたゼクシードたち。
ハナは1人で畑に向かい、母・リオナを遠くから見つめる。
大きな麦わら帽子に群青色のオーバーオールを着たリオナは、帽子から見えるその茶髪に整った色白の肌。何から何まで昔と変わらない綺麗なままの母親だった。
「……。おか…」
「お母さーーーーん!!」
「?!」
自分の後ろから母を呼ぶ声が聞こえ、振り向くと、そこには自分の母親と、再婚相手アルバートの間に生まれた息子・リーファの姿があった。
リーファはそのままハナを避け、麦畑に足を踏み込み、リオナの元へ一直線に駆け出す。
「どうして…」
話が違う。ゼクシードにも、アルバートにも、今この時間だけは2人っきりの空間にしてくれると言われたし、約束してくれた。それなのに、どうして息子がいるのか。
これは完全なアクシデントであり、セシリーヌの店中で面倒を見ていたはずのリーファが抜け出し、自分の意思で麦畑まで来てしまったのだ。
「僕も手伝うーー」
「本当に?!リーファは優しいね。じゃあそこの麦を刈って、」
「おりゃ!どお?!取れた!」
「すごいじゃん!すぐ成長しちゃうんだから」
「お母さん!」「お母さん~」「お母さん」
「ずるいよ…(泣)」
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『お母さん~』
『イャァァ!!!!近づかないで!!!…ごめんなさい。本当に。ハナは悪くないのよ…でも怖いのよ…その髪をみると、お父さんを思い出すの…』
------------ー--------
「お母さ~~見てみて!」
「リーファはすごいね」
よしよし。頭を撫でられ褒めてもらえる。本当に愛し、尊敬する人に。自分が一度も受けたことのない待遇を、他所の息子は容易にしてもらえる。
リーファに強い嫉妬心が芽生え今にも気が狂いそうになってしまうハナ。そんなリーファに、小さい頃の自分を投影し、遠くから羨ましそうに見つめるだけしかできない。リーファが羨ましくて、疎ましくて、それでも…母の喜ぶ笑顔が心に沁みて…やはり、今の順風満帆な幸せを手にした母を邪魔してはならない。
ーーやっぱりアタシは必要ないや…。
「さようなら…お母さん…」
ーーどうか幸せでありますように…。
これから先、母のことは全て、自分と対極のリーファに託し、ハナは大粒の涙を流しながら振り返り、邪魔をしないようにその場を立ち去ろうとする。
「ハナ!!」
「?!」
10年半ぶりに聞いた母の声は…とても気持ちよかった。
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エヴァンの河川敷にて。
石階段に座り込んで、海賊ごっこで遊ぶ少年たちを眺め浸るグレイ。
「隣いいかな」
グレイは右上を向き、それがゼクシードであることを確認する。
「どうぞ」
ゼクシードも石階段に腰を下ろし空を仰ぐ。
「悩み事か?」
「それはそっちでしょ?」
「…。」
図星を突かれたゼクシードは、表情や仕草に露骨に動揺が見られる。
「今回の一件、余計なお世話だったかなと思って。」
「結局会うことを決めたのはハナさん自信なんだし…いいんじゃない」
「それが…自分の望むような形じゃなかったとしてもかい?」
「…。」
ゼクシードの指摘は、まさに自分が思い悩んでいた問題。ハナの一件でグレイが自分に投影した悲劇。
「俺も、母さんはもう亡くなってるらしい。でも父さんはまだ生きてるかもしれない。そんな時、ハナさんの両親みたいに、どっか別のところで、自分の知らない間に、新たな人生を歩んでるかもしれないって考えたとき、酷く打ちひしがれた。ハナさんがリーファ君を見た時も同じ気持ちだったと思う」
ゼクシードも、ハナも、グレイも、小さい頃に両親と離れ離れになり、孤独を彷徨ってきた者だからこそ共感でき、理解し合えること。
「でも…それでも俺は会いたい。父さんに、できることなら母さんにも。それで、産んでくれてありがとうって一言言いたい」
「?!」
その言葉は、ゼクシードを芯から救った言葉だろう。ハナのことで思い詰め、余計なお世話だったかとグレイに相談してしまうくらいには精神的にくるものがあった。ハナの過去を知りながらも、互いにもう一度辛い過去を思い出させる事象、引き金になりかねないことを平然と提案してしまった自分の愚かさを呪うところだった。そんなゼクシードに、グレイの言葉は芯に刺さったのだ。
「ここから先は、ハナさん次第だよ」
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「ハナ!!」
「?!」
リオナは麦畑の中で急に立ち上がり、立ち去ろうとするハナを呼び止める。
「どうして…」
それでも、ハナは振り向かず、リオナに背を向けたまま話す。
「『ハナ』なの?貴女が…」
「?!」
リオナは完全に理解しているわけじゃない。自分がハナだということも、この容姿、外見的特徴を覚えているわけでもない。ただ、咄嗟に自分のことをハナだと思い込んでの呼び止めだった。
「違います!」
「そうなの…?ごめんなさいね。急に呼び止めて…」
「クッ……」
ーーダメ。今振り向いちゃダメ。ダメなの!呼んじゃ…お母さんって絶対に言っちゃいけない。だってそれは…お母さんの人生を狂わせる呪いになるから…。
ハナは母親に呼び止められても、グッと堪え、リオナから徐々に距離を置いていく。もうリオナの前には姿を現さない。2度と関わらない。そう強く意志を固め、麦畑から離れていく。
「ねぇ!やっぱりハナよね!ハナ!」
「?!」
ハナは涙が止まらなかった。
記憶を失っているはずの母親が、どうして自分のことが分かるのか。
「どうして…ねぇどうしてわかるのよ!!!(泣)」
ハナは思わず振り向いて、リオナを怒鳴りつけてしまう!
「ハナ…どうしてだろう…自分でもわからないの。でも、私はきっと、貴女に謝らなきゃいけないことが沢山ある。死んでも償いきれないほどの過ちがあると思う。それが何か…ずっと分からないまま時間ばかり過ぎてた。ねぇハナ…教えてくれない?私に、貴女のことを」
ハナと向き合うことで、初めて自分の奥底に引っ掛かっていた何かに手を伸ばしかけたリオナ。
「ダメだよ…それを知ったら貴女の人生をめちゃくちゃにしてしまう…アタシにはできない」
「ハナ…ちょっと待って、ハナ!」
ハナはリオナに背を向け駆け出していく。
自分の存在について何か掴みかけたリオナにこれ以上近づくわけにはいかない。自分のことも、そして父のことも、何もかも全て忘れて、これまで築いてきた幸せを大切にしてほしい。
自分を卑下し遠ざけてきた母を、それでもハナは憎めない。憎みきれない。何故なら彼女がたった1人の生みの親だから。全ては劣悪な家庭環境と父、そして、力を持たず弱いままで何にも抗えなかった自分のせい。だって…母は、リーファにあんなに優しく笑顔で接しれるのだから。
無我夢中でエヴァンの街を駆け抜け、ある女性にぶつかり、そのまま強く抱きしめられる。
「よく頑張ったね…ハナ」
「うわぁーーーーーんあんあん、ねぇーーざぁぁーーん」
その胸の暖かさ、包容力、母と同じくらいに透き通るような優しい声。自分のことを幾度も抱きしめてくれたタツマキだと、すぐに気づく。そしてハナは、タツマキの胸の中で悲しみに暮れる。
それから数日後。餓鬼洞山にて。
グレイの修行の側で話し合うハナ、ゼクシード、タツマキ、ダズ。
ハナはある目的のためにエヴァンを旅立つという。
「アタシ、セルバースへ行く!」
「セルバースって…アルバートさんの故郷か…」
「そんでもって、お母さんの第二の故郷…かな」
「どうして急に??何かやりたいことでもできた~?」
タツマキはハナの真意を伺うと、ハナは笑顔で語る。
「アルバートについて調べてくるわ!!」
「「「えええ?!」」」
「何よ??なんか変?」
「変っていうか…失礼だろそれ…」
「やべぇーなぁー」
「アルバートさんは良い人そうじゃない、ねぇ」
「分からないですよ!姉さん!それを調べに行くんです!」
ゼクシードたちは、アルバートのことを誠実そうな良い人という認識だが、ハナなりの母親を思っての行動なのだろう。ハナ自身は劣悪な家庭環境で育ったわけで、それが影響しているのかもしれない。
「でも、何があっても大丈夫だと思うけどね…」
「どうして?」
「リーファはアタシとは真逆だから!ニコッ」
リーファが自分とは対極であることを重々理解しているハナだからこそ、=リーファは優秀な子だと語る。
「姉さん…出所したらレオネード・ハーツに入団したいってワガママ言って困らせたのに…またワガママ言ってごめんなさい…」
「良いわよ全然。でも必ずレオネード・ハーツには入団させるから!いつでもレオネード・ハーツの門を叩きなさい。」
「うん!!」
ーーくぅーーー。これ一度は言ってみたかったのよね。
自分がギルドマスター・シグレに言われたことと同じようなことをいうタツマキ。
「それじゃあ行ってくるね!皆んな!グレイも修行頑張ってね~~!!」
「~はい!!!」
ハナはグレイらに大きく手を振り餓鬼洞山を後にする。
ーーこれでいいんだ。全部自分で決めたこと。お母さんの幸せの邪魔はしない。
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