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第三章 〜新たなる冒険
47話 『親子』
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新生・ドセアニア連合王国、収容所。
改めてハナと面会時間を設けてもらったゼクシードは差し入れのパンと共に、ハナに母親のことを告げる。
「え?お母さん?」
「あぁ。リオナさんが見つかった…」
「…。」
「なんか思わないか?会いたいとか、話したいとか」
「アタシは…」
面会室にて、ガラス越しのハナは少し俯き、昔のことを語りだす。
「知ってるでしょ?…お金で売られたんだよ。11歳のアタシを大金で実業家と寝かせた親よ。もう…顔も見たくないよ」
もう10年も前の話。最低で劣悪な家庭環境で育ったハナ。父親はDV気質で、母・リオナと共に苦しめられながらも、そんな母でさえ、自分を11歳という幼い歳の子を実業家に売らせるほどの女だった。今になってどの面下げて…そう思ってしまうハナ。
「ゼクシード、アンタのやってることは凄い良いことだと思う。奴隷として収容されて、両親や兄妹と引き裂かれた人たちのために家族を探す。素敵なこと。でもそれはアタシに当てはまらない。もうアタシに慕う両親はいないの…」
「ハナ…。」
「おーーい!!!!ゼクシード!!!貴方いつまで面会してんのよ!!!てか多いんだよ!!!!一昨日も来てただろ!!彼氏か!!!痛ファンか!!!!!」
「おい、マッキー。収容所だから、静かにしてくれ…」
ハナとの面会回数が多く、その分だけ時間を奪われているタツマキはゼクシードの面会に割り込み騒ぎ立てる。そんなタツマキを抑えるため同行していたベルモンドだったが、怒り狂うタツマキを押さえつけることなどできなかった。
「?!?!んっ姉さん!!!!どうしてここに…」
「久しぶり!ハナ!…んでもってそこ退けゼクシード~」
ゼクシードはタツマキに両手で押し倒され椅子からずり落ちる。
ズコッ…。
「乱暴な人だな。」
「元気にしてた?!」
「んっ~もう今元気になりました!!」
約3年前の事件以来タツマキに心酔しきってしまったハナ。セナを追いかけていた頃とはまた違う感情をタツマキに抱いていたハナは、今度こそは自分が愛し、尊敬する人を慕い続けようと決めていた。
「もうそろそろ出所ね!3年かぁ~もうそんな経つのよね」
「3年…収容所じゃ時の流れは掴みにくいです…ハハッ」
「外へ出たらきっと驚くわよ!そこら中に舗装路は伸びて、周りは建物だらけ!ファッションも流行も進化していって、3年前とは比べ物にならないわ」
この3年のノース大陸の変わりようを熱弁するタツマキ。そんなタツマキに照れ隠しをしながら少しモジモジと話すハナ。
「アタシ…そのぉ…サザン鉱山を脱獄してから…そのぉ…犯罪を送る毎日だったと言いますか…こんなファッションとか趣味で話すような相手もいなかったですし…そういう感覚がわからなくて…」
「そうなの?!じゃあ出所したらまずはショッピングね!ね!いいでしょベルモンド!」
「なんで俺に聞くんだよ?」
「荷物持ちに決まってるでしょ!」
「決まってねーよ?!何サラッと大役任してんだよ!お前ちょっと服の形が崩れたり雑に持ったらブチギレるだろーが!」
「当たり前でしょ!雑に持ってんだから!」
荷物の持ち方1つでここまで言い合えるのも、なんだか仲がいいと言うか、長い付き合いで心を打ち解けあっているというか。ギルドメンバーの良さを痛感させられるゼクシードとハナ。同じ組織の仲間だった2人にはここまでの関係値は…無いのかもしれない。
「それじゃあ、とりあえず話した件はいいんだな?」
「うん…。大丈夫」
さっきまでファッションや趣味の話で盛り上がっていたはずの空気が一転し、重たい空気で包まれる面会室。
「え?何々、なんの話?」
もちろんタツマキたちも気にならないわけもなく、ゼクシードを問い詰める。
「お母さんが見つかった?!えぇ~嬉しいニュースじゃん」
「え?」
「本気かマッキー」
「どうしてよ?母親が生きてたら嬉しいものでしょ」
ゼクシードの話を聞いて喜びの反応を示すタツマキを他所に、全く同感できないハナとベルモンドはただただこの状況に困惑する。
「でもよぅ~ハナちゃんの家庭は…その…」
「ハナが会いたいか会いたくないかは別としても、母親が生きてたら誰だって嬉しいものよ。だって自分を産んでくれたたった1人の親なんだから。私とハナの出会いがあるのも、私たちのお母さんのおかげ。もちろん辛い過去が気持ちを複雑にさせるのはわかるけど、それでもやっぱり憎みきれない、恨みきれないものよ、親って」
タツマキの言葉に、少しずつ母に対しての価値観が変わり始めるハナ。しかし、ハナにはハナなりの気持ちと、捨て去ることのできない遺伝子の問題があった。
「前に全部話した通り、アタシはお母さんに嫌われてたの。この赤毛が原因で。DV気質な父親とそっくりな赤毛。お母さんはずっとこの赤毛に苦しめられてきたし、多分、もう2度と髪も顔も見たくないと思う。父を思い出してしまうから…。この髪のせいで…お母さんはきっと、アタシを拒絶すると思う。でも捨てきれないの。この髪は…ミヒャさんとオソロで、タツマキさんに褒めて貰ったものだから!」
「ハナ…。」
「最後にひとつだけ伝えさせてほしい。リオナさんは…実は、記憶が無くなってるんだ」
何も知らない状況で、ハナの意思で母・リオナに会いたいと言えば、それはそれでハナを傷つける事態になっていたかもしれないし、今回はそうならなかったとして、この『記憶を無くしている』というジョーカー的なカードを切れば、きっとハナの気持ちは真意とは違うものに変わってしまうかもしれないとゼクシードは分かりきった上で告げる。
それから1ヶ月後、9月17日。早朝。
約3年間にわたる懲役刑から解放されたハナ=ヒートハルトは、ゼクシード、タツマキ、グレイの3人と共に、造船都市・エヴァンにある『セシリーヌ』を訪れていた。
「ここにお母さんが?」
「そうだよ。あのパン屋で働いている」
「結構身近にいるもんね、って言っても出身がノースじゃ、まぁその可能性はあったのか」
「俺水とってきますよ」
「勇ましくなったわね!グレイ」
一同はフードコートにあるファミリー席に着き、グレイは水を取りに席を立つ。
そして、タツマキやゼクシードはメニュー開き、朝食を決めかねていた。そんな中、ハナはセシリーヌの奥にある厨房を覗き込んでいた。
「多分ここからじゃ見えないと思うよ?一緒に注文しに行くかい?」
「いいわ…ここからで…」
どうしても遠慮しがちになってしまうハナ。なにせ会うのは10年半ぶりであり、相手は辛い過去を忘れ去った人で、もし自分の恐怖の赤毛や顔を見て辛い過去を思い出させてしまったら申し訳ないからだ。
「姉さん…」
「どうした~」
「本当にお母さんは…アタシに会って喜んでくれますかね」
「実の娘だしね~嬉しいもんなんじゃない?私なら嬉しい」
「…。理由は分からないですけど、どうしても心の奥底にしまい込んで蓋をしてしまった辛い過去を、アタシが今無理やりにこじ開けようとしてるみたいで…なんて言うか…その…」
「でもハナの名前は覚えてるんでしょ。忘れたくても、忘れられなかったのよ、貴女の事だけは」
ハナは立ち上がり、メニュー表を持ってセシリーヌの受付へ向かう。
「タツマキさん…ハナに付き添ってやってください」
「どうしてよ?親子水入らずじゃない」
「まだハナに話していないことがあるんです」
「?」
バサッ!
ハナはセシリーヌの受付前でメニュー表を床に落としてしまう。
そんなハナに背を向け平静さを装うゼクシード。
「???!!!」
ゼクシードがハナに伝えていないこと。それは、リオナ=セシリールには、すでに5歳になる息子がいるということだった。
「ハナ!!」
「「「??」」」
ハナはメニュー表を床に落とし、そのまま膝から崩れ落ちる。そんなハナを気にかけ、タツマキは席を立ち上がり、ハナの元へ駆け出す。
店前で尻込むハナを見て駆け寄る店主のアルバートと奥から受付前まで出てくるリオナと息子のリーファ。
「大丈夫かい?」
「ハナ!大丈夫?」
「大丈夫ですか?ハナさん」
「……。」
思わず放心状態でしゃがみ込んでしまうハナに寄り添う店主・アルバートとタツマキとグレイ。
「ハナ?」
「???!!!」
『ハナ』という名前に何やら反応を見せるリオナ。しかし、それが人の名前なのか、はたまたモノや何か別の名称なのか全く覚えていないリオナにとって、ハナという人間は自分とは関係のない赤の他人にすぎなかった。
「おねぇちゃん…大丈夫?」
受付の方から1人の少年・リーファが歩み寄り、座り込むハナに1枚の絆創膏を差し出す。
「痛いところ…ないですかっ///」
「???!!!」
自分の知らないところで実母から産まれていた新たな命。その姿に目を丸くし、動揺するハナは、リーファに対して、まるで悪魔でも見るかのような恐怖と冷たい視線を送る。
「おいお嬢さん、本当に大丈夫かい?汗もすごいし。おい!リオナ~なんか拭くものと飲み物持ってきてくれ~」
「え?!あっはい!今すぐ」
アルバートはリオナに、タオルのような汗を拭うものと飲み物を要求する。
「あ!ハナさん、これお水です、」
グレイもハナを気遣い持っていた水を差し出すが、ハナはそれを受け取らずリーファをただただ見つめていた。
「おねぇちゃん?」
自分のことを凝視するハナに疑問を向けるリーファ。
ーーやめて。やめて。やめて。やめて。アタシを『おねぇちゃん』なんかで呼ばないで。アンタなんか、アンタなんか、いやぁぁぁぁぁあああああ!!!!!!
そのまま気を失い倒れてしまうハナ。
「お嬢さん!!大丈夫か!おい!」
「ハナ!!ハナ!!」
そして、アルバートはセシリーヌを妻・リオナに任せ、ハナを抱え、タツマキら関係者と共に自宅に運び込むことにした。
それから1、2時間が経過してからか、ハナがベッドの上で目を覚ます。
「?!…大丈夫?ハナ」
「姉さん…ここは?」
「アルバートさんたちのお家」
「?!…お母さんの?!」
ハナはそこがリオナの今の家だと知り、すぐにベッドから起き上がり布団から抜け出そうとする。
「あぁ、目が覚めましたか?確か朝食まだでしたよね?よかったらどうぞ、妻自慢の『ベリーローズ風カヌレ』です。いつも作り置きしてあるんですよ、子供が好きなので」
「是非。ほら、ハナも」
「…はい。」
「いただきます!」
「…どうも。」
それぞれ出されたカヌレに手をつけ味わう。
「んーー、おいひいですね!」
「ほのかな苦味とベリーローズの甘味がベスト!これ買いたいわ」
「申し訳ありません~こちら非売品です、フフッ」
「残念ね、商品化した方がいいわ!絶対私買うから」
ベリーローズ風カヌレに随分とご満悦なタツマキたちにアルバートは質問を投げかける。
「皆さんは旅の方々ですか?」
「どうして?」
「いえ、結構な大所帯というか?4人のパーティーかなと」
「あぁ~まぁそうね、ちょっと用事があってドセアニアから」
「ドセアニア?!これまた大都会からわざわざこんな造船だけの街に」
元からドセアニアはノース大陸を代表する大国だったが、ことUMNが発足され、『新生・ドセアニア連合王国』と名前を変えてからはその変化は見違えるものとなり、まさに経済の中心地、大都会と言われるようになったドセアニア。そんな大都会からわざわざ造船都市に旅に来たタツマキたちに驚いてしまうアルバート。
「にしても、本当急に倒れるもんだから、心配しましたよ。妻も息子も。お体何ともないですか?」
気さくかつ丁寧な口調で話しかけてくれるアルバートだったが、そんな人に冷たく当たってしまうハナ。
「妻とか息子とかやめて!」
「?!」
「ちょっとハナ!」
「何か事情があるんですか?ゼクシードさん」
「場所を変えましょうか」
そう言ってゼクシードはアルバートをハナから遠ざけ、グレイと共にセシリーヌへ戻る。そして、フードコートの席に着き、コーヒーを一杯飲み、改めて話をするゼクシード。
「実は貴方の奥様、リオナ=セシリールは、既婚者でした」
唐突に告げられるリオナが結婚していた話。
「そして、彼女・ハナは、リオナさんの実の娘です」
そう告げられたアルバートは驚愕の表情を見せる。しかし、リオナに何か深刻な事情があることはアルバートも気づいていた。やけに執着する「ハナ」という言葉。そして、今目の前で起きるリオナの娘だと告げられるハナという名前の女性の存在。
「そうでしたか…。あの子がリオナの…。そうですね…少し昔話をしてもいいですか?私たちの馴れ初めっていうんですかね…初めて会った時の話を…」
アルバートから語られるリオナとアルバートが初めて会った日のこと…。
「約10年半前。あれは、極致的な大雪の日でした。」
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10年半前…『セルバース』の街にて。
ノース大陸中央西部。造船都市・エヴァンから北西に位置する湖・セルル湖の東側に開拓された小規模都市であり、湖の近くで年中寒冷な気候のセルバースでは、農作物や魚の養殖には適さず、他国から取り寄せた綿糸や絹糸、毛皮を加工して、手作業で厚手のコートをつくる衣服の製造業が主流であった。
そんな街で7年半前、極致的な大雪が降り、アルバートは道が雪で封鎖される前に街へ食料の買い出しに出向いた。
「さっぶーーー。本当にこの街は、地獄だなぁ」
アルバート=セシリール(当時25)、独身、衣類製造工場『モノクロ』勤務のしがない男は、その日、なんだか嫌な予感がしたというだけで、街へは行かず、方向転換してセルル湖へ足を運んだ。
セルバースの観光地、セルル湖に流れ込むセルル川を下っていき、その途中で川の側に倒れ込むリオナを見つけたアルバート。
「え?!人?!」
アルバートは驚いてリオナの元へ駆けつけ顔を上向きにして首元を触る。
「冷た!!一体いつからここに…」
そんなことはどうでもいい。アルバートはすぐさま自分の着ていた厚手のコートをリオナに巻き、姫を抱くように持ち上げ自宅まで運び、暖炉の前で寝かせる。
「目覚めてくれー。目覚めてくれー。」
臆病なアルバートは、自分が助けたリオナが命を落としてしまうのが怖くて、常にリオナのそばに寄り添い、神に願っていた。
2日ほど経っても一向に目覚めないリオナを心配に思い、アルバートは、家の前の雪を掻き、さらには街までの道のりに積もる雪を全て1人で掻きあげ、セルバースで名医と名高い「ドクター・マクガレー」の元へ向かう。
「マクガレー先生!診療に来てください!女性が!女性が気を失って目を覚さないんです!」
「なにぃ?!そりゃホントかよ」
ドクター・マクガレー(55)。相当歳食った老人ドクターだが、その技量は、ノース大陸で1、2を争うほどの天才医師であった。
そんなマクガレーと助手のルシーナ(10)を連れて、アルバートは自宅へ急ぐ。
「こりゃあ長い時間寒い場所にいたことで、血管が収縮して、うまく血液が回ってなかったことで、脳が錯覚おこしてそのまま血管を馬鹿にしちまってる」
「つまり、どうなんですか?」
「血管を押し広げてやって、上手く血液の流れを作ってやりゃ目を覚ますぜ!おい、ルシーナ!手術の準備をしな」
「はい!先生」
「お客さん!高くつくぜぇ~グヘヘ」
そうだった。ドクター・マクガレーは名医でありながら大金をせびる高額ドクターだった…。
それから30分ほどが経過して、マクガレーが寝室から出てくると、黙り込んだままキッチンへ向かい地のついたゴム手袋をゴミ箱へ投げ込み手を洗い始める。
「え?先生、彼女は…彼女はどうなったんですか?」
「ルシーナ!!!!」
「はい!先生。」
ルシーナは何やら誓約書を書き上げ、アルバートに手渡す。
「手術は無事成功しました。ここに今回の手術費とこれから先の診療費と振込先が書いてあります。後日お振込、お願いします!」
「は、はぁ。とりあえず彼女は無事なんですね」
そういいながら誓約書に目を通すアルバート。しかし、その誓約書には手術費・金貨60枚、診療費・金貨15枚、と書いてあったことに驚愕する。
「ちょちょちょ、ちょっと待ってください!金貨75枚なんて、到底払えませんよ!僕はしがない街工場の勤めですよ?」
「んぁ?こっちは人の命救ってやってんだぜぇ~そりゃねぇぜぇ~。待っ、最低限の譲歩として診療費は抜いてやるよ。これから先見せに来ようが来まいが、どっちでもいいしな。手術費も…まぁ雪掻きのお駄賃として、10%くらいは引いといてやるよ。それで勘弁しな。行くぞルシーナ」
「はい!先生」
アルバートは唐突な金貨54枚の負債を抱えながらも、リオナに寄り添い、今は助かったことに安堵する。
そこから数日間、死に物狂いで仕事に打ち込んでは、リオナの看病をしての繰り返しで、診療費を渋ったことに後悔しながらも何とかやり遂げ、1週間後に彼女は目を覚ました。
「あぁ?!目が覚めましたか」
「えぇーと。はい。どちら様ですか」
「僕はアルバート、アルバート=セシリール!君は…」
「私は…確か…リオナ」
「確か?」
「リオナ=ガーネット、だった気がする」
もしかしたらこの女性は記憶が曖昧なのかもしれない。そう思い、アルバートは色々な質問を投げかける。年齢、出身地、家族、職業。色々聞いてみるもリオナが答えるのは『リオナ=ガーネット』という名前と『ハナ』という言葉のみで、他のことは綺麗さっぱり忘れていた。
ぐぅううう。
「あっ///」
「お腹が減ってるのかい?そうだよね、10日間くらい何も食べてないもんね…って言っても、今家に何も…あっ!!パンがあった」
「パン?」
「そお!ノースの南岸のエヴァンって街でね、友人が農家とパン屋を経営しててね、ちょくちょく送ってくるんですよ!新作どう?新作は?ってさ(笑)」
そういってアルバートは、リオナに籠を渡し、好きなパンを選んでもらって食べさせる。
リオナが選んだ物は、ベリーローズの花が細かく切り刻まれ、小麦粉と練り合わせて作られたピンクっぽいアンパンだった。
「おっ!お目が高いね。それが、僕の友人が1番評価してた自信作ってやつだ」
アルバートの友人が作った自信作のアンパンを口にし、涙をこぼすリオナ。
「んんんんん…ハナァ……」
リオナは思わず『ハナ』の名をこぼしながら涙を流してしまった。
---------------------
「それ以来、私たちはセルバースで1年間、負債の金貨54枚を返すために必死で働きました。そんなある日、エヴァンに住んでいた…この店の元々の店主だったカツジってやつがいましてね。そいつが店を畳むという連絡を受けて、私が店を継いで、『セシリーヌ』って店名に改名、リフォームして今に至るわけです。」
「このお店は友人から受け継いだ物なんですか…」
「夢だったんです。パン屋になるのが。私も、カツジも。セルバースって常に寒冷気候にある街で、農作物とか魚は育たないし、何より仕事も衣類の製造業だけで、羨ましかったんですよ。外の世界が。それで21歳で先に街を出て小麦農家とパン屋を開業したカツジが5年ですかね?その後、私がそれらを受け継いでから9年半、農家とこの店を続けてきました。それもこれも全部リオナのおかげで…」
--------------------ー
リオナと出会ってから1年後。
無事、総額金貨54枚を完済したアルバート。
「本当にありがとうございました。私なんかのために。」
「いえいえ、リオナさんは悪くないですよ思ったより高額だっただけです」
これから先、リオナの手術費を全て払ったアルバートは、リオナと共に過ごす理由を失い今後のことを話し合わなければならなくなっていた。
「今後、リオナさんはどうするんですか?」
「どうなんでしょうか…私は自分のことを何も知りません。アルバートさんはどうするんですか?」
「僕は…」
アルバートは答えにつまり、それを濁すかのように机に散らばっていた手紙を確認するフリをする。しかし、その中に友人であったカツジの名前が記された手紙が入っており、それにだけ目を移す。
「どうするんですかね…そういえば、リオナさんの大好きなパンを作ってるやつから手紙ですよ!」
「カツジさんですか」
「はい!また馬鹿みたいなこと書いてあるんだろうな……って、え?」
「どうかしましたか?」
リオナはアルバートの後ろへ回り込み手紙の内容を一緒に確認する。
そこには、『閉業予定。夢の終わり』と記されていた。
「夢…ですか?」
「はい、カツジと僕は、このセルバースを出て農家や漁業について、それを生かしたお店を出したいってよく夢を語っていたんです。アイツは夢を叶えて1人で行っちまって、でも俺は26年もこの街で服なんか作り腐って…」
そんな自分の目標であり、共に夢を見たカツジでさえ、その夢が途絶えた事を手紙で知ったアルバートは、酷く落ち込んでいた。
「でもすごいですよアイツは。5年も続けられたんだ。僕ならきっと無理だっただろうな。てか無理か…農家も店も何も成し遂げてない。ハハハッ!」
「でも、1年間は私のために夢を捨てて寄り添ってくれたじゃないですか…」
「いや、そんな綺麗な話じゃ…元から夢なんて…」
「叶えましょう!その立派な夢!私も協力しますから」
「え?!」
リオナは手紙を握りしめるアルバートの手を、そっと両手で包み込み、農家とパン屋の夢を諦めかけていたアルバートに勇気を与える。
その思いに、アルバートを恩返しか何かだと思っていたが、その真意、想いは、リオナの恋心に他ならなかった。
---------------------
「それからは話した通りで、その4年後に彼女と籍を入れ、1年後にはリーファを産んでくれました。まさか既婚者とは知らずに…」
アルバートは自分の犯してしまった過ちを悔いるばっかりだったが、ふと視線の傍にリオナとリーファを入れると、その2人を幸せにしたいという思いが込み上げてきてしまう。
「あの子は…ハナさんは、リオナのことをどう思っているんですか?」
「ハナは…リオナさんと関わることを避けていました。それは、リオナさんの夫がDV気質で妻のリオナさんやハナに手を上げていたり、まるで道具のように扱っていた過去があるからです。そして、そんな父親と同じ髪の色を持つハナのことをリオナさんが恐怖し、避けていたこともありました。そのため、母親を避けるというよりかは、幸せな今のリオナさんに関わるべきじゃないと」
「そうですか…そんな過去が。」
「ただ、」
ゼクシードは口調を強めて、大事なことを告げる。
「ただ、リオナさんが記憶を無くしていることを知って、ハナは一目だけ母親の顔を見るだけと、決意を決めました。」
「でも一度妻を見てしまったらあんな風に」
「いいえ、それは、息子さんの存在ですよ」
面会やエヴァンに来る途中まで、事前にリオナさんについての情報をハナに伝えていたゼクシード。しかし、その情報の中には『息子・リーファ(5)』のことは一切触れられていなかった。本人ももしかしたらくらいには感じてはいたかもしれないが、それが現実となり、さらには自分たちのことを綺麗さっぱり忘れてしまい幸せそうな母の姿を見て、そして、自分と対極的に生まれた可愛く誠実そうな息子を見て、自分の存在を全否定されたような感覚に陥ってしまったのだろう。
「真意は本人にしか分かりませんが、きっとリーファ君が、男の子で、誠実で、母が嫌う自分のような赤毛ではなく、母そっくりの茶髪だったために、自分の存在を否定された気になったんでしょうね」
アルバートは我が子に目を向け、ハナと照らし合わせる。男の子で茶髪で、本当にリオナそっくりなリーファを見つめ微笑ましく思う。ただ、。
「ハナさんもリオナにそっくりですよ」
「「?!」」
「1人の女性を愛した者として言わせてください。リーファが男の子で、誠実で、茶髪なのは理解しました。けれど、ハナさんだってリオナの血を受け継いでいるんだ。きっと誠実で素敵な方ですよ。ね?」
アルバートは、やけにゼクシードたちに協力的で、ハナにリオナを会わせる協力をすると言ってきたのだ。その結果がどうなろうと致し方ないと。たとえリオナがハナと顔を合わせたことで、過去の記憶を呼び戻し、辛いことがフラッシュバックしたとしても、リオナのその先の選択を尊重し、改めて向き合いたいと語る。
「それに、リーファもリオナの息子ですし、ハナさんの親族だ。きっと分かり合えますよ。私はそう…信じたい」
改めてハナと面会時間を設けてもらったゼクシードは差し入れのパンと共に、ハナに母親のことを告げる。
「え?お母さん?」
「あぁ。リオナさんが見つかった…」
「…。」
「なんか思わないか?会いたいとか、話したいとか」
「アタシは…」
面会室にて、ガラス越しのハナは少し俯き、昔のことを語りだす。
「知ってるでしょ?…お金で売られたんだよ。11歳のアタシを大金で実業家と寝かせた親よ。もう…顔も見たくないよ」
もう10年も前の話。最低で劣悪な家庭環境で育ったハナ。父親はDV気質で、母・リオナと共に苦しめられながらも、そんな母でさえ、自分を11歳という幼い歳の子を実業家に売らせるほどの女だった。今になってどの面下げて…そう思ってしまうハナ。
「ゼクシード、アンタのやってることは凄い良いことだと思う。奴隷として収容されて、両親や兄妹と引き裂かれた人たちのために家族を探す。素敵なこと。でもそれはアタシに当てはまらない。もうアタシに慕う両親はいないの…」
「ハナ…。」
「おーーい!!!!ゼクシード!!!貴方いつまで面会してんのよ!!!てか多いんだよ!!!!一昨日も来てただろ!!彼氏か!!!痛ファンか!!!!!」
「おい、マッキー。収容所だから、静かにしてくれ…」
ハナとの面会回数が多く、その分だけ時間を奪われているタツマキはゼクシードの面会に割り込み騒ぎ立てる。そんなタツマキを抑えるため同行していたベルモンドだったが、怒り狂うタツマキを押さえつけることなどできなかった。
「?!?!んっ姉さん!!!!どうしてここに…」
「久しぶり!ハナ!…んでもってそこ退けゼクシード~」
ゼクシードはタツマキに両手で押し倒され椅子からずり落ちる。
ズコッ…。
「乱暴な人だな。」
「元気にしてた?!」
「んっ~もう今元気になりました!!」
約3年前の事件以来タツマキに心酔しきってしまったハナ。セナを追いかけていた頃とはまた違う感情をタツマキに抱いていたハナは、今度こそは自分が愛し、尊敬する人を慕い続けようと決めていた。
「もうそろそろ出所ね!3年かぁ~もうそんな経つのよね」
「3年…収容所じゃ時の流れは掴みにくいです…ハハッ」
「外へ出たらきっと驚くわよ!そこら中に舗装路は伸びて、周りは建物だらけ!ファッションも流行も進化していって、3年前とは比べ物にならないわ」
この3年のノース大陸の変わりようを熱弁するタツマキ。そんなタツマキに照れ隠しをしながら少しモジモジと話すハナ。
「アタシ…そのぉ…サザン鉱山を脱獄してから…そのぉ…犯罪を送る毎日だったと言いますか…こんなファッションとか趣味で話すような相手もいなかったですし…そういう感覚がわからなくて…」
「そうなの?!じゃあ出所したらまずはショッピングね!ね!いいでしょベルモンド!」
「なんで俺に聞くんだよ?」
「荷物持ちに決まってるでしょ!」
「決まってねーよ?!何サラッと大役任してんだよ!お前ちょっと服の形が崩れたり雑に持ったらブチギレるだろーが!」
「当たり前でしょ!雑に持ってんだから!」
荷物の持ち方1つでここまで言い合えるのも、なんだか仲がいいと言うか、長い付き合いで心を打ち解けあっているというか。ギルドメンバーの良さを痛感させられるゼクシードとハナ。同じ組織の仲間だった2人にはここまでの関係値は…無いのかもしれない。
「それじゃあ、とりあえず話した件はいいんだな?」
「うん…。大丈夫」
さっきまでファッションや趣味の話で盛り上がっていたはずの空気が一転し、重たい空気で包まれる面会室。
「え?何々、なんの話?」
もちろんタツマキたちも気にならないわけもなく、ゼクシードを問い詰める。
「お母さんが見つかった?!えぇ~嬉しいニュースじゃん」
「え?」
「本気かマッキー」
「どうしてよ?母親が生きてたら嬉しいものでしょ」
ゼクシードの話を聞いて喜びの反応を示すタツマキを他所に、全く同感できないハナとベルモンドはただただこの状況に困惑する。
「でもよぅ~ハナちゃんの家庭は…その…」
「ハナが会いたいか会いたくないかは別としても、母親が生きてたら誰だって嬉しいものよ。だって自分を産んでくれたたった1人の親なんだから。私とハナの出会いがあるのも、私たちのお母さんのおかげ。もちろん辛い過去が気持ちを複雑にさせるのはわかるけど、それでもやっぱり憎みきれない、恨みきれないものよ、親って」
タツマキの言葉に、少しずつ母に対しての価値観が変わり始めるハナ。しかし、ハナにはハナなりの気持ちと、捨て去ることのできない遺伝子の問題があった。
「前に全部話した通り、アタシはお母さんに嫌われてたの。この赤毛が原因で。DV気質な父親とそっくりな赤毛。お母さんはずっとこの赤毛に苦しめられてきたし、多分、もう2度と髪も顔も見たくないと思う。父を思い出してしまうから…。この髪のせいで…お母さんはきっと、アタシを拒絶すると思う。でも捨てきれないの。この髪は…ミヒャさんとオソロで、タツマキさんに褒めて貰ったものだから!」
「ハナ…。」
「最後にひとつだけ伝えさせてほしい。リオナさんは…実は、記憶が無くなってるんだ」
何も知らない状況で、ハナの意思で母・リオナに会いたいと言えば、それはそれでハナを傷つける事態になっていたかもしれないし、今回はそうならなかったとして、この『記憶を無くしている』というジョーカー的なカードを切れば、きっとハナの気持ちは真意とは違うものに変わってしまうかもしれないとゼクシードは分かりきった上で告げる。
それから1ヶ月後、9月17日。早朝。
約3年間にわたる懲役刑から解放されたハナ=ヒートハルトは、ゼクシード、タツマキ、グレイの3人と共に、造船都市・エヴァンにある『セシリーヌ』を訪れていた。
「ここにお母さんが?」
「そうだよ。あのパン屋で働いている」
「結構身近にいるもんね、って言っても出身がノースじゃ、まぁその可能性はあったのか」
「俺水とってきますよ」
「勇ましくなったわね!グレイ」
一同はフードコートにあるファミリー席に着き、グレイは水を取りに席を立つ。
そして、タツマキやゼクシードはメニュー開き、朝食を決めかねていた。そんな中、ハナはセシリーヌの奥にある厨房を覗き込んでいた。
「多分ここからじゃ見えないと思うよ?一緒に注文しに行くかい?」
「いいわ…ここからで…」
どうしても遠慮しがちになってしまうハナ。なにせ会うのは10年半ぶりであり、相手は辛い過去を忘れ去った人で、もし自分の恐怖の赤毛や顔を見て辛い過去を思い出させてしまったら申し訳ないからだ。
「姉さん…」
「どうした~」
「本当にお母さんは…アタシに会って喜んでくれますかね」
「実の娘だしね~嬉しいもんなんじゃない?私なら嬉しい」
「…。理由は分からないですけど、どうしても心の奥底にしまい込んで蓋をしてしまった辛い過去を、アタシが今無理やりにこじ開けようとしてるみたいで…なんて言うか…その…」
「でもハナの名前は覚えてるんでしょ。忘れたくても、忘れられなかったのよ、貴女の事だけは」
ハナは立ち上がり、メニュー表を持ってセシリーヌの受付へ向かう。
「タツマキさん…ハナに付き添ってやってください」
「どうしてよ?親子水入らずじゃない」
「まだハナに話していないことがあるんです」
「?」
バサッ!
ハナはセシリーヌの受付前でメニュー表を床に落としてしまう。
そんなハナに背を向け平静さを装うゼクシード。
「???!!!」
ゼクシードがハナに伝えていないこと。それは、リオナ=セシリールには、すでに5歳になる息子がいるということだった。
「ハナ!!」
「「「??」」」
ハナはメニュー表を床に落とし、そのまま膝から崩れ落ちる。そんなハナを気にかけ、タツマキは席を立ち上がり、ハナの元へ駆け出す。
店前で尻込むハナを見て駆け寄る店主のアルバートと奥から受付前まで出てくるリオナと息子のリーファ。
「大丈夫かい?」
「ハナ!大丈夫?」
「大丈夫ですか?ハナさん」
「……。」
思わず放心状態でしゃがみ込んでしまうハナに寄り添う店主・アルバートとタツマキとグレイ。
「ハナ?」
「???!!!」
『ハナ』という名前に何やら反応を見せるリオナ。しかし、それが人の名前なのか、はたまたモノや何か別の名称なのか全く覚えていないリオナにとって、ハナという人間は自分とは関係のない赤の他人にすぎなかった。
「おねぇちゃん…大丈夫?」
受付の方から1人の少年・リーファが歩み寄り、座り込むハナに1枚の絆創膏を差し出す。
「痛いところ…ないですかっ///」
「???!!!」
自分の知らないところで実母から産まれていた新たな命。その姿に目を丸くし、動揺するハナは、リーファに対して、まるで悪魔でも見るかのような恐怖と冷たい視線を送る。
「おいお嬢さん、本当に大丈夫かい?汗もすごいし。おい!リオナ~なんか拭くものと飲み物持ってきてくれ~」
「え?!あっはい!今すぐ」
アルバートはリオナに、タオルのような汗を拭うものと飲み物を要求する。
「あ!ハナさん、これお水です、」
グレイもハナを気遣い持っていた水を差し出すが、ハナはそれを受け取らずリーファをただただ見つめていた。
「おねぇちゃん?」
自分のことを凝視するハナに疑問を向けるリーファ。
ーーやめて。やめて。やめて。やめて。アタシを『おねぇちゃん』なんかで呼ばないで。アンタなんか、アンタなんか、いやぁぁぁぁぁあああああ!!!!!!
そのまま気を失い倒れてしまうハナ。
「お嬢さん!!大丈夫か!おい!」
「ハナ!!ハナ!!」
そして、アルバートはセシリーヌを妻・リオナに任せ、ハナを抱え、タツマキら関係者と共に自宅に運び込むことにした。
それから1、2時間が経過してからか、ハナがベッドの上で目を覚ます。
「?!…大丈夫?ハナ」
「姉さん…ここは?」
「アルバートさんたちのお家」
「?!…お母さんの?!」
ハナはそこがリオナの今の家だと知り、すぐにベッドから起き上がり布団から抜け出そうとする。
「あぁ、目が覚めましたか?確か朝食まだでしたよね?よかったらどうぞ、妻自慢の『ベリーローズ風カヌレ』です。いつも作り置きしてあるんですよ、子供が好きなので」
「是非。ほら、ハナも」
「…はい。」
「いただきます!」
「…どうも。」
それぞれ出されたカヌレに手をつけ味わう。
「んーー、おいひいですね!」
「ほのかな苦味とベリーローズの甘味がベスト!これ買いたいわ」
「申し訳ありません~こちら非売品です、フフッ」
「残念ね、商品化した方がいいわ!絶対私買うから」
ベリーローズ風カヌレに随分とご満悦なタツマキたちにアルバートは質問を投げかける。
「皆さんは旅の方々ですか?」
「どうして?」
「いえ、結構な大所帯というか?4人のパーティーかなと」
「あぁ~まぁそうね、ちょっと用事があってドセアニアから」
「ドセアニア?!これまた大都会からわざわざこんな造船だけの街に」
元からドセアニアはノース大陸を代表する大国だったが、ことUMNが発足され、『新生・ドセアニア連合王国』と名前を変えてからはその変化は見違えるものとなり、まさに経済の中心地、大都会と言われるようになったドセアニア。そんな大都会からわざわざ造船都市に旅に来たタツマキたちに驚いてしまうアルバート。
「にしても、本当急に倒れるもんだから、心配しましたよ。妻も息子も。お体何ともないですか?」
気さくかつ丁寧な口調で話しかけてくれるアルバートだったが、そんな人に冷たく当たってしまうハナ。
「妻とか息子とかやめて!」
「?!」
「ちょっとハナ!」
「何か事情があるんですか?ゼクシードさん」
「場所を変えましょうか」
そう言ってゼクシードはアルバートをハナから遠ざけ、グレイと共にセシリーヌへ戻る。そして、フードコートの席に着き、コーヒーを一杯飲み、改めて話をするゼクシード。
「実は貴方の奥様、リオナ=セシリールは、既婚者でした」
唐突に告げられるリオナが結婚していた話。
「そして、彼女・ハナは、リオナさんの実の娘です」
そう告げられたアルバートは驚愕の表情を見せる。しかし、リオナに何か深刻な事情があることはアルバートも気づいていた。やけに執着する「ハナ」という言葉。そして、今目の前で起きるリオナの娘だと告げられるハナという名前の女性の存在。
「そうでしたか…。あの子がリオナの…。そうですね…少し昔話をしてもいいですか?私たちの馴れ初めっていうんですかね…初めて会った時の話を…」
アルバートから語られるリオナとアルバートが初めて会った日のこと…。
「約10年半前。あれは、極致的な大雪の日でした。」
ーーーーー----------------
10年半前…『セルバース』の街にて。
ノース大陸中央西部。造船都市・エヴァンから北西に位置する湖・セルル湖の東側に開拓された小規模都市であり、湖の近くで年中寒冷な気候のセルバースでは、農作物や魚の養殖には適さず、他国から取り寄せた綿糸や絹糸、毛皮を加工して、手作業で厚手のコートをつくる衣服の製造業が主流であった。
そんな街で7年半前、極致的な大雪が降り、アルバートは道が雪で封鎖される前に街へ食料の買い出しに出向いた。
「さっぶーーー。本当にこの街は、地獄だなぁ」
アルバート=セシリール(当時25)、独身、衣類製造工場『モノクロ』勤務のしがない男は、その日、なんだか嫌な予感がしたというだけで、街へは行かず、方向転換してセルル湖へ足を運んだ。
セルバースの観光地、セルル湖に流れ込むセルル川を下っていき、その途中で川の側に倒れ込むリオナを見つけたアルバート。
「え?!人?!」
アルバートは驚いてリオナの元へ駆けつけ顔を上向きにして首元を触る。
「冷た!!一体いつからここに…」
そんなことはどうでもいい。アルバートはすぐさま自分の着ていた厚手のコートをリオナに巻き、姫を抱くように持ち上げ自宅まで運び、暖炉の前で寝かせる。
「目覚めてくれー。目覚めてくれー。」
臆病なアルバートは、自分が助けたリオナが命を落としてしまうのが怖くて、常にリオナのそばに寄り添い、神に願っていた。
2日ほど経っても一向に目覚めないリオナを心配に思い、アルバートは、家の前の雪を掻き、さらには街までの道のりに積もる雪を全て1人で掻きあげ、セルバースで名医と名高い「ドクター・マクガレー」の元へ向かう。
「マクガレー先生!診療に来てください!女性が!女性が気を失って目を覚さないんです!」
「なにぃ?!そりゃホントかよ」
ドクター・マクガレー(55)。相当歳食った老人ドクターだが、その技量は、ノース大陸で1、2を争うほどの天才医師であった。
そんなマクガレーと助手のルシーナ(10)を連れて、アルバートは自宅へ急ぐ。
「こりゃあ長い時間寒い場所にいたことで、血管が収縮して、うまく血液が回ってなかったことで、脳が錯覚おこしてそのまま血管を馬鹿にしちまってる」
「つまり、どうなんですか?」
「血管を押し広げてやって、上手く血液の流れを作ってやりゃ目を覚ますぜ!おい、ルシーナ!手術の準備をしな」
「はい!先生」
「お客さん!高くつくぜぇ~グヘヘ」
そうだった。ドクター・マクガレーは名医でありながら大金をせびる高額ドクターだった…。
それから30分ほどが経過して、マクガレーが寝室から出てくると、黙り込んだままキッチンへ向かい地のついたゴム手袋をゴミ箱へ投げ込み手を洗い始める。
「え?先生、彼女は…彼女はどうなったんですか?」
「ルシーナ!!!!」
「はい!先生。」
ルシーナは何やら誓約書を書き上げ、アルバートに手渡す。
「手術は無事成功しました。ここに今回の手術費とこれから先の診療費と振込先が書いてあります。後日お振込、お願いします!」
「は、はぁ。とりあえず彼女は無事なんですね」
そういいながら誓約書に目を通すアルバート。しかし、その誓約書には手術費・金貨60枚、診療費・金貨15枚、と書いてあったことに驚愕する。
「ちょちょちょ、ちょっと待ってください!金貨75枚なんて、到底払えませんよ!僕はしがない街工場の勤めですよ?」
「んぁ?こっちは人の命救ってやってんだぜぇ~そりゃねぇぜぇ~。待っ、最低限の譲歩として診療費は抜いてやるよ。これから先見せに来ようが来まいが、どっちでもいいしな。手術費も…まぁ雪掻きのお駄賃として、10%くらいは引いといてやるよ。それで勘弁しな。行くぞルシーナ」
「はい!先生」
アルバートは唐突な金貨54枚の負債を抱えながらも、リオナに寄り添い、今は助かったことに安堵する。
そこから数日間、死に物狂いで仕事に打ち込んでは、リオナの看病をしての繰り返しで、診療費を渋ったことに後悔しながらも何とかやり遂げ、1週間後に彼女は目を覚ました。
「あぁ?!目が覚めましたか」
「えぇーと。はい。どちら様ですか」
「僕はアルバート、アルバート=セシリール!君は…」
「私は…確か…リオナ」
「確か?」
「リオナ=ガーネット、だった気がする」
もしかしたらこの女性は記憶が曖昧なのかもしれない。そう思い、アルバートは色々な質問を投げかける。年齢、出身地、家族、職業。色々聞いてみるもリオナが答えるのは『リオナ=ガーネット』という名前と『ハナ』という言葉のみで、他のことは綺麗さっぱり忘れていた。
ぐぅううう。
「あっ///」
「お腹が減ってるのかい?そうだよね、10日間くらい何も食べてないもんね…って言っても、今家に何も…あっ!!パンがあった」
「パン?」
「そお!ノースの南岸のエヴァンって街でね、友人が農家とパン屋を経営しててね、ちょくちょく送ってくるんですよ!新作どう?新作は?ってさ(笑)」
そういってアルバートは、リオナに籠を渡し、好きなパンを選んでもらって食べさせる。
リオナが選んだ物は、ベリーローズの花が細かく切り刻まれ、小麦粉と練り合わせて作られたピンクっぽいアンパンだった。
「おっ!お目が高いね。それが、僕の友人が1番評価してた自信作ってやつだ」
アルバートの友人が作った自信作のアンパンを口にし、涙をこぼすリオナ。
「んんんんん…ハナァ……」
リオナは思わず『ハナ』の名をこぼしながら涙を流してしまった。
---------------------
「それ以来、私たちはセルバースで1年間、負債の金貨54枚を返すために必死で働きました。そんなある日、エヴァンに住んでいた…この店の元々の店主だったカツジってやつがいましてね。そいつが店を畳むという連絡を受けて、私が店を継いで、『セシリーヌ』って店名に改名、リフォームして今に至るわけです。」
「このお店は友人から受け継いだ物なんですか…」
「夢だったんです。パン屋になるのが。私も、カツジも。セルバースって常に寒冷気候にある街で、農作物とか魚は育たないし、何より仕事も衣類の製造業だけで、羨ましかったんですよ。外の世界が。それで21歳で先に街を出て小麦農家とパン屋を開業したカツジが5年ですかね?その後、私がそれらを受け継いでから9年半、農家とこの店を続けてきました。それもこれも全部リオナのおかげで…」
--------------------ー
リオナと出会ってから1年後。
無事、総額金貨54枚を完済したアルバート。
「本当にありがとうございました。私なんかのために。」
「いえいえ、リオナさんは悪くないですよ思ったより高額だっただけです」
これから先、リオナの手術費を全て払ったアルバートは、リオナと共に過ごす理由を失い今後のことを話し合わなければならなくなっていた。
「今後、リオナさんはどうするんですか?」
「どうなんでしょうか…私は自分のことを何も知りません。アルバートさんはどうするんですか?」
「僕は…」
アルバートは答えにつまり、それを濁すかのように机に散らばっていた手紙を確認するフリをする。しかし、その中に友人であったカツジの名前が記された手紙が入っており、それにだけ目を移す。
「どうするんですかね…そういえば、リオナさんの大好きなパンを作ってるやつから手紙ですよ!」
「カツジさんですか」
「はい!また馬鹿みたいなこと書いてあるんだろうな……って、え?」
「どうかしましたか?」
リオナはアルバートの後ろへ回り込み手紙の内容を一緒に確認する。
そこには、『閉業予定。夢の終わり』と記されていた。
「夢…ですか?」
「はい、カツジと僕は、このセルバースを出て農家や漁業について、それを生かしたお店を出したいってよく夢を語っていたんです。アイツは夢を叶えて1人で行っちまって、でも俺は26年もこの街で服なんか作り腐って…」
そんな自分の目標であり、共に夢を見たカツジでさえ、その夢が途絶えた事を手紙で知ったアルバートは、酷く落ち込んでいた。
「でもすごいですよアイツは。5年も続けられたんだ。僕ならきっと無理だっただろうな。てか無理か…農家も店も何も成し遂げてない。ハハハッ!」
「でも、1年間は私のために夢を捨てて寄り添ってくれたじゃないですか…」
「いや、そんな綺麗な話じゃ…元から夢なんて…」
「叶えましょう!その立派な夢!私も協力しますから」
「え?!」
リオナは手紙を握りしめるアルバートの手を、そっと両手で包み込み、農家とパン屋の夢を諦めかけていたアルバートに勇気を与える。
その思いに、アルバートを恩返しか何かだと思っていたが、その真意、想いは、リオナの恋心に他ならなかった。
---------------------
「それからは話した通りで、その4年後に彼女と籍を入れ、1年後にはリーファを産んでくれました。まさか既婚者とは知らずに…」
アルバートは自分の犯してしまった過ちを悔いるばっかりだったが、ふと視線の傍にリオナとリーファを入れると、その2人を幸せにしたいという思いが込み上げてきてしまう。
「あの子は…ハナさんは、リオナのことをどう思っているんですか?」
「ハナは…リオナさんと関わることを避けていました。それは、リオナさんの夫がDV気質で妻のリオナさんやハナに手を上げていたり、まるで道具のように扱っていた過去があるからです。そして、そんな父親と同じ髪の色を持つハナのことをリオナさんが恐怖し、避けていたこともありました。そのため、母親を避けるというよりかは、幸せな今のリオナさんに関わるべきじゃないと」
「そうですか…そんな過去が。」
「ただ、」
ゼクシードは口調を強めて、大事なことを告げる。
「ただ、リオナさんが記憶を無くしていることを知って、ハナは一目だけ母親の顔を見るだけと、決意を決めました。」
「でも一度妻を見てしまったらあんな風に」
「いいえ、それは、息子さんの存在ですよ」
面会やエヴァンに来る途中まで、事前にリオナさんについての情報をハナに伝えていたゼクシード。しかし、その情報の中には『息子・リーファ(5)』のことは一切触れられていなかった。本人ももしかしたらくらいには感じてはいたかもしれないが、それが現実となり、さらには自分たちのことを綺麗さっぱり忘れてしまい幸せそうな母の姿を見て、そして、自分と対極的に生まれた可愛く誠実そうな息子を見て、自分の存在を全否定されたような感覚に陥ってしまったのだろう。
「真意は本人にしか分かりませんが、きっとリーファ君が、男の子で、誠実で、母が嫌う自分のような赤毛ではなく、母そっくりの茶髪だったために、自分の存在を否定された気になったんでしょうね」
アルバートは我が子に目を向け、ハナと照らし合わせる。男の子で茶髪で、本当にリオナそっくりなリーファを見つめ微笑ましく思う。ただ、。
「ハナさんもリオナにそっくりですよ」
「「?!」」
「1人の女性を愛した者として言わせてください。リーファが男の子で、誠実で、茶髪なのは理解しました。けれど、ハナさんだってリオナの血を受け継いでいるんだ。きっと誠実で素敵な方ですよ。ね?」
アルバートは、やけにゼクシードたちに協力的で、ハナにリオナを会わせる協力をすると言ってきたのだ。その結果がどうなろうと致し方ないと。たとえリオナがハナと顔を合わせたことで、過去の記憶を呼び戻し、辛いことがフラッシュバックしたとしても、リオナのその先の選択を尊重し、改めて向き合いたいと語る。
「それに、リーファもリオナの息子ですし、ハナさんの親族だ。きっと分かり合えますよ。私はそう…信じたい」
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