34 / 83
第二章 〜家族のカタチ
33話 『立ち上がる男』
しおりを挟む
ドセアニア西部18km地点にある靱アジト。早馬を使って30分もしないほどで現着するグレイ、ソウヤ、ベルモンドの3人は、そこにいたタツマキ、ミヒャ、リリアンとドセアニア兵士30名程と合流し、アジト入り口を押さえていた。
「タッツーさん!お待たせしました」
「お疲れ様ソウヤ。ここよ」
靱アジトがあると思われる大洞窟の入り口を張り込むタツマキ。
「まだ敵に動きは…」
「ないけど、ソウヤたちが合流次第行こうって話になってて」
「ミヅキさんも中に?」
「私たちは確認してないわ、兵士が見たかもって」
「行きましょう!」
事実確認なんかしてる場合じゃない。今あの洞窟の中にミヅキがいるなら今すぐにでも助けなければ、グレイたちはそのために来たのだから。
ベルモンドを先頭に主力の6人は大洞窟に足を踏み込む。
大洞窟内は、左右の壁にいくつものかがりが設置されていたため、ミヒャに頼み、火を灯して灯りを手に入れる。まだまだ先が見えない長い洞窟内。
「本当にここが靱のアジトなんかね?もしかしたら、すでにもぬけの殻とか」
「考えられるかもしれないけど、数人以上は必ずいるわ。目撃されてるから」
「どう考えても分断策だと思うけどなぁ、俺は」
ベルモンドは終始敵の分断策を疑い苦言を呈す。半ばグレイとマタタビのわがままに付き合わされた形のベルモンドだったが、自分もまたこのグレイという少年に期待する部分もあったのである。
「グレイ…俺はお前の判断には賛成しかねる」
「…」
「ベルモンド…。」
ソウヤは複雑な面持ちだったが、ベルモンドの真意は、グレイを否定するだけのものではなかった。
「でもなぁ!おめぇがやりゃー出来るやつだってことも知ってんだ!だから俺はお前を無事ダイドウ深淵窟へ送り返す。もしここでミヅキちゃんを救出できんなら、全力で二人を守る。だから、俺から離れんじゃねーぞ?」
「?!…ハイ!」
一行が数分歩いた先に、明るい広場が見えてきた。出ると、そこには中央に木造の祭壇が建てられ、それを囲むように長椅子がいくつも設置されていた。
「なんだここ?!」
「祭壇?集会場?」
「祭壇の上光ってない?」
タツマキの目が何やら祭壇の上に光るものを見つけ、一行は祭壇に向かうと、そこには光が反射して輝いていた何本もの青い毛が落ちていた。
「これは、ミヅキさんの髪ですか」
「間違いないと思います!」
リリアンは杖を強く握りしめ怒りに満ちていた。この髪が表すものはきっとミヅキを乱暴に扱った証拠。
「許せません!女の子にこんなこと」
「何が許せねぇーって」
「「「「「「?!」」」」」」
唐突に聞こえてきた男の声に振り向く一行。祭壇のさらに奥の通路から聞こえてくる声。そこには片足に銀の義足をつけた茶色の短髪男性が立っていた。
「誰だてめぇ、」
「俺はトール。靱幹部の1人だ。あんたらは…独立ギルドの連中か?」
「俺はレオネ…」
「どうでもいいですそんなことは。この髪は何ですか!」
ベルモンドの自己紹介を遮り、落ちていた青髪を掴みトールに見せつけるリリアン。
「そいつは巫女さんのだな…」
やはり、ミヅキのもので間違いはなかったか。
「今ミヅキさんはどこにいるんですか!」
リリアンの問いに親指を洞窟内に向けて指すトール。指が刺されたら方向から何やら人影が2つ現れ始める。
一行はその人影に視線を集中させる。その人影の正体は、ミヅキの頭部の髪を引っ張って連れてきたフードを深く被るナナシだった。
「「「「「「?!」」」」」」
「ミヅキさん!」
グレイは真っ先にミヅキに駆け寄ろうとしたが、それよりも少し早く、リリアンは無属性魔法を展開していた。
「その汚い手を離せ!!!ルミナス・アロー」
無属性攻撃魔法の中でも操作性に優れた遠距離魔法。一度自分の手から離れた魔法であっても完璧に操作できる強みを持つルミナス・アローで、ミヅキを傷つけず、敵だけを狙って操るリリアン。
それに対して、土属性魔法で土壁を生成して、ルミナス・アローからセナを守るトール。
「邪魔するなら貴方から倒しますよ!」
リリアンは目の前のミヅキを見て冷静さを欠いていた。ミヅキを拉致し乱暴をする靱という組織の人物を全員倒す構えを見せる。
「こいつはやらねー方がいいと思うけどな」
「そう言われると、体が止められなくなっちまうな!」
ベルモンドはトールの忠告を無視して、トールの左足下に土属性魔法を生み出し、義足を狙われたトールはバランスを崩す。
「お、おいおい、ちょっと待てよ」
「アイツは俺が足止めする!行けお前ら」
ベルモンドがトールを抑えている間に、グレイたちはセナと対峙する。
「相手の能力は透明化!姿を消したら広範囲に魔法を展開!ミヅキさんは私が治療します!」
瞬時に、それでいて的確に指示を出すリリアン。セナの能力は透明化。しかし、姿は消えても存在が消えるわけでは無いため、とにかく消えた位置から広範囲に渡り、魔法攻撃を展開して、姿を見失わないようにしてください、との指示。その際のミヅキへの被害は全て自分が対処するという。
「「「了解!」」」
「わかりました」
レオネード・ハーツの面々とグレイは理解して応える。
ナナシに向かって突撃していく面々に、ナナシは泥属性魔法を駆使して攻撃を放つ。泥弾。
「泥?!」
一同は初めて見るナナシの泥属性魔法に足を止めようとするが、ソウヤは剣を抜いて泥属性魔法を捌く構えをとる。
「泥は僕が何とかします!脇から進んで下さい!」
水星剣・星飛沫。水属性オーラを纏いし剣を豪快に振り、飛び散る水飛沫を泥弾にぶつけて威力を殺す。それでも星飛沫の間を抜けるものは自慢の剣術で捌くソウヤ。
泥弾を捌くソウヤの脇からすり抜け、ナナシに向かっていく面々。ミヒャはナナシの死角から足下に植物を伸ばして、足を拘束しようとする。そして、足首をガッチリと捕まえた…はずだった。手応えはあったのに、ナナシはミヒャの拘束魔法を難なく避けて後退する。それにはミヒャも驚きの表情であった。
「どうしたのミヒャ?」
「いや…捕まえ…られなかった。」
いや…完全に足首を捕まえたはずなのに。
何が何だか分からない状況だが、ミヒャとタツマキはとにかく進むしかない。ベルモンドが敵の幹部を抑えているからだ。
「リリアンさん!攻撃はお願いします!リリアンさんを狙う攻撃は全部僕が止めます!」
「?!…ハイ!お願いします」
自分の役割を完全に理解しているグレイ。攻撃面では完全に足手纏いになるとわかっているからこそ割り切った盾役としての仕事を果たそうとするグレイ。リリアンはグレイの後ろでマナを練る。
それに対しミヅキの髪を引っ張りながら後退していくナナシはトールの魔法圏内から外れてしまう。
「おいおい、行き過ぎだっつの…守れねーじゃんか」
「戦闘中によそ見かよ!」
敵幹部を抑える役に回ったベルモンドはトールと拳を交えていた。
「あんた左足は義足か?」
「だったらなんだよ」
ニヤッと不吉な笑みを浮かべ自分たちの周囲に岩の拳を生成させるベルモンド。その数6本。俊敏な動きは取れないと踏んだベルモンドは手数で押す作戦に出る。
「避けれねーと思ってか?ィヤラシイね…」
「ロックフィスト!ラッシュ!」
6本の拳、そしてベルモンドの2本の拳が時間差でトールを襲う。
瞬間、トールは全身に雷を走らせ、たった10cm。たった10cmだけベルモンドの前に瞬間移動してベルモンドの意表を付き、タックルをして、そのまま地面へ押し倒す。勿論トールの元いた場所を狙っていたロックフィストは全て空振りになる。
そのままトールは、ベルモンドを押さえつけたまま、ありったけの雷属性オーラをベルモンドへ流し込み感電させる。
バチバチバチバチ!
「うぁぁぁああ!」
「ベルモンド…?!」
泥弾を捌き切った後のソウヤはベルモンドの叫び声を聞き、後ろを振り返る。
--ロックフィスト・ダブル。
「?!」
倒されたかに思われたベルモンドは力を振り絞り、再びロックフィストを生成して、トールを狙う。それに対してトールは避けようとしたが、押し倒したはずのベルモンドに、今度は自分が足をガチガチに固定され、ベルモンドの足から抜け出せない状況に陥っていた。
「おいおい、離せや」
そのまま倒れる2人に襲いかかるロックフィストの2本の拳。トールは再び雷属性オーラをベルモンドに流し込み感電させ拘束を弱めようと抵抗するも、ベルモンドは足の拘束を解く気はなかった。この前トールはロックフィル・ダブルに押しつぶされる形で攻撃を受ける。
ズドンズドン!
ロックフィスト・ダブルを自分の素の肉体、両腕で抑えてみせるトール。
「き、効くねぇ…」
「て、」
「て?」
「て、」
「て?」
「テメェーの雷は全然効いてねぇーけどな!」
ベルモンドは感電したフリをして、トールの意表をつき、額に頭突きを喰らわせる。
「グッ…ハァ~」
頭突きに合わせて足の拘束を解きトールを吹き飛ばすベルモンド。
「あんた雷属性も使えんのかよ。でも残念だな!俺の土属性とは相性最悪だぜ!」
トールの感電技を、土属性の硬化を使い電気をあまり通していなかったベルモンドは、二撃目の感電技を完全にいなしたのである。
「クゥ~、最後の頭突きもなかなかなもんだ」
額から流血する2人。
「でもよ~、人の忠告は聞くもんだぜ」
「何の話だ?」
「だからぁ…あのニセモンの巫女ちゃんは狙うなって話だよ!」
「偽物だと?!」
トールが初めにした忠告。その全容はあのナナシとミヅキは偽物であるというものだった。
2人が偽物だと知らないグレイたちは、ナナシをどんどん後退させ、逃げ場を無くさせていく。
「グレイさん!魔法を展開します!」
「わかりました!」
リリアンがルミナス・アローを展開しようとすると、ナナシはすかさず泥弾で牽制を入れようとするが、その攻撃は全てグレイが防ぐ。魔力耐性の高いグレイは全くの無傷で泥弾を防いでしまう。
「ルミナス・アロー!」
変幻自在の軌道を描くルミナス・アローは複雑な軌道でナナシに全く動きを悟らせず、両太ももにヒットする。そして、動きが鈍ったところをミヒャが確実に捉える。
「ヴァイン・フレイル」
両肩、両腕、胴体にガッチリ絡みつくツルはナナシを逃さない。
「燃えろ…」
パチンッ!ボゥ!
ミヒャの生成する植物は発火性であるため、ミヒャの合図一つで発火、炸裂する。いい一撃が入ったのではと様子を伺う一同が目にした光景は、ナナシの体がドロドロに溶けていくものだった。
「流動?!これも水属性魔法の一種?」
「いいえ、これは泥です…」
リリアンはすぐさまミヅキに駆け寄り体に異常がないか確認するも、ナナシだけではなくミヅキまでも衝撃を与えるとドロドロに溶けていってしまった。
「まさかこれって、」
「泥属性魔法の分身体、偽物です…。」
同時刻、『ダイドウ深淵窟』付近にて。
「泥人形が2体崩壊した。分断策は成功だ。行くぞ」
「「了解」」
ダイドウ深淵窟付近で潜伏していたセナ、カガチ、ナギの3人はミヅキと、十数人の構成員を連れて、ダイドウ深淵窟に突撃していく。
泥人形崩壊を作戦開始の合図とし、ナギから通信を受けたハナとデモンズも80程の構成員を連れ、ドセアニア王国外壁に対して遠距離攻撃を駆使して攻め始める。あくまでグリムデーモン復活という本命を隠すための陽動作戦であった。
そして『靱アジト』では、ナナシとミヅキが偽物であることを知った一同はすぐに道を引き返す。しかし、それをただでは通さないトールが土属性魔法で入り口から集会場までの道を封鎖する。
「まあそうくるよな!テメェを倒さなきゃ俺たちはミヅキを助けに行けねぇわけだ!」
「殺す!」
時間の惜しいソウヤたちはトールを速攻で始末してダイドウ深淵窟に戻りたい。手段を選んでいる場合じゃない。ソウヤは剣を構えてトールに向かって駆け出す。
「まあ待てよ!!!!」
「「?!」」
トールを倒したいベルモンドとソウヤの足を止めるトール。
「今俺の命を狙おうってんなら、あの道、崩落させるぞ?」
「何ぃ?!」
「どうしてアジトが大洞窟内に作られたのか…セナは計画を立てた段階でここまで見据えてたんだぜ」
「セナ?誰だ」
「?!…知らねーのかよ、それは」
「それは、靱のリーダーだよ…」
トールの返答に被せる形で答えた白衣を纏う眼鏡をかけたヒョロガリ長身の男、ゼクシード=インフェルノがグレイたちの前に姿を現す。
「誰だ?」
「ウチの…幹部?みてぇーなもんだ」
「僕はゼクシード。諜報員の1人だよ」
さらに敵幹部が増えたことで警戒を強める一同。それに気づきトールは大笑いする。
「ガハッハッハッハ!そんな気張んなよ!ゼクシードは魔力適性が0だからな。戦力になんねーよ」
「?!」
トールの言葉に驚くグレイ。初めて対峙する、自分の全く同じ魔力適性の無い人物。
「あなたも魔法が」
「あぁ。一切使えない」
ゼクシードは白衣のポケットから手を出し、何やら念じてみる。それに周りは攻撃の姿勢を構えるも、ゼクシードからは何も生まれなかった。
「これが証明になるとは思ってないけど、生まれてこのかた、一度もマナを集中させる感覚というものを味わったことがない。出せるものなら出してみたいものだね」
「それなら、今更何しに出てきたんだ?」
ベルモンドはゼクシードの行動に疑問を抱いていた。魔力適性もない、諜報員で戦闘向きじゃない、そんな人物が今更何しに姿を現したのか。
「僕は君たちに協力しに来た。」
「「「「「「「?!」」」」」」」
その一言に驚愕する一同。トールの説明ではこのゼクシードという人物は靭の幹部のはず。そんな人物が敵に協力をするなんて考えにくい。
「嘘だろ?」
ベルモンドの疑いに、ゼクシードは行動で示した。
「奥の部屋。あそこに靭の構成員たちが倒れてる。トールと同じく、君たちの足止めを図ろうとしたやつらだ。僕が下剤を仕込んで今腹痛で倒れてる」
「マジか?!」
ベルモンドはソウヤに合図を出して、ソウヤに確認させにいく。
「何でテメェーはそんなことしてんだ?幹部だろ?」
「幹部?いや、違うよ。結成メンバー、ってのも違うかな。」
「じゃあ何なんだよ!」
もったいぶるゼクシードに代わってトールが答える。
「こいつと俺は、靭幹部たちの馴染みだよ。そんで、セナを止めるために潜伏していた…反逆者だな…」
ソウヤが、ゼクシードがすでに倒しているという構成員たちを確認、拘束して合流した後に、トールとゼクシードは少しだけ靭の内部事情を語り始める。靭のリーダー・セナ=ジークフリートの存在と、これから起こそうとしている非道な計画。そして、自分たちの目的を。
「セナは、自分たちを奴隷として扱っていたサザン王国と、それに関与していたドセアニア王国に対して強い復讐心を抱いている。それを爆発させてしまったのが僕の軽率な行動だった。」
「左に同じくだ。俺もセナを狂わせた1人だ。だから俺たちは自分たちの犯してしまった罪と向き合うために、こうして靭に潜伏して気を伺っていた。しかし、作戦の予定が早まっちまった。おそらく巫女を手中に収めたからだ。今すぐにでもセナはグリムデーモンを復活させるぞ」
ミヅキの存在が不透明で、かつ確保できなかった場合は、アレス=ドセアニアとその配下を狙う作戦だったが、ミヅキを手中に収めたからセナはすぐにダイドウ深淵窟に向かい、ミヅキの力を使ってグリムデーモンを復活させるとトールは語る。
「だったら俺らもダイドウ深淵窟に戻るしかねーだろ!今ならマタタビさんたちが時間稼ぎしてくれてるだろうし。おい、さっさとあの壁の魔法を解け!」
ベルモンドはトールに入り口を塞いでる土属性魔法の壁を解くよう命令するも、トールは条件を提示してきた。
「1人だけ残れ。」
「「「「「「?!」」」」」」
「どういうことだ!今にもグリムデーモンを復活させようと画策してる連中がいるんだ!さっさとしろ!」
「だから1人はここに残って俺の相手をしろって言ってんだ…」
「意味わかんねーぞテメェ!靭の裏切り者だろ!なんで足止めみてーなことしてんだよ!」
「悪いな。セナを止めたい気持ちはあれど、曲がりなりにも靭の幹部だ。サザン王国やドセアニア王国、その他周辺国に奴隷にされてきた連中の気持ちも、他の幹部たちの気持ちも俺にはわかる。それに、あいつらは俺の家族だ。抵抗はせど、完全には裏切れねぇ…。」
「…。」
セナを狂わせてしまった罪に向き合うためとはいえ、サザン鉱山で奴隷として共に育った、ハナやデモンズ、カガチ、ナギのことまで裏切れないと伝えるトール。幼い頃に戦争に巻き込まれ、両親を失い、奴隷として1人孤独にサザン鉱山へ送られたトールにとって、唯一の救いがセナたちの存在だった。そんな彼らを裏切り刺し違えることはしたくないと伝える。だからせめてもの譲歩として、1人アジトに残し、任せられた足止めの任は果たしたいという。
「テメェを倒してここを抜け出す」
「それでも構わないが…その時は俺も全力で太刀打ちする。」
トールの意思は堅かった。
「誰か1人を残して、他の全員でダイドウ深淵窟へ向かう。その後トールが倒されようが倒されまいが、残った者次第、それでいいんじゃないかな。今は時間が惜しいよ」
敵ながら真っ当な意見を提示するゼクシード。
「テメェは随分割り切ってんな」
「僕は、セナたちにはきっと必要とされていない。仲間意識もあるか分からない。靭にいるのはただの義務感でしかないからね…」
「ゼクシード…おまえ…。」
「なら俺が残るぜ。俺ならこいつを簡単に倒せそうだしな」
ベルモンドは率先してトールの提示した足止め要因として残ることを決める。それは属性的な相性か、一度対戦したからの余裕か。誰でもよかったトールもそれで納得し、入り口の土属性魔法を解く。
そして、ベルモンドを抜いた一同はダイドウ深淵窟に向け動き出そうとした時、トールは最後の忠告を告げる。
「何人かはドセアニア王国、アレスの警護に向かった方がいいぞ」
「何で?」
ゼクシードはトールに聞き返す。
「ダイドウ深淵窟に向かったのはセナとカガチとナギ。ドセアニア王国に向かったのはハナとデモンズ、だけだったら別にいいがな…」
「?」
「他にも星界の使徒のやべーやつが向かってる。そいつは、つい最近、ミリオスト国を一夜にして地図上から消し去った恐ろしい魔力を持っていやがる。巫女でのグリムデーモン復活作戦が失敗したとしても、星界の使徒にアレスとその配下が消されればどっちみちグリムデーモンが復活するぞ」
星界の使徒の存在が完全に頭から外れていたグレイたち。確かに今回の騒動には星界の使徒が関わっていた。今の今まで何の戦果も上げていない星界の使徒だったが、その内の1人にドゥーぺやメラク並に腕の立つ者がいることを聞いたグレイは絶句する。
「どなたかドセアニア王国を守りに行ってください。トールさんの言う通り、星界の使徒のその人は、相当強いです…」
ドゥーぺとメラクと一戦交えたグレイだからこそ分かるアルカイドの強さ。そして、トールの発言から、ドセアニア王国がグリムデーモンとは別の意味で危険な状態にあることを悟る。
「わかったわ!どうせ洞窟とか深淵じゃ私の風属性魔法は使えないし、私がいくわ」
星界の使徒を抑える役に回るのはタツマキ。
「行く…。」
ミヒャもそっと手をあげタツマキと同行する姿勢を見せる。実際、靭の構成員や星界の使徒の構成員など、大多数を相手取るにはミヒャの魔法は相性が良いため適任だと周りも認める。
改めてドセアニア王国へはタツマキとミヒャの2人が向かい、ダイドウ深淵窟へはグレイ、ソウヤ、リリアン、そしてゼクシードが向かう。
ベルモンドはトールの足止めを喰らい靭アジトに残る。
アジト外に止めていた2頭の馬に2人ずつまたがり、先にダイドウ深淵窟へ向かう4人。
それから少し遅れてタツマキとミヒャの2人がドセアニア向かい移動し始める。
「さてと、俺たちはどうするよ?第2ラウンドと行くか?」
靭アジトに残されたベルモンドも本心ではダイドウ深淵窟に向かいたいと思っている。そのため、トールを無力化することが望ましい。
「ゼクシードはな…」
「あぁ?」
「ゼクシードは…魔力適性が無いにも関わらず、魔法でセナに対抗するための手段を模索していた。」
「何の冗談だよ」
「冗談じゃないさ。あいつは魔力適性が無い代わりに人一倍勉学に励んでいた。そして研究職につき、4年で産み出したんだよ。セナに対抗し得る手段とやらを。そして、それを100%生かせる代役も見つけた。」
トールはポケットから一つの小さな立方体の透明なガラスケースのような物をベルモンドに見せつける。中には何やら透明な液体が入っていた。
「何だそりゃ?」
ベルモンドの疑問に答えるべく、トールはそのケースを右手で握りつぶして破壊する。と同時にトールの右腕は、ものすごい勢いの白い炎で包まれる。
「クッ!クッぁぁぁあああ!!!」
「おい!!」
ベルモンドはトールの奇行に焦り、トールの右腕に纏わりつく白い炎を必死で振り払う。その炎の熱は有に6000~数百度は超えていた。触れたベルモンドの手のひらも皮がめくれるなどで大事であった。
「これは…クッ。呪術でも、異界の力でもなく、歴とした魔法だ…」
「まさかお前の言う代役って」
この白炎を身に纏い操らせようとゼクシードは企んでいた。魔力耐性を持つグレイに。
そのため本来無力で非力なゼクシードがグレイたちの目の前に姿を現したのである。セナの泥属性魔法をいとも簡単に無力化してしまったグレイを利用するために。
「タッツーさん!お待たせしました」
「お疲れ様ソウヤ。ここよ」
靱アジトがあると思われる大洞窟の入り口を張り込むタツマキ。
「まだ敵に動きは…」
「ないけど、ソウヤたちが合流次第行こうって話になってて」
「ミヅキさんも中に?」
「私たちは確認してないわ、兵士が見たかもって」
「行きましょう!」
事実確認なんかしてる場合じゃない。今あの洞窟の中にミヅキがいるなら今すぐにでも助けなければ、グレイたちはそのために来たのだから。
ベルモンドを先頭に主力の6人は大洞窟に足を踏み込む。
大洞窟内は、左右の壁にいくつものかがりが設置されていたため、ミヒャに頼み、火を灯して灯りを手に入れる。まだまだ先が見えない長い洞窟内。
「本当にここが靱のアジトなんかね?もしかしたら、すでにもぬけの殻とか」
「考えられるかもしれないけど、数人以上は必ずいるわ。目撃されてるから」
「どう考えても分断策だと思うけどなぁ、俺は」
ベルモンドは終始敵の分断策を疑い苦言を呈す。半ばグレイとマタタビのわがままに付き合わされた形のベルモンドだったが、自分もまたこのグレイという少年に期待する部分もあったのである。
「グレイ…俺はお前の判断には賛成しかねる」
「…」
「ベルモンド…。」
ソウヤは複雑な面持ちだったが、ベルモンドの真意は、グレイを否定するだけのものではなかった。
「でもなぁ!おめぇがやりゃー出来るやつだってことも知ってんだ!だから俺はお前を無事ダイドウ深淵窟へ送り返す。もしここでミヅキちゃんを救出できんなら、全力で二人を守る。だから、俺から離れんじゃねーぞ?」
「?!…ハイ!」
一行が数分歩いた先に、明るい広場が見えてきた。出ると、そこには中央に木造の祭壇が建てられ、それを囲むように長椅子がいくつも設置されていた。
「なんだここ?!」
「祭壇?集会場?」
「祭壇の上光ってない?」
タツマキの目が何やら祭壇の上に光るものを見つけ、一行は祭壇に向かうと、そこには光が反射して輝いていた何本もの青い毛が落ちていた。
「これは、ミヅキさんの髪ですか」
「間違いないと思います!」
リリアンは杖を強く握りしめ怒りに満ちていた。この髪が表すものはきっとミヅキを乱暴に扱った証拠。
「許せません!女の子にこんなこと」
「何が許せねぇーって」
「「「「「「?!」」」」」」
唐突に聞こえてきた男の声に振り向く一行。祭壇のさらに奥の通路から聞こえてくる声。そこには片足に銀の義足をつけた茶色の短髪男性が立っていた。
「誰だてめぇ、」
「俺はトール。靱幹部の1人だ。あんたらは…独立ギルドの連中か?」
「俺はレオネ…」
「どうでもいいですそんなことは。この髪は何ですか!」
ベルモンドの自己紹介を遮り、落ちていた青髪を掴みトールに見せつけるリリアン。
「そいつは巫女さんのだな…」
やはり、ミヅキのもので間違いはなかったか。
「今ミヅキさんはどこにいるんですか!」
リリアンの問いに親指を洞窟内に向けて指すトール。指が刺されたら方向から何やら人影が2つ現れ始める。
一行はその人影に視線を集中させる。その人影の正体は、ミヅキの頭部の髪を引っ張って連れてきたフードを深く被るナナシだった。
「「「「「「?!」」」」」」
「ミヅキさん!」
グレイは真っ先にミヅキに駆け寄ろうとしたが、それよりも少し早く、リリアンは無属性魔法を展開していた。
「その汚い手を離せ!!!ルミナス・アロー」
無属性攻撃魔法の中でも操作性に優れた遠距離魔法。一度自分の手から離れた魔法であっても完璧に操作できる強みを持つルミナス・アローで、ミヅキを傷つけず、敵だけを狙って操るリリアン。
それに対して、土属性魔法で土壁を生成して、ルミナス・アローからセナを守るトール。
「邪魔するなら貴方から倒しますよ!」
リリアンは目の前のミヅキを見て冷静さを欠いていた。ミヅキを拉致し乱暴をする靱という組織の人物を全員倒す構えを見せる。
「こいつはやらねー方がいいと思うけどな」
「そう言われると、体が止められなくなっちまうな!」
ベルモンドはトールの忠告を無視して、トールの左足下に土属性魔法を生み出し、義足を狙われたトールはバランスを崩す。
「お、おいおい、ちょっと待てよ」
「アイツは俺が足止めする!行けお前ら」
ベルモンドがトールを抑えている間に、グレイたちはセナと対峙する。
「相手の能力は透明化!姿を消したら広範囲に魔法を展開!ミヅキさんは私が治療します!」
瞬時に、それでいて的確に指示を出すリリアン。セナの能力は透明化。しかし、姿は消えても存在が消えるわけでは無いため、とにかく消えた位置から広範囲に渡り、魔法攻撃を展開して、姿を見失わないようにしてください、との指示。その際のミヅキへの被害は全て自分が対処するという。
「「「了解!」」」
「わかりました」
レオネード・ハーツの面々とグレイは理解して応える。
ナナシに向かって突撃していく面々に、ナナシは泥属性魔法を駆使して攻撃を放つ。泥弾。
「泥?!」
一同は初めて見るナナシの泥属性魔法に足を止めようとするが、ソウヤは剣を抜いて泥属性魔法を捌く構えをとる。
「泥は僕が何とかします!脇から進んで下さい!」
水星剣・星飛沫。水属性オーラを纏いし剣を豪快に振り、飛び散る水飛沫を泥弾にぶつけて威力を殺す。それでも星飛沫の間を抜けるものは自慢の剣術で捌くソウヤ。
泥弾を捌くソウヤの脇からすり抜け、ナナシに向かっていく面々。ミヒャはナナシの死角から足下に植物を伸ばして、足を拘束しようとする。そして、足首をガッチリと捕まえた…はずだった。手応えはあったのに、ナナシはミヒャの拘束魔法を難なく避けて後退する。それにはミヒャも驚きの表情であった。
「どうしたのミヒャ?」
「いや…捕まえ…られなかった。」
いや…完全に足首を捕まえたはずなのに。
何が何だか分からない状況だが、ミヒャとタツマキはとにかく進むしかない。ベルモンドが敵の幹部を抑えているからだ。
「リリアンさん!攻撃はお願いします!リリアンさんを狙う攻撃は全部僕が止めます!」
「?!…ハイ!お願いします」
自分の役割を完全に理解しているグレイ。攻撃面では完全に足手纏いになるとわかっているからこそ割り切った盾役としての仕事を果たそうとするグレイ。リリアンはグレイの後ろでマナを練る。
それに対しミヅキの髪を引っ張りながら後退していくナナシはトールの魔法圏内から外れてしまう。
「おいおい、行き過ぎだっつの…守れねーじゃんか」
「戦闘中によそ見かよ!」
敵幹部を抑える役に回ったベルモンドはトールと拳を交えていた。
「あんた左足は義足か?」
「だったらなんだよ」
ニヤッと不吉な笑みを浮かべ自分たちの周囲に岩の拳を生成させるベルモンド。その数6本。俊敏な動きは取れないと踏んだベルモンドは手数で押す作戦に出る。
「避けれねーと思ってか?ィヤラシイね…」
「ロックフィスト!ラッシュ!」
6本の拳、そしてベルモンドの2本の拳が時間差でトールを襲う。
瞬間、トールは全身に雷を走らせ、たった10cm。たった10cmだけベルモンドの前に瞬間移動してベルモンドの意表を付き、タックルをして、そのまま地面へ押し倒す。勿論トールの元いた場所を狙っていたロックフィストは全て空振りになる。
そのままトールは、ベルモンドを押さえつけたまま、ありったけの雷属性オーラをベルモンドへ流し込み感電させる。
バチバチバチバチ!
「うぁぁぁああ!」
「ベルモンド…?!」
泥弾を捌き切った後のソウヤはベルモンドの叫び声を聞き、後ろを振り返る。
--ロックフィスト・ダブル。
「?!」
倒されたかに思われたベルモンドは力を振り絞り、再びロックフィストを生成して、トールを狙う。それに対してトールは避けようとしたが、押し倒したはずのベルモンドに、今度は自分が足をガチガチに固定され、ベルモンドの足から抜け出せない状況に陥っていた。
「おいおい、離せや」
そのまま倒れる2人に襲いかかるロックフィストの2本の拳。トールは再び雷属性オーラをベルモンドに流し込み感電させ拘束を弱めようと抵抗するも、ベルモンドは足の拘束を解く気はなかった。この前トールはロックフィル・ダブルに押しつぶされる形で攻撃を受ける。
ズドンズドン!
ロックフィスト・ダブルを自分の素の肉体、両腕で抑えてみせるトール。
「き、効くねぇ…」
「て、」
「て?」
「て、」
「て?」
「テメェーの雷は全然効いてねぇーけどな!」
ベルモンドは感電したフリをして、トールの意表をつき、額に頭突きを喰らわせる。
「グッ…ハァ~」
頭突きに合わせて足の拘束を解きトールを吹き飛ばすベルモンド。
「あんた雷属性も使えんのかよ。でも残念だな!俺の土属性とは相性最悪だぜ!」
トールの感電技を、土属性の硬化を使い電気をあまり通していなかったベルモンドは、二撃目の感電技を完全にいなしたのである。
「クゥ~、最後の頭突きもなかなかなもんだ」
額から流血する2人。
「でもよ~、人の忠告は聞くもんだぜ」
「何の話だ?」
「だからぁ…あのニセモンの巫女ちゃんは狙うなって話だよ!」
「偽物だと?!」
トールが初めにした忠告。その全容はあのナナシとミヅキは偽物であるというものだった。
2人が偽物だと知らないグレイたちは、ナナシをどんどん後退させ、逃げ場を無くさせていく。
「グレイさん!魔法を展開します!」
「わかりました!」
リリアンがルミナス・アローを展開しようとすると、ナナシはすかさず泥弾で牽制を入れようとするが、その攻撃は全てグレイが防ぐ。魔力耐性の高いグレイは全くの無傷で泥弾を防いでしまう。
「ルミナス・アロー!」
変幻自在の軌道を描くルミナス・アローは複雑な軌道でナナシに全く動きを悟らせず、両太ももにヒットする。そして、動きが鈍ったところをミヒャが確実に捉える。
「ヴァイン・フレイル」
両肩、両腕、胴体にガッチリ絡みつくツルはナナシを逃さない。
「燃えろ…」
パチンッ!ボゥ!
ミヒャの生成する植物は発火性であるため、ミヒャの合図一つで発火、炸裂する。いい一撃が入ったのではと様子を伺う一同が目にした光景は、ナナシの体がドロドロに溶けていくものだった。
「流動?!これも水属性魔法の一種?」
「いいえ、これは泥です…」
リリアンはすぐさまミヅキに駆け寄り体に異常がないか確認するも、ナナシだけではなくミヅキまでも衝撃を与えるとドロドロに溶けていってしまった。
「まさかこれって、」
「泥属性魔法の分身体、偽物です…。」
同時刻、『ダイドウ深淵窟』付近にて。
「泥人形が2体崩壊した。分断策は成功だ。行くぞ」
「「了解」」
ダイドウ深淵窟付近で潜伏していたセナ、カガチ、ナギの3人はミヅキと、十数人の構成員を連れて、ダイドウ深淵窟に突撃していく。
泥人形崩壊を作戦開始の合図とし、ナギから通信を受けたハナとデモンズも80程の構成員を連れ、ドセアニア王国外壁に対して遠距離攻撃を駆使して攻め始める。あくまでグリムデーモン復活という本命を隠すための陽動作戦であった。
そして『靱アジト』では、ナナシとミヅキが偽物であることを知った一同はすぐに道を引き返す。しかし、それをただでは通さないトールが土属性魔法で入り口から集会場までの道を封鎖する。
「まあそうくるよな!テメェを倒さなきゃ俺たちはミヅキを助けに行けねぇわけだ!」
「殺す!」
時間の惜しいソウヤたちはトールを速攻で始末してダイドウ深淵窟に戻りたい。手段を選んでいる場合じゃない。ソウヤは剣を構えてトールに向かって駆け出す。
「まあ待てよ!!!!」
「「?!」」
トールを倒したいベルモンドとソウヤの足を止めるトール。
「今俺の命を狙おうってんなら、あの道、崩落させるぞ?」
「何ぃ?!」
「どうしてアジトが大洞窟内に作られたのか…セナは計画を立てた段階でここまで見据えてたんだぜ」
「セナ?誰だ」
「?!…知らねーのかよ、それは」
「それは、靱のリーダーだよ…」
トールの返答に被せる形で答えた白衣を纏う眼鏡をかけたヒョロガリ長身の男、ゼクシード=インフェルノがグレイたちの前に姿を現す。
「誰だ?」
「ウチの…幹部?みてぇーなもんだ」
「僕はゼクシード。諜報員の1人だよ」
さらに敵幹部が増えたことで警戒を強める一同。それに気づきトールは大笑いする。
「ガハッハッハッハ!そんな気張んなよ!ゼクシードは魔力適性が0だからな。戦力になんねーよ」
「?!」
トールの言葉に驚くグレイ。初めて対峙する、自分の全く同じ魔力適性の無い人物。
「あなたも魔法が」
「あぁ。一切使えない」
ゼクシードは白衣のポケットから手を出し、何やら念じてみる。それに周りは攻撃の姿勢を構えるも、ゼクシードからは何も生まれなかった。
「これが証明になるとは思ってないけど、生まれてこのかた、一度もマナを集中させる感覚というものを味わったことがない。出せるものなら出してみたいものだね」
「それなら、今更何しに出てきたんだ?」
ベルモンドはゼクシードの行動に疑問を抱いていた。魔力適性もない、諜報員で戦闘向きじゃない、そんな人物が今更何しに姿を現したのか。
「僕は君たちに協力しに来た。」
「「「「「「「?!」」」」」」」
その一言に驚愕する一同。トールの説明ではこのゼクシードという人物は靭の幹部のはず。そんな人物が敵に協力をするなんて考えにくい。
「嘘だろ?」
ベルモンドの疑いに、ゼクシードは行動で示した。
「奥の部屋。あそこに靭の構成員たちが倒れてる。トールと同じく、君たちの足止めを図ろうとしたやつらだ。僕が下剤を仕込んで今腹痛で倒れてる」
「マジか?!」
ベルモンドはソウヤに合図を出して、ソウヤに確認させにいく。
「何でテメェーはそんなことしてんだ?幹部だろ?」
「幹部?いや、違うよ。結成メンバー、ってのも違うかな。」
「じゃあ何なんだよ!」
もったいぶるゼクシードに代わってトールが答える。
「こいつと俺は、靭幹部たちの馴染みだよ。そんで、セナを止めるために潜伏していた…反逆者だな…」
ソウヤが、ゼクシードがすでに倒しているという構成員たちを確認、拘束して合流した後に、トールとゼクシードは少しだけ靭の内部事情を語り始める。靭のリーダー・セナ=ジークフリートの存在と、これから起こそうとしている非道な計画。そして、自分たちの目的を。
「セナは、自分たちを奴隷として扱っていたサザン王国と、それに関与していたドセアニア王国に対して強い復讐心を抱いている。それを爆発させてしまったのが僕の軽率な行動だった。」
「左に同じくだ。俺もセナを狂わせた1人だ。だから俺たちは自分たちの犯してしまった罪と向き合うために、こうして靭に潜伏して気を伺っていた。しかし、作戦の予定が早まっちまった。おそらく巫女を手中に収めたからだ。今すぐにでもセナはグリムデーモンを復活させるぞ」
ミヅキの存在が不透明で、かつ確保できなかった場合は、アレス=ドセアニアとその配下を狙う作戦だったが、ミヅキを手中に収めたからセナはすぐにダイドウ深淵窟に向かい、ミヅキの力を使ってグリムデーモンを復活させるとトールは語る。
「だったら俺らもダイドウ深淵窟に戻るしかねーだろ!今ならマタタビさんたちが時間稼ぎしてくれてるだろうし。おい、さっさとあの壁の魔法を解け!」
ベルモンドはトールに入り口を塞いでる土属性魔法の壁を解くよう命令するも、トールは条件を提示してきた。
「1人だけ残れ。」
「「「「「「?!」」」」」」
「どういうことだ!今にもグリムデーモンを復活させようと画策してる連中がいるんだ!さっさとしろ!」
「だから1人はここに残って俺の相手をしろって言ってんだ…」
「意味わかんねーぞテメェ!靭の裏切り者だろ!なんで足止めみてーなことしてんだよ!」
「悪いな。セナを止めたい気持ちはあれど、曲がりなりにも靭の幹部だ。サザン王国やドセアニア王国、その他周辺国に奴隷にされてきた連中の気持ちも、他の幹部たちの気持ちも俺にはわかる。それに、あいつらは俺の家族だ。抵抗はせど、完全には裏切れねぇ…。」
「…。」
セナを狂わせてしまった罪に向き合うためとはいえ、サザン鉱山で奴隷として共に育った、ハナやデモンズ、カガチ、ナギのことまで裏切れないと伝えるトール。幼い頃に戦争に巻き込まれ、両親を失い、奴隷として1人孤独にサザン鉱山へ送られたトールにとって、唯一の救いがセナたちの存在だった。そんな彼らを裏切り刺し違えることはしたくないと伝える。だからせめてもの譲歩として、1人アジトに残し、任せられた足止めの任は果たしたいという。
「テメェを倒してここを抜け出す」
「それでも構わないが…その時は俺も全力で太刀打ちする。」
トールの意思は堅かった。
「誰か1人を残して、他の全員でダイドウ深淵窟へ向かう。その後トールが倒されようが倒されまいが、残った者次第、それでいいんじゃないかな。今は時間が惜しいよ」
敵ながら真っ当な意見を提示するゼクシード。
「テメェは随分割り切ってんな」
「僕は、セナたちにはきっと必要とされていない。仲間意識もあるか分からない。靭にいるのはただの義務感でしかないからね…」
「ゼクシード…おまえ…。」
「なら俺が残るぜ。俺ならこいつを簡単に倒せそうだしな」
ベルモンドは率先してトールの提示した足止め要因として残ることを決める。それは属性的な相性か、一度対戦したからの余裕か。誰でもよかったトールもそれで納得し、入り口の土属性魔法を解く。
そして、ベルモンドを抜いた一同はダイドウ深淵窟に向け動き出そうとした時、トールは最後の忠告を告げる。
「何人かはドセアニア王国、アレスの警護に向かった方がいいぞ」
「何で?」
ゼクシードはトールに聞き返す。
「ダイドウ深淵窟に向かったのはセナとカガチとナギ。ドセアニア王国に向かったのはハナとデモンズ、だけだったら別にいいがな…」
「?」
「他にも星界の使徒のやべーやつが向かってる。そいつは、つい最近、ミリオスト国を一夜にして地図上から消し去った恐ろしい魔力を持っていやがる。巫女でのグリムデーモン復活作戦が失敗したとしても、星界の使徒にアレスとその配下が消されればどっちみちグリムデーモンが復活するぞ」
星界の使徒の存在が完全に頭から外れていたグレイたち。確かに今回の騒動には星界の使徒が関わっていた。今の今まで何の戦果も上げていない星界の使徒だったが、その内の1人にドゥーぺやメラク並に腕の立つ者がいることを聞いたグレイは絶句する。
「どなたかドセアニア王国を守りに行ってください。トールさんの言う通り、星界の使徒のその人は、相当強いです…」
ドゥーぺとメラクと一戦交えたグレイだからこそ分かるアルカイドの強さ。そして、トールの発言から、ドセアニア王国がグリムデーモンとは別の意味で危険な状態にあることを悟る。
「わかったわ!どうせ洞窟とか深淵じゃ私の風属性魔法は使えないし、私がいくわ」
星界の使徒を抑える役に回るのはタツマキ。
「行く…。」
ミヒャもそっと手をあげタツマキと同行する姿勢を見せる。実際、靭の構成員や星界の使徒の構成員など、大多数を相手取るにはミヒャの魔法は相性が良いため適任だと周りも認める。
改めてドセアニア王国へはタツマキとミヒャの2人が向かい、ダイドウ深淵窟へはグレイ、ソウヤ、リリアン、そしてゼクシードが向かう。
ベルモンドはトールの足止めを喰らい靭アジトに残る。
アジト外に止めていた2頭の馬に2人ずつまたがり、先にダイドウ深淵窟へ向かう4人。
それから少し遅れてタツマキとミヒャの2人がドセアニア向かい移動し始める。
「さてと、俺たちはどうするよ?第2ラウンドと行くか?」
靭アジトに残されたベルモンドも本心ではダイドウ深淵窟に向かいたいと思っている。そのため、トールを無力化することが望ましい。
「ゼクシードはな…」
「あぁ?」
「ゼクシードは…魔力適性が無いにも関わらず、魔法でセナに対抗するための手段を模索していた。」
「何の冗談だよ」
「冗談じゃないさ。あいつは魔力適性が無い代わりに人一倍勉学に励んでいた。そして研究職につき、4年で産み出したんだよ。セナに対抗し得る手段とやらを。そして、それを100%生かせる代役も見つけた。」
トールはポケットから一つの小さな立方体の透明なガラスケースのような物をベルモンドに見せつける。中には何やら透明な液体が入っていた。
「何だそりゃ?」
ベルモンドの疑問に答えるべく、トールはそのケースを右手で握りつぶして破壊する。と同時にトールの右腕は、ものすごい勢いの白い炎で包まれる。
「クッ!クッぁぁぁあああ!!!」
「おい!!」
ベルモンドはトールの奇行に焦り、トールの右腕に纏わりつく白い炎を必死で振り払う。その炎の熱は有に6000~数百度は超えていた。触れたベルモンドの手のひらも皮がめくれるなどで大事であった。
「これは…クッ。呪術でも、異界の力でもなく、歴とした魔法だ…」
「まさかお前の言う代役って」
この白炎を身に纏い操らせようとゼクシードは企んでいた。魔力耐性を持つグレイに。
そのため本来無力で非力なゼクシードがグレイたちの目の前に姿を現したのである。セナの泥属性魔法をいとも簡単に無力化してしまったグレイを利用するために。
0
お気に入りに追加
7
あなたにおすすめの小説

【二度目の異世界、三度目の勇者】魔王となった彼女を討つために
南風
ファンタジー
かつて竜魔王を討ち、異世界を救った勇者イサム。
使命を果たし、現代でつまらない日々を送っていた彼は、再び異世界に転移をする。
平和にしたはずの異世界で待ち受けていたのは、竜魔王の復活。
その正体は――かつての仲間だった彼女が、竜魔王と化した姿だった。
狂愛と許されざる罪を抱えた彼女を前に、イサムは新たな戦いへと身を投じる。
命を懸けたその戦いの果てに、彼が掴むのは平和か、それとも赦しなき運命か――。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜
KeyBow
ファンタジー
間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。
何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。
召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!
しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・
いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。
その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。
上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。
またぺったんこですか?・・・
新・俺と蛙さんの異世界放浪記
くずもち
ファンタジー
旧題:俺と蛙さんの異世界放浪記~外伝ってことらしい~
俺と蛙さんの異世界放浪記~八百万ってたくさんって意味らしい~の外伝です。
太郎と愉快な仲間達が時に楽しく時にシリアスにドタバタするファンタジー作品です。

~僕の異世界冒険記~異世界冒険始めました。
破滅の女神
ファンタジー
18歳の誕生日…先月死んだ、おじぃちゃんから1冊の本が届いた。
小さい頃の思い出で1ページ目に『この本は異世界冒険記、あなたの物語です。』と書かれてるだけで後は真っ白だった本だと思い出す。
本の表紙にはドラゴンが描かれており、指輪が付属されていた。
お遊び気分で指輪をはめて本を開くと、そこには2ページ目に短い文章が書き加えられていた。
その文章とは『さぁ、あなたの物語の始まりです。』と…。
次の瞬間、僕は気を失い、異世界冒険の旅が始まったのだった…。
本作品は『カクヨム』で掲載している物を『アルファポリス』用に少しだけ修正した物となります。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件
美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…?
最新章の第五章も夕方18時に更新予定です!
☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。
※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます!
※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。
※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!

うっかり『野良犬』を手懐けてしまった底辺男の逆転人生
野良 乃人
ファンタジー
辺境の田舎街に住むエリオは落ちこぼれの底辺冒険者。
普段から無能だの底辺だのと馬鹿にされ、薬草拾いと揶揄されている。
そんなエリオだが、ふとした事がきっかけで『野良犬』を手懐けてしまう。
そこから始まる底辺落ちこぼれエリオの成り上がりストーリー。
そしてこの世界に存在する宝玉がエリオに力を与えてくれる。
うっかり野良犬を手懐けた底辺男。冒険者という枠を超え乱世での逆転人生が始まります。
いずれは王となるのも夢ではないかも!?
◇世界観的に命の価値は軽いです◇
カクヨムでも同タイトルで掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる