グレイロード

未月 七日

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第一章 〜冒険の始まり

6話 『解放のメロディ』

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 カイトの持つフューチャーズという未来予知をすることができるオカルトカード。それの力により誘拐犯グループと繋がりをのある乗客も船員が割り出され、マタタビとカイトの2人で対処するという作戦だったが、敵の殲滅には成功するもの、目当てのグレイの所在については何も掴めていないままだった。
 ここまでしても見つけられないグレイ。一体どこへ行ってしまったというのか。捜索に関しては一時中断。船内の状況について事前に把握していたカイトにもお手上げ状態。怪しげな動きを見せた者たちは全て片付けたはずで、他に協力者はいなかった。ボイラー室のやつ。32号室のやつ。そして、乗客の荷物のチェックをしていたナルイ。2人を拘束、1人を撃退しても尚得られた物は何もない。
 悲しみに暮れ、行き場を無くした怒りはマタタビの心の中を彷徨い続ける。カイトはカイトで仮面の女に負けたことへの無力さとマタタビの役に立てない不甲斐なさで押しつぶされそうになる。
 心中を抉られる2人の心を癒すように聴こえてくる透き通るような歌声。
「なんか…聴こえてきますね…歌?」
 その声に聞き覚えのあったマタタビ。つい最近聞いた声。忘れるはずもない。クリアス中央通りのステージライブ。
「ミヅキという少女の声だ」
「誰です?」
「グレイが攫われるよりも前に消息をたったアイドルの少女だよ」
 間違いない。彼女の歌声が聴こえてくるということは、ミヅキとグレイを誘拐したやつらは同じで、そいつらと取引を交わしたやつも同じ。ミヅキがいるところにグレイもいる。
「一階の方ですよ」
「そうだな。動けるかカイトよ」
「僕のことは気にしないで行ってください。治癒魔法で体の傷を治してから向かいますので」
「そうか!すまないが、先に行くぞ」
 なんてね。今回は本当に体中のマナが空っぽになってる。治癒魔法なんか出せやしない。マナも空で、腹も腕も足もいたるところがボロボロで身動きも取れやしない。下でどんな戦闘をしたのか分からないけれど、ここに来るまでにもマタタビさんは無理をしまくってるし、この先も何があるか分からない。マタタビさんの時間もマナも僕が奪うわけにはいかない。
「にしても痛ぇーーなーーオイ」
 かっこつけて見栄を張った代償。当分の間、カイトは体を動かすことができなくなってしまった。
 
 カイトを2階に残して、歌声のする方へ向かうマタタビ。全速力で廊下を突っ切り、階段を駆け下りる。歌声がだんだん近くなる感覚。方向的には乗務員室の方か。そういえばあそこには敵グループの一員であるナルイがいた。まさかとは思うが、すでにあいつの魔法の術中にハマっていたのか。違和感のなかった乗務員室。グレイやミヅキの姿はもちろん確認できなかったし、隠せそうな場所もなかった。それが罠。見えない工夫をしたか人を隠す能力の魔法。縮めたり透明化させたり、もしかしたら音を遮断することができて、2人の助けを求める声が聞こえなかったとか。魔法という何でもアリな力があることで可能性は無数に生まれる。カイトの扱う光属性魔法について無知だったように、いくらマタタビといえども知らない魔法は数多くある。特殊な光属性と闇属性、そして複合属性に無属性を交えた固有魔力。学術書に載らないものは当たり前だが知る由もない。
 しかし、今はっきりとしていることが一つだけある。それはミヅキがすぐ近くにいること。その情報だけで十分。敵はナルイか別にいるのか。どちらにせよそいつをぶっ飛ばしてグレイを救い出す。もう手の届くところに弟子がいる。希望を胸に乗務員室に向かう。
 あと少しで乗務員室というところで、乗務員室の扉が開き、中からナルイが飛び出してきた。ナルイを拘束していた雷属性魔法のバインドも無くなっていて、自由に動けていた。飛び出してきたナルイの表情は真っ青で大量の汗を垂らしていた。
「まずいまずいまずい、何でだよ!魔法が解けちまう」
 常に自分の手の中を見つめて走るナルイは目の前にいるマタタビに全く気づいていなかった。
ーーこいつ、バインドを解き、逃げ出そうとしている。しかし、私に気づいていない。それならば…。
「雷属性魔法!バインド!」
 再び、拘束魔法でナルイを縛り上げるマタタビ。
「ジジィ?!てめぇ!もう、またかょおおおお!!!!」
 拘束されてからマタタビの存在に気づくナルイだったが時すでに遅し。またしても何の抵抗もできずに捉えられてしまうナルイ。ボイラー室で戦った船員の格好をした敵。土属性魔法の使い手で、常にボイラーを盾にしながら戦ういやらしい戦術をとってくるやつだったが、それなりに土属性魔法も極めていたし、しっかりと相手の嫌がるような戦術も用意してきていて、そこそこ戦える口だったが、このナルイという男に関しては全く持って戦闘センスを感じられない。2度とも不意打ちではあったものの、警戒心が全くない。まだ手合わせをしたことがないが、前の2人とは違い戦闘向きではないのかもしれない。

「さて、説明してもらおうか。どうしてお前からアイドル・ミヅキの歌声が聴こえてくるのだ」
「くっ!黙れジジイ!今はそれどころじゃねーんだよ。ドゥーぺ!!ドゥーぺ!!いねーのか!助けに来いよ!!このジジイを殺せ!!!」
 ドゥーぺという名を呼び続けるナルイ。別で仲間がいるのかと警戒するマタタビ。しかし、ドゥーぺという人物はナルイの呼びかけに反応を示さない。助けに来ない、もしくは来れない状況。もしかすると、前に倒した2人のうちのどちらかの名前だろうか。カイトも事前調査にて怪しげな人物をナルイを抜いての2人しか挙げていなかった。状況から見てその可能性が一番高い。中でもこいつが頼るレベルの方を…確かめてみるか。
「狐仮面ならもう倒したぞ。助けはもうこない」
「はぁ?!ドゥーぺのやつがやられたってのか?!テメェごときジジイにか?有り得ねー嘘だ!嘘に決まってる」
 やはり、狐の仮面をつけた白ローブの方か。倒した、正確には遠くの彼方へ吹っ飛ばし戦線離脱させただけに過ぎないが、船も移動しているみたいだし、飛ばした距離的にも戻ってはこれまい。
「くそ、くそ、くそ!」
 戦況の悪さ、圧倒的不利を理解し文句を垂れるナルイ。観念したか急に黙り込んだと思えば何やら小言で喋り始めた。
「それじゃあ…邪魔する奴がいねーなら、暴れてもいいよな」
 小声なこととミヅキの歌声が重なり何を言ったか聞き取れなかったマタタビ。しかし、急に雰囲気が変わる気配したナルイ。瞬間、ナルイの体を包むように纏う黒い風のようなもの。
 ナルイの魔力か?。見た目は風属性魔法。しかし、ここまでドス黒いオーラを纏った風属性魔法など見たことがない。ナルイを包んでいた黒い風は辺りへ散り、ナルイであろう人物はいつのまにか白いローブ羽織っていた。そしてドゥーぺ同様狐の仮面をつけていたが、黒い風の勢いで仮面はボロボロに砕け地面に落ちてしまう。白いローブでは隠しきれないナルイの顔は、驚きなことに別人のそれだった。
「お、お前は…一体誰だ」
「素顔見せないようにってことで常に仮面もして、変装もしてって、努力してんのにこれじゃ何の意味もないぜ」
 マタタビの問いに答えないナルイだった者。白ローブに黒髪、そして漆黒の瞳をもつ青年。わかっていることはナルイは変装時の姿だったこと。そして使用した魔法は風属性だと思われるもの。
「おいジジイ、俺は急いでんだ。あんたと遊んでる時間はねーんだよ。わりーが今ここで、
 一瞬で臨戦態勢に入るマタタビ。左手には火属性魔法、右手に雷属性魔法を展開する。火属性魔法は風属性魔法への対策。雷属性魔法は火属性魔法で対処できない水属性魔法を警戒しての二重対策。マタタビが優秀な魔導士だからできた瞬時の二種属性同時発動。地を震わすほどの覇気で相手を圧倒したかに見えたこの一戦。敵は自分とマタタビの間に土属性魔法で通路を分断するように壁を立てたのだ。
「ブラフか!」
 してやられるマタタビ。急がざるおえない状況での死んでくれという単語で、一瞬で勝負を決めにくると思ったマタタビは完全に裏をかかれてしまう。それに意図してか否か、初めに見せた風属性のような魔法に釣られて、その対策に火と雷の属性を選んでしまったマタタビ。土属性魔法が来るとは思いもよらなかった。もちろん2つの魔法をぶつけざるおえない。土属性に不利な雷属性魔法では土の壁を貫くことはできないし、相手の土属性魔法の練度が高ければ火属性魔法だけで壊せない可能性がでてきて、壁を壊すのに時間がかかり敵を逃してしまいかねない。
ーー不覚。
 仕方ないと割り切って、まずは目の前に立ち塞がる壁を火属性魔法と雷属性魔法の二種同時攻撃で打ち破る。
 その先に見えるのはもう一枚の土の壁。さらに複数枚の壁を展開していた相手はとても用心深い。十中八九、この奥にも何枚もの壁が立ち塞がっているはず。1度の選択ミスで常に後手に回るマタタビ。しかし、風属性魔法には自信のあるマタタビは、マナを練り上げ、ドゥーぺ相手に使用したSランクの風属性魔法・ 大旋空衝波ウィンド・バスターで目の前の壁も、その奥にあるであろう全ての壁諸共吹き飛ばすつもりで放つ。
「舐めるなよ、小僧!!」
 ドンッ!ドンッ!ドンッ!ドンッ!ドンッ!
 展開された壁の数だけ爆発音を上げる船内。
 土属性魔法では防ぎきれないと思ったか、ウィンド・バスターに対して、自分が最も得意とする属性魔法で勝負する敵。
「貪り尽くせ!喰らい尽くす者デバウアー・ワーム
 魔力の強いものへ惹かれ、魔力尽きるまで喰らい尽くすミミズ型の闇属性魔法。展開された闇のゲートから現れる無数のミミズたちは、大きく口を開き、向かってくるウィンド・バスターに喰らい付き、むしゃむしゃと魔力を貪り始める。Sランクの魔法といえども、無数に生まれてくる夥しいほどのミミズ相手ではなす術もない。対魔法特化の魔法で、相手の展開する魔力量に関係なく必ず相殺してしまう最強の防御魔法。とてつもなく厄介な魔法だが、それだけではないだろう。
 ウィンド・バスターを喰らいながらジリジリと距離を詰めてくるミミズ達。おそらくこいつらは…。
 ウィンド・バスターの発動を止め、一度距離を取るマタタビだったが、案の定、デバウアー・ワームは次なる標的に照準を合わせて突っ込んでくる。追尾型の攻撃魔法にもなりうるということ。さらに魔力を喰らえば喰らうほど肥大化していく体。廊下を埋め尽くすほどの10匹越えのミミズ達。
 攻守共に無敵。闇属性魔法がここまで魔導士キラーな魔法だとは思いもよらなかった。魔法も効かない。剣や槍など魔法以外の対抗手段を持ち合わせていないこの状況。逃げることしかできないマタタビ。廊下の騒がしさに様子を見に出てきた乗客を一瞬で丸呑みにするミミズ。
 声をかける暇もなかった。魔力があると判断すれば一瞬で喰らいつく。無抵抗な相手はものの数秒で食われてしまう。
 逃げることしかできないと思っていたマタタビだったが、追いかけてきていたはずのミミズ達は一瞬で消えてしまった。術者がデバウアー・ワームを解除したのか。
「さすがに動きのとろいこいつじゃ追いつけなさそうだし、マナがもったいねーから消すか」
 マナの消費を気にしてデバウアー・ワームを消す相手。マタタビとの間にできた距離は相当なもので、相手はすぐさまデッキへ向かって走り出す。外に出たところで、船はすでにウエスト大陸を出ていて、ノース大陸と直線的に結んだ海上を進んでいるため、逃げ場は無いと思われた。しかし、彼の扱う闇属性魔法は、逃げ場のないこの状況でさえ、打開できてしまう力を持っていた。
 デッキに到着し、土属性魔法で足場を作り、高所を取ると、高い位置で片腕を伸ばして空間に歪みを生じさせていく。
闇への扉ゲート、解放!」
 空間の歪みは少しずつ円を描くように広がり、暗く黒い穴を作り出す。これは、長距離移動を可能にするための穴。テレポートとは違い視界に入らないほど離れた場所へ移動することができるのがゲートの特徴である。
 正直言って、逃げ切りは確実。すでに作ったマタタビとの距離。もう時期できあがるゲート。長距離移動でマタタビの手の届かないところへとワープする気だ。
 途中、いくつかのアクシデントはあったが、通してみれば白ずくめの完全勝利。グレイとミヅキ、2人の人質のダッシュと主戦力の逃亡。1人の魔導士を戦闘不能にした。
 偶然見つけた魔力耐性をもつ子供と驚異的な力を有しているであろう少女。ミヅキが攫われたのは偶然ではなく必然。それにおまけとして手に入れた興味深い力を持つグレイと、兼ねてより計画されていた犯行であった。
「これでまた一歩目的に前進する…暗黒魔神王の復活へと」
 逃げ切りは確実と思った相手だったが、本人も気づかない誤算。闇属性魔法の出力を気づけないレベルで抑えていたミヅキの歌声。いつも通りか気持ち少ないほどの些細な妨害の力。それでも抑制させる時間が長ければ長いほどその効果は顕著に現れていく。
 ゲート作成中に、遅れて駆けつけるマタタビ。それに驚く白ずくめ。
「うなばかな、なんでゲートが出来上がるより先に?!」
 目の前に真っ直ぐ立つ土属性魔法で作られた足場、その上に立つ白ずくめの相手。そいつがもう時期作り上げるゲート。状況を理解し、最悪の中で安堵する。なんとか間に合ったと。闇属性魔法に対する良い攻撃手段は見つからない。しかし、指を咥えて見ているわけにもいかない。今自分の持てる力をフルで出す。
「弟子を返してもらうぞ!!風魔殺剣《ウィンド・スラッシュ》!」
 マナをウィンドファイバーへと変換して、乱回転させるのに咥えて、横へ薄く伸ばすように形状を変化させ、空気抵抗減らし、速度と射程を伸ばした颶風の一閃技。土属性魔法の練度がどれだけのものかは知らないが、そう簡単に止めらるほどやわではないぞ。
 土属性魔法による障壁では止められないと悟ったか、ゲート作成を中断して足場から降りる相手。なぜ、闇属性魔法で対抗しないのか。追えない位置でゲートさえ完成させてしまえば、こちらの負けだというのに。あの攻守共に最強レベルのデバウアー・ワームを何故使わない。
 その後も幾度となく風属性魔法で攻撃を仕掛けるマタタビに対して、避けて避けて避けて、隙が見えれば土属性魔法で応戦するという姿勢を見せる相手。
 デッキ上の戦いにて一度も闇属性魔法を使用しない相手に疑念を抱くマタタビ。

ーー何故だ。何故、闇属性魔法が飛んでこない。罠か?。何かを誘っているのか、待っているのか。それとも、まさか出せないなんてことが、あるのか。あるかもしれないか。相対する光属性魔法には必ず両手で掌印を組まなければならないという縛りがある。5属性には分けられず、光と同じで特殊な分類にされている闇属性魔法にも、何か縛りがあるのか。
 
 思考を続けながらも常に攻撃の手は緩めない。低級魔法も中級魔法も高級魔法も何でもあり。常に弾速と手数を意識して、攻撃を当てることに集中するマタタビ。
 風属性魔法相手に土属性魔法では部が悪すぎるために、全ての攻撃に対応しきれず、少しずつ手傷を負っていく相手。Eランクの魔法で避けきれない分はこの際無視する姿勢を見せ、体中に多少なり切り傷を作ってしまう相手。これだけ苦戦を強いられているのに闇属性魔法を出すそぶりも見せないとなると、いよいよ仮説が正しくなってくる。
 一つ目に、出すのに時間がかかる可能性。実際、デバウアー・ワームを展開された時は、土の壁が邪魔でどのようにして展開したのか分からなかった。光属性魔法と同じで掌印を組んだりしたのか、はたまたマナの練り上げに時間をくったのか、5属性魔法とは違い一手間加えなければならないという仮説。
 二つ目に、現状で出すことができない可能性。時間や手段という概念ではなく、絶対的なルールとして出すことができないこと。何でもありな魔法の世界であっても、出来ないことはある。2つの属性による複合魔法があるように、その上には3つ4つと他属性を融合させた強大な魔法は存在する。しかし、それは1人では決してできない。2本の手で出せるのは2種まで。1人では2種類の複合魔法しか出せないように、闇属性魔法も1種類もしくは2種類しか展開できない、3種類以上同時併用はできないというような縛りがあるのかもしれない。数による制限の可能性。この場合、闇属性魔法であろうあの空間を歪ませている黒い穴と他で何か展開している可能性があるからデバウアー・ワームを出せないという仮説。
 三つ目に、もう出せるほど余力が残ってないということ。土属性魔法と闇属性魔法では消費マナに天と地ほどの差があるとして、あのナルイに変装していた魔法とデバウアー・ワームと展開中の黒い穴。あの黒い穴を完成させるためのマナを残しつつ、戦いに裂けるマナ量のなかで闇属性魔法が発動できないという仮説。

 正直、三つ目だとありがたい。あの攻守共に最強のデバウアー・ワームが出せないならこの勝負はどっこいどっこいのいい勝負になる。正直、乗船のための氷属性魔法に加えての連戦続き。こっちもそろそろマナが尽きそうだ。お互い条件が同じなら手傷を与えているこっちがやや優勢。それにこれまでの傾向から見てこいつは土属性魔法しかまともに扱える属性は無い。闇属性魔法の強力さ故の怠慢。土属性魔法しか出せないなら押し切れる。
風纏いウェア・ウィンド
 両手に風を纏わせ体術にブーストさせる。ただの殴りにも風圧で吹き飛ばす力と高速回転するウィンド・ファイバーによる斬撃の力が上乗せされ、戦闘を有利に運ぶことができるブースト技。
 低級、中級魔法メインの遠距離戦から打って変わって接近しての肉弾戦。相手は両手に纏う風に注意して、手首や腕を押さえてマタタビの攻撃をいなしながら避けていく。押すという面で常に優勢のマタタビと防御にまわって反撃に転じれない相手。
 ゼロ距離まで接近したことで初めて気づく相手のズボンにあるポケットに纏う黒いオーラと青白い光。まさかとは思っていたが、歌声が聴こえるのはココか。どんな方法かは分からないが、このポケットの中にミヅキとグレイがいるはず。どんどん上がる声量と光の強さ。それを覆い尽くそうと頑張る黒いオーラ。ここで二つ目の仮説が頭をよぎる。複数同時発動ができない可能性。もしこの黒いオーラの中に閉じ込めるという力が闇属性魔法ならば、これと黒い穴で2種。そして3種目として発動することができないデバウアー・ワーム。色々な形で応用の効く闇属性魔法の欠点がこれだとしたら、三つ目の仮説による同条件でのじり貧押し切りができなくなった可能性はあれど、どちらにせよ確実に闇属性魔法は飛んでこなくなったことが分かる。
「くそ!ミヅキの力が強まってきやがった。まさかこのタイミングで覚醒するなんて」
 覚醒、こいつは今そういったのか。闇属性魔法に対抗しうる力が今目覚めようとしてる。あのポケットの中で、1人の少女がこの危機的状況に抗おうとしている。
ーーあの2つの若い命を守り抜くことが私の責務。
 土属性魔法しか使えない今がこいつを倒すチャンス。3つ目の仮説に自信がなくなってきた以上、長期戦が有利とは限らない。今残り全てのマナを使って、次で、次の一撃で、倒す!!
 両足を広げ、身体中の残りのマナを練り上げ、それを両手へ流し込む。急激に上昇するマタタビの魔力。火か、水か、雷か、土か、風か。それとも複合魔法か。相手も悟る。次の一撃だけは本当に洒落にならないレベルの技が飛んでくると。その光景を2階から観戦するカイトの姿。
「やっぱりあんたはスゲーよ、マタタビさん。」
 いくら歳を取ろうとも、冒険者や傭兵団を引退しようとも、今のあんたに敵う現役は数えるくらいしかいないだろう。いけ!頑張れ!白ずくめを倒してくれ!
「愚者よ…グレイに手を出したこと、後悔させてやる!!!」
「くそ…ジジイ!!くそ、くそ、くそ、何でもかんでも思い通りにいくと思うなよ!!」
 相手もそれなりに残りの力を使って強力な土属性魔法を展開しようとしている。全ての属性を極めしマタタビと闇属性を抜いた中で土属性魔法を極めし相手。有利属性では優っている。あとは、その練度。
激情の暴風"火"バーニング・ストーム
 予想だにしない複合属性魔法は。風属性を主体としての火属性との複合魔法だ。爆発的に上昇する温度。辺りを焼き尽くさんとするほどの熱風。
 相手が展開した土属性魔法は、マタタビを覆い尽くすドーム状の壁。壁を突き破れたとしても多少なり微弱な余波で自分を攻撃してしまうようなカーブを描いた形状。
 マタタビの魔法の威力を下げ、耐え続ける。そしてあわよくば手傷を負わせるといった作戦。
 周りを覆い尽くす土の壁とバーニング・ストームが激突する。耐えた時間は1秒か2秒か、あまりの火力に壁は簡単に突き破れてしまう。しかし、相手の読み通り、バーニング・ストームの魔力の一部がドームの内側でカーブを描くように移動して、マタタビへと向かってくる。体を焼かれるマタタビ。ドームの外では両手を体の前でクロスさせ、自分の身を守る構えの相手。ほぼ同等威力の炎に耐える続ける2人。曇り切った暗い空の下で放たれる真っ赤な魔法。他の乗客や船員たちもその光景に腰を抜かしてしまう。その中で唯一感動を覚えるカイト。
「この勝負、マタタビさんの勝ちだろ!」
 どれほどの時間続いたか、バーニング・ストームが消え、デッキ上で黒煙を上げる2箇所。崩れ落ちる土の壁の中から上がる黒煙。中で膝をつくマタタビ。船の先頭部で膝をつき体をのけぞらせる相手も、身体中から黒煙をあげる。お互い動かず沈黙の時間が流れる。カイトは体を前へ出してより近くで戦況を確認する。
「どうなったんだ…マタタビさんは…」
 2階から見下ろすカイト。どちらもいっぱいいっぱいに見えるが、相手は気絶してるのか死んでるのか、指一本動かさない。
 対するマタタビは、土の壁がまだ少し邪魔をして、よく見えないが、大丈夫だろうか。
「マタタビさーーーーん!」
 声をかけてみるが反応がみれない。
「だれかーー!!そこにいるんだろ!!誰か助けてやってくれよ!!」
 ハッと我に帰る船員たち。青年に言われるまで状況を飲み込めない船員たちだったが、すぐに土の壁の元へ駆け寄り、マタタビの応急処置に移る。
「大丈夫ですか!声聞こえます!」
 体を揺さぶり、反応を示すか確認する。
「はぁぁーーーー。ゴホッ、ゴホッ、」
 器官に詰まっていた灰などを吐き出すように咳をするマタタビ。何とか一命はとりとめていた。
「よかったー」
ホッとして身体中脱力してしまうカイト。そんなカイトの目に映った衝撃的な光景。相手のポケットから強く放つ青白い光。その光はどんどんと強さを増し、中心が徐々にズレていく。移動していると表現するのがただしいか。ポケットの中でゴソゴソと動き、出口を探り当て外へ姿を現す。
 
 青白い光の正体は、黒いモヤを纏ったダイヤ型の青い宝石だった。
 黒いモヤを纏いながらも青白い光を強く放ち、中から美しい歌声を響かせる宝石。その宝石に深く亀裂が入ったと思ったら、直後に光は船全体を覆うほどに広がると、中から2人の少年と少女を解き放した。
 かろうじて目を開けていたマタタビは、その光景に涙を浮かべながら、心の中で安堵する。
「グレイ…」
 グレイとミヅキの解放。
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