グレイロード

未月 七日

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第一章 〜冒険の始まり

5話 『怠慢』

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 誘拐犯グループと繋がりのあるナルイを拘束後、船内を捜索するマタタビ。グレイに付着させたマナは完全に消えていて正確な位置を掴むことができない状況。この船の客室数は40部屋。一つ一つ可能性を潰していくしかない。
 1号室の扉をノックし、出てきてくれた乗客と話をする。1人目は女性の客で見える範囲で部屋には子供を隠しておけるほどの大きな荷物等もなく、グレイを見つかることはできなかった。
「なにおっさん!ジロジロ覗かないでくれる」
「失礼しました」
 こんな羞恥や軽蔑の目に当てられながら地道に探して行かなければいけないのか。あと39部屋。
 2号室、違った。3号室、違った。それからも地道にそれぞれの部屋を周り10号室まで捜索するもグレイの姿は見られず。ここまでで約30分。時間もかかれば、誘拐犯グループについての情報を共有すればするほどに被害を被り兼ねない人の数が増えていってしまう。こんな方法不本意ではあるが、他に探す手立てが見つからない。しかし、確実にこの船のどこかにグレイはいる。
「弱音を吐くんでないマタタビよ。お前の失態でこうなっているのだ」
 どれだけ時間がかかろうともグレイを助け出す。そう決めてここまできた。恥も軽蔑も捨ておけ。

 改めて一部屋一部屋確認する地道な捜索に移る。11号室の扉へノックすると、そこから出てくる青年、カイト=アルケイ(16)。
 彼の存在がマタタビの不安な精神に希望の光を与えてくれる。
「突然失礼、私はマタタビ。訳あってある子供を探している者です」
「えぇ。存じてますよ」
 ?。マタタビがグレイを探していることを事前に知っていたカイトという青年。一体どこから…。2人の間に不穏な空気が流れる。嫌な予感がし、すぐに臨戦態勢に移るマタタビ。
「マタタビ=ダンストン。ウエスト大陸やサウス大陸ではそこそこ有名な人だ。あんたのことは一眼見ただけでわかるよ」
 改めて、マタタビという男は世界中を旅していた優秀な冒険者であり、一時期は傭兵団にも所属していた他が認める著名人。
「私のことだけですかな?それとも子供を探しているという目的も君は」
「えぇ。この船に乗り込んでから今に至るまで、あなたの動向は観察してました」
「なんと」
 この船に乗ってから今に至るまで常にこの青年にマークされていたマタタビ。いくらそこそこの有名人だからと言っても青年に常に監視されるような行動、悪行をしてきた覚えはない。
「なぜ、君は私のことを観察していたんだね」
「あなただけをって訳じゃない。この船に乗船した全ての人間をだ」
 カイトはマタタビを部屋へ招き入れ、自分の部屋にある机の上に置かれたカードを指差す。
「タロット?カードかな」
「惜しいですね。"フューチャーズ"限定的な未来の姿を映し出すカードですよ。オカルトチックな代物ですけどね」
 オカルト、魔法とは一切関係のないまやかしの存在。信じるも信じないも自分次第であるが、胡散臭さの際立つその力も一定数信者がいるからこその増す信憑性。
「僕は見たんですよ。老人と少年と少女、3人の後ろ姿を。主観的に見たということはそこに自分もいるという未来」
 この青年は何を言っているんだ。老人と少年と少女。彼の持つフューチャーズなるもので姿形まで鮮明に未来を映し出したというのなら、内容的に老人はマタタビで、少年はグレイ、少女は誰だかわからないが、それに加えてカイトの存在。4人の人物がこの先深く関わりを持つということ。
「バカバカしい、ただの占いだろう」
「あまりバカにならないですよ、このカード。今まで自分の関わってきた未来視や予言に関しては外したことがないですからね」
 フューチャーズが映し出す自分に関わる未来視や予言に対して絶対の自信を持つカイト。今回も必ず4人が関わる未来が待っていると断言する。
 フューチャーズ、タロット、オカルト。にわかには信じ難いが、実際カイトはマタタビの目的に初めから気づいていた様子。最初に目的を話したうえでの合わせるような会話、唐突に語られる未来の話とオカルトチックなカードの存在。それぞれにインパクトがありすぎて本質を濁らす詐欺師や占い師、マジシャン達の常套手段。あしらうのは簡単だが、今は何の当てもない中で出会った協力者になりうる人物。この繋がりを逃せばグレイ救出にはさらに時間がかかる。土壇場で偶然出会った未来視の力を持つ青年なんて、何とも胡散臭い話だ。
「先ほど、乗客全員を観察していたと言ってたな」
「はい。何せ、今日がその未来を決める分岐点の日になり得るのだから、常に警戒網を張り巡らせていましたよ」
「正確にはどのような方法で観察していたのだ?まさかカードによる占いとは言うまいな」
「フッ。ご冗談を…(笑)」
 カイトはマタタビの前に上向きで左腕を伸ばし、右手で二の腕あたりを握り構える姿勢。瞬間、カイトの両腕に集中していく膨大なマナ量。0から100に一気に持っていき、瞬間的に相手を圧倒されるほどの出力。カイトの開いた左手から放出されたのは光の塊だった。よくよく見ると蜘蛛のような見た目の黄白い生物。
「これは、光属性魔法か。それも生物の形に変形させるほどの正確さ。君は、相当な魔法の使い手だね」
「あの有名なマタタビ=ダンストンに褒めていただけるなんて、光栄ですね」
 歳は、15から18といったところか。中高学院の中でも特に高等部に在籍していそうなくらいの歳の見た目。そして光属性魔法という異質な魔法を扱い、ここまで熟練させている技量とセンス。経験則から戦闘面でこそ負けている気はしないが、その魔法の応用力、対応能力はそこそこなものだろう。
「この光の生物が乗客達を監視していると?」
「はい。この生物の聞く音や見たものは魔力を介して僕に伝達されます。名を光の代行者ルクス・アジェンティス
「今もリアルタイムで監視しているのか」
「勿論ですよ。誰がどこで何をしているか、全てお見通しです」
 魔法を発現させ、それを持続させるにはそれ相応のマナを必要とする。例えば1単位のマナで持続できる効果時間を1秒とした時、60マナを使えば1分間効果を持続させられる。勿論これは例え話で、その魔力出力にも依存してくる。一度の発動に莫大なマナを消費する氷属性魔法を1秒間持続させるために必要になるマナと、通常の5属性の中でもさらにEランクに分類されるような低級魔法を1秒間持続させるために必要になるマナとでは、その量は天と地ほど変わってくる。
 このカイトが扱う光属性魔法。火、水、雷、土、風の5属性とは別に存在する光と闇の2属性。複合属性ではなく、生まれ持った天賦の才能のみで扱うイレギュラーな属性。マタタビは光属性魔法を扱うことができないため、その力にどれだけのマナを必要とするのか、全く持って見当がつかない。相対する闇属性魔法と勝手が同じならば、発現させるだけでそこそこのマナを使い、持続させるためにさらに大量のマナを使用する。この船に乗り合わせた乗客乗員全てを監視するのに少なくとも50匹以上のルクス・アジェンティスを生み出していて、私がこの船に訪れる前から持続させていると考えると、この青年はバケモノレベルのマナ総量を持っていることになる。それなのにこの平静さと余裕感。ハッキリ言って只者じゃない。

「それならば、改めて聞こうか。カイト、君はグレイの居場所を知っているのか」
「イエスかノーかで言えば…ノーです」
 ここまでもったいぶっておいてグレイの居場所がわからないだと。光属性魔法による広範囲監視もフィーチャーズとかいうオカルトカードも使い物にならないではないか。
「けれど、見当はついてますよ」
「それは本当か?!」
「ある2ヶ所で、僕のルクス・アジェンティスが倒されたんですよ。丁寧に説明すると、存在がバレて魔法攻撃によって排除されたって感じですね。つまり、相手は魔導士ですよ。それも相手の魔力を探知できて、周りに被害を与えずにルクス・アジェンティス単体だけを排除できる魔法操作の正確さを有した強者」
 カイトも相当な実力者であるが、相手も相手で相当な魔法の使い手。
「こっちにはマタタビさんがいるんで、大船に乗った気持ちなんですけど…船だけにナンテネ(笑)。行けます?」
「愚問だ。弟子に危害を加える者に容赦などない!」
「ヒューーーーー。かっこいい」
 元冒険者・マタタビと光属性魔法の使い手・カイト。2人による誘拐犯グループ討伐任務が開始される。

 乗務員に船内図を貸してもらいカイトと合流するマタタビ。
「まずは君の魔法が消滅した場所を教えてくれた」
「気づかれて逃げ腰で振り切ろうとしてやられたって感じなんで、探知されたところで話します。ココとココですね」
 カイトが指差した2ヶ所。
 1ヶ所目に、2階にある32号室の部屋。もし仮にここにグレイが監禁されてるとして、カイトと出会わなければ色々な出来事があるだろうが、単純に1時間半かけていたことになる。
 2ヶ所目に、地下の最奥にあるボイラー室。
「ボイラー室?!」
「そうですね。ここにいた船員と同じ格好をしていた人物にやられました」
「ナルイとは別の人物か」
「ナルイ…あぁ、マタタビさんが拘束したやつとは別の顔したやつですよ」
 そうなるとこの船には元から誘拐犯グループと繋がりのある奴が2人以上潜伏していたことになる。なんて物騒な話なんだ。
「事前に確認しておくが、船員に扮した敵対組織の仲間はもういないか?」
「どうでしょうね。僕が魔法をで確認した限りでは、反応を見せたのはその2人だけで、他の船員達に気づかれることは無かったし、対処してきたり、行動や言動を故意に抑制するそぶりを見せたやつも居ませんでした」
 いない…と信じたいところだ。こちらの戦力はたったの2人で、相手も相当な手練。他に動ける仲間がいたら戦況はそれだけ悪くなっていく。なによりも…。
「2階と地下。最悪の位置だな」
「本当に同意ですよ。明らかな分断策ですよコレ。緻密な計画に用意周到。慣れてますよ相手」
 どちらかが2階にある32号室を担当し、どちらかが地下最奥のボイラー室を担当する。カイトを巻き込んでしまい、さらに危険な役回りをしてもらうなんて、申し訳ない。
 クリア山岳にコテージを置いていた山賊達は一方的に倒せたが、今回の敵はどうか。話を聞く限りでは、あんな山賊など比にならないほどの魔導士。
「まぁ、上は任せてくださいよ。階段しんどいでしょ(笑)」
 気を遣ってくれてるのか、それを悟らせないための皮肉めいた言葉。これから死闘を繰り広げることになるかもしれないというのに、常時ヘラヘラしたカイト。その余裕感のままもう一度会いたいものだな。
 任務の確認を済ませたところで準備に移る2人。その中でふとカイトに相手について問うてみるマタタビ。
「それにしても相当に魔力を極めたもの達が人身売買で生計を立てるとは、どういう理由だと思うかね?」
「んなもん知るわけないでしょ。悪事に手を染めるやつの思考なんての脳みそにぶち込みたくもない。どんな理由であれ人の道理に反した生き方をする人間は全員殺傷対象ですよ!」
 終始へらへらし、笑みを浮かべていた青年の表情が一気に暗く染まる。鬼の形相そのもので、犯罪者にならどんな手段も選ばないというほどの殺意。何よりも変わる一人称。多重人格なんて不適切な言葉で解釈するのは本人に悪い。何か過去や野望、人に言えない何かを持っているのだろうか。こういう目には、もう二度と会いたくないと…。いや…。

 
 マタタビと別れ、2階32号室へ向かうカイト。準備の際に問われたこと。あれで2人の間に不穏な空気が流れたと思っていたカイト。せっかくのあの有名なマタタビとの合同任務だってのに何してるんだ僕は。ご老体に気を遣ったつもりが気遣われてしまったな。
 移動中、背中越しに両手を組み、光属性魔法を生成していく。下から32号室へ向かう階段、廊下、壁、至る所に設置していく。正面から唐突に敵が遭われても対処できるように掌印と生成した魔法を隠しながらの設置しながら32号室まで接近していく。
 目的の32号室前。道中怪しい人間はいなく、ここまで無事に来れた。
光の代行者ルクス・アジェンティス
 今回は、式神に似たペラペラな十字紙のようなフォルムで扉の狭い隙間を通らせていく。その刹那、扉の奥から急に魔力攻撃が飛んできて、爆風と共にカイトは後ろの部屋の扉をぶち抜き奥まで吹っ飛ばされてしまう。
「く、はぁ!」
 船内に響くズドンッという重たい爆発音。それと同時に女性の叫び声も響き渡る。カイトが吹っ飛ばされた部屋は女性客が借りていた部屋だったからだ。
 少しずつ体勢を戻して状況を整理する。
「くそ、カウンターかよ」
 カウンター魔法。カイトがルクス・アジェンティスの操作に集中力を移した一瞬を見逃さずに、守りの体制に移せない状況でカウンターのように爆撃を放ってきたというわけだ。勿論相手の攻撃を無防備な状態でもろにくらい大怪我を負うカイト。彼も相当な光属性魔法の使い手だったが、実践面では相手の方が上手だったということ。
「一手目で詰まされそうになるなんてな」
 まだまだだなも。
 口周りについた血を袖で拭き取り、改めて臨戦体勢に移るカイト。正面から歩み寄ってくる狐の仮面をつけた黒長髪で白ずくめのローブを着る敵。自室を出てカイトの下へ近づいてくる相手にニヤリ顔で対抗するカイト。

ーーカウンター魔法のお返しだ。

 部屋と部屋を分ける廊下に足を踏み入れた白ずくめ。その足下で起動する光属性魔法のトラップ。先ほどカイトが至る所に設置していた光属性魔法の一つ。
設置型閃光弾ブービー・フラッシュ!」
 これこそ0、100の力。何もないところから発現する何百ルーメンもの高光。瞬間、白ずくめは視界を奪われその場でたじろぐ。それに畳み掛けるカイト。両手を合わせてから広げて、光で一本の槍を生成すると、それを相手の腹目掛けて投げつける。
光の錬成ルクス・アルケミス!」
 カイトが来た方向とは逆側の通路へ飛び体を倒す白ずくめ。ルクス・アルケミスで錬成された槍による攻撃は確実に相手に当たっていた。しかし、横腹を削るように当たった槍も致命傷にはなっていない。むしろ些細な切り傷程度。視界を奪われ何の情報も手に入れられない状況で、なぜ致命傷避けれたのか。
 腑に落ちない点がいくつかある中でも、見えてくる相手の力量。カウンターで魔法を当ててくることや、視界を奪われても対処してきたこと。何よりブービー・フラッシュを喰らってから、その対処に最初に俺が来た方向とは逆に飛びやがった。俺がいた場所でトラップが起動したことで、来た通路にトラップが設置してある可能性を考慮して、逆に飛びやがった。通路から逃げるそぶりを見せれば連鎖的にトラップが発動する仕掛けだったんだが、バレてそうだな。
神の恩寵グラーティア
 光属性魔法での治癒魔法。マナを消費して生み出した光で肉体を修復していく。魔導士にとってマナは貴重だが、体が動かなくなっては元も子もない。カウンターをモロにくらった右足、腹、右手を少しずつ治癒していく。
 グラーティアで体の傷を修復していくカイトだったが、それを待ってくれるわけもなく、白ずくめの敵は扉の左側、体を出さずに風属性魔法で攻撃してくる。全属性の中でも特に魔法操作の自由度が高い風属性魔法。死角から曲線を描くように繰り出される魔法攻撃にルクス・アルケミスで盾を錬成して防ぐ。魔法の練度はほぼ互角といったところか、光の盾は弾かれるもダメージを喰らうほどではなく、お互いがお互いの技を相殺した形となった。
 白ずくめの得意属性は風。有利属性は火属性だが、このレベルで風属性を扱える相手に使えるほど俺は火属性が扱えるわけじゃない。やはり、一番自信を持てる光属性で戦うしかないか。
 ルクス・アルケミスで常に武器を錬成し続ける。
「おい出てこいよ!隠れてコソコソと。扉越しのカウンターも壁越しの曲がる技も、一度も正面切って戦わないな!」
 挑発しろ。どんな内容でもいい。相手に少しでも隙が見えれば儲け物。光の槍を構え、相手が体を出してくる瞬間を待つカイト。
 ーー来い、来い、来い。
 頭の中で念じ続けその時が来るのを待つと、左壁から微かに見えた白いローブの先。
 待ちに待ったその瞬間に体が勝手に反応してしまい全体が見える前に決め打ちのように光の槍を投げてしまう。その選択が項を奏すか、そのままどんどんと大きく見えてくる白いローブの面積。こいつは扉前に移動しようとしてきてる。カイトの判断は正しかった。移動してきた白ずくめに狙いを定めていたカイトの光の槍がドンピシャで突き刺さる。しかし、カイトの背筋が凍りつく。
「ローブだけ?!」
 ローブを風属性魔法で飛ばしてデコイ代わり使って見せた相手に、一杯食わされてしまう。
 まずい、すぐに次の錬成を。間に合わない!
 攻撃手段の失った無防備なカイトへ突っ込んでくる狐の仮面をつけた相手。右腕を前に出し魔法を放つ構えをとる。風属性魔法が飛んでくる、瞬時にそう判断しカイトも魔法で返そうとするが、光属性魔法の弱点として、両手で掌印を組まなければならないという強力かつ特殊な属性ゆえの弱点が生じてしまう。ルクス・アルケミスで盾を錬成するのは間に合わない。
ーー風には火。火属性魔法だ。
 錬成ができず無防備な状態で風属性魔法を喰らうくらいなら、練度が低くとも弱点属性で威力を抑える方が良いはず。左手から火属性の低級魔法・ファイアボール放つカイト。しかし、それさえも読んでいる相手は、カイトを嘲笑うかのようにその裏をかいて、雷属性魔法で攻撃してくる。
「雷?!ぐぁぁぁぁああああ!!」
 ファイアボールを簡単に貫通し、体中に強力な電撃を浴びせる。それに畳み掛けるようにバインドで拘束し、腹目掛けて蹴飛ばす。勿論、風属性魔法で瞬間的にブーストをかけて威力を上げての蹴りだ。
 さらに隣の部屋の壁をぶち破り吹っ飛ばされるカイト。
「こいつ…強い」
 転がりざまに掌印を組んで、光の剣を錬成していたカイトは、次の反撃に備えて構えをとる。
「物珍しい属性の魔法だが、恐るるに足らないな」
 初めて聞く相手の声。低い女性の声。光属性魔法は見慣れていない様子だが、それでこの対応力。どれだけ戦闘の経験を積んでいるのだろうか。これはカイトの偏見だが、女性職は特に神官やウィッチ、後方支援よりなイメージを持っていたが、ここまで前のめりな動きで戦闘IQもずば抜けたものをもつ女性魔導士が存在するなんて驚きであった。
 自分が本気で戦っても勝てない相手。中高学院では未だ会ったことのなかった存在。光属性魔法という特殊な魔法を扱うが故に、圧倒的な力とセンスで学院内でトップクラスの成績を叩き出し、自他共に認める絶対強者として君臨し、地位も名声も思うがままに手に入れてきたカイトに初めて死の恐怖を与える相手。思い知らされる自分の弱さ。そして世界の広さ。
 俺はこいつに勝てないかもしれない。自分の力を過信して旅に出て後悔するカイト。
 それでも、今は過去の栄光に浸ってる場合じゃない。目の前に敵がいて、俺はまだ戦える力がある。それだけ理解してれば十分。
 カイト目掛けて襲いかかってくる二つの渦を巻いた蛇のように動き回る竜巻。
 カイトはフラッシュを焚き、襲いかかってくる二つの竜巻に恐れることなく立ち向かっていく。体を回転させ宙を舞い二つの竜巻の間をすり抜けていく。神がかったアクロバティックな動き。しかし、その動きに瞬時に合わせるように竜巻を微調整する相手。右横腹と左腿の皮をウィンドファイバーの乱回転が切り裂く。それでも片足で着地後、地を蹴る余力が残っていたため、地を蹴り相手との距離を詰めるカイト。光の剣が届く間合いまで侵入して振り下ろす。
 カイトの侵入に合わせて、地面を強く踏み、自分を中心に広がる電撃攻撃を展開する相手。またしても体中に強力な電気を浴びるカイトだったが、必死に電撃を耐えて一矢報いようと剣を振り下ろす。切先が届く間合い。カイトの一撃が決まったかのように見えたが、カイトの手にしていた光の剣が消滅する。これは相手の魔法によるものではなく、カイトのマナが尽きてしまったために光属性魔法を維持することができなくなってしまったからだ。
 カイトはその場で力尽きて倒れてしまう。
「最後の攻撃は危なかったな。貴様にあとほんの少しでもマナが残っていれば勝機が見えたかもしれないな」
 たらればの話をしても仕方がない。それでもカイトは道中に設置した多くのトラップによって、その後の維持のためにも多くのマナを消費していた。トラップの中にはブービー・フラッシュのような視界を奪うものだけでなく、光による熱爆破を起こすトラップも仕掛けられていた。2種類のトラップで翻弄する強力な戦略だったが、最初にその手が使い物にならなくなってしまったこと。その後もワンチャンスにかけて持続維持させていたことが何よりの敗因であった。
 戦闘になる前にいくつかの準備をしていたカイトと、戦闘の中で臨機応変に対応する姿勢の相手。たまたま噛み合わなかったと言えばそれまでだが、相手の戦闘センスと戦闘IQが勝っていたとも言える戦いだった。

「力こそまだまだ大したことはないが、それでも惜しい存在だ。光属性魔法。私たちと来ないか、凡才。力を与えてやろう」
ーー力。
 こいつらについていけば、まだ見ぬ到達点へ踏み入ることができる。こいつのように、強くなれる。
「まだ口が利けるのなら、共に参るかここで死ぬか選んで答えろ」
 カイトの前で膝立ちをし、片手を差し伸べる。その手にカイトも釣られるように右手を差し出してその手を取ろうと伸ばす。
「俺は…」
 ーー俺は…どうしたい。こいつと行くか、ここで死ぬか。ここで…。
「俺はここで…」
 一瞬、カイトの伸ばした手が止まり、それに違和感を覚える相手。
「こいつ…まさか死を選ぶか」
「ここで…お前に勝つ!!!」
 相手の膝をついた足とは逆の足裏を貫き伸びる光のブレード。そのままブレードは真っ直ぐに狐の仮面に向かって伸び、仮面に直撃する。全てとはいかなくとも仮面の右目側を割り頬に傷をつけることができた。仮面を割られ素顔を見られたこと。そして片足を貫かれ引くことのできないことで相手はたじろぎ、一瞬の隙を見せてしまう。
 「悪に屈しったら、そこで俺は俺じゃなくなるんだよ!」
 立ち上がりざまに下から相手の腹を狙って伸ばされた手。
 両手で掌印を組まなければ発動できない光属性魔法はこの状況では扱えないため、次の動作には必ず5属性魔法のどれかがくる。一度見たのは火属性。それならば火属性魔法が来るか。いや、そもそもこいつはマナが尽きていたはず。だからこそ千載一遇のチャンスを逃したというのに。まさか、千載一遇のチャンスさえ棒に振るほどに私相手にブラフを掛けたかったのか。その結果手にした2度目のチャンス。
 それなら、この足を貫いたブレードは。原理で言えば、光のブレードを床に通して2度曲げたうえで下から床を貫いてきたという感じか。しかし、掌印はいつ組んだのだ。まさか剣が消え倒れ込む瞬間に体で死角を作り両手を合わせたのか。
「してやられたという訳か」
 伸ばされた手から放たれる土属性魔法。
小さな流星ショーツ・メテオ!」
 風属性魔法が来ると思い火属性魔法で対応しようとしたカイトの裏をかいた相手。今度は雷属性魔法で防ぐと予測してその弱点属性である土属性魔法で勝負する。光属性魔法に絶対の自信がある故の他の属性魔法に対する怠慢。扱えて低級レベルの魔法では、極められた魔法相手には、後出しをされても必ず負けてしまう。弱点かどうかは重要じゃない。それは対等な力あって初めて起こりうる事象。
「だが、結局はそのレベルだ。魔風衝波マフウショウハ
ーーまじかよ。これでもダメなのかよ。完敗だ。すいません、マタタビさん。

 大旋空衝波ウィンド・バスター!!」
 相手の魔風衝波とほぼ同時に発動されたSランク風属性魔法。カイト土属性魔法も、相手の魔風衝波も全て飲み込み外へ吹き飛ばす。その力は客室へ巨大な風穴をあけてしまうほどに強力だった。ギリギリで魔法の範囲外にいたカイトは助かり、範囲内にいた相手は遠く海に飛ばされてしまった。
 このウィンド・バスターを放ったのはマタタビだった。
「マタタビさん…どうして…ここに」
「ボイラー室のやつを倒したからに決まっておるだろ。相当痛い目にあったみたいだが、多分ハズレを引いたのは君だったな」
 実際、マタタビさんと今の相手が戦ったらどうなっていたかは分からない。けれど2人とも生きて相手を返せたなら、自分がハズレ役を引けて良かった。
「そうだ!お弟子さんは」
「…。」
 まさか見つからなかったのか。ボイラー室もハズレでこっちも。いや、まだ32号室の中を確認していない。
「まだ部屋の中は確認していません!部屋の外で戦闘したので」
 曇りきっていたマタタビの表情に一瞬希望が蘇ったか、動けるマタタビが32号室を捜索するもグレイの存在はなかった。
「くそー!!!どうしてだ!」
「どうして居ないんだ」
ーーどうすれば予知の通りになるんだ。マタタビさんと、グレイ君と、誰か。そして俺。3人が仲良く歩く後ろ姿とそれを見守る自分の存在。あの未来に向かうためにやるべきことは一体…。
 
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