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祈り
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その日は晴天で、まだ五月というのに、真夏の様に日差しが照り付けていた。
試合の後、オレはユニホームを着たまま大急ぎで自転車を走らせる。
玄関に入った時、ソラの靴がないことに気づいた。
リンと遊びに行ったのか、と思い、リビングに行くと、ソファに座っていた祖母が、
「ソラくん、帰ったよ」
と言った。
「え?」
オレは意味が分からなくて、
「帰ったって…どこに?」
と聞いた。
「そりゃ、おうちでしょ。ついさっき、ご両親が迎えに来て」
オレは呆然となった。
祖母はソラのくわしい事情を知らない。
家の都合で少しの間うちに泊まる、としか父も伝えていなかった。
近所の主婦と井戸端会議を日課としている祖母。
噂が広まってはいけない、という父の配慮だった。
そしてその日、父は仕事で不在という、不都合な状況が重なってしまった。
オレは我に返ると、急いで二階に上がった。
部屋にはソラのランドセルも服も、何もかも消えていた。
三つ折りに畳まれた布団だけが、ソラが確かにここにいたことを物語っている。
両親って、オヤジもここに来たのか!
ソラを傷つける、とんでもないクソ野郎がソラを連れて帰った…!
だめだ!
オレはすぐに階段を駆け下り、玄関を出て自転車に飛び乗った。
「アキト?」
祖母の呼び掛けは耳に入らなかった。
太陽が照り付ける中、ソラのアパートに向かって必死に自転車を漕ぐ。
走りながら色々な考えが巡った。
オヤジが改心した?いや、そんなはずない。クソ野郎はどこまでもクソ野郎だ。
ソラがオレ達にすべて話したことももう理解しているはず。
それを聞いて、いい気がするはずない。
ソラの体がまた傷つけられる。
そしてそれはさらにエスカレートする予感しかしなかった。
赤信号がもどかしく、反対車線を逆走して車にクラクションを鳴らされながら、全速力で漕いだ。
ソラの二階建てのアパートの前に到着した頃には、オレのユニホームは、試合の時とは別の汗でびしょびしょになっていた。
以前送ってきた時は、ここで別れたので、どの部屋かは知らない。
ちょうど一階の端の部屋から、中年の女性が出てきたので、オレは「すみません」と言いながら駆け寄り、ソラの名字を告げ部屋番号を尋ねた。
「そのお宅はもういないわよ」
全身に衝撃が走った。
たった数時間前、その安らかな寝顔を見ながら、明日のディズニーランドに思いを馳せていたばかりだ。
それがまるですべて幻想だったかのような感覚に陥った。
オレはその場にしゃがみこみ、「ソラ…ソラ…」と確認するように、何度もその名前を呟いた。
突き抜けるような青空が、急激に表れた鼠色の雲に覆われ、夕方には大雨になっていた。
オレは帰宅してから、シャワーも浴びず、食事もいらないと言って、部屋でベッドにうずくまっていた。
窓に大粒の雨が叩きつける。そう遠くはないどこかで、ソラがオレに助けを求めて泣いているかのようにオレの脳内に響く。オレは耳を塞いでいた両手をゆっくりと下ろし、胸の前で組んだ
「どうかソラを、あの子を守ってください。ゲームも野球も下手くそで、コミュ力低くて、ぼーっとしてて。
優しくて、純粋で、笑うと天使みたいなあの子を・・・!」
オレは生まれて初めて、神に祈った。
試合の後、オレはユニホームを着たまま大急ぎで自転車を走らせる。
玄関に入った時、ソラの靴がないことに気づいた。
リンと遊びに行ったのか、と思い、リビングに行くと、ソファに座っていた祖母が、
「ソラくん、帰ったよ」
と言った。
「え?」
オレは意味が分からなくて、
「帰ったって…どこに?」
と聞いた。
「そりゃ、おうちでしょ。ついさっき、ご両親が迎えに来て」
オレは呆然となった。
祖母はソラのくわしい事情を知らない。
家の都合で少しの間うちに泊まる、としか父も伝えていなかった。
近所の主婦と井戸端会議を日課としている祖母。
噂が広まってはいけない、という父の配慮だった。
そしてその日、父は仕事で不在という、不都合な状況が重なってしまった。
オレは我に返ると、急いで二階に上がった。
部屋にはソラのランドセルも服も、何もかも消えていた。
三つ折りに畳まれた布団だけが、ソラが確かにここにいたことを物語っている。
両親って、オヤジもここに来たのか!
ソラを傷つける、とんでもないクソ野郎がソラを連れて帰った…!
だめだ!
オレはすぐに階段を駆け下り、玄関を出て自転車に飛び乗った。
「アキト?」
祖母の呼び掛けは耳に入らなかった。
太陽が照り付ける中、ソラのアパートに向かって必死に自転車を漕ぐ。
走りながら色々な考えが巡った。
オヤジが改心した?いや、そんなはずない。クソ野郎はどこまでもクソ野郎だ。
ソラがオレ達にすべて話したことももう理解しているはず。
それを聞いて、いい気がするはずない。
ソラの体がまた傷つけられる。
そしてそれはさらにエスカレートする予感しかしなかった。
赤信号がもどかしく、反対車線を逆走して車にクラクションを鳴らされながら、全速力で漕いだ。
ソラの二階建てのアパートの前に到着した頃には、オレのユニホームは、試合の時とは別の汗でびしょびしょになっていた。
以前送ってきた時は、ここで別れたので、どの部屋かは知らない。
ちょうど一階の端の部屋から、中年の女性が出てきたので、オレは「すみません」と言いながら駆け寄り、ソラの名字を告げ部屋番号を尋ねた。
「そのお宅はもういないわよ」
全身に衝撃が走った。
たった数時間前、その安らかな寝顔を見ながら、明日のディズニーランドに思いを馳せていたばかりだ。
それがまるですべて幻想だったかのような感覚に陥った。
オレはその場にしゃがみこみ、「ソラ…ソラ…」と確認するように、何度もその名前を呟いた。
突き抜けるような青空が、急激に表れた鼠色の雲に覆われ、夕方には大雨になっていた。
オレは帰宅してから、シャワーも浴びず、食事もいらないと言って、部屋でベッドにうずくまっていた。
窓に大粒の雨が叩きつける。そう遠くはないどこかで、ソラがオレに助けを求めて泣いているかのようにオレの脳内に響く。オレは耳を塞いでいた両手をゆっくりと下ろし、胸の前で組んだ
「どうかソラを、あの子を守ってください。ゲームも野球も下手くそで、コミュ力低くて、ぼーっとしてて。
優しくて、純粋で、笑うと天使みたいなあの子を・・・!」
オレは生まれて初めて、神に祈った。
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