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第52話 シアトルでささやいて
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「好きだから!」
萌夢ちゃんのカップが抽出口に置かれる直前、声がした。
「私、兄さんのこと、好き! 愛してる!」
叫んだのは紗希だった。
「だからなに? 邪魔して欲しくないっていったよね?」
萌夢ちゃんが振り返って言った。
「兄さんのカフェラテは、私だけのカフェラテなんだからっ!」
「もう遅いよ。ほら、見て。先輩の抽出口《さきっちょ》、もう雫が出てる。これ、萌夢のハンドドリップのおかげなんだな。だから、萌夢がもらいまーす! あーん!」
萌夢ちゃんがお口を大きく開ける。そして俺の先走った雫カフェラテを舐め取ろうとした。
が。その時。紗希のスカートが大きくはためいた。
もわん! まるで突風の如きバニラクリームの香りが俺を襲った。萌夢ちゃんの濃厚なそれとは違い、爽やかでどこか甘酸っぱい、サワークリームな風味の香り。
「兄さん、お願い、やめてっ!」
もわんもわん。爽やかバニラの香りが俺の鼻腔に突入、そのまま血流に乗って脳細胞を直撃した。
「あう! あううううーっ!」
先ほどまでの至上命令「萌夢ちゃんにキス」が消去されていく。そして新たな電気信号が脳を駆け巡る。指令内容は……。
「兄さんのこと好き! カフェラテも好き! 兄さんとのキスも好き! 好き好き好き! だから……私とキスして! カフェラテして!」
「はいっ!」
萌夢ちゃんズマウスから逃れ、俺は立ち上がった。
「え? ちょっと、先輩!?」
困惑する萌夢ちゃんをほったらかし、俺は紗希の方へと歩み寄った。
そう。萌夢ちゃんのフェロモンを紗希のフェロモンが凌駕したのだ。命令が上書きされたのだ。
「兄さん……兄さん!」
どちらからとなく、俺と紗希は抱き合った。
「好きよ、兄さん。大好き!」
紗希が唇を重ねる。迷うことなく、俺も唇を重ねる。そして隙間から舌を差し込んだ。
混ざる唾液。絡む舌。互いの体液を吸い合う音。
「俺も……俺も、紗希のことが……」
言おうとしたその時。
マシンに感じる柔らかい感触。紗希の手だ。指だ。
「出して、兄さん」
ん? ちょ、なに!? え、それはいきなりすぎるだろって、おい!? んぐうぐぐ! どはうっ!
気がつけば、紗希がハンドドリップ。すすすと紗希の頭が下へ。首をかしげカップをセット。
「兄さん……兄さん……!」
紗希のハンドドリップ。萌夢ちゃんよりはつたないのかもしれない。レベリングも、タンピングも。
でも、熱心にコーヒー豆をつめつめして、俺の抽出を待つ仕種はとてつもなく可愛い。カップの大きさもちょうど良い。ジャストサイズだ。
「ちょ、ちょっと! こ、ここでカフェラテ出すの? 萌夢の目の前で? 信じられない!」
萌夢ちゃんが悲しい悲鳴を上げた。
萌夢ちゃんに見られていることはわかっていた。だが、もう我慢できない。俺は紗希のカップをセットし、抽出に備えた。
「兄さん。出して。濃ゆいの全部、紗希に飲ませて!」
ダブルフェロモンで限界マックスにトランスフォームしていた俺のエスプレッソマシンがうなりを上げる。再び始まる抽出シークエンス。
「紗希……出るぞ……すっごい、濃ゆくて熱いのが……出るぞ!」
ヒーターとボイラーが限界に達したことをプレッシャースターターが感知した。
くちゅ、くちゅ。
ポンプが圧をあげるべく激しい運動。
「おっきい……おっきい……すっごく、おっきくなってる……」
紗希、ポンプ圧は「おっきい」でなく「高い」だぞ?
まったく最近のJKの日本語能力の低下といったら、ないな。
さて、ここからがバリスタの腕の見せ所だ。ベストタイミングで圧を解放、粉の詰まったバスケットに大量の熱湯を射出せねばならない。
「早く……ねえ、早く出して……」
慌てるな、紗希。コーヒーの抽出は難しいんだ。ちゃんと焦らさないと、おっと俺まで日本語間違えた、蒸らさないと香りが出ないんだ。
「……ぷは。……もう出る? まだ?」
はっはっは。息が詰まるほど集中して見つめても出ないぞ。至高の一杯のためだ、我慢だ、紗希!
「んぐ……んぐ……」
だからな、紗希。そんなに固唾を呑んでボイラーとポンプの様子を見守らなくてもいいんだぜ?
「あ……今、びくん、てなったよ、兄さん?」
さすが紗希。バリスタの妹。そう。マシン全体の震動からわかるように、今がベストタイミングなんだ。抽出開始だ紗希!
「紗希! 紗希! で……出るぞ!」
「出して! 兄さん!」
びゅ、びゅ、びゅーっ!
紗希のカップに抽出される、俺のエスプレッソ。そして泡立つスチームミルク。
「すごい……兄さん……すごい、濃ゆいよぉ!」
あまりの濃厚さゆえ、紗希が歓喜の声を出す。紗希の唇がクレマで汚れていく。周囲に漂う芳醇なアロマ。
俺史上最高のカフェラテだ。これをシアトルの路上で販売したならば、スターバックスですら全世界店舗の閉鎖に追い込まれるだろう。
そう。部室は今、シアトルになった。カフェラテの聖地シアトル。俺の魅せた本気のバリスタが日本にシアトルを現出させたのだ。
見える。行き交う人々が俺のカフェに殺到する様子を。人種なんか関係ない。いや、人間であるかどうかも関係ない。あらゆる生命体が俺のカフェラテを求め、俺がカスタマイズしたエスプレッソマシンを褒めたたえる。
ありがとう、シアトル。ありがとう世界。俺は……今……最高に気持ちいい。
「兄さんのカフェラテ……美味しかったよ……」
恍惚とした表情で紗希が言った。クレマたっぷりの唇が俺に迫る。そして――。
♡ ♡ ♡
気がつくと、保健室で寝ていた。額にはアイスノンが乗っている。ベッドサイドに紗希が腰掛けていた。
「気がついた?」
紗希が話しかける。
「ごめんね。ダブルフェロモンだったでしょ? ちょっと大変だったんだ。あれから」
紗希の説明によると抽出後俺は気を失ったらしい。萌夢ちゃんと紗希の2人の本気フェロモンによって、想定外にエスプレッソマシンが稼働。安全マージンを超えた動作をしたらしい。
そしてそんな限界突破マシンでドリップした俺の体力と頭脳も限界だったらしい。紗希に至高の一杯を抽出したあと気絶。保健室に運び込まれたそうだ。
「私、びっくりしちゃった。まさか気を失うなんて。怖いね、ダブルフェロモン」
「……ああ。そうだな。うん。気を付けよう」
俺が気を付けてもどうにもならないがね。
「そういえば……萌夢ちゃんは?」
「目の前でカフェラテされて茫然自失だった。でも兄さんが気絶した後は正気に戻ったよ。で、2人で兄さんを保健室に運んだんだ。あの担架で」
「そうだったのか」
そういえば萌夢ちゃん、俺と紗希のカフェラテタイム全部見たんだ。萌夢ちゃんの気持ちを察するとさすがに心が痛んだ。
「嬉しかった」
嬉しそうに紗希が言った。
「え?」
「嬉しかったの。だって……すっごい濃ゆかったんだもん」
「な、なるほど」
そりゃよかった。
「ねえ、兄さん。カフェラテ前に私が言ったこと、覚えてる?」
忘れるわけがない。
「あ、ああ」
「全部覚えている?」
「もちろん……覚えているさ」
好き。紗希の口から出たあの言葉は俺の脳に刻まれている。
「……兄さんは?」
「ん?」
「だ・か・ら! 兄さんは? 兄さんは、どうなの?」
「どうって……」
思わず紗希から目をそらす。
「ちゃんとこっち見て」
紗希が俺の頭をつかみ、自分に向けさせた。
「私は兄さんが好き。妹としてじゃないよ? 意味分るよね?」
紗希の顔が真っ赤だ。
「兄さんは?」
紗希の瞳が俺を見つめる。今度は俺も目をそらさない。
「俺も……俺も紗希が好きだ」
「妹として?」
「違う。1人の女性として、お前が好きだ」
言ってしまった。
ずっと俺は気がついていた。紗希のことが俺は好きだ。サキュバスとかバリスタとか関係ない。血の繋がらない妹であることも関係ない。
「俺は紗希が好きだ。初めて会ったときから、好きだった。抱きしめたいほど、好きだった」
「なのに……あのサキュバスと付き合ったの?」
「それは……」
俺は紗希に説明した。部室でのバリスタ行為で紗希がサキュバスであることが萌夢ちゃんにバレたこと。カフェラテのしずくを舐めた萌夢ちゃんが俺に……というかバリスタである俺のカフェラテに興味を持ったこと。萌夢ちゃんに襲われたところを姫島さんに見つかったこと。萌夢ちゃんがサキュバスだとバレないように、俺と萌夢ちゃんが恋仲ということにしたこと。そうしたら萌夢ちゃんが調子に乗ってきたこと、など。
「で、結局、フェロモンで襲われたわけ?」
「……ああ」
「ふーん」
紗希がじーっと俺を見た。
「な、なんだよ」
「さっきのカフェラテ、別のひとのフレバードだった」
「そ、りゃダブルフェロモンだもんな」
「あの人のフェロモンの味がした」
「仕方ないだろ?」
「やだ、そんなの」
「て言われてもだな」
「とにかく嫌。私だけのフレバードじゃなきゃ、やだ!」
紗希が俺のベッドに上半身を投げ出した。薄い掛け布団をめくり、頭を潜らせる。
「ちょ、紗希、何してんだ?」
「あ、あった! 保健室にマシンを持ちこむなんて、兄さん、悪い兄さんだねっ!」
ごそごそ。紗希がエスプレッソマシンをセットし始めた。
「おい、いくら何でも、ボイラーが限界……」
そのとき、猛烈な勢いでバニラ・クリームの香りが漂った。ものすごい量だ。イタリアンテクノロジーは恐ろしい。これがローマ帝国以来の科学技術か。えーっと何だっけ、あの有名な自動車メーカー。手作りで有名な。フェ……フェラ……あ、フェラーリだ。
ちなみに咲江さんの好きなブランドはフェラガモである。
閑話休題。
種馬マークのフェラーリ。そのF1マシンは限界を超えるという。いろいろ。まさにパックスロマーナ。そして俺のマシンもパックスロマーナ。意味なんて分らなくていい。とにかく、マシンは再起動した。
「おかわり、ね?」
紗希のハンドドリップが始まった。
「おい、ここ、保健室だぞっ! ヤバいって! 見つかったら大変だ!」
学業に関係の無い私物の持ち込みは禁止なんだぞ、紗希! イタリアンなエスプレッソマシンを持ちこむなんて駄目だ!
「こっそりカフェラテって、興奮する?」
「そういう問題じゃ……はうっ!」
ダブルボイラー起動。圧が上昇。
「ヤバいって、ヤバいって」
「ヤバくないよ」
「バレたら退学もんだぞ!?」
我が校は厳格な校風で有名なんだ。たぶん。
「いいよ、退学になっても。兄さんとなら」
「は?」
「いっしょに退学して……結婚しようよ」
「は!? 結婚!?」
「うん。血の繋がってない兄妹は結婚できるんだよ?」
「そ、そうだが」
いきなりのプロポーズ。俺は戸惑う。
「兄さんも私のこと好きでしょ?」
「……もちろん」
退学して結婚。それもいいのかもしれない。
「とりあえず……今は、濃ゆいの飲ませて兄さん!」
萌夢ちゃんのカップが抽出口に置かれる直前、声がした。
「私、兄さんのこと、好き! 愛してる!」
叫んだのは紗希だった。
「だからなに? 邪魔して欲しくないっていったよね?」
萌夢ちゃんが振り返って言った。
「兄さんのカフェラテは、私だけのカフェラテなんだからっ!」
「もう遅いよ。ほら、見て。先輩の抽出口《さきっちょ》、もう雫が出てる。これ、萌夢のハンドドリップのおかげなんだな。だから、萌夢がもらいまーす! あーん!」
萌夢ちゃんがお口を大きく開ける。そして俺の先走った雫カフェラテを舐め取ろうとした。
が。その時。紗希のスカートが大きくはためいた。
もわん! まるで突風の如きバニラクリームの香りが俺を襲った。萌夢ちゃんの濃厚なそれとは違い、爽やかでどこか甘酸っぱい、サワークリームな風味の香り。
「兄さん、お願い、やめてっ!」
もわんもわん。爽やかバニラの香りが俺の鼻腔に突入、そのまま血流に乗って脳細胞を直撃した。
「あう! あううううーっ!」
先ほどまでの至上命令「萌夢ちゃんにキス」が消去されていく。そして新たな電気信号が脳を駆け巡る。指令内容は……。
「兄さんのこと好き! カフェラテも好き! 兄さんとのキスも好き! 好き好き好き! だから……私とキスして! カフェラテして!」
「はいっ!」
萌夢ちゃんズマウスから逃れ、俺は立ち上がった。
「え? ちょっと、先輩!?」
困惑する萌夢ちゃんをほったらかし、俺は紗希の方へと歩み寄った。
そう。萌夢ちゃんのフェロモンを紗希のフェロモンが凌駕したのだ。命令が上書きされたのだ。
「兄さん……兄さん!」
どちらからとなく、俺と紗希は抱き合った。
「好きよ、兄さん。大好き!」
紗希が唇を重ねる。迷うことなく、俺も唇を重ねる。そして隙間から舌を差し込んだ。
混ざる唾液。絡む舌。互いの体液を吸い合う音。
「俺も……俺も、紗希のことが……」
言おうとしたその時。
マシンに感じる柔らかい感触。紗希の手だ。指だ。
「出して、兄さん」
ん? ちょ、なに!? え、それはいきなりすぎるだろって、おい!? んぐうぐぐ! どはうっ!
気がつけば、紗希がハンドドリップ。すすすと紗希の頭が下へ。首をかしげカップをセット。
「兄さん……兄さん……!」
紗希のハンドドリップ。萌夢ちゃんよりはつたないのかもしれない。レベリングも、タンピングも。
でも、熱心にコーヒー豆をつめつめして、俺の抽出を待つ仕種はとてつもなく可愛い。カップの大きさもちょうど良い。ジャストサイズだ。
「ちょ、ちょっと! こ、ここでカフェラテ出すの? 萌夢の目の前で? 信じられない!」
萌夢ちゃんが悲しい悲鳴を上げた。
萌夢ちゃんに見られていることはわかっていた。だが、もう我慢できない。俺は紗希のカップをセットし、抽出に備えた。
「兄さん。出して。濃ゆいの全部、紗希に飲ませて!」
ダブルフェロモンで限界マックスにトランスフォームしていた俺のエスプレッソマシンがうなりを上げる。再び始まる抽出シークエンス。
「紗希……出るぞ……すっごい、濃ゆくて熱いのが……出るぞ!」
ヒーターとボイラーが限界に達したことをプレッシャースターターが感知した。
くちゅ、くちゅ。
ポンプが圧をあげるべく激しい運動。
「おっきい……おっきい……すっごく、おっきくなってる……」
紗希、ポンプ圧は「おっきい」でなく「高い」だぞ?
まったく最近のJKの日本語能力の低下といったら、ないな。
さて、ここからがバリスタの腕の見せ所だ。ベストタイミングで圧を解放、粉の詰まったバスケットに大量の熱湯を射出せねばならない。
「早く……ねえ、早く出して……」
慌てるな、紗希。コーヒーの抽出は難しいんだ。ちゃんと焦らさないと、おっと俺まで日本語間違えた、蒸らさないと香りが出ないんだ。
「……ぷは。……もう出る? まだ?」
はっはっは。息が詰まるほど集中して見つめても出ないぞ。至高の一杯のためだ、我慢だ、紗希!
「んぐ……んぐ……」
だからな、紗希。そんなに固唾を呑んでボイラーとポンプの様子を見守らなくてもいいんだぜ?
「あ……今、びくん、てなったよ、兄さん?」
さすが紗希。バリスタの妹。そう。マシン全体の震動からわかるように、今がベストタイミングなんだ。抽出開始だ紗希!
「紗希! 紗希! で……出るぞ!」
「出して! 兄さん!」
びゅ、びゅ、びゅーっ!
紗希のカップに抽出される、俺のエスプレッソ。そして泡立つスチームミルク。
「すごい……兄さん……すごい、濃ゆいよぉ!」
あまりの濃厚さゆえ、紗希が歓喜の声を出す。紗希の唇がクレマで汚れていく。周囲に漂う芳醇なアロマ。
俺史上最高のカフェラテだ。これをシアトルの路上で販売したならば、スターバックスですら全世界店舗の閉鎖に追い込まれるだろう。
そう。部室は今、シアトルになった。カフェラテの聖地シアトル。俺の魅せた本気のバリスタが日本にシアトルを現出させたのだ。
見える。行き交う人々が俺のカフェに殺到する様子を。人種なんか関係ない。いや、人間であるかどうかも関係ない。あらゆる生命体が俺のカフェラテを求め、俺がカスタマイズしたエスプレッソマシンを褒めたたえる。
ありがとう、シアトル。ありがとう世界。俺は……今……最高に気持ちいい。
「兄さんのカフェラテ……美味しかったよ……」
恍惚とした表情で紗希が言った。クレマたっぷりの唇が俺に迫る。そして――。
♡ ♡ ♡
気がつくと、保健室で寝ていた。額にはアイスノンが乗っている。ベッドサイドに紗希が腰掛けていた。
「気がついた?」
紗希が話しかける。
「ごめんね。ダブルフェロモンだったでしょ? ちょっと大変だったんだ。あれから」
紗希の説明によると抽出後俺は気を失ったらしい。萌夢ちゃんと紗希の2人の本気フェロモンによって、想定外にエスプレッソマシンが稼働。安全マージンを超えた動作をしたらしい。
そしてそんな限界突破マシンでドリップした俺の体力と頭脳も限界だったらしい。紗希に至高の一杯を抽出したあと気絶。保健室に運び込まれたそうだ。
「私、びっくりしちゃった。まさか気を失うなんて。怖いね、ダブルフェロモン」
「……ああ。そうだな。うん。気を付けよう」
俺が気を付けてもどうにもならないがね。
「そういえば……萌夢ちゃんは?」
「目の前でカフェラテされて茫然自失だった。でも兄さんが気絶した後は正気に戻ったよ。で、2人で兄さんを保健室に運んだんだ。あの担架で」
「そうだったのか」
そういえば萌夢ちゃん、俺と紗希のカフェラテタイム全部見たんだ。萌夢ちゃんの気持ちを察するとさすがに心が痛んだ。
「嬉しかった」
嬉しそうに紗希が言った。
「え?」
「嬉しかったの。だって……すっごい濃ゆかったんだもん」
「な、なるほど」
そりゃよかった。
「ねえ、兄さん。カフェラテ前に私が言ったこと、覚えてる?」
忘れるわけがない。
「あ、ああ」
「全部覚えている?」
「もちろん……覚えているさ」
好き。紗希の口から出たあの言葉は俺の脳に刻まれている。
「……兄さんは?」
「ん?」
「だ・か・ら! 兄さんは? 兄さんは、どうなの?」
「どうって……」
思わず紗希から目をそらす。
「ちゃんとこっち見て」
紗希が俺の頭をつかみ、自分に向けさせた。
「私は兄さんが好き。妹としてじゃないよ? 意味分るよね?」
紗希の顔が真っ赤だ。
「兄さんは?」
紗希の瞳が俺を見つめる。今度は俺も目をそらさない。
「俺も……俺も紗希が好きだ」
「妹として?」
「違う。1人の女性として、お前が好きだ」
言ってしまった。
ずっと俺は気がついていた。紗希のことが俺は好きだ。サキュバスとかバリスタとか関係ない。血の繋がらない妹であることも関係ない。
「俺は紗希が好きだ。初めて会ったときから、好きだった。抱きしめたいほど、好きだった」
「なのに……あのサキュバスと付き合ったの?」
「それは……」
俺は紗希に説明した。部室でのバリスタ行為で紗希がサキュバスであることが萌夢ちゃんにバレたこと。カフェラテのしずくを舐めた萌夢ちゃんが俺に……というかバリスタである俺のカフェラテに興味を持ったこと。萌夢ちゃんに襲われたところを姫島さんに見つかったこと。萌夢ちゃんがサキュバスだとバレないように、俺と萌夢ちゃんが恋仲ということにしたこと。そうしたら萌夢ちゃんが調子に乗ってきたこと、など。
「で、結局、フェロモンで襲われたわけ?」
「……ああ」
「ふーん」
紗希がじーっと俺を見た。
「な、なんだよ」
「さっきのカフェラテ、別のひとのフレバードだった」
「そ、りゃダブルフェロモンだもんな」
「あの人のフェロモンの味がした」
「仕方ないだろ?」
「やだ、そんなの」
「て言われてもだな」
「とにかく嫌。私だけのフレバードじゃなきゃ、やだ!」
紗希が俺のベッドに上半身を投げ出した。薄い掛け布団をめくり、頭を潜らせる。
「ちょ、紗希、何してんだ?」
「あ、あった! 保健室にマシンを持ちこむなんて、兄さん、悪い兄さんだねっ!」
ごそごそ。紗希がエスプレッソマシンをセットし始めた。
「おい、いくら何でも、ボイラーが限界……」
そのとき、猛烈な勢いでバニラ・クリームの香りが漂った。ものすごい量だ。イタリアンテクノロジーは恐ろしい。これがローマ帝国以来の科学技術か。えーっと何だっけ、あの有名な自動車メーカー。手作りで有名な。フェ……フェラ……あ、フェラーリだ。
ちなみに咲江さんの好きなブランドはフェラガモである。
閑話休題。
種馬マークのフェラーリ。そのF1マシンは限界を超えるという。いろいろ。まさにパックスロマーナ。そして俺のマシンもパックスロマーナ。意味なんて分らなくていい。とにかく、マシンは再起動した。
「おかわり、ね?」
紗希のハンドドリップが始まった。
「おい、ここ、保健室だぞっ! ヤバいって! 見つかったら大変だ!」
学業に関係の無い私物の持ち込みは禁止なんだぞ、紗希! イタリアンなエスプレッソマシンを持ちこむなんて駄目だ!
「こっそりカフェラテって、興奮する?」
「そういう問題じゃ……はうっ!」
ダブルボイラー起動。圧が上昇。
「ヤバいって、ヤバいって」
「ヤバくないよ」
「バレたら退学もんだぞ!?」
我が校は厳格な校風で有名なんだ。たぶん。
「いいよ、退学になっても。兄さんとなら」
「は?」
「いっしょに退学して……結婚しようよ」
「は!? 結婚!?」
「うん。血の繋がってない兄妹は結婚できるんだよ?」
「そ、そうだが」
いきなりのプロポーズ。俺は戸惑う。
「兄さんも私のこと好きでしょ?」
「……もちろん」
退学して結婚。それもいいのかもしれない。
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