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第46話 ガールフレンド
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萌夢ちゃんの姿が見当たらない。
「さっき帰ったじゃないですか」
「え? 帰った?」
「はい。用事があるって言って。貴樹さん、覚えてないんですか? ちゃんと萌夢ちゃんに挨拶してましたよ?」
「ま、まさか。覚えているさ」
実のところはあまり覚えていなかった。そういえば「バイバイ」と言ったような言わなかったような。
「へへ。貴樹さん、寝かけてましたものね」
「そ、そうだっけ?」
やはり寝かけていたのか。なのに萌夢ちゃんは淫夢を仕掛けてこなかったようだ。考えてみれば、姫島さんのいる状況で淫夢は意味がない。夢の精の訪問があったとしてもその後におもらし頂戴する訳にはいかないからな。
というわけで、今部室にいるのは俺と姫島さんだけになった。放課後の教室で男女2人きり。俺は気がついた。これってラブい。めっちゃラブい。不純異性交遊一歩前な状況だ。このまま抱き合ったりキスしたりしかねないシチュエーションだ。
今まで何度も萌夢ちゃんと2人きりだったのに感じなかった緊張を俺は感じていた。心臓の鼓動が聞こえ、喉の奥に奇妙な渇きを感じた。
「二人きりになっちゃいましたね」
「そうだな」
「……いつも萌夢ちゃんと、こんな感じだったんですか?」
姫島さんがまっすぐノートパソコンの画面を見ながら言った。少しだけ、頬が桜色だ。
「そうだな」
そうは答えたが、実際どうだっただろう。あまりドキドキはしなかったかな。今みたいに緊張する感じではなかった。
「そっか。こんな感じだったんだ」と姫島さんは笑った。
違うよ。こんなロマンスな感じじゃなかった。俺はひたすら萌夢ちゃんでお楽しみするだけだったんだ。
萌夢ちゃんと……こんな雰囲気だったら……俺は……萌夢ちゃんと本当に付き合っていたと思う。
キーボードの打鍵音が止んだ。姫島さんが横を向く。上目遣いで俺を見た。
「あの……聞いてもいいですか?」
「なにを?」
「えっと……えっと……貴樹さんと萌夢ちゃんの、ことです」
言葉に突っかかりながら、息を吐きつつ、姫島さんが言った。
「俺と萌夢ちゃんのこと?」
「はい。あの……やっぱり付き合っているんですよね?」
俺は萌夢ちゃんの定位置を見た。今、彼女はいない。
俺は脳内コンピューターをフル回転させた。真実を話すかべきか、それともここにはいない萌夢ちゃんに合わせて嘘をつくか。
真実。真実って何だろう? 俺と萌夢ちゃん、付き合ってないけど、やがてはバリスタなカフェラテ関係になる予定なんだとでも言うのか?
――カフェラテ関係って何ですか?
文字通り、カフェラテの関係さ。そう、カジュアルにカフェラテ出したりごっくんしたりね。
――ごっくん?
そう。あ、ごっくんするのは萌夢ちゃんね、俺は出すの。
――カフェラテをごっくん、ですか?
もちろん、そうだよ。俺の自慢のイタリア製ラテンな香りの構成のエスプレッソマシンでハンドドリップするんだ。どう? 姫島さん、飲む? 一番搾りの濃ゆいやつたっぷり出すからさ。ごっくん、いっとく?
……無理である。どう考えても無理である。前も言ったが校則的には本校生徒は喫茶店に行っては駄目なのだ。口内じゃなくて校内にエスプレッソマシンを持ちこみカフェラテ。立派な校則違反である。そんなことをやりたがっている萌夢ちゃんはれっきとした校則違反ガールだ。すなわちヤンキー。
「私、ヤンキーなんかじゃないのに! 先輩の馬鹿!」
萌夢ちゃんはきっと怒るだろう。激怒するに違いない。怒り狂った萌夢ちゃんは俺を攻撃する。
「先輩なんか……先輩なんか、こうしてやります!」
そしていきなりのフェロモン攻撃。瞬間起動する俺のエスプレッソマシン。いきなり始まるハンドドリップ。
「お仕置きです!」
絶妙なレベリング。粉がなでつけられる。さらにタンピング。粉がきゅっと詰まっていく。ボイラー着火。あふれ出すスチーム。俺、高圧抽出。
「ング、ング、ぷはっ! ……ぜーんぶ搾り取りましたから! 罰として、これから毎日オーガニックの一番搾り、萌夢のハンドドリップでもらいますからねっ!」
お口の周りをクレマで汚した萌夢ちゃんが笑う。俺、昇天。バリスタ冥利。
……悪くないような。
まて。そんな都合の良い未来なはずがない。
仮に萌夢ちゃんに抽出したとしよう。きっと紗希は怒るだろう。
「最近の兄さん、カフェラテ薄くない?」
紗希は疑問に思う。で、飲む前にじっくりマシンを観察する。で、発見する。
「ちょっと、なにこれ? ミルク付いてる? ……てことは使用後? わ、わかった! ほ、他の女の人にカフェラテ飲ませたのね!? 一番搾り、他の女に飲ませたんだ!」
以下、修羅場。これが俺の出した結論だ。つまり、真実を語るなど、そんなハイリスクな行為、できるはずない。
俺の脳内コンピューターは静かにその役目を終えた。ここまでの時間、約1秒。
「そうだね、付き合っているってのは本当だよ」
この答えしかない。
「そうなんですね。……いつから付き合ってるんですか?」
「そ、そーだなー、最近だな」
俺は嘘を重ねる。
「ど、どっちから告白したんですか?」
「……うーん、どっちだっけ? 気がついたら、その、付き合ってたんだ」
これは嘘ではない。てか、付き合わせられていた。
「そうなんですね。いいなあ萌夢ちゃん」
姫島さんが天井を見上げた。姫島さんの唇が小さく動いた。何かつぶやいたようだが、これは聞こえない。
「なんか言ったかな?」
「いいえ、何も言ってませんよ」
姫島さんが微笑んだ。ちょうどその時、下校時刻を告げる蛍の光のメロディと、下校を促す録音アナウンスが部室のスピーカーから流れ始めた。
「下校時間だな」
「ですね」
「じゃ、帰ろうか」
「はい」
姫島さんはPCをシャットダウンし、画面を閉じてロッカーに収納した。軽くお尻を突き出ししゃがむ仕草のおかげで、雪のように白い裏太ももの上の方がよく見えた。このまま後ろから抱きしめたい。そして……。
いろいろな妄想。
なんでだ? 俺って、こんなにスケベだったか? もしかして、毎日紗希にカフェラテ飲ませていることで、何か身体に変化が起こっているのか?
萌夢ちゃんのセリフを思い出す。
――淫夢って、毎日はだめなんですって。毎日だと相手の欲望がどんどんエスカレートするんですって。三日にいっぺんくらい、お休みいれた方がいいんですって。
あれは淫夢の話だろ? ハンドドリップは関係ないんじゃないのか? あるのか? 俺、もしかして……興奮? カフェイン取り過ぎ? いや、俺はバリスタだから関係ないか。カフェラテ飲んでるのは紗希だ。
悪魔が俺に囁く。んなわけねーよ。普通だよ普通。男子高校生がJKと同じ部屋に出2人きりになったら考えることは一つ……だろ?
だいたい、姫島さんはお前のことが好きなんだぜ? いろいろして欲しいに決まっているだろ? 今だって、自然なふりしてお前を誘っているに違いない。ほら、あのポーズ。抱きしめて、乱暴にして、奪って、ってメッセージだぜ?
もちろん、最初は嫌がるだろうよ。だが、それはポーズだ。本当は嬉しいに決まっている。古文の授業でやったろ? 光源氏と紫の上、どうなった?
「いちゃらぶ」なんだろ? それが答えだよ。女なんでそんなもんだ。ほら、姫島さんの腰見てみろ。な? やっぱり誘っているだろ? 欲しくて欲しくてたまならいって訴えているぜ?
「だめだ」
ぐっと奥歯をかみしめ首を横に振り、悪魔を追い払う。
「貴樹さん?」
俺の“熱い”視線に気がついたのだろう。不思議そうな顔で姫島さんが振り返った。
「どうかしましたか?」
「あ、いや、なんでもないよ。……そ、そーだ、一緒に駅まで行こうかなーって思ってさ」
よこしまな妄想に耽っていたことを誤魔化すため、とっさにそんなことを言った。
「えっ」
姫島さんの顔が真っ赤になる。
「い、一緒に……ですか?」
「そう。ほら、このへん、夕方になると変質者出るっていうじゃないか」
「そういえば、この前全校集会で言ってましたね」
「だろ? 可愛い後輩を一人で帰らせるわけにはいかないんだ、部長としてはな」
……萌夢ちゃんはいつも一人で帰らせていたけどな。
「わかりました、準備します!」
姫島さんの顔がぱーっと明るくなる。そして満面の笑みで帰る準備を整えた。
俺と姫島さんは一緒に部室を出た。職員室に鍵を返し、そのまま下駄箱へ。1年と2年の下駄箱は離れているのでいっぺん分かれて、靴を持ってまた一緒になる。
二人並んで正門へ向かう。まだ自主練やっている部活もあるが、結構な数の部活帰り生徒が歩いている。カップルも多い。端から見れば、俺もカップルだ。ただ、本物のカップルよりも二人の距離は開いている。
駅に行く途中、俺たちは話をした。顧問の石屋川先生のこと、部誌のこと、夏休み明け文化祭のこと。
「そういえば文芸部の説明、姫島さんにはやってなかったな」
姫島さんは「そういえばそうですね」と笑った。俺は今度説明すると姫島さんに約束した。
「約束ですよ、先輩」
姫島さんが小指を俺に差し出してきた。
「えーと……何かな、これ?」
「ゆ、指切りです!」
かーっと顔を赤くして姫島さんが言った。
「ダメですか? 指切りげんまん」
「ダメじゃない」
俺は姫島さんの小指に自分の指をからめた。俺より冷たい姫島さんの指。
「ゆびきりげーんまん、嘘ついたら針千本飲ーます、指切った!」
二人同時に唱え、指を切る。
「駅着いたな。ここでお別れだ」
「はい」
「じゃ、また明日」
「はい。あ、明日も図書委員なんです。ちょっと遅れます」
「わかった」
その間、また萌夢ちゃんと一緒か。睡眠薬を盛られないように警戒せねば。
反対側ホームに姫島さんが立っていた。はにかみながら手を振る。俺も手を振った。「バイバイ」と言いながら。姫島さんの唇が動いた。声は聞こえないが「バイバイ」と言っているようだ。恥ずかしそうに手を振りながら。
かわいいな。そう思った。多分……これが普通の高校生の恋愛なんだよな。萌夢ちゃんからいきなり握られたり、飲もうとされたりしたせいで忘れていたが。
姫島さんは電車に乗るまでずっと手を振っていた。俺も、彼女が電車に乗るまで手を振り続けた。
「さっき帰ったじゃないですか」
「え? 帰った?」
「はい。用事があるって言って。貴樹さん、覚えてないんですか? ちゃんと萌夢ちゃんに挨拶してましたよ?」
「ま、まさか。覚えているさ」
実のところはあまり覚えていなかった。そういえば「バイバイ」と言ったような言わなかったような。
「へへ。貴樹さん、寝かけてましたものね」
「そ、そうだっけ?」
やはり寝かけていたのか。なのに萌夢ちゃんは淫夢を仕掛けてこなかったようだ。考えてみれば、姫島さんのいる状況で淫夢は意味がない。夢の精の訪問があったとしてもその後におもらし頂戴する訳にはいかないからな。
というわけで、今部室にいるのは俺と姫島さんだけになった。放課後の教室で男女2人きり。俺は気がついた。これってラブい。めっちゃラブい。不純異性交遊一歩前な状況だ。このまま抱き合ったりキスしたりしかねないシチュエーションだ。
今まで何度も萌夢ちゃんと2人きりだったのに感じなかった緊張を俺は感じていた。心臓の鼓動が聞こえ、喉の奥に奇妙な渇きを感じた。
「二人きりになっちゃいましたね」
「そうだな」
「……いつも萌夢ちゃんと、こんな感じだったんですか?」
姫島さんがまっすぐノートパソコンの画面を見ながら言った。少しだけ、頬が桜色だ。
「そうだな」
そうは答えたが、実際どうだっただろう。あまりドキドキはしなかったかな。今みたいに緊張する感じではなかった。
「そっか。こんな感じだったんだ」と姫島さんは笑った。
違うよ。こんなロマンスな感じじゃなかった。俺はひたすら萌夢ちゃんでお楽しみするだけだったんだ。
萌夢ちゃんと……こんな雰囲気だったら……俺は……萌夢ちゃんと本当に付き合っていたと思う。
キーボードの打鍵音が止んだ。姫島さんが横を向く。上目遣いで俺を見た。
「あの……聞いてもいいですか?」
「なにを?」
「えっと……えっと……貴樹さんと萌夢ちゃんの、ことです」
言葉に突っかかりながら、息を吐きつつ、姫島さんが言った。
「俺と萌夢ちゃんのこと?」
「はい。あの……やっぱり付き合っているんですよね?」
俺は萌夢ちゃんの定位置を見た。今、彼女はいない。
俺は脳内コンピューターをフル回転させた。真実を話すかべきか、それともここにはいない萌夢ちゃんに合わせて嘘をつくか。
真実。真実って何だろう? 俺と萌夢ちゃん、付き合ってないけど、やがてはバリスタなカフェラテ関係になる予定なんだとでも言うのか?
――カフェラテ関係って何ですか?
文字通り、カフェラテの関係さ。そう、カジュアルにカフェラテ出したりごっくんしたりね。
――ごっくん?
そう。あ、ごっくんするのは萌夢ちゃんね、俺は出すの。
――カフェラテをごっくん、ですか?
もちろん、そうだよ。俺の自慢のイタリア製ラテンな香りの構成のエスプレッソマシンでハンドドリップするんだ。どう? 姫島さん、飲む? 一番搾りの濃ゆいやつたっぷり出すからさ。ごっくん、いっとく?
……無理である。どう考えても無理である。前も言ったが校則的には本校生徒は喫茶店に行っては駄目なのだ。口内じゃなくて校内にエスプレッソマシンを持ちこみカフェラテ。立派な校則違反である。そんなことをやりたがっている萌夢ちゃんはれっきとした校則違反ガールだ。すなわちヤンキー。
「私、ヤンキーなんかじゃないのに! 先輩の馬鹿!」
萌夢ちゃんはきっと怒るだろう。激怒するに違いない。怒り狂った萌夢ちゃんは俺を攻撃する。
「先輩なんか……先輩なんか、こうしてやります!」
そしていきなりのフェロモン攻撃。瞬間起動する俺のエスプレッソマシン。いきなり始まるハンドドリップ。
「お仕置きです!」
絶妙なレベリング。粉がなでつけられる。さらにタンピング。粉がきゅっと詰まっていく。ボイラー着火。あふれ出すスチーム。俺、高圧抽出。
「ング、ング、ぷはっ! ……ぜーんぶ搾り取りましたから! 罰として、これから毎日オーガニックの一番搾り、萌夢のハンドドリップでもらいますからねっ!」
お口の周りをクレマで汚した萌夢ちゃんが笑う。俺、昇天。バリスタ冥利。
……悪くないような。
まて。そんな都合の良い未来なはずがない。
仮に萌夢ちゃんに抽出したとしよう。きっと紗希は怒るだろう。
「最近の兄さん、カフェラテ薄くない?」
紗希は疑問に思う。で、飲む前にじっくりマシンを観察する。で、発見する。
「ちょっと、なにこれ? ミルク付いてる? ……てことは使用後? わ、わかった! ほ、他の女の人にカフェラテ飲ませたのね!? 一番搾り、他の女に飲ませたんだ!」
以下、修羅場。これが俺の出した結論だ。つまり、真実を語るなど、そんなハイリスクな行為、できるはずない。
俺の脳内コンピューターは静かにその役目を終えた。ここまでの時間、約1秒。
「そうだね、付き合っているってのは本当だよ」
この答えしかない。
「そうなんですね。……いつから付き合ってるんですか?」
「そ、そーだなー、最近だな」
俺は嘘を重ねる。
「ど、どっちから告白したんですか?」
「……うーん、どっちだっけ? 気がついたら、その、付き合ってたんだ」
これは嘘ではない。てか、付き合わせられていた。
「そうなんですね。いいなあ萌夢ちゃん」
姫島さんが天井を見上げた。姫島さんの唇が小さく動いた。何かつぶやいたようだが、これは聞こえない。
「なんか言ったかな?」
「いいえ、何も言ってませんよ」
姫島さんが微笑んだ。ちょうどその時、下校時刻を告げる蛍の光のメロディと、下校を促す録音アナウンスが部室のスピーカーから流れ始めた。
「下校時間だな」
「ですね」
「じゃ、帰ろうか」
「はい」
姫島さんはPCをシャットダウンし、画面を閉じてロッカーに収納した。軽くお尻を突き出ししゃがむ仕草のおかげで、雪のように白い裏太ももの上の方がよく見えた。このまま後ろから抱きしめたい。そして……。
いろいろな妄想。
なんでだ? 俺って、こんなにスケベだったか? もしかして、毎日紗希にカフェラテ飲ませていることで、何か身体に変化が起こっているのか?
萌夢ちゃんのセリフを思い出す。
――淫夢って、毎日はだめなんですって。毎日だと相手の欲望がどんどんエスカレートするんですって。三日にいっぺんくらい、お休みいれた方がいいんですって。
あれは淫夢の話だろ? ハンドドリップは関係ないんじゃないのか? あるのか? 俺、もしかして……興奮? カフェイン取り過ぎ? いや、俺はバリスタだから関係ないか。カフェラテ飲んでるのは紗希だ。
悪魔が俺に囁く。んなわけねーよ。普通だよ普通。男子高校生がJKと同じ部屋に出2人きりになったら考えることは一つ……だろ?
だいたい、姫島さんはお前のことが好きなんだぜ? いろいろして欲しいに決まっているだろ? 今だって、自然なふりしてお前を誘っているに違いない。ほら、あのポーズ。抱きしめて、乱暴にして、奪って、ってメッセージだぜ?
もちろん、最初は嫌がるだろうよ。だが、それはポーズだ。本当は嬉しいに決まっている。古文の授業でやったろ? 光源氏と紫の上、どうなった?
「いちゃらぶ」なんだろ? それが答えだよ。女なんでそんなもんだ。ほら、姫島さんの腰見てみろ。な? やっぱり誘っているだろ? 欲しくて欲しくてたまならいって訴えているぜ?
「だめだ」
ぐっと奥歯をかみしめ首を横に振り、悪魔を追い払う。
「貴樹さん?」
俺の“熱い”視線に気がついたのだろう。不思議そうな顔で姫島さんが振り返った。
「どうかしましたか?」
「あ、いや、なんでもないよ。……そ、そーだ、一緒に駅まで行こうかなーって思ってさ」
よこしまな妄想に耽っていたことを誤魔化すため、とっさにそんなことを言った。
「えっ」
姫島さんの顔が真っ赤になる。
「い、一緒に……ですか?」
「そう。ほら、このへん、夕方になると変質者出るっていうじゃないか」
「そういえば、この前全校集会で言ってましたね」
「だろ? 可愛い後輩を一人で帰らせるわけにはいかないんだ、部長としてはな」
……萌夢ちゃんはいつも一人で帰らせていたけどな。
「わかりました、準備します!」
姫島さんの顔がぱーっと明るくなる。そして満面の笑みで帰る準備を整えた。
俺と姫島さんは一緒に部室を出た。職員室に鍵を返し、そのまま下駄箱へ。1年と2年の下駄箱は離れているのでいっぺん分かれて、靴を持ってまた一緒になる。
二人並んで正門へ向かう。まだ自主練やっている部活もあるが、結構な数の部活帰り生徒が歩いている。カップルも多い。端から見れば、俺もカップルだ。ただ、本物のカップルよりも二人の距離は開いている。
駅に行く途中、俺たちは話をした。顧問の石屋川先生のこと、部誌のこと、夏休み明け文化祭のこと。
「そういえば文芸部の説明、姫島さんにはやってなかったな」
姫島さんは「そういえばそうですね」と笑った。俺は今度説明すると姫島さんに約束した。
「約束ですよ、先輩」
姫島さんが小指を俺に差し出してきた。
「えーと……何かな、これ?」
「ゆ、指切りです!」
かーっと顔を赤くして姫島さんが言った。
「ダメですか? 指切りげんまん」
「ダメじゃない」
俺は姫島さんの小指に自分の指をからめた。俺より冷たい姫島さんの指。
「ゆびきりげーんまん、嘘ついたら針千本飲ーます、指切った!」
二人同時に唱え、指を切る。
「駅着いたな。ここでお別れだ」
「はい」
「じゃ、また明日」
「はい。あ、明日も図書委員なんです。ちょっと遅れます」
「わかった」
その間、また萌夢ちゃんと一緒か。睡眠薬を盛られないように警戒せねば。
反対側ホームに姫島さんが立っていた。はにかみながら手を振る。俺も手を振った。「バイバイ」と言いながら。姫島さんの唇が動いた。声は聞こえないが「バイバイ」と言っているようだ。恥ずかしそうに手を振りながら。
かわいいな。そう思った。多分……これが普通の高校生の恋愛なんだよな。萌夢ちゃんからいきなり握られたり、飲もうとされたりしたせいで忘れていたが。
姫島さんは電車に乗るまでずっと手を振っていた。俺も、彼女が電車に乗るまで手を振り続けた。
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