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第44話 あの娘はとっても気紛れで
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「ねえ、紗希ちゃんと貴樹君、妙に仲良くない?」
新婚旅行から帰ってきた翌日。朝食時に咲江さんが言った。
「そうですかね?」
「うん。なんかこう、親密度の高まりを感じるのよ」
「親密度の高まり? 前から仲いいよね、兄さん?」
「まあな」
紗希がジャムパンを頬張りながら言った。俺はバタートーストをかじる。
「う~ん」
咲江さんがおれと紗希を交互に見比べる。そのまなざしがあまりに真剣だったので、俺は思わず目をそらした。
「あ、貴樹君、目をそらした! うーむ、これはあれね、一線を越えたわね!」
「一線? お母さん、なに、一線って」
「一線は一線よ。まあ、一線を超えたというより、破った、かな?」
「破ったって、何を?」
「もちろん、女の子の一番大事なアレよ!」
おいおい、何言い出すんだよ咲江さん。
「正直に言いなさい。私たちの旅行中に、やっちゃったでしょ、二人!?」
どこに、朝から兄妹にそんなことを追求する母親がいるだろうか。
はい、ここです。
「あ、あの、咲江さん、し、してませんから! そういう関係じゃありませんから、俺と紗希は!」
きょとんとした顔の紗希が俺を見た。「そういう関係ってどういう関係?」と俺に聞く。俺より先に咲江さんが「身体の関係よ」と答える。
「身体の関係?」と紗希。
「そう。つまり貴樹君と紗希ちゃん、セックスしたでしょ、ってこと」
はい、ズバリ直球トーク炸裂。
「正直に言いなさい、貴樹君。紗希とセックスしたんでしょ? どうだった? 避妊はしたよね?」
「してません!」
「しらを切るつもりね。いいわ。紗希ちゃんに聞くから。ねぇ、紗希ちゃん。兄さんに変なことされなかった?」
「変なことって?」
「身体触られたりよ」
「おっぱいは触られたかな?」
「やっぱり……」
神妙な顔で咲江さんが頷く。
「ちょ、紗希! あ、あれは一瞬だけだろ!? すぐ手を離したじゃないか!」
「そうだった? 結構触ってた気がするけど?」
「紗希ちゃん、他に触られてない? 何もされてない?」
「うん」
「そう……ねぇ、貴樹君」
厳しい口調で咲江さんが俺に話しかけた。
「は、はい」
思わず声がうわずる。
「貴樹君にとって、紗希は妹?」
「え? そうですけど?」
「恋愛対象ではないってことかな?」
コーヒーカップを口元に運びながら、咲江さんが言った。
「もちろん」
「ふうん」
咲江さんはコーヒーを飲み干す。カップに口紅の跡がついていた。
「お母さん、朝から話し長いよ。もう学校行かないと」
紗希が口を尖らせて言った。
「あら、そうね。ごめんね、久しぶり二人に会ったからうれしくて」
「そういえば御影さん……じゃなかった、お義父さんは?」
やや恥ずかしそうに紗希が言った。最近、紗希は意識して俺の親父のことを「御影さん」でなく「お義父さん」と言うようにしている。
「まだ寝てるのよ。お疲れみたいだから、今日は有給休暇とってるわ。パパったら、旅行中すっごい頑張っちゃって。毎日朝と夕方、そして深夜の3回も濃ゆいのをたっぷり……」
「ご、ごちそうさまでした」
新婚旅行のセクシーな思い出をこれ以上聞かされてはたまらない。俺は席を立った。
「行くぞ、紗希」
「うん」
紗希が手を伸ばす。
「手、繋いで。兄さん」
「ん? ああ」
「じゃー、いってくるね、おかーさん」
「はい、行ってらっしゃい。仲良くね。もーっと仲良くね!」
意味深に笑う咲江さんを後に、俺と紗希は手を繋いで家を出た。
「なあ、紗希。ずっと手を繋ぐのか?」
「ううん。駅まで。電車乗ったら繋がない」
「そうか」
「そうだよ」
紗希が笑う。
「私さ、小さい頃ずーっと家で一人だったんだ。だからさ、けっこう寂しがり屋なんだよね」
紗希がぎゅっと手に力を込める。ゆっくり指を動かし、俺の手の甲をさする。
「……そういえば、親父さんの話って聞いたことないな」
紗希は答えない。ちらっと俺を上目遣いに見てから、父親のことなど聞かれなかったかのように話題を切り替えた。
「ね、雪、部活どんな感じ? やっぱり兄さんにくっついてくる?」
「そうだなあ……」
ここ数日の部活か。相変わらず俺は例のSFを読んでいる。萌夢ちゃんは俺の彼女ぷることもなく、大人しくしてる。
変わったことといえば、姫島さんがいることだな。ゆえに以前のように萌夢ちゃんの股間と胸を見るわけにはいかない。きっと姫島さんは俺の視線の行方に気がつくだろうからな。そもそも、萌夢ちゃんがサキュバスと分かって以来俺は萌夢ちゃんに対してそんな単純な欲情はしなくなってしまった。
そんなわけで例のSFは3巻に突入。3巻でいきなりの旧支配者登場。クトゥルフの神々との量子力学を駆使した対決。そのあまりの面白さに萌夢ちゃんも姫島さんもどうでも良くなっていた……ということにしとこう。
「姫島さんはひたすらパソコンで小説書いているよ」
「それだけ?」
「ああ」
「ふーん」
とは言ったものの、紗希は納得していないようだ。
「駅ついちゃった」
「だな」
紗希が手を離す。突然手持ち無沙汰になった俺の右手。そのまま手を肩か腰に回したくなるが、ぐっと我慢する。改札の前で俺たちは左右に分かれるため距離をとる。その距離は改札をくぐると再び縮まり、電車の中でベンチシートに座るときにはさらに縮まった。
最近、紗希の身体は女らしくなってきた。以前よりもメリハリがついてきた。電車のベンチシートに並んで座ると紗希の臀部側面が俺にあたるのだが、その柔らかみが以前より増していた。
横を見る。胸が目に入った。もちょっとずつ、成長している。そのまま目線を落として太ももを見る。以前と変わらず、ちょっと細めの太ももだ。だが足が伸びたようで、もともとミニスカートだったのがさらにミニになっている。
ピタッとくっついた俺と紗希の肩。髪の毛が揺れるたびに香るシャンプーの香り。俺にとってはサキュバス・フェロモン同等と言っていいくらいだ。
高校最寄り駅に着いた。
「じゃね」
「おう」
紗希と別れ、青木と合流。学校へ向かうはずだった。
「ん?」
ポケットの中でスマホが振動した。LINEの通知だ。青木からである。寝過ごしたそうだ。今隣の駅に向かっているらしい。先に行ってくれとのことだ。
「アホだな」
「誰がアホなんですかぁ?」
「青木だよ……って、萌夢ちゃんじゃないか」
「はい、萌夢です」
気がつくと俺の後ろで萌夢ちゃんが立っていた。
「いつからいたんだ?」
「今ですよ。萌夢、先輩とは逆方向なんで」
見るとちょうど反対ホームから電車が出て行くところだった。
「お、おはようございます……」
萌夢ちゃんの陰から姫島さんが出てきた。そうだった。姫島さんと萌夢ちゃんは同じ中学だった。方向としては俺の家と反対側地区だ。
「今日は一人なんですね。いやらしい目つきのお友達はどうしたんですか?」
弾んだ声で萌夢ちゃんが言った。
「電車乗り過ごしたそうだ」
「そーなんだー。じゃ、今日は萌夢と一緒に学校に行きましょう、先輩」
萌夢ちゃんがすっと俺の横に回り込み、手を握った。
「ちょ、萌夢ちゃん、手。手!」
「手がどうしたんですか?」
「なんで手を繋ぐんだ」
「だって……萌夢と先輩は付き合ってるんですよ? 見てください、先輩。学校へ向かう列の中に時々カップルがいますよね? だいたいみんな手を繋いでいますよね?」
駅から伸びる生徒の列。確かに萌夢ちゃんの言うとおりカップルは手を繋いでいる。
「そ、それはそうだけれども。なんでいきなり、今日に限って……」
「最近いちゃいちゃしすぎなんだよなー、先輩」
「は? 俺が? 誰と?」
「へー、とぼけるんだあ。ふーん……。そっか」
萌夢ちゃんが手を繋いだまま、ぐいっと身体を寄せる。腰と腰がぶつかった。ぽよん、と臀部の感覚。
「あの、私、お邪魔だよね?」
気まずそうに姫島さんが言った。
「大丈夫だよ、三人で学校いこ。あ、でも、雪は先輩と手繋いじゃだめだよ!」
「はは……。わかってるよ、萌夢ちゃん……」
萌夢ちゃんは知らないのだ、姫島さんが俺に好意を抱いていることを。姫島さん顔では笑っているが、きっと心の中は悲しみでズタズタだろう。
「なあ。やめないか? 俺と萌夢ちゃん、本当はカップルじゃないだろ?」
雪ちゃんを苦しみから開放したく、俺は口を萌夢ちゃんの耳元に寄せ、小声で言った。
「カップルですよ、雪ちゃんの前では」
なんて残酷な現実。
「だからって手を繋ぐ必要は……」
「やです。繋ぎたいんだもん、萌夢」
萌夢ちゃんがぎゅっと手に力を入れた。
「彼女でもない女の子と手を繋ぐなんて、興奮するでしょ、先輩?」
「そんなわけ……」
「どーかなー。興奮のあまりカフェラテ出したりするかもですよ、先輩?」
「んなわけねー」
「んなわけなくてもあっても、今日はカフェラテ飲ませてもらいますからね、先輩」
「へ?」
「萌夢、わかったんです。油断してたなーって。出遅れたなーって。だから、今日はなんとしても飲みたいかな?」
「なんとしてもだと!? ま、まさかフェロモン……!」
「違います」
「じゃあ、どうやって」
「あんまりこそこそ話していると不自然ですよ?」
萌夢ちゃんが肘で俺を小突く。確かに周囲の生徒が俺たちを見ている。「ほらね」と萌夢ちゃん。
「もう、先輩ったら、朝からえっちな話、やめてくださーい!」
わざとらしい大声で萌夢ちゃんが言った。
「え、えっちな話だと?」
「違うんですか?」
「違うだろ!」
全力で否定する俺を無視して、萌夢ちゃんは姫島さんに語りかける。
「雪ちゃん、ごめんね、先輩と萌夢ラブラブで」
「ううん、いいの。いいな、萌夢ちゃん。私も彼氏欲しいな。へへ……」
「雪ちゃんなら、すぐできるよー」
「……たぶん、無理」
悲しそうに姫島さんが言った。そんな姫島さんを気にすることもなく、萌夢ちゃんがこっちを向く。
「さっきの話ですけど」
そのまま小声で萌夢ちゃんが話しかけて来た。
「萌夢、あくまでオーガニックのハンドドリップにこだわってますから、安心してくださいね」
「本当だろうな」
「本当ですよ」
萌夢ちゃんが腕を組んできた。彼女の豊かな胸が俺の二の腕に当たる。俺にしか聞こえない小声で「興奮するでしょ」と萌夢ちゃんがつぶやく。俺は「まさか」と答える。
「さ、行きますよ先輩!」
萌夢ちゃんの号令で、俺と萌夢ちゃん、そして姫島さんは学校に向かって歩き出した。駅から紗希と別行動で助かった。紗希には萌夢ちゃんとのことは喋ってないのだ。こんなシーンを見られたら、なんて言い訳すればいいのか。
と、その時だった。道路脇のコンビニの扉が開き、女生徒の集団が出てきた。登校途中に買い物をしたのだろう。その集団に紗希の姿があった。俺の心臓がドクンと大きく鼓動した。
「あれ? あの人、紗希ちゃんの兄さんじゃない?」
俺の姿を認めた女生徒たちが嬌声を上げ、俺を指さす。紗希が振り向き、俺と目が合った。目が合った瞬間、紗希の目が一瞬大きく見開き、身体の動きが止まった。
「ちょ、すごくない、あの胸」
「やば! 紗希の倍以上じゃん!」
紗希のフレンズが俺と萌夢ちゃんを見て盛り上がる。紗希は無表情のまま俺を見ている。
「あれ? 梅田さん?」
フレンズの一人が萌夢ちゃんに声かけた。
「おはよー、梅田さん」
「おはよ」
「それ、彼氏?」
「そうだよ。部活の部長さんなの」
再びキャーっとJKの歓声。紗希は無言。
「いつから?」
「うーん、中間考査くらい……かな?」
萌夢ちゃんが照れながら答えた。この返事はやばい。事実と違うから、ではない。姫島さんの俺への好意を紗希から聞かされた時には、すでに萌夢ちゃんと付き合っていたことになるじゃないか。なのに俺は黙っていたってことになるじゃないか。つまり、俺は嘘つきということになる。
「マジ? やばくね? あとで話聞かせてよ!」
「うん。いいよ。あとでね」
それじゃーねーと萌夢ちゃんはフレンズに手を振る。フレンズも手を振り返す。紗希はその集団にいて同じように手を振る。顔には愛想笑いが浮かんでいたが、目は完全に笑ってなかった。
「あ、あの、私、買い物あるから……」
姫島さんの顔は真っ青だった。震える声で「じゃね」と言って、コンビニに入っていく。
「雪、待って!」
紗希が姫島さんを追ってコンビニに入る。コンビニの中で身体をふるわせ泣き出した姫島さんに駆け寄り、優しく肩を抱く。そして振り返って店内から俺をにらみつけた。
「もう、遅刻しますよ、先輩!」
萌夢ちゃんに腕を引っ張られ、俺は歩き出した。しばらくしてLINEが届いた。紗希からだ。
ただ一言、「最低」とあった。
新婚旅行から帰ってきた翌日。朝食時に咲江さんが言った。
「そうですかね?」
「うん。なんかこう、親密度の高まりを感じるのよ」
「親密度の高まり? 前から仲いいよね、兄さん?」
「まあな」
紗希がジャムパンを頬張りながら言った。俺はバタートーストをかじる。
「う~ん」
咲江さんがおれと紗希を交互に見比べる。そのまなざしがあまりに真剣だったので、俺は思わず目をそらした。
「あ、貴樹君、目をそらした! うーむ、これはあれね、一線を越えたわね!」
「一線? お母さん、なに、一線って」
「一線は一線よ。まあ、一線を超えたというより、破った、かな?」
「破ったって、何を?」
「もちろん、女の子の一番大事なアレよ!」
おいおい、何言い出すんだよ咲江さん。
「正直に言いなさい。私たちの旅行中に、やっちゃったでしょ、二人!?」
どこに、朝から兄妹にそんなことを追求する母親がいるだろうか。
はい、ここです。
「あ、あの、咲江さん、し、してませんから! そういう関係じゃありませんから、俺と紗希は!」
きょとんとした顔の紗希が俺を見た。「そういう関係ってどういう関係?」と俺に聞く。俺より先に咲江さんが「身体の関係よ」と答える。
「身体の関係?」と紗希。
「そう。つまり貴樹君と紗希ちゃん、セックスしたでしょ、ってこと」
はい、ズバリ直球トーク炸裂。
「正直に言いなさい、貴樹君。紗希とセックスしたんでしょ? どうだった? 避妊はしたよね?」
「してません!」
「しらを切るつもりね。いいわ。紗希ちゃんに聞くから。ねぇ、紗希ちゃん。兄さんに変なことされなかった?」
「変なことって?」
「身体触られたりよ」
「おっぱいは触られたかな?」
「やっぱり……」
神妙な顔で咲江さんが頷く。
「ちょ、紗希! あ、あれは一瞬だけだろ!? すぐ手を離したじゃないか!」
「そうだった? 結構触ってた気がするけど?」
「紗希ちゃん、他に触られてない? 何もされてない?」
「うん」
「そう……ねぇ、貴樹君」
厳しい口調で咲江さんが俺に話しかけた。
「は、はい」
思わず声がうわずる。
「貴樹君にとって、紗希は妹?」
「え? そうですけど?」
「恋愛対象ではないってことかな?」
コーヒーカップを口元に運びながら、咲江さんが言った。
「もちろん」
「ふうん」
咲江さんはコーヒーを飲み干す。カップに口紅の跡がついていた。
「お母さん、朝から話し長いよ。もう学校行かないと」
紗希が口を尖らせて言った。
「あら、そうね。ごめんね、久しぶり二人に会ったからうれしくて」
「そういえば御影さん……じゃなかった、お義父さんは?」
やや恥ずかしそうに紗希が言った。最近、紗希は意識して俺の親父のことを「御影さん」でなく「お義父さん」と言うようにしている。
「まだ寝てるのよ。お疲れみたいだから、今日は有給休暇とってるわ。パパったら、旅行中すっごい頑張っちゃって。毎日朝と夕方、そして深夜の3回も濃ゆいのをたっぷり……」
「ご、ごちそうさまでした」
新婚旅行のセクシーな思い出をこれ以上聞かされてはたまらない。俺は席を立った。
「行くぞ、紗希」
「うん」
紗希が手を伸ばす。
「手、繋いで。兄さん」
「ん? ああ」
「じゃー、いってくるね、おかーさん」
「はい、行ってらっしゃい。仲良くね。もーっと仲良くね!」
意味深に笑う咲江さんを後に、俺と紗希は手を繋いで家を出た。
「なあ、紗希。ずっと手を繋ぐのか?」
「ううん。駅まで。電車乗ったら繋がない」
「そうか」
「そうだよ」
紗希が笑う。
「私さ、小さい頃ずーっと家で一人だったんだ。だからさ、けっこう寂しがり屋なんだよね」
紗希がぎゅっと手に力を込める。ゆっくり指を動かし、俺の手の甲をさする。
「……そういえば、親父さんの話って聞いたことないな」
紗希は答えない。ちらっと俺を上目遣いに見てから、父親のことなど聞かれなかったかのように話題を切り替えた。
「ね、雪、部活どんな感じ? やっぱり兄さんにくっついてくる?」
「そうだなあ……」
ここ数日の部活か。相変わらず俺は例のSFを読んでいる。萌夢ちゃんは俺の彼女ぷることもなく、大人しくしてる。
変わったことといえば、姫島さんがいることだな。ゆえに以前のように萌夢ちゃんの股間と胸を見るわけにはいかない。きっと姫島さんは俺の視線の行方に気がつくだろうからな。そもそも、萌夢ちゃんがサキュバスと分かって以来俺は萌夢ちゃんに対してそんな単純な欲情はしなくなってしまった。
そんなわけで例のSFは3巻に突入。3巻でいきなりの旧支配者登場。クトゥルフの神々との量子力学を駆使した対決。そのあまりの面白さに萌夢ちゃんも姫島さんもどうでも良くなっていた……ということにしとこう。
「姫島さんはひたすらパソコンで小説書いているよ」
「それだけ?」
「ああ」
「ふーん」
とは言ったものの、紗希は納得していないようだ。
「駅ついちゃった」
「だな」
紗希が手を離す。突然手持ち無沙汰になった俺の右手。そのまま手を肩か腰に回したくなるが、ぐっと我慢する。改札の前で俺たちは左右に分かれるため距離をとる。その距離は改札をくぐると再び縮まり、電車の中でベンチシートに座るときにはさらに縮まった。
最近、紗希の身体は女らしくなってきた。以前よりもメリハリがついてきた。電車のベンチシートに並んで座ると紗希の臀部側面が俺にあたるのだが、その柔らかみが以前より増していた。
横を見る。胸が目に入った。もちょっとずつ、成長している。そのまま目線を落として太ももを見る。以前と変わらず、ちょっと細めの太ももだ。だが足が伸びたようで、もともとミニスカートだったのがさらにミニになっている。
ピタッとくっついた俺と紗希の肩。髪の毛が揺れるたびに香るシャンプーの香り。俺にとってはサキュバス・フェロモン同等と言っていいくらいだ。
高校最寄り駅に着いた。
「じゃね」
「おう」
紗希と別れ、青木と合流。学校へ向かうはずだった。
「ん?」
ポケットの中でスマホが振動した。LINEの通知だ。青木からである。寝過ごしたそうだ。今隣の駅に向かっているらしい。先に行ってくれとのことだ。
「アホだな」
「誰がアホなんですかぁ?」
「青木だよ……って、萌夢ちゃんじゃないか」
「はい、萌夢です」
気がつくと俺の後ろで萌夢ちゃんが立っていた。
「いつからいたんだ?」
「今ですよ。萌夢、先輩とは逆方向なんで」
見るとちょうど反対ホームから電車が出て行くところだった。
「お、おはようございます……」
萌夢ちゃんの陰から姫島さんが出てきた。そうだった。姫島さんと萌夢ちゃんは同じ中学だった。方向としては俺の家と反対側地区だ。
「今日は一人なんですね。いやらしい目つきのお友達はどうしたんですか?」
弾んだ声で萌夢ちゃんが言った。
「電車乗り過ごしたそうだ」
「そーなんだー。じゃ、今日は萌夢と一緒に学校に行きましょう、先輩」
萌夢ちゃんがすっと俺の横に回り込み、手を握った。
「ちょ、萌夢ちゃん、手。手!」
「手がどうしたんですか?」
「なんで手を繋ぐんだ」
「だって……萌夢と先輩は付き合ってるんですよ? 見てください、先輩。学校へ向かう列の中に時々カップルがいますよね? だいたいみんな手を繋いでいますよね?」
駅から伸びる生徒の列。確かに萌夢ちゃんの言うとおりカップルは手を繋いでいる。
「そ、それはそうだけれども。なんでいきなり、今日に限って……」
「最近いちゃいちゃしすぎなんだよなー、先輩」
「は? 俺が? 誰と?」
「へー、とぼけるんだあ。ふーん……。そっか」
萌夢ちゃんが手を繋いだまま、ぐいっと身体を寄せる。腰と腰がぶつかった。ぽよん、と臀部の感覚。
「あの、私、お邪魔だよね?」
気まずそうに姫島さんが言った。
「大丈夫だよ、三人で学校いこ。あ、でも、雪は先輩と手繋いじゃだめだよ!」
「はは……。わかってるよ、萌夢ちゃん……」
萌夢ちゃんは知らないのだ、姫島さんが俺に好意を抱いていることを。姫島さん顔では笑っているが、きっと心の中は悲しみでズタズタだろう。
「なあ。やめないか? 俺と萌夢ちゃん、本当はカップルじゃないだろ?」
雪ちゃんを苦しみから開放したく、俺は口を萌夢ちゃんの耳元に寄せ、小声で言った。
「カップルですよ、雪ちゃんの前では」
なんて残酷な現実。
「だからって手を繋ぐ必要は……」
「やです。繋ぎたいんだもん、萌夢」
萌夢ちゃんがぎゅっと手に力を入れた。
「彼女でもない女の子と手を繋ぐなんて、興奮するでしょ、先輩?」
「そんなわけ……」
「どーかなー。興奮のあまりカフェラテ出したりするかもですよ、先輩?」
「んなわけねー」
「んなわけなくてもあっても、今日はカフェラテ飲ませてもらいますからね、先輩」
「へ?」
「萌夢、わかったんです。油断してたなーって。出遅れたなーって。だから、今日はなんとしても飲みたいかな?」
「なんとしてもだと!? ま、まさかフェロモン……!」
「違います」
「じゃあ、どうやって」
「あんまりこそこそ話していると不自然ですよ?」
萌夢ちゃんが肘で俺を小突く。確かに周囲の生徒が俺たちを見ている。「ほらね」と萌夢ちゃん。
「もう、先輩ったら、朝からえっちな話、やめてくださーい!」
わざとらしい大声で萌夢ちゃんが言った。
「え、えっちな話だと?」
「違うんですか?」
「違うだろ!」
全力で否定する俺を無視して、萌夢ちゃんは姫島さんに語りかける。
「雪ちゃん、ごめんね、先輩と萌夢ラブラブで」
「ううん、いいの。いいな、萌夢ちゃん。私も彼氏欲しいな。へへ……」
「雪ちゃんなら、すぐできるよー」
「……たぶん、無理」
悲しそうに姫島さんが言った。そんな姫島さんを気にすることもなく、萌夢ちゃんがこっちを向く。
「さっきの話ですけど」
そのまま小声で萌夢ちゃんが話しかけて来た。
「萌夢、あくまでオーガニックのハンドドリップにこだわってますから、安心してくださいね」
「本当だろうな」
「本当ですよ」
萌夢ちゃんが腕を組んできた。彼女の豊かな胸が俺の二の腕に当たる。俺にしか聞こえない小声で「興奮するでしょ」と萌夢ちゃんがつぶやく。俺は「まさか」と答える。
「さ、行きますよ先輩!」
萌夢ちゃんの号令で、俺と萌夢ちゃん、そして姫島さんは学校に向かって歩き出した。駅から紗希と別行動で助かった。紗希には萌夢ちゃんとのことは喋ってないのだ。こんなシーンを見られたら、なんて言い訳すればいいのか。
と、その時だった。道路脇のコンビニの扉が開き、女生徒の集団が出てきた。登校途中に買い物をしたのだろう。その集団に紗希の姿があった。俺の心臓がドクンと大きく鼓動した。
「あれ? あの人、紗希ちゃんの兄さんじゃない?」
俺の姿を認めた女生徒たちが嬌声を上げ、俺を指さす。紗希が振り向き、俺と目が合った。目が合った瞬間、紗希の目が一瞬大きく見開き、身体の動きが止まった。
「ちょ、すごくない、あの胸」
「やば! 紗希の倍以上じゃん!」
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「あれ? 梅田さん?」
フレンズの一人が萌夢ちゃんに声かけた。
「おはよー、梅田さん」
「おはよ」
「それ、彼氏?」
「そうだよ。部活の部長さんなの」
再びキャーっとJKの歓声。紗希は無言。
「いつから?」
「うーん、中間考査くらい……かな?」
萌夢ちゃんが照れながら答えた。この返事はやばい。事実と違うから、ではない。姫島さんの俺への好意を紗希から聞かされた時には、すでに萌夢ちゃんと付き合っていたことになるじゃないか。なのに俺は黙っていたってことになるじゃないか。つまり、俺は嘘つきということになる。
「マジ? やばくね? あとで話聞かせてよ!」
「うん。いいよ。あとでね」
それじゃーねーと萌夢ちゃんはフレンズに手を振る。フレンズも手を振り返す。紗希はその集団にいて同じように手を振る。顔には愛想笑いが浮かんでいたが、目は完全に笑ってなかった。
「あ、あの、私、買い物あるから……」
姫島さんの顔は真っ青だった。震える声で「じゃね」と言って、コンビニに入っていく。
「雪、待って!」
紗希が姫島さんを追ってコンビニに入る。コンビニの中で身体をふるわせ泣き出した姫島さんに駆け寄り、優しく肩を抱く。そして振り返って店内から俺をにらみつけた。
「もう、遅刻しますよ、先輩!」
萌夢ちゃんに腕を引っ張られ、俺は歩き出した。しばらくしてLINEが届いた。紗希からだ。
ただ一言、「最低」とあった。
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そんな零楼館高校の歴史において今まで誰一人として選ばれたことのない“特別指名推薦”に選ばれたのが工藤珠希なのである。
工藤珠希は身長こそ平均を超えていたが、運動や学力はいたって平均クラスであり性格の良さはあるものの特筆すべき才能も無いように見られていた。
むしろ、彼女の幼馴染である工藤太郎は様々な部活の助っ人として活躍し、中学生でありながら様々な競技のプロ団体からスカウトが来るほどであった。更に、学力面においても優秀であり国内のみならず海外への進学も不可能ではないと言われるほどであった。
“特別指名推薦”の話が学校に来た時は誰もが相手を間違えているのではないかと疑ったほどであったが、零楼館高校関係者は工藤珠希で間違いないという。
工藤珠希と工藤太郎は血縁関係はなく、複雑な家庭環境であった工藤太郎が幼いころに両親を亡くしたこともあって彼は工藤家の養子として迎えられていた。
兄妹同然に育った二人ではあったが、お互いが相手の事を守ろうとする良き関係であり、恋人ではないがそれ以上に信頼しあっている。二人の関係性は苗字が同じという事もあって夫婦と揶揄されることも多々あったのだ。
工藤太郎は県外にあるスポーツ名門校からの推薦も来ていてほぼ内定していたのだが、工藤珠希が零楼館高校に入学することを決めたことを受けて彼も零楼館高校を受験することとなった。
スポーツ分野でも名をはせている零楼館高校に工藤太郎が入学すること自体は何の違和感もないのだが、本来入学する予定であった高校関係者は落胆の声をあげていたのだ。だが、彼の出自も相まって彼の意志を否定する者は誰もいなかったのである。
二人が入学する零楼館高校には外に出ていない秘密があるのだ。
零楼館高校に通う生徒のみならず、教員職員運営者の多くがサキュバスでありそのサキュバスも一般的に知られているサキュバスと違い女性を対象とした変異種なのである。
かつては“秘密の花園”と呼ばれた零楼館女子高等学校もそういった意味を持っていたのだった。
ちなみに、工藤珠希は工藤太郎の事を好きなのだが、それは誰にも言えない秘密なのである。
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