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第35話 萌夢、先輩のカフェラテ飲みたいんだもん
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部屋に漂うバニラクリームの香り。フェロモンだ。サキュバス・フェロモンだ。
「うふ。先輩ったら……すっごい! なにこれ!?」
圧の上昇によってうなりを上げる俺のマシンに萌夢ちゃんが興奮した声を出した。
「み、見るな!」
「見るなって言われても……わ! なんてかっこいいダブルボイラー! どんどん圧が高まっていますよ? そんなに萌夢に高圧抽出したいんですかあ?」
フェロモンがマシン中枢を刺激、常識を越えた理論により様々な箇所でトランスフォームがスタートしていた。
「わあ、すごーい」
萌夢ちゃんの目が輝く。
「触っちゃお」
「はう!」
「あ、抽出口がピクってなった。もう、先輩ったら……おちゃめさん!」
「ち、違う! 俺じゃない!」
そう、動いたのはマシンです。
「ふふ。そうですね、先輩。でも……えい! つんつん!」
「んぎゃ、はぐ!」
だめだ、このままでは……やがてマシンが制御不能に陥ってしまう。
「そうだ、窓!」
あわてて窓を開ける。初夏の心地よい風が流れ込み、フェロモンを吹き飛ばした。すでにフェロモンを浴びたマシンにはそれほどには意味がないが、これ以上の暴走は阻止することができた。
「ねえ、萌夢にはカフェラテ飲ませてくれないんですか、先輩?」
物欲しそうに萌夢ちゃんが指をくわえた。文字通り、指をくわえて。
「欲しいのになあ」
ちゅぱちゅぱ。ねろねろ。
「萌夢のお口に……カフェラテしたいでしょ? 濃ゆいエスプレッソ、どぴゅって出したいでしょ?」
だめだ。フェロモンを追い払っても、萌夢ちゃんのお口を見ているだけで俺のマシンは抽出したがる。わかるぞ、その気持ち。バリスタである俺はイタリアンなエスプレッソマシンと一心同体である。マシンの気持ちはよくわかる。
出したいよな? 十分な圧で出したクレマたっぷりカフェラテ、淹れたいよな?
「お、落ち着くんだ、萌夢ちゃん。君がサキュバスなのはわかった。そして俺に好意を持っていることもわかった。だが、俺は……」
「え? 好意? 今好意って言いました?」
「……うん」
萌夢ちゃんがふう、とため息をつく。
「なんでそう思うんですか?」
「違うのか?」
「はい」
「じゃあ、なんで俺のをカフェラテ飲みたいって……」
萌夢ちゃんがクスッと笑った。
「あの、萌夢、サキュバスなんです。美味しいカフェラテが好きなんです。先輩じゃないですよ、好きなのは。先輩の出す濃ゆいのが好きなんです」
サキュバス特有の淫靡な表情で萌夢ちゃんが言った。
「だって……フェロモン出してるじゃないか!」
俺はなんとか理性を保ちながら、反論した。
「サ、サキュバス・フェロモンって……その……恋愛感情に比例して出るんだろ?」
「え? なんですか、それ!」
萌夢ちゃんが吹き出した。
「なんで笑うんだ?」
「ふふ。もう、先輩ったら、純情なんですね。まあ、確かに恋愛感情でも出るといえば出ますけど、それだけじゃないんですよ?」
「え? どういうこと?」
萌夢ちゃんが俺の隣に座った。
「ち、近いぞ、近いぞ萌夢ちゃん! フェロモンで、お、俺をどうするつもりだっ!?」
「せんぱーい、そんなに警戒しないでください。もうフェロモン出してませんから」
「え? 出してない? どういうことだ? 出したり止めたりできるの?」
「はい」
「そうなの?」
「はい。今の萌夢がそうです。ほら、もうフェロモン出てないでしょ?」
「……確かに」
もうバニラの香りはしていない。
「先輩の言うとおり、恋愛感情の高まりでもフェロモンは出ます。でも、自分の意思で出したり止めたりもできるんですよ」
「本当に?」
「はい。ほら」
再びバニラの香り。
「わーった、わーった。だから、フェロモン出すのやめてくれ!」
「どうしよっかなー?」
萌夢ちゃんがおどけた調子で言った。そして、さらに俺に近づき、ピタッと俺にもたれかかった。
「だってー、萌夢、先輩のカフェラテ飲みたいんだもん。萌夢、こーみえてもコーヒーにはうるさいんだよ?」
萌夢ちゃんが触ってきた。つんつん。指で弾く。
「良いマシンですね。これ。妹さん専用だなんてもったいないな」
「や、やめろ!」
「え? マシンちゃんはやめて欲しくないみたいですよ?」
くんくん。萌夢ちゃんがまるで松茸の香りを嗅ぐかのように、鼻を動かす。
「んはあ……」
吐息が伝わってくる。
「あーいい匂い……やっぱ新鮮なカフェラテ飲みたいなあ。先輩の淹れたカフェラテ、しずくですらすんごく美味しかったんですよお。飲みたいなあ。ごっくん、したいなあ」
我慢できないといった顔で、萌夢ちゃんが俺のマシン頬ずりしてきた。柔らかい頬の感触がマシンの黒光りする筐体に部分に当たる。
「お願いだ、フェロモンを止めてくれ!」
「もうフェロモン出してませんよ。だって、オーガニックが欲しいんだもん、萌夢」
萌夢ちゃんが抽出口に手をかけた。
「やっぱり、カフェラテはオーガニックに限るわね」
「ちょちょちょ!」
慌てて、萌夢ちゃんの手を払いのける。
「あん、邪魔しないでください、先輩。ちょっと飲むだけですから。いいよね? たかがカフェラテだもんね?」
「ちょっとって……だから、そういう問題では……」
「ちゃーんと妹さんの分、残しますから。ね? かわいい後輩にも飲ませてください、先輩の!」
マシン操作の主導権を巡る、俺と萌夢ちゃんの攻防。そのときだった。部室の扉が開いた。
「こ、こんにちは。えっと、姫島雪といいます……あの、文芸部に興味があって……」
「うふ。先輩ったら……すっごい! なにこれ!?」
圧の上昇によってうなりを上げる俺のマシンに萌夢ちゃんが興奮した声を出した。
「み、見るな!」
「見るなって言われても……わ! なんてかっこいいダブルボイラー! どんどん圧が高まっていますよ? そんなに萌夢に高圧抽出したいんですかあ?」
フェロモンがマシン中枢を刺激、常識を越えた理論により様々な箇所でトランスフォームがスタートしていた。
「わあ、すごーい」
萌夢ちゃんの目が輝く。
「触っちゃお」
「はう!」
「あ、抽出口がピクってなった。もう、先輩ったら……おちゃめさん!」
「ち、違う! 俺じゃない!」
そう、動いたのはマシンです。
「ふふ。そうですね、先輩。でも……えい! つんつん!」
「んぎゃ、はぐ!」
だめだ、このままでは……やがてマシンが制御不能に陥ってしまう。
「そうだ、窓!」
あわてて窓を開ける。初夏の心地よい風が流れ込み、フェロモンを吹き飛ばした。すでにフェロモンを浴びたマシンにはそれほどには意味がないが、これ以上の暴走は阻止することができた。
「ねえ、萌夢にはカフェラテ飲ませてくれないんですか、先輩?」
物欲しそうに萌夢ちゃんが指をくわえた。文字通り、指をくわえて。
「欲しいのになあ」
ちゅぱちゅぱ。ねろねろ。
「萌夢のお口に……カフェラテしたいでしょ? 濃ゆいエスプレッソ、どぴゅって出したいでしょ?」
だめだ。フェロモンを追い払っても、萌夢ちゃんのお口を見ているだけで俺のマシンは抽出したがる。わかるぞ、その気持ち。バリスタである俺はイタリアンなエスプレッソマシンと一心同体である。マシンの気持ちはよくわかる。
出したいよな? 十分な圧で出したクレマたっぷりカフェラテ、淹れたいよな?
「お、落ち着くんだ、萌夢ちゃん。君がサキュバスなのはわかった。そして俺に好意を持っていることもわかった。だが、俺は……」
「え? 好意? 今好意って言いました?」
「……うん」
萌夢ちゃんがふう、とため息をつく。
「なんでそう思うんですか?」
「違うのか?」
「はい」
「じゃあ、なんで俺のをカフェラテ飲みたいって……」
萌夢ちゃんがクスッと笑った。
「あの、萌夢、サキュバスなんです。美味しいカフェラテが好きなんです。先輩じゃないですよ、好きなのは。先輩の出す濃ゆいのが好きなんです」
サキュバス特有の淫靡な表情で萌夢ちゃんが言った。
「だって……フェロモン出してるじゃないか!」
俺はなんとか理性を保ちながら、反論した。
「サ、サキュバス・フェロモンって……その……恋愛感情に比例して出るんだろ?」
「え? なんですか、それ!」
萌夢ちゃんが吹き出した。
「なんで笑うんだ?」
「ふふ。もう、先輩ったら、純情なんですね。まあ、確かに恋愛感情でも出るといえば出ますけど、それだけじゃないんですよ?」
「え? どういうこと?」
萌夢ちゃんが俺の隣に座った。
「ち、近いぞ、近いぞ萌夢ちゃん! フェロモンで、お、俺をどうするつもりだっ!?」
「せんぱーい、そんなに警戒しないでください。もうフェロモン出してませんから」
「え? 出してない? どういうことだ? 出したり止めたりできるの?」
「はい」
「そうなの?」
「はい。今の萌夢がそうです。ほら、もうフェロモン出てないでしょ?」
「……確かに」
もうバニラの香りはしていない。
「先輩の言うとおり、恋愛感情の高まりでもフェロモンは出ます。でも、自分の意思で出したり止めたりもできるんですよ」
「本当に?」
「はい。ほら」
再びバニラの香り。
「わーった、わーった。だから、フェロモン出すのやめてくれ!」
「どうしよっかなー?」
萌夢ちゃんがおどけた調子で言った。そして、さらに俺に近づき、ピタッと俺にもたれかかった。
「だってー、萌夢、先輩のカフェラテ飲みたいんだもん。萌夢、こーみえてもコーヒーにはうるさいんだよ?」
萌夢ちゃんが触ってきた。つんつん。指で弾く。
「良いマシンですね。これ。妹さん専用だなんてもったいないな」
「や、やめろ!」
「え? マシンちゃんはやめて欲しくないみたいですよ?」
くんくん。萌夢ちゃんがまるで松茸の香りを嗅ぐかのように、鼻を動かす。
「んはあ……」
吐息が伝わってくる。
「あーいい匂い……やっぱ新鮮なカフェラテ飲みたいなあ。先輩の淹れたカフェラテ、しずくですらすんごく美味しかったんですよお。飲みたいなあ。ごっくん、したいなあ」
我慢できないといった顔で、萌夢ちゃんが俺のマシン頬ずりしてきた。柔らかい頬の感触がマシンの黒光りする筐体に部分に当たる。
「お願いだ、フェロモンを止めてくれ!」
「もうフェロモン出してませんよ。だって、オーガニックが欲しいんだもん、萌夢」
萌夢ちゃんが抽出口に手をかけた。
「やっぱり、カフェラテはオーガニックに限るわね」
「ちょちょちょ!」
慌てて、萌夢ちゃんの手を払いのける。
「あん、邪魔しないでください、先輩。ちょっと飲むだけですから。いいよね? たかがカフェラテだもんね?」
「ちょっとって……だから、そういう問題では……」
「ちゃーんと妹さんの分、残しますから。ね? かわいい後輩にも飲ませてください、先輩の!」
マシン操作の主導権を巡る、俺と萌夢ちゃんの攻防。そのときだった。部室の扉が開いた。
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