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第26話 未成年に不適切な後輩、梅田萌夢
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紗希が部屋を出て行ったあと、しばらく俺はぼーっと扉を見ていた。
咲江さんは言ってた。紗希は俺のことが好きだと。それは恋愛感情がないとサキュバス・フェロモンが出ないからだと。
ネットの情報によれば、それは違うらしい。サキュバス・フェロモンは自由意志で分泌することが出来るという。
――サキュバス・フェロモンはエスプレッソマシンを、それもダブルボイラーを酷使する。フェロモンに曝露されることでマシンは寿命を縮めてしまう。そのことをサキュバスは隠している。だが、どんなに秘密にしていても、そのうち人間はフェロモンの危険性に気がついてしまう。そしてサキュバスから離れていってしまう。それを防ぐため、サキュバスは「愛があるからフェロモンが出る」と嘘を吐く――
咲江さんなら「そんなの嘘」「ネットの情報を鵜呑みにしないで」と言うだろう。だが、ネットにはそのことについても書いてあった。サキュバスの口癖、それは「ネットのサキュバス情報は嘘だらけ」。自己防衛のためにサキュバスは必ず「ネットの真実」を否定するそうなのだ。
もう、何が本当で嘘なのかわからなくなった。
紗希が俺のことを好きなのか、そうでないのかはわからない。
ただ、俺が紗希を傷つけたことは確かだ。紗希の目には涙が光っていた。紗希は泣いてた。傷ついていた。それが頬へのキスを拒否したからなのか、紗希を欲望のはけ口と言ったからなのか、それとも——その両方なのかは、わからなかった。
なんであんなこと言ったんだろう。紗希が傷つくのわかっていたじゃないか。俺は後悔した。
♡ ♡ ♡
翌朝、朝食の時間に紗希がいなかった。
「あれ? 紗希は?」
「今日日直だからって、早く出かけたわよ」
「30分以上も早くですか?」
「ええ」
日直日誌を取りに行くだけだろ? いつもの電車で間に合うはずなんだが。やはり昨日のことで怒っているのだろう。
電車に乗って学校へ向かう。いつものロングシートに今日はひとりで座る。しばらくしてスマホが振動した。紗希からLINEだ。
『今日カフェラテいらない』
やはり昨日のことで怒っているのだろう。俺は適当なスタンプを選んで送信した。紗希から返事はなかった。
「おや、今日紗希ちゃんは?」
電車から降りて改札を出るなり、青木が言った。
「……おはよう、くらい言えよ、青木」
「わーったわーった。はい、おはよう御影兄さん。で。紗希ちゃんは?」
「だからいない。日直だからって早く行った」
「何しにそんなに早く?」
「さあ。一年生の担任はなんかやらせてんだろ」
「なるほどな」
あっさり納得する青木だった。
「ところで御影よ、やっとテスト最終日だな」
「ああ。青木は今日から部活あるのか?」
「もちろん。地区大会近いからな。御影はどうよ? 文芸部あんのか?」
言い忘れたが俺は文芸部員だ。
「ある」
「大会近いのか?」
「文芸部に大会はねーよ。単に通常活動だ」
青木がニヤニヤ笑いながら俺を見た。
「なんだよ」
「目当てはあの巨乳ちゃんだろ?」
巨乳ちゃん。文芸部1年、梅田萌夢のことだ。高校1年生にしては巨乳の持ち主かつ美人。青木のような女好きには有名人だ。
「萌夢ちゃんのこと、そんな風に言うなよ」
「おいおい、下の名前で呼んでんの?」
「……なんか問題あるか? 後輩を下の名前で呼ぶの」
「巨乳ちゃんはお前のことなんて呼ぶの? まさか『貴樹さん』?」
「……先輩、だ」
「意外に普通だな。……でさ、部室で二人っきりなんだろ!?」
「ああ。部員は俺と萌夢ちゃんの二人しかいないからな」
「もうヤった?」
「……殴るぞ」
「つーかさ、どっちかというと俺が御影殴りたいよ。妹はプリケツ清楚美少女、部活に行けば巨乳ちゃんと密室で二人きり。お前、めっちゃ女運いいよなあ」
などと話しているうちに学校に着いた。
「じゃ、またな。青木」
「おう」
♡ ♡ ♡
テスト終了後水曜日の放課後。俺はテクテク文芸部部室に向かった。
「あ、先輩、こんにちわー」
「ちーす、萌夢ちゃん」
部室には既に後輩の1年生女子、萌夢ちゃんこと梅田萌夢がいた。朝、青木が言っていた「巨乳ちゃん」だ。確かに巨乳である。なのにスレンダー。ちょっと垂れ目の大きな瞳。軽く茶色に染めたセミロングの髪の毛。幼い感じの顔つきだが、口元だけはとってもセクシーで、その表情を俺は「とろけ顔」と呼んでいる。
そんな萌夢ちゃんと俺だけの文芸部。いろんなロマンスがあっても良さそうなものだが、廃部の危機にある文芸部の貴重な部員である。気まずくなって退部でもされたら大変、というわけで俺は部内恋愛禁止(ただし萌夢ちゃんから告白されたらその限りではない)というルールを勝手に決めている。
「せんぱーい、テストどうでしたぁ? 萌夢は全然駄目でした!」
「……俺も似たような感じかな」
「えー、先輩もですかー?」
とろけ顔で萌夢ちゃんが微笑む。
文芸部室は旧校舎の一般教室を改造してある。古い机と椅子のセット、それと長机が適当に配置されている。真ん中にロッカーで壁があって、その後ろに隠れるように革張りのソファが置いてある。
昔の先輩は授業をサボってここで寝ていたらしい。今は無理だ。授業をサボろうものなら教師が血眼になって探しまわるからな。
そんな部室で俺は本を読んでいる。創作活動には興味がない。逆に萌夢ちゃんは創作活動、それもイラストやマンガがメインだ。iPadを持ち込み、アップルペンシルとアプリで描いている。すでに萌夢ちゃんはiPadで作業を始めていた。
俺は本棚から読みかけの本を取り出した。数年前にヒューゴー賞を取った海外SFの話題作だ。全3巻、合計5400円(税別)。これが部費で購入できるのだから、文芸部は最高だ。
「先輩、ずーっとその本読んでますよね? まだ1巻じゃないですか?」
「話が複雑でさ、どうしても読むのに時間がかかるんだ」
「へー。面白いんですか、先輩?」
iPadにペンを走らせながら萌夢ちゃんが聞いてきた。
「ああ、面白いよ」
「どんなふうに?」
「始めの方はラノベに良くあるようなVRデスゲームものなんだけど、それが後で地球外生命体とのファーストコンタクトだったとわかるいうハードSFなんだ」
「へえ……SF」
「そう。主人公は自由香港臨時政府のサイバー諜報員で……あ、このSFでは香港が中国から独立していてね、で、主人公がその独立運動で重要な役割を果たしたんだけど、ともかく彼はスーパーハッカーでさ。ある日NASAのコンピュータをうっかりクラックしてVRゲームに仕組まれた異星人からの……」
「すごーい。また教えてくださーい」
萌夢ちゃんはSFには興味ないようだ。
「えーと、今度は先輩が萌夢の話聞いてくれます?」
「ああ」
「先輩って、もしかして、ゲイですか?」
「……はい?」
「つまり、先輩って、同性愛者ですか?」
「……いきなり何を聞くんだ?」
「えー、だってー、先輩って、萌夢と部室で二人っきりなのに、全然なにもしてこないじゃないですか? 女の子に興味ないのかなって思ったんです」
iPadから顔を上げ、萌夢ちゃんが俺をじーっと見つめる。
「当たり前だろ? 俺は部長なんだ。神聖な部室で破廉恥なことなどするわけない。だいたい、女子と二人きりだからといって欲情するようじゃ、性犯罪者予備軍だよ」
「そっかあ」
再び萌夢ちゃんはiPadでマンガを描き出した。
なんだ今の質問? 遠回しに俺を誘っているのか? 何かして欲しいのか? 何って何だ? ナニのことか?
「先輩は紳士なんですねー」
「うん、まあ、そうだね。俺は紳士だね」
「そんな先輩にお願いがあるんです」
「な、なんだ?」
「ベタとトーンはまだなんですけど、だいたいマンガ描き上げたんで、読んで欲しいんです」
萌夢ちゃんがiPadを俺に手渡した。タイトルは「俺の兵長は床上手でお掃除上手」。どこかで見たような軍服姿の男性キャラが2名バストショットで描かれている。
「これ……何?」
「BLです。兵長受けです」
「ビーエル? 兵長受け?」
「はい」
……全く意味がわからない。とりあえず表紙をめくる。
「え……ええ!?」
ちょっと目つきの悪い男が兵長らしい。この兵長が若い兵士と……乳繰り合っているんだが……!?
「あ、あの……萌夢ちゃん、これ……なに?」
「だからー、BLです。ボーイズラブですよ? 知りません?」
「うん……知らない」
「男の子同士のえっちな恋愛のことです。先輩にはリアリティのチェックお願いしたいんです」
「リアリティ?」
「はい。萌夢、女の子じゃないですか? 生殖器の細かい構造とか感覚とか、わかんないんですよね。だから、先輩にチェックして欲しいんです」
ちょ、女子が口にしていい言葉かよ、それ!
「チェックって……どうやって?」
「先輩にも生殖器あるでしょ? 自分のと比べてみてください」
「はあああ!?」
かわいい顔して何言ってんだよ、萌夢ちゃん。
……ま、いいか。とりあえず読んでみよう。
俺はiPadの画面をフリック、続きを読んだ。が、いきなりレーザー光線に眼を焼かれたかの如き衝撃を受けた。
眼に飛びこんで来たのは、若い兵士が兵長のお口に……なんつーか……その……。
局部の具体的描写、または性行為、または性風俗などの表現が直接的、あるいは過剰に描写されており、未成年に不適切すぎるわ!
ネット小説なら運営から警告、削除されるくらいだ! 知らんけど!
「……こ、これ……エロ本?」
「ちがいますぅ! BLです!」
いや、エロ本だろ。だめだ。これ以上は読めない。
「これ……本当に萌夢ちゃんが描いたの?」
「はい、そうですよ」
「そうなんだ……」
「はい。どっか変ですか?」
描かれているアレはどれも立派でたくましい。思った以上に正確だ。男性が快感を感じるプロセスも共感できる。変ではない。だが、くどいようだが、局部の具体的描写、または性行為、または性風俗などの表現が直接的、あるいは過剰に描写されており、未成年に不適切なんだよ!
「いや、変というか……その……正確だと思うよ。うん、正確だ」
弱気な俺。とても局部の具体的描写、または性行為、または性風俗などの表現が直接的、あるいは過剰に描写されており、未成年に不適切、と宣告することはできなかった。
「そうですかー。よかったー。もっと読んでください!」
「ごめん、萌夢ちゃん。無理」
俺は萌夢ちゃんにiPadを返した。
「えー読んでくださいよー」
「ごめんな」
リアルだった。実際にそういうこと場面を見たことがあるんじゃないかってくらい、迫真に迫っていた。BLといったって、ヤっている内容は男女と大差ない。もしかして……男性経験あるんだろうか。「なかなかリアルだね、経験あるの?」そんな風に聞いたらセクハラか。
待てよ。この変態マンガを俺に無理矢理読ませたことが既に俺に対するセクハラだろ? なら、俺も多少セクハラ返しをしても許されるはずだ。
よし、聞いてみよう。
「ところで萌夢ちゃん、どうやったらこんなにリアルに描けるの?」
「えーと、ネットで動画と画像検索ですね。あと、弟いるんで弟に見せて貰いました」
「そっか……って、え、えっ! 今なんて言った?」
「ネットで動画と画像検索、ですけど?」
「その次だよ、その次!」
「弟に見せて貰った、ですよ?」
は? どーゆーことだよっ!?
咲江さんは言ってた。紗希は俺のことが好きだと。それは恋愛感情がないとサキュバス・フェロモンが出ないからだと。
ネットの情報によれば、それは違うらしい。サキュバス・フェロモンは自由意志で分泌することが出来るという。
――サキュバス・フェロモンはエスプレッソマシンを、それもダブルボイラーを酷使する。フェロモンに曝露されることでマシンは寿命を縮めてしまう。そのことをサキュバスは隠している。だが、どんなに秘密にしていても、そのうち人間はフェロモンの危険性に気がついてしまう。そしてサキュバスから離れていってしまう。それを防ぐため、サキュバスは「愛があるからフェロモンが出る」と嘘を吐く――
咲江さんなら「そんなの嘘」「ネットの情報を鵜呑みにしないで」と言うだろう。だが、ネットにはそのことについても書いてあった。サキュバスの口癖、それは「ネットのサキュバス情報は嘘だらけ」。自己防衛のためにサキュバスは必ず「ネットの真実」を否定するそうなのだ。
もう、何が本当で嘘なのかわからなくなった。
紗希が俺のことを好きなのか、そうでないのかはわからない。
ただ、俺が紗希を傷つけたことは確かだ。紗希の目には涙が光っていた。紗希は泣いてた。傷ついていた。それが頬へのキスを拒否したからなのか、紗希を欲望のはけ口と言ったからなのか、それとも——その両方なのかは、わからなかった。
なんであんなこと言ったんだろう。紗希が傷つくのわかっていたじゃないか。俺は後悔した。
♡ ♡ ♡
翌朝、朝食の時間に紗希がいなかった。
「あれ? 紗希は?」
「今日日直だからって、早く出かけたわよ」
「30分以上も早くですか?」
「ええ」
日直日誌を取りに行くだけだろ? いつもの電車で間に合うはずなんだが。やはり昨日のことで怒っているのだろう。
電車に乗って学校へ向かう。いつものロングシートに今日はひとりで座る。しばらくしてスマホが振動した。紗希からLINEだ。
『今日カフェラテいらない』
やはり昨日のことで怒っているのだろう。俺は適当なスタンプを選んで送信した。紗希から返事はなかった。
「おや、今日紗希ちゃんは?」
電車から降りて改札を出るなり、青木が言った。
「……おはよう、くらい言えよ、青木」
「わーったわーった。はい、おはよう御影兄さん。で。紗希ちゃんは?」
「だからいない。日直だからって早く行った」
「何しにそんなに早く?」
「さあ。一年生の担任はなんかやらせてんだろ」
「なるほどな」
あっさり納得する青木だった。
「ところで御影よ、やっとテスト最終日だな」
「ああ。青木は今日から部活あるのか?」
「もちろん。地区大会近いからな。御影はどうよ? 文芸部あんのか?」
言い忘れたが俺は文芸部員だ。
「ある」
「大会近いのか?」
「文芸部に大会はねーよ。単に通常活動だ」
青木がニヤニヤ笑いながら俺を見た。
「なんだよ」
「目当てはあの巨乳ちゃんだろ?」
巨乳ちゃん。文芸部1年、梅田萌夢のことだ。高校1年生にしては巨乳の持ち主かつ美人。青木のような女好きには有名人だ。
「萌夢ちゃんのこと、そんな風に言うなよ」
「おいおい、下の名前で呼んでんの?」
「……なんか問題あるか? 後輩を下の名前で呼ぶの」
「巨乳ちゃんはお前のことなんて呼ぶの? まさか『貴樹さん』?」
「……先輩、だ」
「意外に普通だな。……でさ、部室で二人っきりなんだろ!?」
「ああ。部員は俺と萌夢ちゃんの二人しかいないからな」
「もうヤった?」
「……殴るぞ」
「つーかさ、どっちかというと俺が御影殴りたいよ。妹はプリケツ清楚美少女、部活に行けば巨乳ちゃんと密室で二人きり。お前、めっちゃ女運いいよなあ」
などと話しているうちに学校に着いた。
「じゃ、またな。青木」
「おう」
♡ ♡ ♡
テスト終了後水曜日の放課後。俺はテクテク文芸部部室に向かった。
「あ、先輩、こんにちわー」
「ちーす、萌夢ちゃん」
部室には既に後輩の1年生女子、萌夢ちゃんこと梅田萌夢がいた。朝、青木が言っていた「巨乳ちゃん」だ。確かに巨乳である。なのにスレンダー。ちょっと垂れ目の大きな瞳。軽く茶色に染めたセミロングの髪の毛。幼い感じの顔つきだが、口元だけはとってもセクシーで、その表情を俺は「とろけ顔」と呼んでいる。
そんな萌夢ちゃんと俺だけの文芸部。いろんなロマンスがあっても良さそうなものだが、廃部の危機にある文芸部の貴重な部員である。気まずくなって退部でもされたら大変、というわけで俺は部内恋愛禁止(ただし萌夢ちゃんから告白されたらその限りではない)というルールを勝手に決めている。
「せんぱーい、テストどうでしたぁ? 萌夢は全然駄目でした!」
「……俺も似たような感じかな」
「えー、先輩もですかー?」
とろけ顔で萌夢ちゃんが微笑む。
文芸部室は旧校舎の一般教室を改造してある。古い机と椅子のセット、それと長机が適当に配置されている。真ん中にロッカーで壁があって、その後ろに隠れるように革張りのソファが置いてある。
昔の先輩は授業をサボってここで寝ていたらしい。今は無理だ。授業をサボろうものなら教師が血眼になって探しまわるからな。
そんな部室で俺は本を読んでいる。創作活動には興味がない。逆に萌夢ちゃんは創作活動、それもイラストやマンガがメインだ。iPadを持ち込み、アップルペンシルとアプリで描いている。すでに萌夢ちゃんはiPadで作業を始めていた。
俺は本棚から読みかけの本を取り出した。数年前にヒューゴー賞を取った海外SFの話題作だ。全3巻、合計5400円(税別)。これが部費で購入できるのだから、文芸部は最高だ。
「先輩、ずーっとその本読んでますよね? まだ1巻じゃないですか?」
「話が複雑でさ、どうしても読むのに時間がかかるんだ」
「へー。面白いんですか、先輩?」
iPadにペンを走らせながら萌夢ちゃんが聞いてきた。
「ああ、面白いよ」
「どんなふうに?」
「始めの方はラノベに良くあるようなVRデスゲームものなんだけど、それが後で地球外生命体とのファーストコンタクトだったとわかるいうハードSFなんだ」
「へえ……SF」
「そう。主人公は自由香港臨時政府のサイバー諜報員で……あ、このSFでは香港が中国から独立していてね、で、主人公がその独立運動で重要な役割を果たしたんだけど、ともかく彼はスーパーハッカーでさ。ある日NASAのコンピュータをうっかりクラックしてVRゲームに仕組まれた異星人からの……」
「すごーい。また教えてくださーい」
萌夢ちゃんはSFには興味ないようだ。
「えーと、今度は先輩が萌夢の話聞いてくれます?」
「ああ」
「先輩って、もしかして、ゲイですか?」
「……はい?」
「つまり、先輩って、同性愛者ですか?」
「……いきなり何を聞くんだ?」
「えー、だってー、先輩って、萌夢と部室で二人っきりなのに、全然なにもしてこないじゃないですか? 女の子に興味ないのかなって思ったんです」
iPadから顔を上げ、萌夢ちゃんが俺をじーっと見つめる。
「当たり前だろ? 俺は部長なんだ。神聖な部室で破廉恥なことなどするわけない。だいたい、女子と二人きりだからといって欲情するようじゃ、性犯罪者予備軍だよ」
「そっかあ」
再び萌夢ちゃんはiPadでマンガを描き出した。
なんだ今の質問? 遠回しに俺を誘っているのか? 何かして欲しいのか? 何って何だ? ナニのことか?
「先輩は紳士なんですねー」
「うん、まあ、そうだね。俺は紳士だね」
「そんな先輩にお願いがあるんです」
「な、なんだ?」
「ベタとトーンはまだなんですけど、だいたいマンガ描き上げたんで、読んで欲しいんです」
萌夢ちゃんがiPadを俺に手渡した。タイトルは「俺の兵長は床上手でお掃除上手」。どこかで見たような軍服姿の男性キャラが2名バストショットで描かれている。
「これ……何?」
「BLです。兵長受けです」
「ビーエル? 兵長受け?」
「はい」
……全く意味がわからない。とりあえず表紙をめくる。
「え……ええ!?」
ちょっと目つきの悪い男が兵長らしい。この兵長が若い兵士と……乳繰り合っているんだが……!?
「あ、あの……萌夢ちゃん、これ……なに?」
「だからー、BLです。ボーイズラブですよ? 知りません?」
「うん……知らない」
「男の子同士のえっちな恋愛のことです。先輩にはリアリティのチェックお願いしたいんです」
「リアリティ?」
「はい。萌夢、女の子じゃないですか? 生殖器の細かい構造とか感覚とか、わかんないんですよね。だから、先輩にチェックして欲しいんです」
ちょ、女子が口にしていい言葉かよ、それ!
「チェックって……どうやって?」
「先輩にも生殖器あるでしょ? 自分のと比べてみてください」
「はあああ!?」
かわいい顔して何言ってんだよ、萌夢ちゃん。
……ま、いいか。とりあえず読んでみよう。
俺はiPadの画面をフリック、続きを読んだ。が、いきなりレーザー光線に眼を焼かれたかの如き衝撃を受けた。
眼に飛びこんで来たのは、若い兵士が兵長のお口に……なんつーか……その……。
局部の具体的描写、または性行為、または性風俗などの表現が直接的、あるいは過剰に描写されており、未成年に不適切すぎるわ!
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「……こ、これ……エロ本?」
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いや、エロ本だろ。だめだ。これ以上は読めない。
「これ……本当に萌夢ちゃんが描いたの?」
「はい、そうですよ」
「そうなんだ……」
「はい。どっか変ですか?」
描かれているアレはどれも立派でたくましい。思った以上に正確だ。男性が快感を感じるプロセスも共感できる。変ではない。だが、くどいようだが、局部の具体的描写、または性行為、または性風俗などの表現が直接的、あるいは過剰に描写されており、未成年に不適切なんだよ!
「いや、変というか……その……正確だと思うよ。うん、正確だ」
弱気な俺。とても局部の具体的描写、または性行為、または性風俗などの表現が直接的、あるいは過剰に描写されており、未成年に不適切、と宣告することはできなかった。
「そうですかー。よかったー。もっと読んでください!」
「ごめん、萌夢ちゃん。無理」
俺は萌夢ちゃんにiPadを返した。
「えー読んでくださいよー」
「ごめんな」
リアルだった。実際にそういうこと場面を見たことがあるんじゃないかってくらい、迫真に迫っていた。BLといったって、ヤっている内容は男女と大差ない。もしかして……男性経験あるんだろうか。「なかなかリアルだね、経験あるの?」そんな風に聞いたらセクハラか。
待てよ。この変態マンガを俺に無理矢理読ませたことが既に俺に対するセクハラだろ? なら、俺も多少セクハラ返しをしても許されるはずだ。
よし、聞いてみよう。
「ところで萌夢ちゃん、どうやったらこんなにリアルに描けるの?」
「えーと、ネットで動画と画像検索ですね。あと、弟いるんで弟に見せて貰いました」
「そっか……って、え、えっ! 今なんて言った?」
「ネットで動画と画像検索、ですけど?」
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