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メーカーのOLが転生したら、ギルドのイケメン職員に騙された

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 ふえーっくしょんっ!

 冒頭から盛大なくしゃみですみません。私、ユエって言います。変な名前でしょ? 実はこれ、前世と同じ名前なんです。ってことに、つい今しがた気がついたのでした。

 まさか、くしゃみがトリガーで転生していたことを思い知るなんて……! ちょっとカッコ悪すぎて、惨めになっちゃいます。普通、高熱を出すとか、大きな事故に遭って頭を強く打つとかだよね? というのは、前世、中途半端なラノベ好きだった私の偏見でしょうか。

 私は、冒険者御用達の安宿の二階、一番端にある部屋にある質素なベッドから体を起こします。まだ春になったばかりで、薄手の寝間着だけでは少し肌寒いこの季節。ブルブル。私は今日もチョコレート色のコートを纏うと、一階の食堂で朝ご飯を食べて、冒険者ギルドへと向かうのでした。

 ギルドは朝から賑わっています。この街に来たばかりの時は視線が合うだけで喧嘩を売られていた私ですが、今ではすっかり住民の皆さんと馴染んじゃって、そんなトラブルも起こりません。いつも通りに掲示板にあったスライム討伐の依頼書を引きちぎり、それを受付カウンターへ持っていきました。

「おはよう、ユエ」
「おはようございます」

 出迎えてくれるのは、朝から眩しい笑顔をふりまくイケメン。実はこのギルド、受付に美人なおねーさんはいません。代わりに、腕っぷしが強い(という噂の)おにーさん方がたくさんいらっしゃいます。

 今日の担当はアニエスさん。今朝もさらさらの黒髪と、マッチョすぎない筋肉質なお身体が美しすぎて、目が潰れそう。未だEランクの私を見下げることもなく、特別美人でもない私をちゃんと女の子として扱ってくれる貴重なお方です。あぁ、後光がさして見えるわ。ついつい静かに手を合わせてしまう私です。

「今日もスライムか。そろそろゴブリン狩りもやってみれば? ユエの実力なら大丈夫だと思うんだけどな」

 アニエスさんが勧めるのも無理はありません。討伐することで得られるスライムの魔石は安価でしか買い取られませんので、本当に儲からないのです。ゴブリンを狩れば、たまに夕飯を豪華にしたり、新しい服が買えるかもしれませんね。うー、とっても魅力的。

 だけど、これだけは言わせてください。
 魔物狩るのって、怖いんですよ!!

「魅力的なご提案なのですが、やっぱりまだ自信がなくて……私、パーティーも組んでいないので、もしもの時に頼れる人もいませんし……」

 あはは。実は前世と同じく現世でもボッチなんだぜ! こんな共通点いらねーよ。アニエスさんが残念そうに眉を下げます。このおにーさん、ワンコ系としても愛でられるような気がしてきました。でも、みんなの人気者を私が……なんて未来はありえませんけどね! あ、言ってて悲しくなってきた。どーせ私は二十歳になっても喪女ですよーだ。

 今、私が生きている世界は、前世のラノベでよくある中世ヨーロッパ風の文化で、所謂剣と魔法のファンタジーな場所。そして、大抵の男女は十五歳を過ぎれば様々なご縁を掴んで結婚し、二十歳ともなれば子持ちなんてザラ。

 そして私は、言うまでもないが未婚であり、なかなか嫁の貰い手も無いので一人で生きていくと腹を括り、冒険者ギルドの門を叩いたのが今から二年前。ギルドまで行けば、多少の荒くれ者でも私を見初めてくれる人が現れるかもしれない! という淡い期待はすぐに崩れ去り、現在もお一人様まっしぐらなのです。

 改めて自分の身の上を振り返ると、泣けてくるわ。ううう。

「ユエ、泣かないで? そこまで追い詰めるつもりはなかったんだ」

 いつの間にかリアルに涙を浮かべていた私は、アニエスさんを気遣わせてしまっていたようです。

「ごめんなさい! 違うんてす。アニエスさんのせいじゃありません。ちょっと自分が情けなくなってきて……」
「そんなことないよ。とにかく、落ち込むユエに朗報だよ!」
「何ですか?」

 アニエスさんが、こちらを見つめている。なんとなく、弓をつがえて構えた猟師みたいな目。

「僕と一緒に森へ入ろうか?」

 私は顔が沸騰するのを感じました。

 この世界において、『森へ入ろう』という言葉は口説き文句の一つです。意中の人と二人きりになりたいという意味ですね。さらに、『森へ入っても君のことは守ってあげる』ということでもあります。森って、基本的に魔物がいますからね。

 さらに驚きなのは、この国の人々は森の奥へわざわざ出かけて、野外にも関わらずアレを致す習慣があるのです。初めてうっかり現場に遭遇してしまった時は、あまりの刺激にお宿へすっ飛んで帰りました。しばらくは「リア充は爆発しろ!」などといった定型文を叫んで、悶々として過ごしたのは言うまでもありません。

 閑話休題。

 さて、アニエスさんはどういう意味でこんなことを言ったのでしょうか? いや、分かってますよ。私、一応冒険者なんです。アニエスさんも冒険者資格はお持ちだと思います。となれば、森へ行くイコール魔物狩りの血みどろデートですよ!

 ひゃっはー! 嬉しいけど嬉しくなーい! せっかくアニエスさんと森へ行くならば、やっぱりもっと色っぽい事情でありたいものです。このままでは、いたずらに他の女冒険者を刺激するだけで、後々痛い目に遭うのは私なんですからね。そんなわけで。

「いえ、結構です。間に合ってますので」

 お金とか、彼氏とか、いろいろ間に合ってませんけど、本当のことなんて言えるわけもなく。

 アニエスさんはあからさまに残念そうにしていました。この人やっぱり優しいんだわ。そしてその優しさで、きっとたくさんの乙女を泣かしているのね。

「それではこれで」

 討伐依頼の手続きが終われば私もさっさと一人で森に入らねばなりません。働かざる者生きてはいけぬ。私がアニエスさんの視線を無視してカウンターを離れようとすると……今度は腕を掴まれてしまいました。

「遠慮はいけないよ?」

 アニエスさん、キャラ変わってなくない? 何この、無駄に怖い威圧的な笑顔は。







 というわけで、やってきました森の入口。ここは、私がFランク時代から通い続けている場所で、ソマラナンダの森と言います。薬草もたくさん生えていて、初心者向けですね。

 私は、静かに後ろを振り返りました。

「ほら、早く入らなきゃ夕方までに依頼数がこなせないよ!」

 やっぱりいました、アニエスさん。もしかして気配を消して、私の後をつけてきたのでしょうか。それにしてもこの人、ギルド職員の制服のままなんですけど、舐めてるんですか? 前世で言うところの軍服的な仕様の服なのですが、色が白なんですよね。スライムばかりか、ゴブリンまで倒すとなると、絶対に緑の返り血で汚れてしまいます。

 対する私は、黒のチュニックに黒のスボン、灰色の編み上げブーツにチョコレート色のコート。はい、女を捨てています。

「はい、分かってます」

 何が悲しくて、こんなイケメンと森に入らねばならないのか。どう見ても釣り合っていません。もう、通りすがりの他の冒険者の視線が痛いのなんのって!

 私は、少し早歩きで森に入っていきました。

「それにしても、ユエはどんな武器を使ってるの?」

 こちらは早くも息が上がっているというのに、アニエスさんは汗一粒かかずに隣を闊歩しています。やっぱり脚の長さが違うのかしら?

「普通のナイフです。ギルドの売店でも売ってる奴ですよ」

 ギルドの売店では、初心者冒険者のためのグッズが一通り揃えられていて、私はそこの品を愛用しています。決して他の店に行くのが面倒だからというわけではなく、安くて丈夫だからですよ。

「あぁ、なるほど。つまり接近戦しかできないってことだね」
「はい」
「だから、ゴブリンが嫌なのかな?」
「はい。あんな醜悪な顔を間近に拝むのはちょっと……」
「そっか、怖いんだね」

 私は、黙って頷きました。
 腐っても冒険者の端くれなのに、小型の魔物すら怖いなんて、ほんとすみません。普通は恥ずかしくて言えないことでも、アニエスさん相手だとついつい本音がポロリです。

「でも、これからも冒険者は続けていきたいんだよね?」

 そりゃぁもう、お一人様ですから? 養ってくださる方もいなけりゃ、商売事も一人ではできそうにないし、体を売るのも性に合わないんですもの。
 私はコクコクと首を縦に振ります。

「そうですね。結婚でもできれば、家庭に入るかもしれませんけど……そんな夢みたいなことを考えられなくなる歳になっちゃいまして」

 あはは。私、前世でもそれなりに寿命を全うしたような記憶が薄っすらとあるから、たぶん精神年齢はものすごく高齢なんだよね。アニエスさん、こんなおばあちゃんを相手させてしまってごめんなさい。
 その時です。

「結婚……」

 アニエスさんがこう呟くと、急に静かになってしまいました。彼の歩調が緩やかになった今ならば、撒くことができるかもしれません。脱、ゴブリン狩り! でも、こんな意味深ワードで声を詰まらせてるの、ほっとけないじゃないですか?

「結婚する意志はある?」
「あります」
「言質はとったよ」

 ふと見ると、アニエスさんの手には何やら高そうな魔道具が。これ、もしかして録音てきるやつ? 確かこの手の物は、貴族様でも領主級の人じゃないと持っていないレベルなんじゃなかったっけ。何だか意識が遠のいていきそうだわ。

「ユエ、どうしたの? 早く現実に戻ってきて?」

 誰が現実逃避させたんだ? てか、おにーさん本当にしがないギルド職員ですか?! 絶対に何か隠してますよね? ユエさんの目は誤魔化せませんよ!

 そうこうしている間に、転生発覚初日、一匹目の獲物が私達に忍び寄っていたのでした。

「ユエ、一時の方向、大岩の影からゴブリンが三体!」

 アニエスさんは、軍隊の指揮官のようにビシッと獲物の方を指差します。なぜかすごく様になってるんですけど、もしかしてこういうの慣れてます?

「あ、教えてくださってありがとうございます。では、ごきげんよう!」

 自分が敵わないと思う敵が来たら迷わず逃げる。これは生命を守る鉄則ですよね! 私はすぐに踵を返して元来た道を走って戻ろうとしました。が、なぜ? いくら足を動かしても前には進めません。

「……アニエスさん? マントの首根っこ掴むのやめてくれません?」
「そんなに睨まないでよ。怖いなぁ」

 アニエスさんの笑顔の方が百倍怖いと思います、はい。

「ユエ、逃げちゃだめだよ」
「私にはまだ早いです。スライムみたいなトロさならば大丈夫ですけど、ゴブリンって案外すばしっこいし、ナイフ一突きじゃ死なないじゃないですか」

 私はいつも気配を消して草むらの影に隠れ、たまたま近づいてきたスライムを一突きで倒すというパターンしかやったことがないのだ。これだと体はほとんど動かさないので、貧弱な私でも大丈夫なのさ。ただし、スライムがなかなか近寄ってこなかったら、その日の夕飯は硬いパンだけになるけどね。

「それなら、遠距離から狙おうよ。弓とか覚えてさ」
「提案するなら、今から一分以内にできることにしてください!」
「じゃ、ナイフでいってみよう!」
「じゃ、の意味が分かりません!」

 私が噛み付くように抵抗したのも束の間。次の瞬間、私の体は宙に浮いていたのです。

「はい、いってらっしゃい! 冒険と恋とは度胸が肝心!」

 もしかしてアニエスさん、私をゴブリンに向けて投げました? 迫りくる醜悪な魔物。このまま肉爆弾となって人生散らすのは真っ平ごめんです。

 さて、どうしましょう。私、転生しているものの、ギリシャ神話の神様みたいな人と白い空間でお話したりもしていないし、何のチートもチュートリアルもなかったのです。

 その時、ふと走馬灯のように頭の中をよぎる景色がありました。あ、これは前世の職場。私、裁断機メーカーに勤めていたのでした。裁断機は、名前の通り物を裁断するための機械で、ナイフなどの刃物が取り付けられています。

 うちの会社の裁断機についていた刃は大きく三種類。

 一つは直刃と呼ばれるカッター。確か、うちの機械はあまり厚手のものは切れませんでした。厚手のものは、レシプロ式ナイフでスパーンっと切っていたはすです。

 そして最後は超音波振動機構のカッター。これは変わった素材、例えば炭素繊維強化プラスチックなどといった硬いものも切れます。

「あ、そうだわ!」

 私、起死回生の秘策を思いついちゃいました!
 でも、いろいろと思いついた策を試している時間はないのです。

 頼みの綱だったはずのアニエスさんは、既に遠く、豆粒にしか見えません。こうなったら私、やるしかない。殺らなきゃ殺られる!

 私は、さっと受け身をとって地面に降り立つと、愛用のナイフに魔力を流し始めました。咄嗟に思いついた転生者的な発想をぶっつけ本番でやってみます。うっかり失敗しちゃったらごめんね。あれ、私誰に謝ってるんだろ。なんてね。

 ゴブリンは真っ直ぐにこちらへ向かってきます。でも、あれ? ゴブリンはゴブリンなのですが、異様に大きいのが一匹います。まさかのキングゴブリン?!

 と、気を取られている間に、三匹のうち私の右側にいたのが早速襲いかかってきました。棍棒のようなものをふりかざしています。あれに当たってしまうと、私は一瞬でミンチになってしまうことでしょう。

 私はなけなしの勇気を振り絞って、ゴブリンの頭へナイフの切っ先を向けました。

「ソニックスピアー!」

 今、この世に生まれたばかりの技。
 私が手に握るナイフは、超音波の如く目には見えないぐらいの高速で細かに振動し続け、私に覆いかぶさってきたゴブリンのお腹から頭にかけて、深く長い傷を作ります。私はほぼ動かなくても、相手の勢いがそのまま致命傷を作るのに手を貸してくれた形。やったぜ! 楽勝と思ったのも束の間。ゴブリンから緑の血が吹き出して、私は頭からシャワーのように浴びてしまいます。

「くさーい!」

 けれど、鼻をつまむ暇はありません。次のゴブリンも同じように襲いかかってきたので、私はナイフを奴の腹に突き立てました。すぐに倒れたゴブリンからは、緑の血の噴水がぴゅっと上がりましたが、それでもなお起き上がろうとするなんて、さすが知能の低い魔物です。私は、ゴブリンがほとんど動けないのをいいことに、脳天にナイフを差し入れてトドメを指しました。早く楽にしてあげようという優しさなのですよ。あれ、今の私、ちょっとカッコよかった?!

 すると、背後にとてつもない気配が近づいて、私の全身の毛が逆立ちそうになります。私は、ナイフを構えながらすぐに振り向きました。

「えー?!」

 悲しいかな、乙女なのに、乙女らしい声が出せません。
 なんとキングゴブリンは私の真後ろにまで迫っていたのです。私のナイフを受けたゴブリンは、パタリと倒れて緑の泡を吹いていました。これはもしや、間一髪というやつだったのでは……。

 私は冷や汗をかきながらもキングゴブリンに近づきます。さすがキングだけあって、体が丈夫だったらしく、出血量は少ない様子。でも、気も動転しているのか、地面に這いつくばって苦しそうに藻掻いています。となると、今がチャーンス!

「魔物よ、天誅だ!!」

 私はちょっとジャンプして勢いをつけると、まっすぐに魔物の頭へナイフを突き刺しました。またたく間に魔物の身体は消滅し、そこには緑の拳大の魔石が残ります。

 やった。私、ついにゴブリンを狩れたんだわ。すっごく怖かったけど、とってもがんばったよ!
 それに見てよ、この魔石。こんな大きなの、ギルドでもなかなか見ないわよ?!

 と興奮していたら、のんびりした調子の声が聞こえてきます。

「ご苦労様」
「ちょっと、アニエスさん! か弱い女の子を魔物に向かって投げるなんて酷いです! 危うく死ぬところでしたよ」
「またまたそんなに謙遜しちゃって。ちゃーんと一人前に戦って討伐できてたよ」
「あれは、たまたまです。明日からはスライム狩りに戻りますからね」
「冗談でしょ? 新技を開発してたの、ちゃんと見てたよ」

 そこまで見てたのなら、なぜ助けてくれなかったんですか? と聞いても、きっとこれも冒険者育成のためとか言ってはぐらかされてしまうんでしょうね。

「でもあれは、ぶっつけ本番だったんです。もうできないと思っといてください」
「それは困るな」

 と、急にアニエスさんの雰囲気が怖くなります。私、何か地雷になるようなこと言いましたっけ?

「ユエのことは、Fランク時代からずっと目をつけてたんだ。この子は、ちょっと他の子と違う。きっと宝石の原石なんだって思ってた」

 アニエスさんは、少しずつ私の方へにじり寄ってきます。私はちょっと後ずさり。

「僕の目に狂いはなかった。あの技、もっと磨けるよね? いや、磨いてくれるよね?」

 こんなところで有無を言わさぬ圧力かけてくるとか、何を考えているんでしょうか? ここは森ですよ? 魔物が来るんですよ?

「アニエスさん、私……」
「もしかして、これからすること分かっちゃった?」
「へ?」
「僕は『一緒に森に入ろうか』と言ったよね?」

 え、それってもしかしてもしかしなくても?! でも私は地味な冒険者装束で、しかも今はゴブリンの血でベットベト。まさかこんな状態で、アニエスさんが狼さんになっちゃうわけ、ないですよね? と、必死に現実逃避する私は、次の瞬間、何が起こったのかすぐには分かりませんでした。

「どう? 少しはすっきりした?」

 私は自分の服を見下ろしてキョトンとします。あれれ? 汚れてない?

「これは浄化の魔法だよ。これで心置きなくユエを抱ける」

 私が正気を保っていられたのはここまででした。

 その後は、どこからか現れたベッドに押し倒されて、みすぼらしい服はすぐにひん剥かれてしまいます。こんな野外で露出させられて、恥ずかしさのあまり赤くなったり青くなったりする私。アニエスさんは全く衣服が乱れていないので、そのギャップが余計に私を刺激してしまいます。ギルド職員さんとイケナイ関係になっているという背徳感もこみ上げてきて、私は純粋に『おしっこいきたい』と思いました。

「ユエは、もっと明るい服が似合うと思うよ。今度買ってあげるからね」
「そんなのいいから、さっさと済ませて開放してください! このままだと恥ずかしすぎて死んじゃいます!」
「じゃ、許可をもらったことだし始めようか?」
「え? あの、えっと……」

 うっかり、一生に一度ぐらいはイケメンに抱かれてみたいぞ!という本音が出てしまったようです。でも、本気じゃなかったのにー!

 アニエスさんは、白い制服の上着を脱ぎました。中は黒のカットソーを着ていたのですね。魔法で固定されてしまったのか、なぜか身動きがとれない私は、他人事のようにそれを眺めます。

「ユエ。末永くよろしくね」

 そして、アニエスさんの美しすぎる顔がゆっくりと近づいてきました。触れるだけのキス。うん、嫌じゃない。むしろ、もっと欲しい。焦らさないでほしい。
 いつの間にか私は、自ら腕や脚をアニエスさんに絡めていました。我ながら、なんてビッチなんだ!
 それ以降の詳細は……秘密です。ぽっ。







 はい、皆様。只今、『事後』という状況です。初心者相手に、かなりのハードモードで挑んでくださったアニエスさんは、すごく楽しそうでした。こちらは足がカクカクしていて、疲労困憊。世の中にあんな恥ずかしいプレイがあるとは知りませんでした。私、初めてだったのに……。アニエスのエスは、絶対にSだと思う。

 何はともあれ、途中で魔物が寄ってこなかったのは良かったです。どうやら、アニエスさんが結界をかけていたみたいですね。

 私は再び浄化の魔法をかけられて髪の毛一本にいたるまでキレイさっぱりになりました。でもね、なぜ裸のままなのでしょうか。

「アニエスさん、服返してください」
「ちょっと待って。もうすぐ代わりのが来るから」

 と言った瞬間、すぐ近くの草むらの影からにょきっと男性の頭が飛び出してきました。駄目、びっくりして心臓壊れるかと思ったわ。

「ご苦労様」

 アニエスさんは、気さくな様子で現れた黒装束の男性に声をかけます。それにしてもこの格好、既視感が……。あ、忍者?

 心臓に悪い男性は、アニエスさんの足元に跪きました。

「アニエス様、本当にこの者でよろしかったのですか?」
「もちろん。僕はユエがいいんだ。それにね、もう王妃の魔法をかけてしまったよ」
「左様にございますか。出過ぎたことを申しました。まずは、おめでとうございます」
「うむ」

 ん。今、聞き捨てならないワードがありましたよ? 

「王妃?」

 アニエスさんは男性から受け取った袋から桃色のワンピースを取り出しました。私に向かってそれを広げると、うんうんと満足げに頷いています。

「うん。僕はこの国の王子だからね」

 王子? 奈良県の地名じゃないよね? いや、そうであってくれ!

「ギルドで働きながら妃探しをするのは、王家のしきたりなんだ。やはり王家に入る女性は、外見の良さだけじゃ務まらないからね。やっぱり、何か才能や知識がないと」

 アニエスさん。いえ、アニエス王子、私、お話についていけないのですが……。

「でも私、多少は変わった知識がある自覚はありますが、才能は……」

 才能はないかもしれないけど、魔力保有量は他の冒険者よりも多めかな。でも、全く活かせていないから、宝の持ち腐れだけどね。

「ううん、そんなことはない。僕は確かに見たよ。堅牢で知られるキングゴブリンをバターのように斬ったあの瞬間を。しかも使っていたのは、ごくありふれたナイフだった」
「確かにそうですけど」
「ユエ、さっきの最中にかけた王妃の魔法は、僕が一生に一度しか使えないものなんだ。今ユエが僕を拒否したらどうなるか分かるよね?」

 この国から次なる王妃がいなくなる? じゃなくて、アニエス様が正妃を持てなくなって、権威喪失するだけでなく、いろいろ政治的にも面倒なことが起こりそうな感じ?!

「うわぁ……」
「そこまで心底嫌そうな顔しないでよ。さすがの僕も傷つくから」
「アニエス様のことは、その……ずっといいなと思ってたんですけど、やはり王子様と結婚は……。近所のお兄ちゃんぐらいの関係だったら大歓迎だったんですけどね」

 だって、目の保養になるでしょ? イケメンは日々の潤いになるのです!

「じゃ、まずはせめて、愛称で呼んでくれないかな?」
「何とお呼びすれば?」
「アニって」
「……アニ様」
「これで、僕はユエの『兄様アニサマ』。もう問題ないよね?」

 え……。日本語?
 私は頭の中が真っ白になりました。

「もしかして、転生者ですか? それに、私のこともバレてる?!」
「うん。前からちょっとズレてる子だから、もしかして転生者かなと思ってたんだけど、今日は森に入ってから聞こえてきたいろんな独り言で確信に変わったね」

 私は、転生してることに気づいたの、今朝なんですけど。前からズレてるとは、どういうことでしょうか。失礼なっ!

「転生してる人のことは僕もいろいろ調べたよ。でもなかなか、こういったケースは無いみたいでね」

 一度肩をすくめてみせたアニ様は、手をひらひらと振って忍者もどきの男性を追い払うと、毛布にくるまった私の隣に座りました。

「ねぇ、ユエ。僕たち程の似たもの同士はいないと思うよ。一緒になってくれるよね?」

 アニ様の蕩けるような笑み。くーっ! 
 脳内では変なテロップが流れます。

『ユエは、王子様スマイルで一万のダメージを受けた。ライフは残り1ポイント。』

 ダメージ、大きすぎる。

『ユエは、王子と結婚しますか? YES / NO 』

 アニ様は、私の脳内を透視しているのかしら。私にぎゅっと抱きついてきて、『結婚するよね?』と目で念押ししてきます。

 あー、もう分かりましたよ!
 転生なんて変な境遇が発覚した時点で、私の人生は平凡路線からはかけ離れてしまうことが決まっていたにちがいない。よーし、女は度胸だ!

 私は脳内画面のカーソルをそっと動かします。

『YES』

 こうして私は冒険者から王子の婚約者へとジョブチェンジを果たしたのでした。




 その後、王城に入ってからは振動する魔法剣を魔道具化する研究に打ち込み、最終的にはレーザービームを武器として昇華させていくことになります。つまり、前世と同じ仕事人間という人生を辿ることに。

 アニ様はちゃんと私を愛でてくれますが、私は所詮技術屋としての引き抜きで妃になった身。国内の魔物討伐の効率が上がって治安が良くなったとかで、巷の私の人気は鰻登りだそうですが、一人の女の子としては何となくがっかりしてしまう私です。せめて、前世で仕事にしていたデザイナー業をやらせてくれー!




 そんなある日、私はふと思い立って、夫であるアニ様に尋ねました。

「そういえば、前世では何という名前だったの?」

 アニ様はニヤリとします。

「ん? 竹村光一だけど?」

 それは、前世、私が勤めていた裁断機メーカーの上司であり、私の恋人であった方の名前。

 確信犯だったのか!!

 悔しいやら恥ずかしいやらだけど、生まれ変わってもなお巡り会えたことは嬉しいです。
 




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