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閑話・メイドは見た!カプチーノの呟き2
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彼のことは何度か見たことがあります。確か、その名をソーバ。どうせティラミス様の美貌と面白さを付け狙う下町のとるに足りない輩だと思っていましたのに、自分から丁寧に名乗り出るばかりか、やる事成す事全てが貴族のようにスマートな庶民です。しかも魔力持ち。祖先が、どこかの貴族のご落胤なのかもしれませんね。
ですが、ここはパーフェ領。まさか、ここまでティラミス様を追ってやってきたのでしょうか? 王都からやってきた私としては、こんな不審者を窓の外に張り付かせて放置することはできません。まるで私が厄介事を持ち込んだかのようではありませんか。
私が屋敷の西側へ回るよう身振りで説明すると、ソーバはしっかりと頷いて窓の外から姿を消しました。
私が小走りで通用口に駆けつけると、既にソーバは待っていました。
「こんなところまでお嬢様を追って来られたなんて、どういったご了見ですか?!」
「開口一番、それは無いよ」
ソーバは黒髪が美しい男性です。ごめんなさい。正直に申しましたら、庶民にしておくにはもったいないくらいに品のある雰囲気を湛えた美男子です。だからこそ、何か大きなバックがついているのかもしれないと勘ぐってしまうのです。
「せっかくティラミス嬢の行方について教えてあげようと思ってたのに」
「お嬢様とお会いになったのですか?!」
ソーバはふんっと鼻を鳴らし、お屋敷の外壁にゆったりともたれ掛かります。この余裕っぷりは何なのでしょう。
「本人は気づいていないけどね。何度か近寄って、その無事は確認している」
「良かった……」
私は、今度こそへなへなとその場に座り込みました。ティラミス様がお屋敷を追い出されるかのようにして出発なさってからもうすぐ一週間。自力で乗馬もできなければ、森の中を走り抜ける体力もお持ちではないと分かっているだけに、まずは生死だけでも知りたかったのが本音でした。
「それで、今はどちらに?」
「いろんな所に寄り道しながら、こちらへ向かってるみたいだよ。たぶん空から来ると思うので、注意しておいてね」
空? まさか、ティラミス様は鳥になったのでしょうか?そんな冗談は物語の中だけで十分です。
それよりも、このソーバという男、何者なのでしょうか。下町の治安を守る自治組織の隊長という肩書きは既に確認済み。ですが、それだけではないと思うのです。
「ん? なぜ知ってるのかって? じゃぁ、カプチーノさんには特別に教えてあげようね」
ソーバは読心術も持っているのかもしれません。侮れません。
「オレ達は王家の犬なんだ。いや、正確には犬じゃなくて影と言った方が正しいかな。これは、誰にも秘密だよ?」
言外に、『ティラミスにも言うな』とその鋭い視線が念押ししています。私はただ、こくこくと頷いて次の言葉を待ちました。ですがそれは、とても意外なもので。
「カプチーノさんは、好きな人いる?」
「いえ、おりませんが」
「じゃ、まだ分からないだろうね。また良いことがあれば教えてあげる。あ、そうそう!」
こちらに背を向けて歩き出した黒づくめのソーバは、ふと振り返りました。
「もうすぐ王子様がやってくるよ。あの人のことだから、石版に連絡もせずに向かってるんじゃないかな? って心配になってね」
王子様?! ティラミス様絡みで王子様と言えば、あの人しかいらっしゃいません。これは執事のポタージュ様もご承知のことなのでしょうか。ソーバは怪しい男ですが、ティラミス様に害をなすことは絶対にありません。信頼出来ると思って良いでしょう。彼のことをどのようにポタージュ様へ説明するかは頭の痛い問題ですが、事態は急を要します。
「ありがとうございます」
私は簡単に頭を下げると、転びそうな勢いで屋敷の中へと戻ったのでした。ソーバが「もう、遅いけどね。たぶん後十分で着くよ」の言葉を聞き逃したまま。
「遠路はるばる、ようこそいらっしゃいました」
恭しく手を胸に当てて頭を下げるポタージュさん。突然の王家の人物来訪にも狼狽えず、目にも止まらぬ速さで完璧な指示を屋敷中に放った彼も、本人を前にすると薄ら顔を引き攣らせています。
通常、領主の屋敷を訪れるとなると、随分前から互いの予定を調整し、十分に支度をしてからお相手に合わせたおもてなしをするのが鉄則。それも第一王子ともなれば、それはそれは丁重なお迎えをすることが望まれるものです。それなのに。
「ポタージュだったか。ガトーを王城で独占するあまり、君には随分と苦労をさせているが、ここは素晴らしい街だね。見事な手腕の噂は王都にも届いているよ」
「もったいないお言葉にございます」
ポタージュ様は、まだ視線を床に落としたままです。三階まで吹き抜け構造になっている屋敷のエントランスフロアには赤絨毯が敷かれ、その両脇に控える使用人として私カプチーノも並んでおりました。
「そう固くならないでくれ。私の方が年下なのであるしな。少し急だが、今夜はここで休ませてもらえないだろうか。なに、ティラミスが無事に到着したらすぐに王都へ帰ることを約束する」
それって、一日の滞在では済まないのではないでしょうか。使用人全員の顔に隠しおおせない落胆の色が浮かびます。
「あいにくティラミス様のお着きはいつになるか、私めにも図りかねます。まずはお部屋をご用意しますので、それまであちらでお待ちください。明日以降は、この地の刀鍛冶工房を巡られてはいかがでしょうか」
「それはいいな。是非案内してくれ」
「かしこまりました」
ポタージュ様と数人の侍女が屋敷の奥へと消えると、絨毯脇に残った使用人全員は一気に肩を落としました。
「普通、抜き打ちの視察に来たと言って誤魔化すところよね」
侍女長のマスタードさんが呟きます。ご最も。ここまでティラミス様への愛を隠さないところは潔さすら感じますものね。でもこのことが、他国にいらっしゃると言うオクラ王子の許嫁様の耳に届くと、良からぬことが起きるのではないでしょうか。不安のあまり、すっと背筋が凍りつく私でございました。
ですが、ここはパーフェ領。まさか、ここまでティラミス様を追ってやってきたのでしょうか? 王都からやってきた私としては、こんな不審者を窓の外に張り付かせて放置することはできません。まるで私が厄介事を持ち込んだかのようではありませんか。
私が屋敷の西側へ回るよう身振りで説明すると、ソーバはしっかりと頷いて窓の外から姿を消しました。
私が小走りで通用口に駆けつけると、既にソーバは待っていました。
「こんなところまでお嬢様を追って来られたなんて、どういったご了見ですか?!」
「開口一番、それは無いよ」
ソーバは黒髪が美しい男性です。ごめんなさい。正直に申しましたら、庶民にしておくにはもったいないくらいに品のある雰囲気を湛えた美男子です。だからこそ、何か大きなバックがついているのかもしれないと勘ぐってしまうのです。
「せっかくティラミス嬢の行方について教えてあげようと思ってたのに」
「お嬢様とお会いになったのですか?!」
ソーバはふんっと鼻を鳴らし、お屋敷の外壁にゆったりともたれ掛かります。この余裕っぷりは何なのでしょう。
「本人は気づいていないけどね。何度か近寄って、その無事は確認している」
「良かった……」
私は、今度こそへなへなとその場に座り込みました。ティラミス様がお屋敷を追い出されるかのようにして出発なさってからもうすぐ一週間。自力で乗馬もできなければ、森の中を走り抜ける体力もお持ちではないと分かっているだけに、まずは生死だけでも知りたかったのが本音でした。
「それで、今はどちらに?」
「いろんな所に寄り道しながら、こちらへ向かってるみたいだよ。たぶん空から来ると思うので、注意しておいてね」
空? まさか、ティラミス様は鳥になったのでしょうか?そんな冗談は物語の中だけで十分です。
それよりも、このソーバという男、何者なのでしょうか。下町の治安を守る自治組織の隊長という肩書きは既に確認済み。ですが、それだけではないと思うのです。
「ん? なぜ知ってるのかって? じゃぁ、カプチーノさんには特別に教えてあげようね」
ソーバは読心術も持っているのかもしれません。侮れません。
「オレ達は王家の犬なんだ。いや、正確には犬じゃなくて影と言った方が正しいかな。これは、誰にも秘密だよ?」
言外に、『ティラミスにも言うな』とその鋭い視線が念押ししています。私はただ、こくこくと頷いて次の言葉を待ちました。ですがそれは、とても意外なもので。
「カプチーノさんは、好きな人いる?」
「いえ、おりませんが」
「じゃ、まだ分からないだろうね。また良いことがあれば教えてあげる。あ、そうそう!」
こちらに背を向けて歩き出した黒づくめのソーバは、ふと振り返りました。
「もうすぐ王子様がやってくるよ。あの人のことだから、石版に連絡もせずに向かってるんじゃないかな? って心配になってね」
王子様?! ティラミス様絡みで王子様と言えば、あの人しかいらっしゃいません。これは執事のポタージュ様もご承知のことなのでしょうか。ソーバは怪しい男ですが、ティラミス様に害をなすことは絶対にありません。信頼出来ると思って良いでしょう。彼のことをどのようにポタージュ様へ説明するかは頭の痛い問題ですが、事態は急を要します。
「ありがとうございます」
私は簡単に頭を下げると、転びそうな勢いで屋敷の中へと戻ったのでした。ソーバが「もう、遅いけどね。たぶん後十分で着くよ」の言葉を聞き逃したまま。
「遠路はるばる、ようこそいらっしゃいました」
恭しく手を胸に当てて頭を下げるポタージュさん。突然の王家の人物来訪にも狼狽えず、目にも止まらぬ速さで完璧な指示を屋敷中に放った彼も、本人を前にすると薄ら顔を引き攣らせています。
通常、領主の屋敷を訪れるとなると、随分前から互いの予定を調整し、十分に支度をしてからお相手に合わせたおもてなしをするのが鉄則。それも第一王子ともなれば、それはそれは丁重なお迎えをすることが望まれるものです。それなのに。
「ポタージュだったか。ガトーを王城で独占するあまり、君には随分と苦労をさせているが、ここは素晴らしい街だね。見事な手腕の噂は王都にも届いているよ」
「もったいないお言葉にございます」
ポタージュ様は、まだ視線を床に落としたままです。三階まで吹き抜け構造になっている屋敷のエントランスフロアには赤絨毯が敷かれ、その両脇に控える使用人として私カプチーノも並んでおりました。
「そう固くならないでくれ。私の方が年下なのであるしな。少し急だが、今夜はここで休ませてもらえないだろうか。なに、ティラミスが無事に到着したらすぐに王都へ帰ることを約束する」
それって、一日の滞在では済まないのではないでしょうか。使用人全員の顔に隠しおおせない落胆の色が浮かびます。
「あいにくティラミス様のお着きはいつになるか、私めにも図りかねます。まずはお部屋をご用意しますので、それまであちらでお待ちください。明日以降は、この地の刀鍛冶工房を巡られてはいかがでしょうか」
「それはいいな。是非案内してくれ」
「かしこまりました」
ポタージュ様と数人の侍女が屋敷の奥へと消えると、絨毯脇に残った使用人全員は一気に肩を落としました。
「普通、抜き打ちの視察に来たと言って誤魔化すところよね」
侍女長のマスタードさんが呟きます。ご最も。ここまでティラミス様への愛を隠さないところは潔さすら感じますものね。でもこのことが、他国にいらっしゃると言うオクラ王子の許嫁様の耳に届くと、良からぬことが起きるのではないでしょうか。不安のあまり、すっと背筋が凍りつく私でございました。
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