14 / 45
14・甘い罠にご用心!
しおりを挟む
クマさんは郊外にある貧困街に入り、その辺りでは唯一まともな雰囲気を醸し出している青いとんがり屋根の建物の前に到着しました。近くにいるボロを纏った幼い子どもが恨めしそうな目でこちらを見つめています。周辺は廃墟ばかり。どこも窓は壊れていて、中の暗闇がこちらに顔を覗かせていて不気味です。
「着いたぞ。ここまで来れば大丈夫だ」
「大丈夫って……私をどうなさるおつもりですか?! 現在お父様とは仲違いしておりますので、身代金を要求しても払ってくれないかもしれませんわよ?!」
「そりゃぁ困ったものだなぁ、形(なり)だけは立派な箱入り娘さんよ?」
クマさんは鼻で笑います。屋敷の外でこんな扱いを受けるのは生まれて初めての私。正直申しまして、許せません!本当に、この方は私を何と心得ているのでしょうか。
「私をその辺の成金娘と一緒にしないでくださる? 私はね……」
と、そこまで言いかけてはっとします。そうでした。私は、まだ身分を明らかにするわけにはいかないのです。クマさんは親切そうには見えますが、信頼するに足るものが何もございません。
私は再び口をつぐんだまま、クマさんと見つめ合いました。私は今、お姫様抱っこされている状態。クマさんは不敵に笑います。よく見ると、あまり顔は悪くありません。おそらく、髭や髪、服装を整えると、ラメーン様の足元に及ばないにしてもそれなりに見れたものになるでしょう。だからと言って、ロマンスへの発展は……無いですね。
なぁんて、余計なことを考えていたのが悪かったのです。私はクマさんに抱きかかえられたまま、建物の中に入り、存外豪華な応接室らしき部屋へ通されました。
そこからですよ!不幸の始まりは。
「俺は、Bランク冒険者のジビエだ」
ようやくクマさんが名乗ってくださいました。続いて、元々部屋にいた男性二名も自己紹介してくださいます。
「僕は、ポーク。冒険者ランクはC。君、料理できる?」
この方は、大変血色が良くつやつやとしたお顔と丸々したお身体のお兄様。貧困街には似合わなさすぎる脂肪の付き具合に驚きを隠せません。
「ワシはケンタッキーだ。長老と呼ぶが良い。冒険者ランクは同じくCだ」
さらに隣にいたのは小柄な少年。『ワシ』と名乗るには、少なく見積もっても三十年は若すぎるように見えます。似合わない付け髭は今すぐ引っぺがしてやりたいですね。そして、長老ではなく『ケンタくん』と呼ぼうと心に決めました。
「で、嬢ちゃんはどうやら訳ありらしいな?言っておくが、冒険者は生易しい職業じゃねぇぞ?」
クマさんはそう言いながら、応接室の裏手からバスケットを持ってきました。中には美味しそうなクッキーやマドレーヌが!そう言えば、私お昼食がまだだったのです。途端に存在感をアピールし始める私のお腹。つまり、鳴ってしまいました。
「嬢ちゃんはともかく、嬢ちゃんの腹は素直みたいだな」
またクマさんに笑われてしまいました。本来であれば、こういった信用ならない場所で出されるものを毒味も無しに口をつけるなんて憚るところです。けれど、鞄の中はサンドイッチ一食分きり。あれは夜にとっておきたいので、背に腹は変えられません。
「むむっ。ありがたくいただきますわ」
私は早速クッキーを一口食べました。あぁ、意外と美味しい。そう思ったのも束の間。あっという間に視界が虹色に染まってぼやけていきます。まさか、このクッキー……
「で、嬢ちゃん、名前は?」
「ぅわぁたしぃのなまーえはぁ、ティーラミースれすぅ」
そうです。所謂『自白剤』のようなものが仕込まれていたのです。頭の中がぼんやりして全く集中できませんので、魔力を出すこともままなりません。対するお兄様方は、やれやれという風にため息をつきました。
「それで、ティラミスちゃんはなんで家出なんかしてるの?」
今度は、ポークさんからの質問です。
「えとね、わたくしはぁ……」
こうして、私は出自を含めた全てを洗いざらい吐いてしまったのでした。
私が一通りのことを話してしまうと、クマさんは盛大にため息をつきました。
「ふーん。それにしても、そのお兄様とやらは無事に婚約が白紙に戻ったのかい?」
主に質問するのはポークさんです。
「はい。出掛けに確認したところ、お父様は問題ないとおっしゃっていましたわ」
「だけどよ、副団長の実家の方も気になるよなぁ」
次はクマさんが顎に手を当てて天井を見上げます。
「と、申されますと?」
「いや、ティラミス嬢ちゃんの兄貴は孕んでるかもしれないだろ? それをお貴族様が放っておいてくれるだろうか。子種撒いたのはバカ息子のせいだとしても、後々お家騒動の種にならないとも限らないじゃないか」
「ラメーン様は今のところ実家にこの話はしないと約束してくれているので、大丈夫かと」
私は答えながら不安になり始めました。もしお兄様のお腹に赤ちゃんがいるならば、事は急を要します。私が一刻も早くお父様に認めてもらわなければ、赤ちゃんは父親のいない子になってしまいますし、未婚の母になってしまうカカオお兄様があまりにもお気の毒。一応、元冒険者のカプチーノやパプリカが側についているとは言え、安全面でも心配です。
どうしよう。猶予は十月十日(とつきとうか)といったところでしょうか。その間にお父様からの条件を全てクリアできるとは到底思えません。もしかすると、私は無謀な約束をしてしまったのかもしれません。家を出る直前に見たお兄様の寂しげな笑顔を思い出すと、胸がきゅっと苦しくなります。
一方、目の前の御三方は、顔を曇らせる私をよそに何やら相談事を始めました。
「ジビエ、どう思う?」
「俺は、まさかのまさかだと思うな」
「ワシもだ。これだけ証拠が揃えば、まず間違いないだろう。おそらく、あのお方に嵌められたな」
「やれやれ。となると、腹を括るしかないか。道理で報酬が高かったはずだよ」
私には意味がよく分からない話でしたが、どうやら意見がまとまったようです。同時に、朦朧としていた私の意識も随分とはっきりしてまいりました。
「よし、決めた」
そう言うと、クマさんはおもむろにソファから立ち上がります。
「実は俺達、偶然にもパーフェ領へ手紙を届けるという依頼を受けている」
え? パーフェ領へ向かうですって?!
素晴らしいですわ! 渡りに船以上の奇跡に感じます。何でもっと早くそれを言ってくださらなかったのかしら。
「それならば、私を……」
「あぁ。これも何かの縁だ。一緒に行かないか、Fランク冒険者のティラミスさん?」
「着いたぞ。ここまで来れば大丈夫だ」
「大丈夫って……私をどうなさるおつもりですか?! 現在お父様とは仲違いしておりますので、身代金を要求しても払ってくれないかもしれませんわよ?!」
「そりゃぁ困ったものだなぁ、形(なり)だけは立派な箱入り娘さんよ?」
クマさんは鼻で笑います。屋敷の外でこんな扱いを受けるのは生まれて初めての私。正直申しまして、許せません!本当に、この方は私を何と心得ているのでしょうか。
「私をその辺の成金娘と一緒にしないでくださる? 私はね……」
と、そこまで言いかけてはっとします。そうでした。私は、まだ身分を明らかにするわけにはいかないのです。クマさんは親切そうには見えますが、信頼するに足るものが何もございません。
私は再び口をつぐんだまま、クマさんと見つめ合いました。私は今、お姫様抱っこされている状態。クマさんは不敵に笑います。よく見ると、あまり顔は悪くありません。おそらく、髭や髪、服装を整えると、ラメーン様の足元に及ばないにしてもそれなりに見れたものになるでしょう。だからと言って、ロマンスへの発展は……無いですね。
なぁんて、余計なことを考えていたのが悪かったのです。私はクマさんに抱きかかえられたまま、建物の中に入り、存外豪華な応接室らしき部屋へ通されました。
そこからですよ!不幸の始まりは。
「俺は、Bランク冒険者のジビエだ」
ようやくクマさんが名乗ってくださいました。続いて、元々部屋にいた男性二名も自己紹介してくださいます。
「僕は、ポーク。冒険者ランクはC。君、料理できる?」
この方は、大変血色が良くつやつやとしたお顔と丸々したお身体のお兄様。貧困街には似合わなさすぎる脂肪の付き具合に驚きを隠せません。
「ワシはケンタッキーだ。長老と呼ぶが良い。冒険者ランクは同じくCだ」
さらに隣にいたのは小柄な少年。『ワシ』と名乗るには、少なく見積もっても三十年は若すぎるように見えます。似合わない付け髭は今すぐ引っぺがしてやりたいですね。そして、長老ではなく『ケンタくん』と呼ぼうと心に決めました。
「で、嬢ちゃんはどうやら訳ありらしいな?言っておくが、冒険者は生易しい職業じゃねぇぞ?」
クマさんはそう言いながら、応接室の裏手からバスケットを持ってきました。中には美味しそうなクッキーやマドレーヌが!そう言えば、私お昼食がまだだったのです。途端に存在感をアピールし始める私のお腹。つまり、鳴ってしまいました。
「嬢ちゃんはともかく、嬢ちゃんの腹は素直みたいだな」
またクマさんに笑われてしまいました。本来であれば、こういった信用ならない場所で出されるものを毒味も無しに口をつけるなんて憚るところです。けれど、鞄の中はサンドイッチ一食分きり。あれは夜にとっておきたいので、背に腹は変えられません。
「むむっ。ありがたくいただきますわ」
私は早速クッキーを一口食べました。あぁ、意外と美味しい。そう思ったのも束の間。あっという間に視界が虹色に染まってぼやけていきます。まさか、このクッキー……
「で、嬢ちゃん、名前は?」
「ぅわぁたしぃのなまーえはぁ、ティーラミースれすぅ」
そうです。所謂『自白剤』のようなものが仕込まれていたのです。頭の中がぼんやりして全く集中できませんので、魔力を出すこともままなりません。対するお兄様方は、やれやれという風にため息をつきました。
「それで、ティラミスちゃんはなんで家出なんかしてるの?」
今度は、ポークさんからの質問です。
「えとね、わたくしはぁ……」
こうして、私は出自を含めた全てを洗いざらい吐いてしまったのでした。
私が一通りのことを話してしまうと、クマさんは盛大にため息をつきました。
「ふーん。それにしても、そのお兄様とやらは無事に婚約が白紙に戻ったのかい?」
主に質問するのはポークさんです。
「はい。出掛けに確認したところ、お父様は問題ないとおっしゃっていましたわ」
「だけどよ、副団長の実家の方も気になるよなぁ」
次はクマさんが顎に手を当てて天井を見上げます。
「と、申されますと?」
「いや、ティラミス嬢ちゃんの兄貴は孕んでるかもしれないだろ? それをお貴族様が放っておいてくれるだろうか。子種撒いたのはバカ息子のせいだとしても、後々お家騒動の種にならないとも限らないじゃないか」
「ラメーン様は今のところ実家にこの話はしないと約束してくれているので、大丈夫かと」
私は答えながら不安になり始めました。もしお兄様のお腹に赤ちゃんがいるならば、事は急を要します。私が一刻も早くお父様に認めてもらわなければ、赤ちゃんは父親のいない子になってしまいますし、未婚の母になってしまうカカオお兄様があまりにもお気の毒。一応、元冒険者のカプチーノやパプリカが側についているとは言え、安全面でも心配です。
どうしよう。猶予は十月十日(とつきとうか)といったところでしょうか。その間にお父様からの条件を全てクリアできるとは到底思えません。もしかすると、私は無謀な約束をしてしまったのかもしれません。家を出る直前に見たお兄様の寂しげな笑顔を思い出すと、胸がきゅっと苦しくなります。
一方、目の前の御三方は、顔を曇らせる私をよそに何やら相談事を始めました。
「ジビエ、どう思う?」
「俺は、まさかのまさかだと思うな」
「ワシもだ。これだけ証拠が揃えば、まず間違いないだろう。おそらく、あのお方に嵌められたな」
「やれやれ。となると、腹を括るしかないか。道理で報酬が高かったはずだよ」
私には意味がよく分からない話でしたが、どうやら意見がまとまったようです。同時に、朦朧としていた私の意識も随分とはっきりしてまいりました。
「よし、決めた」
そう言うと、クマさんはおもむろにソファから立ち上がります。
「実は俺達、偶然にもパーフェ領へ手紙を届けるという依頼を受けている」
え? パーフェ領へ向かうですって?!
素晴らしいですわ! 渡りに船以上の奇跡に感じます。何でもっと早くそれを言ってくださらなかったのかしら。
「それならば、私を……」
「あぁ。これも何かの縁だ。一緒に行かないか、Fランク冒険者のティラミスさん?」
0
お気に入りに追加
31
あなたにおすすめの小説
命を狙われたお飾り妃の最後の願い
幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】
重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。
イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。
短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。
『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

もしかして寝てる間にざまぁしました?
ぴぴみ
ファンタジー
令嬢アリアは気が弱く、何をされても言い返せない。
内気な性格が邪魔をして本来の能力を活かせていなかった。
しかし、ある時から状況は一変する。彼女を馬鹿にし嘲笑っていた人間が怯えたように見てくるのだ。
私、寝てる間に何かしました?
旦那様には愛人がいますが気にしません。
りつ
恋愛
イレーナの夫には愛人がいた。名はマリアンヌ。子どものように可愛らしい彼女のお腹にはすでに子どもまでいた。けれどイレーナは別に気にしなかった。彼女は子どもが嫌いだったから。
※表紙は「かんたん表紙メーカー」様で作成しました。

生まれ変わっても一緒にはならない
小鳥遊郁
恋愛
カイルとは幼なじみで夫婦になるのだと言われて育った。
十六歳の誕生日にカイルのアパートに訪ねると、カイルは別の女性といた。
カイルにとって私は婚約者ではなく、学費や生活費を援助してもらっている家の娘に過ぎなかった。カイルに無一文でアパートから追い出された私は、家に帰ることもできず寒いアパートの廊下に座り続けた結果、高熱で死んでしまった。
輪廻転生。
私は生まれ変わった。そして十歳の誕生日に、前の人生を思い出す。
【商業企画進行中・取り下げ予定】さようなら、私の初恋。
ごろごろみかん。
ファンタジー
結婚式の夜、私はあなたに殺された。
彼に嫌悪されているのは知っていたけど、でも、殺されるほどだとは思っていなかった。
「誰も、お前なんか必要としていない」
最期の時に言われた言葉。彼に嫌われていても、彼にほかに愛するひとがいても、私は彼の婚約者であることをやめなかった。やめられなかった。私には責務があるから。
だけどそれも、意味のないことだったのだ。
彼に殺されて、気がつけば彼と結婚する半年前に戻っていた。
なぜ時が戻ったのかは分からない。
それでも、ひとつだけ確かなことがある。
あなたは私をいらないと言ったけど──私も、私の人生にあなたはいらない。
私は、私の生きたいように生きます。

「お前を妻だと思ったことはない」と言ってくる旦那様と離婚した私は、幼馴染の侯爵から溺愛されています。
木山楽斗
恋愛
第二王女のエリームは、かつて王家と敵対していたオルバディオン公爵家に嫁がされた。
因縁を解消するための結婚であったが、現当主であるジグールは彼女のことを冷遇した。長きに渡る因縁は、簡単に解消できるものではなかったのである。
そんな暮らしは、エリームにとって息苦しいものだった。それを重く見た彼女の兄アルベルドと幼馴染カルディアスは、二人の結婚を解消させることを決意する。
彼らの働きかけによって、エリームは苦しい生活から解放されるのだった。
晴れて自由の身になったエリームに、一人の男性が婚約を申し込んできた。
それは、彼女の幼馴染であるカルディアスである。彼は以前からエリームに好意を寄せていたようなのだ。
幼い頃から彼の人となりを知っているエリームは、喜んでその婚約を受け入れた。二人は、晴れて夫婦となったのである。
二度目の結婚を果たしたエリームは、以前とは異なる生活を送っていた。
カルディアスは以前の夫とは違い、彼女のことを愛して尊重してくれたのである。
こうして、エリームは幸せな生活を送るのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる