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1・愛しのお兄様
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私のお兄様は美しい。
青みがかった銀髪は、常に夜の月の光を受けているかのように輝き、宝石を嵌め込んだかのように澄み渡った菫色の瞳は神秘的。ほっそりとした面立ちは男性にしては少し儚げだけれど、そこが良い。時折見せる笑顔は春のせせらぎを思わせるような穏やかさがあり、紡ぐ言葉はどれも詩的でキュンっとしてしまいます。
あぁ、なぜあなたは私のお兄様なの?!
実の兄に懸想するなんていけない。そうは思っていても、私、ティラミス・フォン・パーフェ伯爵令嬢の頭の中はお兄様でいっぱいなのです。
けれど、これには致し方ない理由というものがありまして。
「カカオお兄様。本日は薔薇の香りですのね」
「ティラミスが好きな花だろう? 侍女に頼んで薔薇の香を炊いてもらっていたんだ」
近くで控えているお兄様の侍女パプリカは鷹揚に頷きました。髪の右半分は赤く、左半分は黄色の彼女は、私達の逢瀬の立会人。初めはお母様やお父様からの刺客かと思っていましたが、どうやらそうでもないようです。なぜなら、「今回も涎ものでした。また見学させてくださいませ。良い創作のネタになるのです」と毎度目を輝かせておりますから。
私は胸元で手を合わせると、とびっきり可愛い声が出せるように一度唾を飲み込みました。
「まぁ、嬉しい! 覚えていてくださったのですね。お兄様と薔薇の香りに包まれておりますと、もう私……」
「ティラミス、それ以上を言ってはいけないよ。ボクはティラミスのことを愛しているけれど……」
私がドレスの裾を少し持ち上げて近づくと、お兄様は私の腰に腕を回して抱き寄せてくれました。もうこれだけのことで私の心臓は壊れそうな程に高鳴ります。
「カカオお兄様。私もお兄様のことが……」
「ティラミス……!!」
そう、お兄様と私は両想いのなのです。
「お兄様が次男でしたらどんなに良かったか」
「そうだね。もし次男だったらティラミスと二人、誰も知らない遠いところへ行って暮らすんだ。ティラミスは貴族令嬢にも関わらず料理が上手い。きっと可愛らしいお嫁さんになってくれるのだろうね」
私はお兄様のお嫁さんになった自分の姿を想像しました。隣にはお兄様。二人きりで囲む庶民の食卓。二人で迎える朝の寝室。パプリカではありませんが、涎ものです。
「でも、もしものことを話しても仕方がないよ。ボクは跡取り。いずれ伯爵家を継ぐ身。それよりもティラミス。君が近い将来、別の男のところへ嫁いでここから出て行ってしまうのかと思うと、咲いた花も枯らしてしまいそうな程悲しくなってしまうよ」
「まぁ、お兄様ったら。お兄様こそ、婚約のお話が進んでいると聞きましたわ」
ちょうど今朝方、私付きの侍女カプチーノから聞いたお話です。世界中が闇に包まれて朝が来なくなるのではないかと思う程、頭の中が真っ白になってしまいました。
これまでもこういったお話が出たことは何度かあります。私はその度に涙で枕を濡らしましたが、今度ばかりは部屋を湖に変えてしまうぐらい泣きたい気分。なんてったってお相手がいけません。
「それも、あのマーガリン公爵令嬢だとか。この世の終わりも同じですわ」
マーガリン様は身体の九百九十九パーセントが脂肪でできているようなお方です。ちなみに残りの一パーセントは悪意だと思われます。
「ティラミス、それは違うよ。残りの一パーセントは骨だ。骨が無いと動くことはできないし、周りからあれだけダイエットを勧められても全く実行しない彼女は、ある意味骨があると思うよ」
お兄様、いつの間にか私の心の声までも聞こえるようになられましたのね。これも愛ゆえでしょうか。それにしても、そんな冷静なツッコミもできるお兄様のことが、私はまた好きになってしまいました。
と、その時、お兄様はいつもの発作を起こしました。コンコンとお咳が続きます。お兄様は幼い頃から病弱体質。夜会などはもちろん、ほとんど外出はされません。正真正銘の箱入り美男子なのです。
私は慌ててお兄様のお背中に手を当てましたが、お兄様は大丈夫とばかりに首を振ります。でも、とてもお辛いご様子。いっそ、私がお兄様の代わりになれたらどんなに良いか。
お兄様は将来のために日々お勉強に励んでいらっしゃいます。お父様は「身体が弱くとも知恵があれば世の中を渡っていけるものなのだ」とおっしゃっていますが、難しい宿題ばかりを出してお兄様が衰弱してしまっては元も子もありません。
あぁ、お兄様。私が何かお兄様のためにできることはないかしら。
私は駆け寄ってきたパプリカと共にお兄様を寝台へ横たえて、静かにお部屋を辞しました。長い廊下のふかふか絨毯を踏みしめながら、私は人差し指を頬に押し当てて考えます。
そうだわ。これしかない!
まずは、あのマーガリン様をお兄様から遠ざけること。そして、お兄様に本当に相応しい人を見つけること!
では、お相手は誰が良いかしら。私は真剣に悩みます。年頃の貴族令嬢は掃いて捨てるほどおりますが、お兄様に似合う方に心当たりはないのです。
そうだわ。女の子から見つけようとしていたのがそもそもの間違いでした。よくよく考えてみると、どこの馬の骨か分かる方であったとしても、私のお兄様が私以外の女の子と馴れ馴れしくするなんて我慢がなりません。やはり、お兄様の相方は男性が相応しいでしょう。
条件としては、将来お兄様がお家を盛り立てていくにあたり、力になってくれるような方が良いと思われます。
大丈夫よ、お兄様。私が必ずや似合いのお相手を見つけてみせましょう。お兄様を幸せするのは、私、ティラミスの使命なのです!
青みがかった銀髪は、常に夜の月の光を受けているかのように輝き、宝石を嵌め込んだかのように澄み渡った菫色の瞳は神秘的。ほっそりとした面立ちは男性にしては少し儚げだけれど、そこが良い。時折見せる笑顔は春のせせらぎを思わせるような穏やかさがあり、紡ぐ言葉はどれも詩的でキュンっとしてしまいます。
あぁ、なぜあなたは私のお兄様なの?!
実の兄に懸想するなんていけない。そうは思っていても、私、ティラミス・フォン・パーフェ伯爵令嬢の頭の中はお兄様でいっぱいなのです。
けれど、これには致し方ない理由というものがありまして。
「カカオお兄様。本日は薔薇の香りですのね」
「ティラミスが好きな花だろう? 侍女に頼んで薔薇の香を炊いてもらっていたんだ」
近くで控えているお兄様の侍女パプリカは鷹揚に頷きました。髪の右半分は赤く、左半分は黄色の彼女は、私達の逢瀬の立会人。初めはお母様やお父様からの刺客かと思っていましたが、どうやらそうでもないようです。なぜなら、「今回も涎ものでした。また見学させてくださいませ。良い創作のネタになるのです」と毎度目を輝かせておりますから。
私は胸元で手を合わせると、とびっきり可愛い声が出せるように一度唾を飲み込みました。
「まぁ、嬉しい! 覚えていてくださったのですね。お兄様と薔薇の香りに包まれておりますと、もう私……」
「ティラミス、それ以上を言ってはいけないよ。ボクはティラミスのことを愛しているけれど……」
私がドレスの裾を少し持ち上げて近づくと、お兄様は私の腰に腕を回して抱き寄せてくれました。もうこれだけのことで私の心臓は壊れそうな程に高鳴ります。
「カカオお兄様。私もお兄様のことが……」
「ティラミス……!!」
そう、お兄様と私は両想いのなのです。
「お兄様が次男でしたらどんなに良かったか」
「そうだね。もし次男だったらティラミスと二人、誰も知らない遠いところへ行って暮らすんだ。ティラミスは貴族令嬢にも関わらず料理が上手い。きっと可愛らしいお嫁さんになってくれるのだろうね」
私はお兄様のお嫁さんになった自分の姿を想像しました。隣にはお兄様。二人きりで囲む庶民の食卓。二人で迎える朝の寝室。パプリカではありませんが、涎ものです。
「でも、もしものことを話しても仕方がないよ。ボクは跡取り。いずれ伯爵家を継ぐ身。それよりもティラミス。君が近い将来、別の男のところへ嫁いでここから出て行ってしまうのかと思うと、咲いた花も枯らしてしまいそうな程悲しくなってしまうよ」
「まぁ、お兄様ったら。お兄様こそ、婚約のお話が進んでいると聞きましたわ」
ちょうど今朝方、私付きの侍女カプチーノから聞いたお話です。世界中が闇に包まれて朝が来なくなるのではないかと思う程、頭の中が真っ白になってしまいました。
これまでもこういったお話が出たことは何度かあります。私はその度に涙で枕を濡らしましたが、今度ばかりは部屋を湖に変えてしまうぐらい泣きたい気分。なんてったってお相手がいけません。
「それも、あのマーガリン公爵令嬢だとか。この世の終わりも同じですわ」
マーガリン様は身体の九百九十九パーセントが脂肪でできているようなお方です。ちなみに残りの一パーセントは悪意だと思われます。
「ティラミス、それは違うよ。残りの一パーセントは骨だ。骨が無いと動くことはできないし、周りからあれだけダイエットを勧められても全く実行しない彼女は、ある意味骨があると思うよ」
お兄様、いつの間にか私の心の声までも聞こえるようになられましたのね。これも愛ゆえでしょうか。それにしても、そんな冷静なツッコミもできるお兄様のことが、私はまた好きになってしまいました。
と、その時、お兄様はいつもの発作を起こしました。コンコンとお咳が続きます。お兄様は幼い頃から病弱体質。夜会などはもちろん、ほとんど外出はされません。正真正銘の箱入り美男子なのです。
私は慌ててお兄様のお背中に手を当てましたが、お兄様は大丈夫とばかりに首を振ります。でも、とてもお辛いご様子。いっそ、私がお兄様の代わりになれたらどんなに良いか。
お兄様は将来のために日々お勉強に励んでいらっしゃいます。お父様は「身体が弱くとも知恵があれば世の中を渡っていけるものなのだ」とおっしゃっていますが、難しい宿題ばかりを出してお兄様が衰弱してしまっては元も子もありません。
あぁ、お兄様。私が何かお兄様のためにできることはないかしら。
私は駆け寄ってきたパプリカと共にお兄様を寝台へ横たえて、静かにお部屋を辞しました。長い廊下のふかふか絨毯を踏みしめながら、私は人差し指を頬に押し当てて考えます。
そうだわ。これしかない!
まずは、あのマーガリン様をお兄様から遠ざけること。そして、お兄様に本当に相応しい人を見つけること!
では、お相手は誰が良いかしら。私は真剣に悩みます。年頃の貴族令嬢は掃いて捨てるほどおりますが、お兄様に似合う方に心当たりはないのです。
そうだわ。女の子から見つけようとしていたのがそもそもの間違いでした。よくよく考えてみると、どこの馬の骨か分かる方であったとしても、私のお兄様が私以外の女の子と馴れ馴れしくするなんて我慢がなりません。やはり、お兄様の相方は男性が相応しいでしょう。
条件としては、将来お兄様がお家を盛り立てていくにあたり、力になってくれるような方が良いと思われます。
大丈夫よ、お兄様。私が必ずや似合いのお相手を見つけてみせましょう。お兄様を幸せするのは、私、ティラミスの使命なのです!
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