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115エピローグ
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お城に戻ってきた私は、以前程白の魔術が使えなくなっていた。手に魔力を集中させようとしても、上手くできないというか。一つの村を一気に覆うような大きな結界は作れそうにもない。代わりに他の魔術が使えるようになっていた。火とか水とか、風とかの。救世主としての役目を終えたからなのかな。
私はしばらくの間、クレソンさんの私室の隣部屋で寝たきりになっていたけれど、今は騎士寮に戻ってきている。でも、まだ仕事には復帰できていない。日常が、遠い。
先日、エルフの里に置いてきてしまった仲間達が、城から私が一人で戻ったとの報を受けて、王都へ帰ってきた。マジョラム団長からは、なぜ置いてきぼりにしたのかと責められたけれど、私にもよく分からない。たぶん白魔術の応用か何かで、一気に城へ帰ってきてしまったのだろうけれど、何せ記憶が無いのだ。
ミントさんは、さすがに世界樹の管理人交代が成功したことに、すぐ気づいていたらしい。マジョラム団長を窘めて、私をギュッとしてくれた。褒められたような気もするけれど、空っぽになってしまった私の心は、そう簡単には埋まらない。
実は、マリ姫様の部屋から、私に宛てた手紙が見つかったのだ。さらに、世界樹の加護のあるというペンダントのプレゼントも。ペンダントは、私が世界樹に対して何かを問いかけると、イエスかノーだけ答えてくれるというびっくりなチートアイテム。世界樹は世界のあらゆる事を知っているので、困った時には助けになるはずだと手紙には綴られていた。
マリ姫様の心遣いは嬉しい。なんと、前管理人が一つだけ願いを叶えてくれることになった時、このアイテムをお願いしたらしいのだ。もっと、他のお願いをすればいいのにね。
でも、素直に喜ぶことはできなかった。彼女の名残りがあると、余計に「いない」ことが浮き彫りになってしまう。
一方お城では、旅の仲間も全員が王都へ帰還したタイミングで再び式典が行われ、ハーヴィー王国だけでなく世界中で管理人交代が盛大に祝われた。私も一応式典には参加して、クレソンさんから労いの言葉をもらうことに。さらには褒美も貰える事になったけれど、私には欲しいものが何も無かった。
ただ、ただ、許されたいと思っていた。
「だって、マリ姫様を殺したのは私だもの」
ベッドから身を起こしただけの状態。視線は窓の外。どこか遠く。私は、クレソンさんがお見舞いに来てくれたので彼と話をしていた。
「母上も同じようなことを言ってるよ」
クレソンさんは、淡々と話す。同情するでもなく、無理に私を奮い立てようとするでもなく。ただ私の隣にいて、私が回復するのを静かに待ってくれていた。
「王家だけじゃない。騎士達も沈んだままだな」
今日はオレガノ総帥も来てくれている。私が不在にしている間に、皆すっかり昇進しちゃったみたい。でも偉そうぶったところはなくて、以前と変わらず私と話をしてくれるところが嬉しい。
「でもな、エース。いつまでそうやってるつもりだ?」
私は窓の外からオレガノ総帥に目を向けた。
「私、どうしたらいいのか分からないんです」
ここまで抜け殻みたいになってしまったのは初めてだ。騎士をクビになった時でさえ、王都を出て北を目指す力は残っていたのに、今は指一本動かすのも億劫になる。
「正直言って、俺も分かんねぇよ。だけど、何もしなければ姫様が帰ってくるってわけでもない。そうだろ?」
「はい」
いい子に返事をするも、本当の意味では何も理解できそうにもない。理屈とか論理立てた何かなどが、もはや私の心に通用しなくなっていた。そんな私を見て小さくため息をつくと、オレガノ総帥が私の頭を大きな手で撫で付ける。髪がぐしゃぐしゃになった。けれど、それもすぐにどうでもよくなってくる。
「なぁ、エース。もし、お前の言い分がその通りだとしよう。それでも、お前だけが加害者ってわけじゃぁない。もしかして、一人だけで苦しんでると思ってないか? それに、ちゃんと立ち上がろうっていう気は無いのか?」
「総帥!」
クレソンさんが声を荒げて制止した。オレガノ総帥は、降参のジェスチャーをして、ベッドから一歩引き下がる。私は内心、弱ったな、と思った。オレガノ総帥って、やっぱり私のことをよく見ている。痛いところを言い当てられてしまったというか、居心地が悪くなってしまった。
私、やっぱり逃げてるんだろうか。悲劇のヒロインの真似事をして、何かを見ないフリをしているんだろうか。
もしくは、本当はあの時、クレソンさんを選ばずにマリ姫様を選ぶべきだった? ううん、違う。私はクレソンさんがいい。衛介であるマリ姫様とは、また別次元のご縁で結ばれていたのだ。ここに居たい、ここに居ていいんだと思える程の包容力があるのは、クレソンさんの右に出る人はいない。だから、後悔はしていないのに。どうして私――。
「何かなぁ、エース見てると昔の俺を見ているようで気になっちまうんだ」
「オレガノ総帥が?」
「俺も初めからこうだったわけじゃない。どちらかと言えばお尋ね者寄りだった新人時代があり、隊長になってからは多くの仲間の死を見送った。俺が後一歩前へ出ていれば、アイツは死ななかったんじゃないかとか、今でも死んだ奴が夢に出てきたりな。また、俺の不行き届きで誰かが死んじまうんじゃないか、とか。実は今でもいろんなことが怖い」
彼の日頃の言動を見ていると、まさかそんなことを考えていたとは露程も気づいていなかった私。何も知らずに自分のことばかり考えていた自分が恥ずかしくなる。オレガノ総帥のことも心配になってきた。
「そんな顔しなくても、俺は怖いからって仕事放棄したり、自殺したりはしない。だってな、そんなことしたら死んでいった奴らが浮かばれないじゃないか。皆そんなの望んでいない」
総帥は、悪戯っぽく笑う。
「そうですね」
この人が元気無いとか、泣いてるとか、そんなのオレガノ総帥じゃないよ。
「エースだって、そうだ。姫様も、お前が元気を無くするために世界樹の管理人になったわけじゃないだろ?」
私の頭の奥では、マリ姫様の声が蘇る。管理人を継ぐことで、世界ごと私を守るって、幸せにするって。マリ姫様の中に眠る衛介の魂が、それこそ魂レベルの強さをもって私に語りかけてくれたのは一度や二度では無かった。
「それにな、誰もが業を背負って生きてるもんだ。生まれてから死ぬまで何一つ悪いことをしない奴も、後悔するようなことをしない奴も、いるわけがない。要は、どうすれば良いのか、どうなりたいのか、真剣に考えることだ」
私は、少し目を伏せた。マリ姫様を見送った後、私が帰ってきたのはここ、ハーヴィー王城である。クレソンさんと顔を合わせた途端、糸が切れたように倒れたと聞かされている。無意識であっても、やはり私にとって彼はそれ程までに特別で大切な人であり、私の居場所であることは確か。うん。今も私はあの時の決意が揺らいでいない。私は何があっても、クレソンさんの隣にいたいんだ。
「オレガノ総帥。私、やっぱり……」
「あぁ、もう、言いたいことは分かってるから皆まで言うな。未だに独り身のオジサンには、もう少し気を遣ってくれ」
「へ?」
「ほら、クレソンなんてずっと塞ぎ込んでたんだぞ。未だに姫様に対抗心燃やしてるというか。僕にはエースを救えないんだろうかとか、女々しいことばっかり言いやがって……」
「総帥! それは言わないはずじゃ!」
焦ったのか、クレソンさんはオレガノ総帥の襟元に掴みかかった。その瞬間、私の中でストンっと腑に落ちるものがあった。
「オレガノ総帥、ありがとうございます。私、答えを見つけた気がします」
そうだ。私、こんな日常を大切にしたい。クレソンさんが顔を曇らせてるのは見たくない。私が彼を幸せにするって決めてたのに、この体たらくじゃ駄目だ。私は、マリ姫様が、衛介が救ってくれたこの世界で、彼を支え続けて歩んでいくんだ。
それでも私の罪は消えるわけじゃない。だけど、その罪に押し潰されてしまわないように、一緒に耐えてくれる人がいる。私は一人じゃないし、犯した罪もオレガノ総帥のように長い時間をかけて向き合っていけばいいのかもしれない。
そのためにも。
「クレソンさん、お願いがあります」
最近私は口数も少なくなっていたので、珍しく「お願い」をする私に、クレソンさんは笑顔を輝かせている。
「どうしたの? 何でも言って?」
「あの、マリ姫様の弔いをさせてください」
もちろん亡骸なんて無い。それに正式には亡くなったわけではないのだろうけれど、その存在は確実にこの世から消えてしまった。私は、改めて彼とお別れをする必要がある。今度こそ、焼き鳥をきちんとお供えして、私なりのケジメをつけておきたい。
「そうだね。城内には、個人的に彼女を慕っていた人が多い。城の庭で、静かにお別れ会を執り行おう」
「ありがとうございます。それと……」
「なぁに?」
「いつになったら、私と結婚してくれるんですか?」
私は、精一杯のドヤ顔をしてみせる。
しばらく、沈黙が流れた。
「エース……」
「お前なぁ……」
苦笑する二人。そんなに残念な子を見るような目を向けなくてもいいのに。
実はこれも、城に戻ったら必ずしようと思っていたこどだったのだ。私から、ちゃんとクレソンさんに妻になる意志を伝えること。私は流されたわけでもなく、消去法でもなく、自ら彼を選び、彼のものになりたいということを分かってもらいたかったから。
◇
月日は流れ、それから約半年が経った。その間にアンゼリカさんとステビアさんは婚約した。そして、私はクレソンさんの妻になった。結婚式を挙げたのだ。
結婚式の準備は、かなり前からなされていたらしい。ディル大臣の張り切り様は若干引く程のものだったが、ありがたいことには変わりない。
王の結婚ともなると、盛大なものだ。隣国からも多くの王族が式に参列してくださり、その中にはもちろんオニキス王子の姿もあった。ずっと私をミネラール王国へスカウトしていた彼だけれど、「やっぱり君はクレソンのものなんだね」と言って、寂しそうに笑ってたっけ。
さらに、国内の貴族の方々や、王都の人々にも祝福されることとなった。私が安心して王妃の座につけるよう、アンゼリカさんのお父さん、お母さん、そしてコリアンダー宰相夫妻がかなり動き回ってくれたお陰である。
そして今回私にとって最大のゲストは、お父さんだった。お父さんはずっとワラベ村にいたので、私は白魔術の空中散歩で迎えに行った。ワラベ村も一大和食素材の産地として発展できているので、これを機に王都に住まないかと薦めると、快く頷いてくれた。お母さんと離れ離れも寂しいものね。私とも会いやすくなるよ。
お母さんは相変わらず王妃様と行動を共にしていることが多い。元々キャリアウーマンだったので、大きな仕事をたくさんすることができて楽しそうだ。たまにはお父さんのことも構ってあげてほしい。
結婚式には、この世界らしからぬ白いドレスを着た。世界樹信仰の強いこの世界では、緑が主流なので微妙かな?と心配していたけれど、私は白の魔術の使い手としても広く知られているので、クレソンさんは白の方がしっくり来ると言って背中を押してくれた。私は、異世界にいながらも日本感覚を保たせてくれる彼の器の大きさに感動したのは言うまでもない。
結婚式の後は、王妃としての生活が始まった。私には、なんとサフランさんが侍女としてついてくれることになった。彼女は「なんで元門衛の世話なんてしなきゃなんないのよ」などと文句を言いつつも、ラベンダーさんにしごかれた手腕をしっかりと発揮してくれている。
公務の間には、ラベンダーさんと過ごすことも多い。彼女はマリ姫様からたくさんの書き置きのようなものを託されていて、それを本にしようとしているのだ。中には日本語で書かれた部分もあって、私は懐かしくも切ない気持ちになってしまう。時には王妃様も一緒になって、マリ姫様の遺産を読み耽ることとなった。
マリ姫様が世界樹の管理人になって、早半年余り。誰もがマリ姫様のことは綺麗な思い出だけ覚えていて、細かなところなんて忘れていって、どんどん神様みたいになっていく。それでも、私は個人としてのマリ姫様を決して忘れない。彼女は人間であったし、感情があったし、確かにここで生きていたのだ。遺された文からは、それがひしひしと伝わってくる。
私は業を背負っている。
私の我儘と、この世界の摂理と、いろいろが合わさって、誤魔化しながら生きている。王妃となった限りはクレソンさんの子孫を残す努力が必要で、いつか先の世の世代でまた誰かを若くして殺すために、生きているようなものでもある。結婚してからも悩むことはあるけれど、それでもマリ姫様が選んだ未来、決心を大切にするためにも、私は私なりにできることをしていきたい。彼女に守られたこの世界で、クレソンさんと共にまっすぐ前を向いて生きていく。
矛盾の多い人生かもしれない。だけど、私は自分の選んだ道を責任をもって全うしたいのだ。
その後、私とクレソンさんは三人の子どもに恵まれた。そして、子孫のために元救世主として知ることをできる限り書き記し、ついでにたくさんの日記もつけた。そしてマリ姫様の自伝と一緒に王と王妃だけが入ることのできる城の隠し部屋へ納めておいた。でもいつの間にか、その一部がハヴィリータイムス社に漏れていて、ただの王妃の惚気日記として国民に広まっていたことを私は知らない。
〈完〉
私はしばらくの間、クレソンさんの私室の隣部屋で寝たきりになっていたけれど、今は騎士寮に戻ってきている。でも、まだ仕事には復帰できていない。日常が、遠い。
先日、エルフの里に置いてきてしまった仲間達が、城から私が一人で戻ったとの報を受けて、王都へ帰ってきた。マジョラム団長からは、なぜ置いてきぼりにしたのかと責められたけれど、私にもよく分からない。たぶん白魔術の応用か何かで、一気に城へ帰ってきてしまったのだろうけれど、何せ記憶が無いのだ。
ミントさんは、さすがに世界樹の管理人交代が成功したことに、すぐ気づいていたらしい。マジョラム団長を窘めて、私をギュッとしてくれた。褒められたような気もするけれど、空っぽになってしまった私の心は、そう簡単には埋まらない。
実は、マリ姫様の部屋から、私に宛てた手紙が見つかったのだ。さらに、世界樹の加護のあるというペンダントのプレゼントも。ペンダントは、私が世界樹に対して何かを問いかけると、イエスかノーだけ答えてくれるというびっくりなチートアイテム。世界樹は世界のあらゆる事を知っているので、困った時には助けになるはずだと手紙には綴られていた。
マリ姫様の心遣いは嬉しい。なんと、前管理人が一つだけ願いを叶えてくれることになった時、このアイテムをお願いしたらしいのだ。もっと、他のお願いをすればいいのにね。
でも、素直に喜ぶことはできなかった。彼女の名残りがあると、余計に「いない」ことが浮き彫りになってしまう。
一方お城では、旅の仲間も全員が王都へ帰還したタイミングで再び式典が行われ、ハーヴィー王国だけでなく世界中で管理人交代が盛大に祝われた。私も一応式典には参加して、クレソンさんから労いの言葉をもらうことに。さらには褒美も貰える事になったけれど、私には欲しいものが何も無かった。
ただ、ただ、許されたいと思っていた。
「だって、マリ姫様を殺したのは私だもの」
ベッドから身を起こしただけの状態。視線は窓の外。どこか遠く。私は、クレソンさんがお見舞いに来てくれたので彼と話をしていた。
「母上も同じようなことを言ってるよ」
クレソンさんは、淡々と話す。同情するでもなく、無理に私を奮い立てようとするでもなく。ただ私の隣にいて、私が回復するのを静かに待ってくれていた。
「王家だけじゃない。騎士達も沈んだままだな」
今日はオレガノ総帥も来てくれている。私が不在にしている間に、皆すっかり昇進しちゃったみたい。でも偉そうぶったところはなくて、以前と変わらず私と話をしてくれるところが嬉しい。
「でもな、エース。いつまでそうやってるつもりだ?」
私は窓の外からオレガノ総帥に目を向けた。
「私、どうしたらいいのか分からないんです」
ここまで抜け殻みたいになってしまったのは初めてだ。騎士をクビになった時でさえ、王都を出て北を目指す力は残っていたのに、今は指一本動かすのも億劫になる。
「正直言って、俺も分かんねぇよ。だけど、何もしなければ姫様が帰ってくるってわけでもない。そうだろ?」
「はい」
いい子に返事をするも、本当の意味では何も理解できそうにもない。理屈とか論理立てた何かなどが、もはや私の心に通用しなくなっていた。そんな私を見て小さくため息をつくと、オレガノ総帥が私の頭を大きな手で撫で付ける。髪がぐしゃぐしゃになった。けれど、それもすぐにどうでもよくなってくる。
「なぁ、エース。もし、お前の言い分がその通りだとしよう。それでも、お前だけが加害者ってわけじゃぁない。もしかして、一人だけで苦しんでると思ってないか? それに、ちゃんと立ち上がろうっていう気は無いのか?」
「総帥!」
クレソンさんが声を荒げて制止した。オレガノ総帥は、降参のジェスチャーをして、ベッドから一歩引き下がる。私は内心、弱ったな、と思った。オレガノ総帥って、やっぱり私のことをよく見ている。痛いところを言い当てられてしまったというか、居心地が悪くなってしまった。
私、やっぱり逃げてるんだろうか。悲劇のヒロインの真似事をして、何かを見ないフリをしているんだろうか。
もしくは、本当はあの時、クレソンさんを選ばずにマリ姫様を選ぶべきだった? ううん、違う。私はクレソンさんがいい。衛介であるマリ姫様とは、また別次元のご縁で結ばれていたのだ。ここに居たい、ここに居ていいんだと思える程の包容力があるのは、クレソンさんの右に出る人はいない。だから、後悔はしていないのに。どうして私――。
「何かなぁ、エース見てると昔の俺を見ているようで気になっちまうんだ」
「オレガノ総帥が?」
「俺も初めからこうだったわけじゃない。どちらかと言えばお尋ね者寄りだった新人時代があり、隊長になってからは多くの仲間の死を見送った。俺が後一歩前へ出ていれば、アイツは死ななかったんじゃないかとか、今でも死んだ奴が夢に出てきたりな。また、俺の不行き届きで誰かが死んじまうんじゃないか、とか。実は今でもいろんなことが怖い」
彼の日頃の言動を見ていると、まさかそんなことを考えていたとは露程も気づいていなかった私。何も知らずに自分のことばかり考えていた自分が恥ずかしくなる。オレガノ総帥のことも心配になってきた。
「そんな顔しなくても、俺は怖いからって仕事放棄したり、自殺したりはしない。だってな、そんなことしたら死んでいった奴らが浮かばれないじゃないか。皆そんなの望んでいない」
総帥は、悪戯っぽく笑う。
「そうですね」
この人が元気無いとか、泣いてるとか、そんなのオレガノ総帥じゃないよ。
「エースだって、そうだ。姫様も、お前が元気を無くするために世界樹の管理人になったわけじゃないだろ?」
私の頭の奥では、マリ姫様の声が蘇る。管理人を継ぐことで、世界ごと私を守るって、幸せにするって。マリ姫様の中に眠る衛介の魂が、それこそ魂レベルの強さをもって私に語りかけてくれたのは一度や二度では無かった。
「それにな、誰もが業を背負って生きてるもんだ。生まれてから死ぬまで何一つ悪いことをしない奴も、後悔するようなことをしない奴も、いるわけがない。要は、どうすれば良いのか、どうなりたいのか、真剣に考えることだ」
私は、少し目を伏せた。マリ姫様を見送った後、私が帰ってきたのはここ、ハーヴィー王城である。クレソンさんと顔を合わせた途端、糸が切れたように倒れたと聞かされている。無意識であっても、やはり私にとって彼はそれ程までに特別で大切な人であり、私の居場所であることは確か。うん。今も私はあの時の決意が揺らいでいない。私は何があっても、クレソンさんの隣にいたいんだ。
「オレガノ総帥。私、やっぱり……」
「あぁ、もう、言いたいことは分かってるから皆まで言うな。未だに独り身のオジサンには、もう少し気を遣ってくれ」
「へ?」
「ほら、クレソンなんてずっと塞ぎ込んでたんだぞ。未だに姫様に対抗心燃やしてるというか。僕にはエースを救えないんだろうかとか、女々しいことばっかり言いやがって……」
「総帥! それは言わないはずじゃ!」
焦ったのか、クレソンさんはオレガノ総帥の襟元に掴みかかった。その瞬間、私の中でストンっと腑に落ちるものがあった。
「オレガノ総帥、ありがとうございます。私、答えを見つけた気がします」
そうだ。私、こんな日常を大切にしたい。クレソンさんが顔を曇らせてるのは見たくない。私が彼を幸せにするって決めてたのに、この体たらくじゃ駄目だ。私は、マリ姫様が、衛介が救ってくれたこの世界で、彼を支え続けて歩んでいくんだ。
それでも私の罪は消えるわけじゃない。だけど、その罪に押し潰されてしまわないように、一緒に耐えてくれる人がいる。私は一人じゃないし、犯した罪もオレガノ総帥のように長い時間をかけて向き合っていけばいいのかもしれない。
そのためにも。
「クレソンさん、お願いがあります」
最近私は口数も少なくなっていたので、珍しく「お願い」をする私に、クレソンさんは笑顔を輝かせている。
「どうしたの? 何でも言って?」
「あの、マリ姫様の弔いをさせてください」
もちろん亡骸なんて無い。それに正式には亡くなったわけではないのだろうけれど、その存在は確実にこの世から消えてしまった。私は、改めて彼とお別れをする必要がある。今度こそ、焼き鳥をきちんとお供えして、私なりのケジメをつけておきたい。
「そうだね。城内には、個人的に彼女を慕っていた人が多い。城の庭で、静かにお別れ会を執り行おう」
「ありがとうございます。それと……」
「なぁに?」
「いつになったら、私と結婚してくれるんですか?」
私は、精一杯のドヤ顔をしてみせる。
しばらく、沈黙が流れた。
「エース……」
「お前なぁ……」
苦笑する二人。そんなに残念な子を見るような目を向けなくてもいいのに。
実はこれも、城に戻ったら必ずしようと思っていたこどだったのだ。私から、ちゃんとクレソンさんに妻になる意志を伝えること。私は流されたわけでもなく、消去法でもなく、自ら彼を選び、彼のものになりたいということを分かってもらいたかったから。
◇
月日は流れ、それから約半年が経った。その間にアンゼリカさんとステビアさんは婚約した。そして、私はクレソンさんの妻になった。結婚式を挙げたのだ。
結婚式の準備は、かなり前からなされていたらしい。ディル大臣の張り切り様は若干引く程のものだったが、ありがたいことには変わりない。
王の結婚ともなると、盛大なものだ。隣国からも多くの王族が式に参列してくださり、その中にはもちろんオニキス王子の姿もあった。ずっと私をミネラール王国へスカウトしていた彼だけれど、「やっぱり君はクレソンのものなんだね」と言って、寂しそうに笑ってたっけ。
さらに、国内の貴族の方々や、王都の人々にも祝福されることとなった。私が安心して王妃の座につけるよう、アンゼリカさんのお父さん、お母さん、そしてコリアンダー宰相夫妻がかなり動き回ってくれたお陰である。
そして今回私にとって最大のゲストは、お父さんだった。お父さんはずっとワラベ村にいたので、私は白魔術の空中散歩で迎えに行った。ワラベ村も一大和食素材の産地として発展できているので、これを機に王都に住まないかと薦めると、快く頷いてくれた。お母さんと離れ離れも寂しいものね。私とも会いやすくなるよ。
お母さんは相変わらず王妃様と行動を共にしていることが多い。元々キャリアウーマンだったので、大きな仕事をたくさんすることができて楽しそうだ。たまにはお父さんのことも構ってあげてほしい。
結婚式には、この世界らしからぬ白いドレスを着た。世界樹信仰の強いこの世界では、緑が主流なので微妙かな?と心配していたけれど、私は白の魔術の使い手としても広く知られているので、クレソンさんは白の方がしっくり来ると言って背中を押してくれた。私は、異世界にいながらも日本感覚を保たせてくれる彼の器の大きさに感動したのは言うまでもない。
結婚式の後は、王妃としての生活が始まった。私には、なんとサフランさんが侍女としてついてくれることになった。彼女は「なんで元門衛の世話なんてしなきゃなんないのよ」などと文句を言いつつも、ラベンダーさんにしごかれた手腕をしっかりと発揮してくれている。
公務の間には、ラベンダーさんと過ごすことも多い。彼女はマリ姫様からたくさんの書き置きのようなものを託されていて、それを本にしようとしているのだ。中には日本語で書かれた部分もあって、私は懐かしくも切ない気持ちになってしまう。時には王妃様も一緒になって、マリ姫様の遺産を読み耽ることとなった。
マリ姫様が世界樹の管理人になって、早半年余り。誰もがマリ姫様のことは綺麗な思い出だけ覚えていて、細かなところなんて忘れていって、どんどん神様みたいになっていく。それでも、私は個人としてのマリ姫様を決して忘れない。彼女は人間であったし、感情があったし、確かにここで生きていたのだ。遺された文からは、それがひしひしと伝わってくる。
私は業を背負っている。
私の我儘と、この世界の摂理と、いろいろが合わさって、誤魔化しながら生きている。王妃となった限りはクレソンさんの子孫を残す努力が必要で、いつか先の世の世代でまた誰かを若くして殺すために、生きているようなものでもある。結婚してからも悩むことはあるけれど、それでもマリ姫様が選んだ未来、決心を大切にするためにも、私は私なりにできることをしていきたい。彼女に守られたこの世界で、クレソンさんと共にまっすぐ前を向いて生きていく。
矛盾の多い人生かもしれない。だけど、私は自分の選んだ道を責任をもって全うしたいのだ。
その後、私とクレソンさんは三人の子どもに恵まれた。そして、子孫のために元救世主として知ることをできる限り書き記し、ついでにたくさんの日記もつけた。そしてマリ姫様の自伝と一緒に王と王妃だけが入ることのできる城の隠し部屋へ納めておいた。でもいつの間にか、その一部がハヴィリータイムス社に漏れていて、ただの王妃の惚気日記として国民に広まっていたことを私は知らない。
〈完〉
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