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112ハーヴィー王国の重鎮達※
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★今回は、クレソン視点のお話です。
エースから手紙が来た。それは地方視察が終わり、王都へ戻ろうかとしていたタイミングの馬車の中。冒険者ギルドの職員が、近くにいた騎士を介して届けてくれた。
早速開封してみる。エースはエルフの里まで無事に辿り着き、そこで綴られたもののようだ。彼女と離れてから四日。エルフの里から最寄りのギルドまでは、れいの連絡網が構築されていなかったらしく、いつもよりもタイムラグがあっての到着だ。
エルフの里は、僕も行ったことがない。実在したことに驚くぐらいだ。里は世界樹の聖域との境界に位置し、そこからはローズマリーとエースの二人旅になると記されている。今頃、衛介と姫乃として、楽しく世界樹を目指しているのだろうか。と思うと、どうしてももやっとしてまうが、今更妬いても仕方がない。エースが帰ってくるまでにせねばならないことは、山程あるのだから。僕は、僕のできることをする。最終的にエースを手に入れたのは僕だ。その事実が今の僕の大きな自信に繋がっていること、彼女は全然分かっていないかもしれないな。
馬車の窓から空を仰ぐ。エースに思いを馳せる。彼女に守られた城が見えてきた。
◇
「異常有りませんでした」
王の執務室。S級冒険者のタラゴンが、堂々とこう述べた。僕やエースが城を不在にするにあたり、念の為城の警備に当たらせていたのだ。もちろん、ハーヴィー王国には第八騎士団第六部隊という素晴らしい部隊もいる。だが、対外的には彼らの力量は意外にも知られてはいない。ここぞとばかりに、旧宰相派などが騒ぎ出してもつまらないので、名声も実力もあるS級冒険者を起用したのだ。お陰で滅多なことをしようとする者は出なかったようだ。僥倖。
かつて、騎士と冒険者は犬猿の仲だった。でもエースの行いをきっかけに、長年の無意味なわだかまりはほぼ消え去り、ミントさんの助力もあって、今や城と冒険者ギルドはウィンウィンの間柄になっている。まず、互いの職務の境界を正した。腐敗した役員は片っ端から罷免、処罰を下し、騎士も各地の治安をきちんと守る。ごく当たり前のことをしているだけなのだが、存外当たり前のことを長く継続するのは難しい。これは、今後の僕の腕にもかかっていることだろう。
とりあえずタラゴンは下がらせて、次にいつものメンバーに招集をかけた。オレガノ隊長、コリアンダー宰相、ディル班長、ラムズイヤーだ。
「覚悟は決まりましたか?」
コリアンダー宰相に尋ねてみる。まぁ、これは尋ねたところで無駄だ。既に彼には辞令が下り、宰相の仕事はスタートしてしまっている。周囲も彼が適任だと認めているので、今本人がこの役職を受けないと固辞したところで、歯車はもう回り始めてしまった。後戻りはできやしない。
「随分と意地悪な方になりましたね」
「少しは王らしくなっただろうか」
「狡い手回しも力量のうちということにしておきましょう」
コリアンダー宰相は元上司だ。本来は王らしく、こんな丁寧な話し方はしなくても良いのだろうが、未だ昔の癖が抜けないのは許してもらいたい。
「ですが、ラベンダーを巻き込むのはこれきりにしていただきたい」
実はコリアンダー宰相が素直に受けてくれるとは思わなかったので、彼女の妻に協力してもらったのだ。まず、宰相室を一新。あんな事件があった部屋に新たな宰相を迎え入れるわけにはいかないからだ。あの部屋は中を清めた後で閉鎖して、別部屋を設けることにした。その内装などを城勤めも長いラベンダーさんなのだ。コリアンダー宰相も愛妻が手掛けた部屋を使わないとは言えない。なし崩し的に、宰相の仕事を始めることになってしまった。
「これからも我が国に素直に貢献してくださる限りは、もう絡め手なんて使いませんよ」
コリアンダー宰相は笑みを浮かべているが、若干黒い顔をしている。王もそうだが、宰相も大なり小なり裏仕事を含め、黒いところを持たなければならないのは必然だ。それが彼の父親のようにバランスを極端に崩さないようにするためには、互いの監視と、安らげる家庭が重要だと思う。
あ、でもこの方にはまだそれを望めないか。と内心思いつつ、次はオレガノ隊長に向き直った。
「さて、隊長も他人事じゃないですよ?」
「え?」
「オレガノ隊長には、本日付けでハーヴィー王国騎士団総帥を任ずる」
僕はラムに目で合図した。すぐに彼は机から一枚の書類を持ってくる。
「辞令です」
「いや、俺は」
オレガノ隊長は青天の霹靂という様子で、大の大人の癖にその狼狽っぷりは酷い。
「既にニゲラが全騎士団団長からの推薦を取り付けている。さらに、王である私がそれを承認した。問題はどこにもない」
「おい! それは……じゃなくて、ですね!」
「第八騎士団第六部隊が王国一の部隊であることは、所属していた私自身が実感していることだし、事実その通り。様々な出自の猛者を長年取りまとめてきた手腕、いつも魔物の大群に先頭を切って挑んできた勇ましさやカリスマ性、実力。どれをとっても総帥に相応しい」
「じゃ、王が兼任というのは……」
もちろんその手もあった。だけどそれでは、あの者と同じではないか。
「私は前宰相のようにはならない。重要ポストを全て直轄にせねばならない程、余裕が無いつもりもないからな」
もちろんそれは、間違った方向に行けば諌めてくれそうな人、エースといういつも新しい風を吹かせてくれる人が、すぐ近くにいるから大丈夫、という意味だ。彼らは僕が持っている一番の財産である。
それと日頃の感謝を話すと、オレガノ隊長もすぐに折れてくれた。人情的な切り口で攻めると、落としやすい人物である。
ここで、顔色の悪い人物が一人。ディル班長である。この流れだと、だいたいこの先の展開が予想できているのだろう。その推測は、正しい。
「次に、ディル班長には第八騎士団第六部隊班長と兼務で、文化振興大臣を任ずる」
あ、ディル班長がガクリと座り込んだ。「大臣って、何ですか? 俺、無理っす」という呟きが足元から聞こえてくる。
彼には随分前から世話になってきた。きっかけはローズマリー生誕記念式典の際のふるまいだった。孤児出身の彼の独自ネットワークを使い、今では彼が率いる組織は巨大なものになっている。一見、腕はたつが小物感が拭えない彼がそのボスだとは、ほとんどの人は知らないだろう。彼は、エースをきっかけに広まりつつある日本食の振興、旧宰相派の洗い出しなどの裏仕事を主に担当してもらってきた。しかし今後はその仕事も平和的なものの比重が大きくなるだろう。つまり表向きの役職を持つ潮時ということだ。
「班長、よろしくお願いします」
彼に、北班所属の一騎士であった頃のノリで敬礼してみせる。王にこんなことをさせては、上下関係には厳しい彼も立つ瀬がなかったらしい。すぐさま敬礼を返してきた。
「任せてくださいっす」
よし。これで最低限の配置は終わった。これだけ身内と思える人で固めることができれば、エースも安心して城に戻ってこれるはず。ん? ラムズイヤー? あぁ、アイツは引き続き僕の秘書。そのうち、仰々しい名前のついた新役職でも与えるとしよう。そんなものなくても、彼はきっと僕と二人三脚で政務に励んでくれるはずだ。そういう意味での信頼は、エースに匹敵する程高い。
「さて、新役職や兼務など、これからはますます各々が忙しくなっていくだろう。だが、皆ちゃんと後任は育成しているだろう? ここにいる者は、部下からも慕われているものばかり。引き継ぎはきちんと済ませ、新天地でも活躍してほしい」
「はい」
皆が同時に頷く。まさか第八騎士団第六部隊がこの国の上層を牛耳ることになる日がくるなんて、一年前は誰が予想できただろうか。皆の顔を見回すと、ふつふつと嬉しさがこみ上げてきた。そんな気持ちを、いきなりへし折ってきたのはディル大臣。
「これからも、ここで皆が集まって会議することもあるんっすか?」
「そうだな」
「エース……王妃様もお越しになることもありますよね?」
「そうだろうな」
もう王妃とは気が早い。が、既にその心づもりでいてくれるのは評価しよう。
「それならば、この部屋も可愛らしくするべきです」
「え?」
「任せてください。文化振興は王の部屋からです!」
「いや、ちょっと待て」
「大丈夫です。エースから日本風カワイイの極意を先日聞きましたので、徹底的に再現してみせます!」
「あの、そういう意味じゃなくて」
「あ、急ぎですか? 分かりました。今夜から改装しますから」
「違う。全く急いでいない。もっと急ぐべきことが……!」
ここでようやくディル大臣の暴走が止まったかに見えた。
「あ、そうでした。肝心なものを忘れてました」
「何だ? しょーもないこと言うなよ?」
オレガノ総帥がディル大臣を睨む。
「エースの花嫁衣裳っすよ! 普通の貴族のご令嬢でも、夜会の最低一ヶ月前には準備を始めるっす。それが一生に一度の結婚式となれば、絶対に手を抜けません!」
「それ、お前が気にかけることか?」
「当たり前っす! エースは俺の乙女趣味を唯一受け入れてくれた友。友の晴れの舞台はこの腕にかけて完璧に……」
いつの間にかアウェイになっている僕。うん、そうだね。皆、エースのこと好きだからな。でも、あげないからね、絶対に。
「ディル大臣、それならば、まずはエースのお母上などにも相談した方がいい。エースは元々この世界の人じゃないんだ。私達と別の風習があるといけない」
「そうっすね! お母上とは仕事でもお世話になっているっす。次の会議の時にでも相談してみるっす!」
そこへ、コリアンダー宰相も話に入ってきた。
「でも、ディル。お前は忙しんだから、自分で縫うとか言わないように」
「分かってます。既に良い仕立て屋やデザイナーはリストアップしてますから!」
うーん。いろいろ心配はあるけれど、皆で結婚式を作り上げるのもいいかもしれない。
その後は、地方視察の報告や、不在中の報告のやり取りをしたかったのにエースの衣装の話ばかり。やれやれ。ディル大臣はともかく、オレガノ総帥まで女性の衣装にここまでの拘りを見せるとは意外だな。
「コリアンダー宰相は、輪に入らなくていいのですか?」
同じくため息をついている彼に話しかけてみる。
「自分の時は、妻が自分の着たいものを実家と相談して用意してしまったので、そのあたりのノウハウは何も」
ノウハウとは。そんな堅苦しいものではないと思うのだが。
「それはそうと、奥方はお元気か?」
ラベンダーさんと言えば、ローズマリー付きの侍女だった。ローズマリーが出発してからは、侍女長として城勤めを続けているのだが、あれだけ信奉していた主を失くすと、さぞかしショックは大きいことだろう。
コリアンダー宰相は少し難しい顔をしていたが、返事は予想外のものだった。
「びっくりするぐらいに元気です。姫様から頼まれたことがあるとか、せねばならないことがあるとか言って、忙しそうですよ」
つまり、夫そっちのけで未だにローズマリー信仰が続いているということか。少しだけ、気の毒になった。
エースから手紙が来た。それは地方視察が終わり、王都へ戻ろうかとしていたタイミングの馬車の中。冒険者ギルドの職員が、近くにいた騎士を介して届けてくれた。
早速開封してみる。エースはエルフの里まで無事に辿り着き、そこで綴られたもののようだ。彼女と離れてから四日。エルフの里から最寄りのギルドまでは、れいの連絡網が構築されていなかったらしく、いつもよりもタイムラグがあっての到着だ。
エルフの里は、僕も行ったことがない。実在したことに驚くぐらいだ。里は世界樹の聖域との境界に位置し、そこからはローズマリーとエースの二人旅になると記されている。今頃、衛介と姫乃として、楽しく世界樹を目指しているのだろうか。と思うと、どうしてももやっとしてまうが、今更妬いても仕方がない。エースが帰ってくるまでにせねばならないことは、山程あるのだから。僕は、僕のできることをする。最終的にエースを手に入れたのは僕だ。その事実が今の僕の大きな自信に繋がっていること、彼女は全然分かっていないかもしれないな。
馬車の窓から空を仰ぐ。エースに思いを馳せる。彼女に守られた城が見えてきた。
◇
「異常有りませんでした」
王の執務室。S級冒険者のタラゴンが、堂々とこう述べた。僕やエースが城を不在にするにあたり、念の為城の警備に当たらせていたのだ。もちろん、ハーヴィー王国には第八騎士団第六部隊という素晴らしい部隊もいる。だが、対外的には彼らの力量は意外にも知られてはいない。ここぞとばかりに、旧宰相派などが騒ぎ出してもつまらないので、名声も実力もあるS級冒険者を起用したのだ。お陰で滅多なことをしようとする者は出なかったようだ。僥倖。
かつて、騎士と冒険者は犬猿の仲だった。でもエースの行いをきっかけに、長年の無意味なわだかまりはほぼ消え去り、ミントさんの助力もあって、今や城と冒険者ギルドはウィンウィンの間柄になっている。まず、互いの職務の境界を正した。腐敗した役員は片っ端から罷免、処罰を下し、騎士も各地の治安をきちんと守る。ごく当たり前のことをしているだけなのだが、存外当たり前のことを長く継続するのは難しい。これは、今後の僕の腕にもかかっていることだろう。
とりあえずタラゴンは下がらせて、次にいつものメンバーに招集をかけた。オレガノ隊長、コリアンダー宰相、ディル班長、ラムズイヤーだ。
「覚悟は決まりましたか?」
コリアンダー宰相に尋ねてみる。まぁ、これは尋ねたところで無駄だ。既に彼には辞令が下り、宰相の仕事はスタートしてしまっている。周囲も彼が適任だと認めているので、今本人がこの役職を受けないと固辞したところで、歯車はもう回り始めてしまった。後戻りはできやしない。
「随分と意地悪な方になりましたね」
「少しは王らしくなっただろうか」
「狡い手回しも力量のうちということにしておきましょう」
コリアンダー宰相は元上司だ。本来は王らしく、こんな丁寧な話し方はしなくても良いのだろうが、未だ昔の癖が抜けないのは許してもらいたい。
「ですが、ラベンダーを巻き込むのはこれきりにしていただきたい」
実はコリアンダー宰相が素直に受けてくれるとは思わなかったので、彼女の妻に協力してもらったのだ。まず、宰相室を一新。あんな事件があった部屋に新たな宰相を迎え入れるわけにはいかないからだ。あの部屋は中を清めた後で閉鎖して、別部屋を設けることにした。その内装などを城勤めも長いラベンダーさんなのだ。コリアンダー宰相も愛妻が手掛けた部屋を使わないとは言えない。なし崩し的に、宰相の仕事を始めることになってしまった。
「これからも我が国に素直に貢献してくださる限りは、もう絡め手なんて使いませんよ」
コリアンダー宰相は笑みを浮かべているが、若干黒い顔をしている。王もそうだが、宰相も大なり小なり裏仕事を含め、黒いところを持たなければならないのは必然だ。それが彼の父親のようにバランスを極端に崩さないようにするためには、互いの監視と、安らげる家庭が重要だと思う。
あ、でもこの方にはまだそれを望めないか。と内心思いつつ、次はオレガノ隊長に向き直った。
「さて、隊長も他人事じゃないですよ?」
「え?」
「オレガノ隊長には、本日付けでハーヴィー王国騎士団総帥を任ずる」
僕はラムに目で合図した。すぐに彼は机から一枚の書類を持ってくる。
「辞令です」
「いや、俺は」
オレガノ隊長は青天の霹靂という様子で、大の大人の癖にその狼狽っぷりは酷い。
「既にニゲラが全騎士団団長からの推薦を取り付けている。さらに、王である私がそれを承認した。問題はどこにもない」
「おい! それは……じゃなくて、ですね!」
「第八騎士団第六部隊が王国一の部隊であることは、所属していた私自身が実感していることだし、事実その通り。様々な出自の猛者を長年取りまとめてきた手腕、いつも魔物の大群に先頭を切って挑んできた勇ましさやカリスマ性、実力。どれをとっても総帥に相応しい」
「じゃ、王が兼任というのは……」
もちろんその手もあった。だけどそれでは、あの者と同じではないか。
「私は前宰相のようにはならない。重要ポストを全て直轄にせねばならない程、余裕が無いつもりもないからな」
もちろんそれは、間違った方向に行けば諌めてくれそうな人、エースといういつも新しい風を吹かせてくれる人が、すぐ近くにいるから大丈夫、という意味だ。彼らは僕が持っている一番の財産である。
それと日頃の感謝を話すと、オレガノ隊長もすぐに折れてくれた。人情的な切り口で攻めると、落としやすい人物である。
ここで、顔色の悪い人物が一人。ディル班長である。この流れだと、だいたいこの先の展開が予想できているのだろう。その推測は、正しい。
「次に、ディル班長には第八騎士団第六部隊班長と兼務で、文化振興大臣を任ずる」
あ、ディル班長がガクリと座り込んだ。「大臣って、何ですか? 俺、無理っす」という呟きが足元から聞こえてくる。
彼には随分前から世話になってきた。きっかけはローズマリー生誕記念式典の際のふるまいだった。孤児出身の彼の独自ネットワークを使い、今では彼が率いる組織は巨大なものになっている。一見、腕はたつが小物感が拭えない彼がそのボスだとは、ほとんどの人は知らないだろう。彼は、エースをきっかけに広まりつつある日本食の振興、旧宰相派の洗い出しなどの裏仕事を主に担当してもらってきた。しかし今後はその仕事も平和的なものの比重が大きくなるだろう。つまり表向きの役職を持つ潮時ということだ。
「班長、よろしくお願いします」
彼に、北班所属の一騎士であった頃のノリで敬礼してみせる。王にこんなことをさせては、上下関係には厳しい彼も立つ瀬がなかったらしい。すぐさま敬礼を返してきた。
「任せてくださいっす」
よし。これで最低限の配置は終わった。これだけ身内と思える人で固めることができれば、エースも安心して城に戻ってこれるはず。ん? ラムズイヤー? あぁ、アイツは引き続き僕の秘書。そのうち、仰々しい名前のついた新役職でも与えるとしよう。そんなものなくても、彼はきっと僕と二人三脚で政務に励んでくれるはずだ。そういう意味での信頼は、エースに匹敵する程高い。
「さて、新役職や兼務など、これからはますます各々が忙しくなっていくだろう。だが、皆ちゃんと後任は育成しているだろう? ここにいる者は、部下からも慕われているものばかり。引き継ぎはきちんと済ませ、新天地でも活躍してほしい」
「はい」
皆が同時に頷く。まさか第八騎士団第六部隊がこの国の上層を牛耳ることになる日がくるなんて、一年前は誰が予想できただろうか。皆の顔を見回すと、ふつふつと嬉しさがこみ上げてきた。そんな気持ちを、いきなりへし折ってきたのはディル大臣。
「これからも、ここで皆が集まって会議することもあるんっすか?」
「そうだな」
「エース……王妃様もお越しになることもありますよね?」
「そうだろうな」
もう王妃とは気が早い。が、既にその心づもりでいてくれるのは評価しよう。
「それならば、この部屋も可愛らしくするべきです」
「え?」
「任せてください。文化振興は王の部屋からです!」
「いや、ちょっと待て」
「大丈夫です。エースから日本風カワイイの極意を先日聞きましたので、徹底的に再現してみせます!」
「あの、そういう意味じゃなくて」
「あ、急ぎですか? 分かりました。今夜から改装しますから」
「違う。全く急いでいない。もっと急ぐべきことが……!」
ここでようやくディル大臣の暴走が止まったかに見えた。
「あ、そうでした。肝心なものを忘れてました」
「何だ? しょーもないこと言うなよ?」
オレガノ総帥がディル大臣を睨む。
「エースの花嫁衣裳っすよ! 普通の貴族のご令嬢でも、夜会の最低一ヶ月前には準備を始めるっす。それが一生に一度の結婚式となれば、絶対に手を抜けません!」
「それ、お前が気にかけることか?」
「当たり前っす! エースは俺の乙女趣味を唯一受け入れてくれた友。友の晴れの舞台はこの腕にかけて完璧に……」
いつの間にかアウェイになっている僕。うん、そうだね。皆、エースのこと好きだからな。でも、あげないからね、絶対に。
「ディル大臣、それならば、まずはエースのお母上などにも相談した方がいい。エースは元々この世界の人じゃないんだ。私達と別の風習があるといけない」
「そうっすね! お母上とは仕事でもお世話になっているっす。次の会議の時にでも相談してみるっす!」
そこへ、コリアンダー宰相も話に入ってきた。
「でも、ディル。お前は忙しんだから、自分で縫うとか言わないように」
「分かってます。既に良い仕立て屋やデザイナーはリストアップしてますから!」
うーん。いろいろ心配はあるけれど、皆で結婚式を作り上げるのもいいかもしれない。
その後は、地方視察の報告や、不在中の報告のやり取りをしたかったのにエースの衣装の話ばかり。やれやれ。ディル大臣はともかく、オレガノ総帥まで女性の衣装にここまでの拘りを見せるとは意外だな。
「コリアンダー宰相は、輪に入らなくていいのですか?」
同じくため息をついている彼に話しかけてみる。
「自分の時は、妻が自分の着たいものを実家と相談して用意してしまったので、そのあたりのノウハウは何も」
ノウハウとは。そんな堅苦しいものではないと思うのだが。
「それはそうと、奥方はお元気か?」
ラベンダーさんと言えば、ローズマリー付きの侍女だった。ローズマリーが出発してからは、侍女長として城勤めを続けているのだが、あれだけ信奉していた主を失くすと、さぞかしショックは大きいことだろう。
コリアンダー宰相は少し難しい顔をしていたが、返事は予想外のものだった。
「びっくりするぐらいに元気です。姫様から頼まれたことがあるとか、せねばならないことがあるとか言って、忙しそうですよ」
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