108 / 117
107見送られちゃった
しおりを挟む
「エース、お前本当に救世主なのか?!」
いきなり馬上から降りて詰め寄ってきたのはマジョラム団長。え、そんな偽物扱いされても。そもそも私、自ら救世主って名乗ってるわけじゃないからね? 周りがそう言ってるだけだもん!
すると、マリ姫様が助け舟を出してくれた。
「間違いございません。彼女こそが救世主。私の言葉も偽りだとお思いなのですか?」
こうまで言われてしまうと、さすがのマジョラム団長もたじたじだ。
「だが、しかし」
団長の眉間の皺は消える様子がない。そこへ、険悪な空気を一気に吹き飛ばすような、元気の良い声が飛んできた。
「はーい! 喧嘩はそこまでよ!」
「ミントさん!」
「来るのぎりぎりになっちゃってごめんね。仕事の引き継ぎとかいろいろあって」
今回は、ミントさんも旅の仲間の一員なのである。彼女はいつも私の味方をしてくれるので心強い。
「さて、マジョラム団長。一つ勘違いしてらっしゃるので訂正させていただくわ」
「何だね」
「世界樹の次期管理人を約束の場所へ導くのは、古の時代からエルフ族と決まっておりますの。もちろん救世主には救世主にしかなしえない仕事もありますけどね」
「そ、そうか」
ミントさん、若干その露出度高めの服と、主に胸の大きさでマジョラム団長を威圧している。この人に後退りさせるなんて、さすがは冒険者ギルドのトップといったところか。
「ねぇ、御者さん。まずは王都を抜けてニアレークの辺りまで進めてちょうだい。こんな大所帯で進めるのはそこまでよ。そこからは私達、コアメンバーで旅をするわ」
「は、はい!」
完全にミントさんの土壇場です。もう、ミントさんが救世主でよくね?
「さぁ、皆さん。世界樹へ向かう途中で私の故郷、エルフの里を通ります。既に出迎えの支度をしていることでしょう」
「エルフの里?!」
「確か、エルフ族でないと見つけられない秘された場所では……」
「存在が伝説だよな」
「エルフ、近年はほとんど目撃されなくなっていたが、里があったとは」
皆、驚きを口にしている。エルフって、そんなに特別な存在なのか。私はファンタジー世界にエルフはつきものだよね!ぐらいにしか思っていなかったけど、そこまでレアだったとは。
「ぜひ楽しみにしていてくださいね。ではローズマリー様、よろしいですか?」
マリ姫様は笑顔でミントさんに頷いた。
「さぁ、出発しましょう!」
馬車の扉が閉じられる。御者がパチンっと馬を打った。すぐに窓の外が動き始める。
これでしばらくお城ともお別れか。こうしてマリ姫様と城を見上げるのは、もう最後か。クレソンさんとも、すぐに別行動になってしまうだろうし。
やっぱり寂しいな。
私は窓から身を乗り出した。ちょうど馬車が南門の外門を抜けて跳ね橋に差し掛かる。私は右手に白の魔術を纏わせて、指をパチリと弾いた。
途端に上がる何発もの白い花火。散った白い光は、はらはらと集まっていた皆の頭上にゆっくりと降り注ぐ。私が城に向かって手を振ると、城の結界はいつもより白くなり、さらに銀と金の光の粒がその天球状の屋根を彩った。
これで、私が居なくてもこの結界が城とクレソンさんを守ってくれるはず。
私は、涙をゴシゴシ乱暴に拭くと、馬車の中で座り直した。マリ姫様も、寂しげに笑っていた。
◇
街に出ると、馬車の外はとても騒がしくなった。大通りには人垣がどこまでも続き、皆ハーヴィー王国の国旗を振っている。こういう国旗って、誰がいつ準備して配ってるんだろうね。素朴な疑問。
人々の歓声に包まれて、馬車はゆっくりと大通りを進む。馬車の両脇には騎士がたくさんいて、がっちりとガードされているから、おそらく私達の姿は外からはほとんど見えないだろう。それでもマリ姫様は、私と反対側の窓から顔を出して、一生懸命手を振っていた。
「姫乃、お前もう少し愛想良くしろよ」
「そんなにかんばらなくても、どうせ皆から見えないよ。しかも、この見た目だよ?」
「お前、城に戻ったら王妃になるって自覚ないだろ? こういう時ぐらい媚売って味方増やさないと、いざという時に大変だぞ」
かれこれ十八年も王族をやってきた幼馴染の言葉は、どうしても尤もらしく聞こえてしまう。私が将来無愛想王妃なんて呼ばれた日にゃ、クレソンさんに迷惑がかかってしまうかもしれない。私も慌てて窓を大きく開き、姫様を見習って手を振ることにした。
そこへ、ひらりと飛んできた一枚の紙。一番上にデカデカと載っているのは、憎きハヴィリータイムズの文字。私は等身大ポスターを勝手に作られて以来、目の敵にしているのだ。とは言え、クレソンさん王位継承の時や、私とクレソンさん婚約の号外は観賞用と保存用の二枚ずつ取ってあるけどね。
「今回は何書いてるの?」
マリ姫様が興味津々の様子で覗き込んできた。
「うわぁ」
私は返事をするよりも先に変な声が出てしまった。というのは、ある意味ハヴィリータイムスらしい内容だったのだ。
「おいっ、これ!」
さすがのマリ姫様も焦ったらしい。そこに書かれてあったのは、前半は普通のこと。マリ姫様が世界樹へ向けて堂々と出発していったこと。玉座の間での様子。王都の皆さんの反応などなど。
問題は後半だ。まず、マリ姫様の絵姿集永久保存版なるものが発行されるらしい。さらに、マリ姫様の等身大ポスターの販売もがついに始まるだとか! それも、普通のドレスバージョンだけではない。いつぞやの結婚式の際にお忍びで参加していた時の侍従姿や、お部屋の中限定の日本の男子風の服など、合計三パターンもあるのだ。
私みたいに露出が大きい格好でないから、恥ずかしさはそこそこで済むけれど、ここで気がかりなのは「いつ、どこで、誰にバレたか」である。
これってつまり、マリ姫様の近くにいる人がリークしたとしか思えない情報なんだもの。彼女の周囲は選び抜かれた信頼できる人物ばかりで、特に以前ニゲラ団長がマリ姫様と謁見して以来、皆が警戒を強めていたはず。なのにどうしてこうなった?!私は、まるで心当たりがなくて背中がブルリと震える。
「衛介、お城って怖いね」
「そうだな。ま、犯人は悪い奴じゃないから許してやってくれ。姫乃もいろいろあると思うけど、きっと良いこともあるからがんばるんだぞ」
え、犯人を知ってるの? でもマリ姫様はふふふとほほ笑んだまま外に向かって手を振り続け、結局教えてもらえなかった。私が答えを知るのは、ずっと後のことである。
私は、今回も旅の仲間の荷物を結界キューブに閉じ込めていた。その中にハヴィリータイムスも押し込むと、私も絵姿集ぐらい買おうかなと思いつつ、窓越しにお城を眺めた。
そして、長かった王都内パレードも終わりを迎え、やっと王都の端に辿り着いた。もうここまで来ると、見送りの人もまばらである。マリ姫様や私、旅の仲間達を護衛する第九騎士団の隊列が実用的なものに組み直され、いよいよ森の中へと入っていこうとしていた。クレソンさんは、私達よりも前の方にいるようだ。
その時。
「いってらっしゃーい!」
聞き覚えのある声。でも、どうしてここで? 私はびっくりして馬車の窓から外を見た。
「サフランさん?!」
そう言えば、南門で見かけなかったな。
「ここまで見送りに来てくれたんだね。ありがとう!」
「別に、あなたを見送りに来たんじゃないんだからね。ローズマリー様を見送りに来たんだから」
と言いつつ、サフランさんは私しか見ていない。
「ちゃんと無事に戻ってきなさいよ! 私、城には友達少ないんだからね!」
それ、大声で言っていいことか? と思いつつ、わざわざ見送りの競争率の低い場所にまで来て、声をかけてくれたことはとても嬉しい。
「戻ってきたら、今度こそ一緒に下町に行こうね!」
「エースは必ず戻ります。エースのことよろしくね」
マリ姫様までサフランさんに話しかけた。彼女も直々に言葉をもらえるとは思っていなかったのか、一瞬おどおどしつつも、壊れた人形みたいに顔を縦にコクコク振る。
「では、いってきます!」
馬車は再び動き始めた。
本当はお城から直接結界魔術の空中散歩で移動した方が絶対に速いんだけど、クレソンさんに止められたんだよね。私の力は必要以上に見せない方がいい。それが、私を守ることになるって、言われたのだ。
うん、愛されてるな、私。
◇
王家の馬車って、本気出したらめっちゃ速い! さすがサラブレッドの4頭建てだよ。私達はあっという間にニアレークの領地に入っていた。そこで休憩にと立ち寄った小奇麗な街は、絵本の中から飛び出てきたみたいにとても可愛らしくって! 各お家の壁にお花模様とか、ハートモチーフの幾何学柄とかが入っていて、どちらを見てもパステルカラーの柔らかな雰囲気。ま、これも誰かがマリ姫様のために組んだ旅程なんだろうけどね。
ん、誰だ。こんな気の利いたことをするのは。と、思ったところでハッとした。思い浮かぶのは、あのクールな横顔。結局、私が彼の大技を目の当たりにしたのは、この世界に来てすぐの一回きり。その後は文官かと突っ込みたくなるような真面目さで、オレガノ隊長の代わりに書類仕事を片付ける姿ばかり。今はクレソンさんから宰相という因縁の職を押し付けられて、これまた武官出身とは思えぬ豊富な知識と効率の良さで、城内や各部門の仕事を総まとめしている重鎮だ。そう、コリアンダー副隊長である。あら、いけない。もう副隊長じゃないのに、うっかりこう呼んでしまうんだよ。
彼は父親とはずっと対立を続けてきたけれど、やはり息子としては親が世間を騒がしてきたことに身内として責任を感じているらしく、今や働くサイボーグだ。父親の失態は自分が穴埋めするとばかりに、少々必死すぎるところがある。世界樹に行ったら何かお土産買ってきてあげようかなぁ、なんて思ったけど、観光地じゃないんだから土産屋なんてあるわけないか。私、うっかり。
そんなことを考えながら、私はマリ姫様と馬車から降りて、用意されていたカフェのテラスでお茶を飲んでいた。なんだかこの旅、めっちゃ余裕だな。やはり姫が同行していると、何かとVIP待遇になるので楽ちんだ。と、この先散々苦労することも知らずに余裕をかましていた私は、ふっと人の気配を背後に感じて振り返る。
「あ、お久しぶりです!」
「ごきげんよう、ローズマリー様、エース様」
現れたのはご無沙汰ローリエさん! そうだ。ここ、彼女の家の領地なんだった。私が騎士をクビになって自殺しそうになっていたところを彼女のお屋敷の執事さんに助けられたことは、今でも記憶に新しい。そして、私がクレソンさんへの気持ちを改めて認識し、これからどうしたいのか決心する後押しをしてくれたのが、彼女だったのだ。
そんな恩人が、大切な旅に際して応援に駆けつけてくれたということ。とっても嬉しい! 私はマリ姫様にローリエさんとの出会いを簡単に説明した。
「それはそれは世話になったのですね」
「そうなの!」
それにしてもローリエさん、以前より元気そうだなぁ。それを伝えると、ローリエさんはニコニコして教えてくれた。
「エース様があの時いらっしゃってから、ずっと調子が良いんですの」
良かった。最近では長らくご無沙汰だった夜会などにも足を伸ばしているとのこと。女の子ライフを満喫しているようで何よりだ。
「それにしてもエース様。顔も振る舞いもオーラも変わりませんからご本人だとすぐに気づきましたけど、それ、どうなさったの?」
「あ、これはね」
実は私の髪、真っ白になってしまったのだ。もしかしてめっちゃ老けた?! と一瞬心配したけれど、マリ姫様によると私の中で白の魔術のレベルがほぼマックスになったことによるものらしい。だから、お肌もちゃんと女子高生レベルのツルツルなのですよ!
いきなり馬上から降りて詰め寄ってきたのはマジョラム団長。え、そんな偽物扱いされても。そもそも私、自ら救世主って名乗ってるわけじゃないからね? 周りがそう言ってるだけだもん!
すると、マリ姫様が助け舟を出してくれた。
「間違いございません。彼女こそが救世主。私の言葉も偽りだとお思いなのですか?」
こうまで言われてしまうと、さすがのマジョラム団長もたじたじだ。
「だが、しかし」
団長の眉間の皺は消える様子がない。そこへ、険悪な空気を一気に吹き飛ばすような、元気の良い声が飛んできた。
「はーい! 喧嘩はそこまでよ!」
「ミントさん!」
「来るのぎりぎりになっちゃってごめんね。仕事の引き継ぎとかいろいろあって」
今回は、ミントさんも旅の仲間の一員なのである。彼女はいつも私の味方をしてくれるので心強い。
「さて、マジョラム団長。一つ勘違いしてらっしゃるので訂正させていただくわ」
「何だね」
「世界樹の次期管理人を約束の場所へ導くのは、古の時代からエルフ族と決まっておりますの。もちろん救世主には救世主にしかなしえない仕事もありますけどね」
「そ、そうか」
ミントさん、若干その露出度高めの服と、主に胸の大きさでマジョラム団長を威圧している。この人に後退りさせるなんて、さすがは冒険者ギルドのトップといったところか。
「ねぇ、御者さん。まずは王都を抜けてニアレークの辺りまで進めてちょうだい。こんな大所帯で進めるのはそこまでよ。そこからは私達、コアメンバーで旅をするわ」
「は、はい!」
完全にミントさんの土壇場です。もう、ミントさんが救世主でよくね?
「さぁ、皆さん。世界樹へ向かう途中で私の故郷、エルフの里を通ります。既に出迎えの支度をしていることでしょう」
「エルフの里?!」
「確か、エルフ族でないと見つけられない秘された場所では……」
「存在が伝説だよな」
「エルフ、近年はほとんど目撃されなくなっていたが、里があったとは」
皆、驚きを口にしている。エルフって、そんなに特別な存在なのか。私はファンタジー世界にエルフはつきものだよね!ぐらいにしか思っていなかったけど、そこまでレアだったとは。
「ぜひ楽しみにしていてくださいね。ではローズマリー様、よろしいですか?」
マリ姫様は笑顔でミントさんに頷いた。
「さぁ、出発しましょう!」
馬車の扉が閉じられる。御者がパチンっと馬を打った。すぐに窓の外が動き始める。
これでしばらくお城ともお別れか。こうしてマリ姫様と城を見上げるのは、もう最後か。クレソンさんとも、すぐに別行動になってしまうだろうし。
やっぱり寂しいな。
私は窓から身を乗り出した。ちょうど馬車が南門の外門を抜けて跳ね橋に差し掛かる。私は右手に白の魔術を纏わせて、指をパチリと弾いた。
途端に上がる何発もの白い花火。散った白い光は、はらはらと集まっていた皆の頭上にゆっくりと降り注ぐ。私が城に向かって手を振ると、城の結界はいつもより白くなり、さらに銀と金の光の粒がその天球状の屋根を彩った。
これで、私が居なくてもこの結界が城とクレソンさんを守ってくれるはず。
私は、涙をゴシゴシ乱暴に拭くと、馬車の中で座り直した。マリ姫様も、寂しげに笑っていた。
◇
街に出ると、馬車の外はとても騒がしくなった。大通りには人垣がどこまでも続き、皆ハーヴィー王国の国旗を振っている。こういう国旗って、誰がいつ準備して配ってるんだろうね。素朴な疑問。
人々の歓声に包まれて、馬車はゆっくりと大通りを進む。馬車の両脇には騎士がたくさんいて、がっちりとガードされているから、おそらく私達の姿は外からはほとんど見えないだろう。それでもマリ姫様は、私と反対側の窓から顔を出して、一生懸命手を振っていた。
「姫乃、お前もう少し愛想良くしろよ」
「そんなにかんばらなくても、どうせ皆から見えないよ。しかも、この見た目だよ?」
「お前、城に戻ったら王妃になるって自覚ないだろ? こういう時ぐらい媚売って味方増やさないと、いざという時に大変だぞ」
かれこれ十八年も王族をやってきた幼馴染の言葉は、どうしても尤もらしく聞こえてしまう。私が将来無愛想王妃なんて呼ばれた日にゃ、クレソンさんに迷惑がかかってしまうかもしれない。私も慌てて窓を大きく開き、姫様を見習って手を振ることにした。
そこへ、ひらりと飛んできた一枚の紙。一番上にデカデカと載っているのは、憎きハヴィリータイムズの文字。私は等身大ポスターを勝手に作られて以来、目の敵にしているのだ。とは言え、クレソンさん王位継承の時や、私とクレソンさん婚約の号外は観賞用と保存用の二枚ずつ取ってあるけどね。
「今回は何書いてるの?」
マリ姫様が興味津々の様子で覗き込んできた。
「うわぁ」
私は返事をするよりも先に変な声が出てしまった。というのは、ある意味ハヴィリータイムスらしい内容だったのだ。
「おいっ、これ!」
さすがのマリ姫様も焦ったらしい。そこに書かれてあったのは、前半は普通のこと。マリ姫様が世界樹へ向けて堂々と出発していったこと。玉座の間での様子。王都の皆さんの反応などなど。
問題は後半だ。まず、マリ姫様の絵姿集永久保存版なるものが発行されるらしい。さらに、マリ姫様の等身大ポスターの販売もがついに始まるだとか! それも、普通のドレスバージョンだけではない。いつぞやの結婚式の際にお忍びで参加していた時の侍従姿や、お部屋の中限定の日本の男子風の服など、合計三パターンもあるのだ。
私みたいに露出が大きい格好でないから、恥ずかしさはそこそこで済むけれど、ここで気がかりなのは「いつ、どこで、誰にバレたか」である。
これってつまり、マリ姫様の近くにいる人がリークしたとしか思えない情報なんだもの。彼女の周囲は選び抜かれた信頼できる人物ばかりで、特に以前ニゲラ団長がマリ姫様と謁見して以来、皆が警戒を強めていたはず。なのにどうしてこうなった?!私は、まるで心当たりがなくて背中がブルリと震える。
「衛介、お城って怖いね」
「そうだな。ま、犯人は悪い奴じゃないから許してやってくれ。姫乃もいろいろあると思うけど、きっと良いこともあるからがんばるんだぞ」
え、犯人を知ってるの? でもマリ姫様はふふふとほほ笑んだまま外に向かって手を振り続け、結局教えてもらえなかった。私が答えを知るのは、ずっと後のことである。
私は、今回も旅の仲間の荷物を結界キューブに閉じ込めていた。その中にハヴィリータイムスも押し込むと、私も絵姿集ぐらい買おうかなと思いつつ、窓越しにお城を眺めた。
そして、長かった王都内パレードも終わりを迎え、やっと王都の端に辿り着いた。もうここまで来ると、見送りの人もまばらである。マリ姫様や私、旅の仲間達を護衛する第九騎士団の隊列が実用的なものに組み直され、いよいよ森の中へと入っていこうとしていた。クレソンさんは、私達よりも前の方にいるようだ。
その時。
「いってらっしゃーい!」
聞き覚えのある声。でも、どうしてここで? 私はびっくりして馬車の窓から外を見た。
「サフランさん?!」
そう言えば、南門で見かけなかったな。
「ここまで見送りに来てくれたんだね。ありがとう!」
「別に、あなたを見送りに来たんじゃないんだからね。ローズマリー様を見送りに来たんだから」
と言いつつ、サフランさんは私しか見ていない。
「ちゃんと無事に戻ってきなさいよ! 私、城には友達少ないんだからね!」
それ、大声で言っていいことか? と思いつつ、わざわざ見送りの競争率の低い場所にまで来て、声をかけてくれたことはとても嬉しい。
「戻ってきたら、今度こそ一緒に下町に行こうね!」
「エースは必ず戻ります。エースのことよろしくね」
マリ姫様までサフランさんに話しかけた。彼女も直々に言葉をもらえるとは思っていなかったのか、一瞬おどおどしつつも、壊れた人形みたいに顔を縦にコクコク振る。
「では、いってきます!」
馬車は再び動き始めた。
本当はお城から直接結界魔術の空中散歩で移動した方が絶対に速いんだけど、クレソンさんに止められたんだよね。私の力は必要以上に見せない方がいい。それが、私を守ることになるって、言われたのだ。
うん、愛されてるな、私。
◇
王家の馬車って、本気出したらめっちゃ速い! さすがサラブレッドの4頭建てだよ。私達はあっという間にニアレークの領地に入っていた。そこで休憩にと立ち寄った小奇麗な街は、絵本の中から飛び出てきたみたいにとても可愛らしくって! 各お家の壁にお花模様とか、ハートモチーフの幾何学柄とかが入っていて、どちらを見てもパステルカラーの柔らかな雰囲気。ま、これも誰かがマリ姫様のために組んだ旅程なんだろうけどね。
ん、誰だ。こんな気の利いたことをするのは。と、思ったところでハッとした。思い浮かぶのは、あのクールな横顔。結局、私が彼の大技を目の当たりにしたのは、この世界に来てすぐの一回きり。その後は文官かと突っ込みたくなるような真面目さで、オレガノ隊長の代わりに書類仕事を片付ける姿ばかり。今はクレソンさんから宰相という因縁の職を押し付けられて、これまた武官出身とは思えぬ豊富な知識と効率の良さで、城内や各部門の仕事を総まとめしている重鎮だ。そう、コリアンダー副隊長である。あら、いけない。もう副隊長じゃないのに、うっかりこう呼んでしまうんだよ。
彼は父親とはずっと対立を続けてきたけれど、やはり息子としては親が世間を騒がしてきたことに身内として責任を感じているらしく、今や働くサイボーグだ。父親の失態は自分が穴埋めするとばかりに、少々必死すぎるところがある。世界樹に行ったら何かお土産買ってきてあげようかなぁ、なんて思ったけど、観光地じゃないんだから土産屋なんてあるわけないか。私、うっかり。
そんなことを考えながら、私はマリ姫様と馬車から降りて、用意されていたカフェのテラスでお茶を飲んでいた。なんだかこの旅、めっちゃ余裕だな。やはり姫が同行していると、何かとVIP待遇になるので楽ちんだ。と、この先散々苦労することも知らずに余裕をかましていた私は、ふっと人の気配を背後に感じて振り返る。
「あ、お久しぶりです!」
「ごきげんよう、ローズマリー様、エース様」
現れたのはご無沙汰ローリエさん! そうだ。ここ、彼女の家の領地なんだった。私が騎士をクビになって自殺しそうになっていたところを彼女のお屋敷の執事さんに助けられたことは、今でも記憶に新しい。そして、私がクレソンさんへの気持ちを改めて認識し、これからどうしたいのか決心する後押しをしてくれたのが、彼女だったのだ。
そんな恩人が、大切な旅に際して応援に駆けつけてくれたということ。とっても嬉しい! 私はマリ姫様にローリエさんとの出会いを簡単に説明した。
「それはそれは世話になったのですね」
「そうなの!」
それにしてもローリエさん、以前より元気そうだなぁ。それを伝えると、ローリエさんはニコニコして教えてくれた。
「エース様があの時いらっしゃってから、ずっと調子が良いんですの」
良かった。最近では長らくご無沙汰だった夜会などにも足を伸ばしているとのこと。女の子ライフを満喫しているようで何よりだ。
「それにしてもエース様。顔も振る舞いもオーラも変わりませんからご本人だとすぐに気づきましたけど、それ、どうなさったの?」
「あ、これはね」
実は私の髪、真っ白になってしまったのだ。もしかしてめっちゃ老けた?! と一瞬心配したけれど、マリ姫様によると私の中で白の魔術のレベルがほぼマックスになったことによるものらしい。だから、お肌もちゃんと女子高生レベルのツルツルなのですよ!
0
お気に入りに追加
529
あなたにおすすめの小説



捕まり癒やされし異世界
波間柏
恋愛
飲んでものまれるな。
飲まれて異世界に飛んでしまい手遅れだが、そう固く決意した大学生 野々村 未来の異世界生活。
異世界から来た者は何か能力をもつはずが、彼女は何もなかった。ただ、とある声を聞き閃いた。
「これ、売れる」と。
自分の中では砂糖多めなお話です。

キャンプに行ったら異世界転移しましたが、最速で保護されました。
新条 カイ
恋愛
週末の休みを利用してキャンプ場に来た。一歩振り返ったら、周りの環境がガラッと変わって山の中に。車もキャンプ場の施設もないってなに!?クマ出現するし!?と、どうなることかと思いきや、最速でイケメンに保護されました、

英雄の番が名乗るまで
長野 雪
恋愛
突然発生した魔物の大侵攻。西の果てから始まったそれは、いくつもの集落どころか国すら飲みこみ、世界中の国々が人種・宗教を越えて協力し、とうとう終息を迎えた。魔物の駆逐・殲滅に目覚ましい活躍を見せた5人は吟遊詩人によって「五英傑」と謳われ、これから彼らの活躍は英雄譚として広く知られていくのであろう。
大侵攻の終息を祝う宴の最中、己の番《つがい》の気配を感じた五英傑の一人、竜人フィルは見つけ出した途端、気を失ってしまった彼女に対し、番の誓約を行おうとするが失敗に終わる。番と己の寿命を等しくするため、何より番を手元に置き続けるためにフィルにとっては重要な誓約がどうして失敗したのか分からないものの、とにかく庇護したいフィルと、ぐいぐい溺愛モードに入ろうとする彼に一歩距離を置いてしまう番の女性との一進一退のおはなし。
※小説家になろうにも投稿
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。

蔑ろにされた王妃と見限られた国王
奏千歌
恋愛
※最初に公開したプロット版はカクヨムで公開しています
国王陛下には愛する女性がいた。
彼女は陛下の初恋の相手で、陛下はずっと彼女を想い続けて、そして大切にしていた。
私は、そんな陛下と結婚した。
国と王家のために、私達は結婚しなければならなかったから、結婚すれば陛下も少しは変わるのではと期待していた。
でも結果は……私の理想を打ち砕くものだった。
そしてもう一つ。
私も陛下も知らないことがあった。
彼女のことを。彼女の正体を。

モブのメイドが腹黒公爵様に捕まりました
ベル
恋愛
皆さまお久しぶりです。メイドAです。
名前をつけられもしなかった私が主人公になるなんて誰が思ったでしょうか。
ええ。私は今非常に困惑しております。
私はザーグ公爵家に仕えるメイド。そして奥様のソフィア様のもと、楽しく時に生温かい微笑みを浮かべながら日々仕事に励んでおり、平和な生活を送らせていただいておりました。
...あの腹黒が現れるまでは。
『無口な旦那様は妻が可愛くて仕方ない』のサイドストーリーです。
個人的に好きだった二人を今回は主役にしてみました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる