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93怖かった
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クレソンさんが、なぜ婚約者の私をみすみす危険な現場に派遣するのか。これにはちゃんと理由があった。
私は慎重に慎重を重ねて、自分の周りに強固な結界を張る。この道を進んだ先、森の奥には恐ろしい魔物がいるのだ。それも人語を話し、人間と交渉までできるという賢しい化け物が。
城への第一報は、冒険者ギルド支部からだった。ちょうどこの辺りを管轄するノースィア支部には、FからA級までの様々な冒険者パーティーが所属しており、日頃から彼らの良い狩場となっている。ところがある日、複数のパーティーから奇妙な報告がギルド支部に上がり始めた。
『魔物が急激に減っている』
『群れで活動しないはずの種族の魔物が、チームワークをもって戦いに挑んでくる』
当初ギルド支部は、この辺りの冒険者が少々狩りすぎたのだろう、チームワークなぞ見間違いだろうと、容易く考えていた。ところが、あるA級冒険者パーティーの崩壊で、事態がようやく受け止められる。
そのパーティーは元々ギルドからの信頼も厚く、実力もこの辺りではトップクラス。それなのに、全部で六人のメンバーのうち、二人しか帰還できなかったのだ。
確かに、彼らは特殊な任務を持っていた。新たなダンジョンが出現したとの連絡がギルドに入ったため、その危険度や潜んでいる魔物の種類などの調査のために、森の深くに遠征していたのだ。未踏のダンジョンは罠も多ければ珍しい魔物も多く、かなり難易度の高い依頼となる。そこで彼らA級冒険者パーティーが抜擢されたわけだが、四人も失うことになるとはギルド側も予想していなかったのである。
何とか生き残った二名のうち一名は、ギルドに着くなり息絶えた。そしてもう一人も、騒然となったノースィア支部の建物内でこう呟いたきり、動かなくなってしまったのだ。
「ナチア滝から北東へ一日。そこに見たこともないぐらいデカイ魔物がいる。強い人間を寄越せと人の言葉で言っている。皆、魔力を食われて死んだ。オレは弱いから食われなかったけど……」
そこでノースィア支部は王都の冒険者ギルド本部へ連絡。とても支部だけでは対応できない事態だからだ。つまり、ミントさんの所だね! そこからは、クレソンさんのところに報告が入り、早速地元の騎士達が現場に向かったのだけれど、遠征隊は総崩れ。今度も生き残ったのはほんの数名で、班長級以上は根こそぎ殺られてしまった。
こんな魔物を、そのままにしておくことはできない。ノースィア支部の冒険者も地元民も、こぞって避難を始める始末。このままでは国中を巻き込む混乱にも発展しかねない。これは自然災害のようなものだ。宰相派が弱体化しつつあり、おそらく情報は握っているにも関わらず動こうとしていないのならば、騎士団が出るしかない。
だからクレソンさんは考えた。その魔物が人の言葉を話すならば、交渉もできるのではないかと。少なくとも、その魔物の目的が人間の世界の破壊なのか、それとも別の何かなのかが分かるかもしれない。しかし、話をできるぐらい近づくにはかなりの危険が伴い、大抵の人間は話す前に命を取られてしまうだろう。
そこで、白羽の矢が立ったのが私。私ならば、無傷で件の魔物と対話できる可能性が高いからだ。
見渡すと、景色が茶色。心が荒みそうな程荒廃していた。元々は豊かな森だったろうに、今はほぼ全ての木が倒れ、ところどころからは薄っすらと黒い煙も上がっている。炎を使った戦闘が繰り広げられた跡なのか、まっ黒焦げの地帯も広い。
そんな中を真っ直ぐに進んでいく。もちろん、足元が悪すぎるて地面は歩けないので、例の空中散歩で進行中だ。先程までは、ミントさんからの推薦で駆けつけてくれたタラゴンさんも一緒だったんだけど、彼は魔物よりも高所の方が怖いタイプの人なので、森の入口でお留守番してもらっている。
クレソンさんも総指揮という重役を持っているので、同じく森の入口で待機だ。私についてくると言いだして、どうにか嗜めるのに時間がかかったのはご想像通り。何せ、クレソンさんだから。
他にも、東西南北王都、合計八騎士団から、私の援護をするために多くの有志が集まっている。その中にはこれまで私がお世話になってきた人も皆いて、私は彼らに背中を任せつつに魔物と対峙しようとしていた。
魔物がいる場所は、分かる。私の白の魔術が日に日にレベルアップし、空間を把握する力のようなものに磨きがかかってきているのだ。私は直感的に分かるソレの位置に向けて、空飛ぶ結界を近づけていく。
いた。
と思った時には、既に攻撃を受けていた。レーザービームのように密度の濃い光。いや、これは火だ。灼熱の青い炎が、長い剣で私の結界を丸ごと薙ぎ払うかのような動き。足元の地面に地割れが走った。転がる木々の丸太ごと大きなヒビが駆け抜けて、その威力の強さを目の当たりにしてしまう。分厚く強固な私の結界も、その勢いの強さでズシンっと揺れた。薄く土煙が舞い上がり、視界が悪くなった。もう、さすがに前へは進めない。
よし、じゃ早速作戦決行だ!
私は結界から自らの手だけを出して、魔物がいると思われる方向に向ける。一気に手のひらへ魔力を集中させ、白い光を一気に照射した。光の傾いた柱が地面に吸い込まれるように突き刺さる。そこから薄い白い膜が辺りの空気を切り裂いて目標物を包み込んでいく。
『お前は誰だ』
これは……脳内通信?! 眠っているマリ姫様や、守りの石を介したクレソンさんとの会話のように、頭の中へ直接音が働きかけてくる。さすがに、魔物さんも私の結界に驚いたのかな?
『私はエース。あなた、強い人間が欲しいそうね』
『その通り。お前が生贄か』
『違うわ。そんなことより見てみなさい。あなたは完全に私の手中に収まった。いつまで大口を叩いていられるかしらね?』
『何っ?!』
魔物の力は大きい。私が異世界初日に遭遇した魔物の大群全てを合わせてもこれ程の存在感は無かったのではないだろうか。強者の覇気が私を飲み込もうとするけれど、私はこんなところでくたばらない。私はクレソンさんの所へ帰るんだ!
『これでも喰らえ!』
魔物は、結界を打ち破らんと火炎放射を続けている。私の結界は真っ赤に染まり、生きているみたいに光を強めたり弱めたりを繰り返しながら輝いている。ちょっと、綺麗。宇宙で新たな天体ができる時とか、あんな感じなんじゃないかしら。
でも、あんな閉ざされた空間で火遊びばっかりしてたら、酸欠になるから自殺行為なんじゃないの? と思っていたら、案の定魔物の悪足掻きはすぐに終わってしまった。
本当はこのまま、空間魔術的な容量で魔物ごとサイコロサイズにまで圧縮したいところ。そうすれば討伐完了なのだけれど、相手の持つ生命力みたいなものが強すぎるのか、上手くいかないようだ。元々圧縮の魔術は生きた物はあまり扱えないのかも。
さて、相手も手詰まり。私も手詰まり。となると、やっぱりクレソンの言う通り、素直に交渉するしかないのかな。
『お前、強いな』
魔物が話しかけてきた。
『私は生贄にはならないよ。ねぇ、どうして強い人間を探してるの?』
これまでの散々な結果を思い返すと、強い人間程魔物の餌食となることが分かっている。闇雲に人間を襲ったり、自然破壊しているわけではないのだ。
魔物は少し間を置いた後、重々しい声で返事した。
『森の魔力が、減っているからだ。人間達は気づいていないのか?』
何それ。
『森の魔力?』
魔物は、私の反応がお気に召さなかったらしく、また結界が赤く染まった。
魔物の説明によると、森を始め、自然界は魔素というもので満ち溢れているらしい。そして魔物そのものは、本来魔力を持っていない。身の回りの魔素を掻き集めて彼らは自らの動力源とし、生活したり魔力を使ったりしているらしいのだ。その掻き集め方なんだけど、草花を食べるだけで摂取できるタイプもいれば、他の魔物を食べて補うものもいる。
私に向かって不機嫌ながらも親切に語り続ける魔物の場合は、オールマイティで、どんな方法でもイケる口らしい。何でも、彼(脳内音声が男性的なので、彼と呼ぶ)の巣が魔素不足で維持できなくなってきたらしい。彼は立派な巣を作って繁殖の時期に備えているそうだ。
え、こんな魔物、殖えてほしくないんだけど。
ま、それはさておき。彼は周囲の魔物や強そうな人間を食べることで、効率よく魔素を取り込み、何とか凌いでいたわけだ。
『昔はこんなことはなかった。一時的に森に溢れる魔素が少なくなっても、すぐに盛り返したものだ。それが今は……』
見渡す限りの焼け野原。植物はおろか、生ける物の気配すらしない。ここが再び鬱蒼と草木が生い茂る森に戻るためには、どれだけの歳月が必要だろうか。
私は、辺りに気を配りながらも目を閉じる。そうだ。私は今回、魔物の在り方のシステムについて初めて知ったけれど、この現象に一つだけ心当たりがある。
『世界樹の衰退』
これは、今の世界樹の管理人が寿命を迎えて、世界中の自然界のバランスを制御できなくなっているからではないだろうか。
『世界樹には管理人がいるの。でもその人はもうすぐ亡くなってしまうわ』
『何だと?!』
『落ち着いて。だから、間もなく次の管理人に世界樹が引き継がれるのよ』
『ならば、今すぐに交代すべきだ。このままでは、世界が我のような突然変異種だらけになってしまうぞ』
『やっぱりあなた、突然変異だったのね』
『我らグランドスパーダ族は古の時代から生きてきた。皆長寿で最低でも二百年は生きる。しかも、強くて賢い。だが、人語を理解し話せるようになったのは、おそらく我が初めてだ。もしかすると、これも世界樹の意思なのか』
グランドスパーダ族と名乗る彼は、軽く考察すると沈黙してしまった。そうだね。現在の世界樹の管理人も、自然界のバランスが崩れることで起きる様々な異常減少を少しでも緩和させるために、いろいろな手を尽くしているのかもしれない。
『ねぇ、お願い。世界樹の時期管理人は私の幼馴染で、この国の王女なの。彼女は、管理人を引き継ぐ準備を長年続けてきた。覚悟もある。交代まで後少しだから、これ以上森や人に酷いことしないで!』
『そんなもの、信用できるものか! ……そうだ。人質を出せ。お前は人間の王国で身分の高い者を連れてくるのだ!』
『そんな……』
まさか、強さではなく身分の高さを求めてくるなんて。私は想定外すぎてパニックになってしまう。
どうしよう。怖い。身分の高い人って、やっぱり王家じゃないと駄目なのかな? 今の私の一挙手一投足、そして一言が、マリ姫様や、クレソンさんを始めとする王家の命運を変えてしまうのだ。随分と砂煙が落ち着いて、結界の中にいる魔物の形もクリアに見えるようになってきた。あれは大蜘蛛。八本の足には無数の牙のような棘がつき、目元口元は赤い光を放っている。
怖い。
怖い。
どうしよう。
そうやって、パニックになってしまったのがいけなかったのだ。
突然変異大蜘蛛を覆っていた結界に大きな亀裂が走った。しまったと思って、手に魔力を集中させるも、もう遅い。ガラスでできた高層ビルが一瞬のうちに崩壊したかのような、大量の高音と和音。空気をつんざく無数の破片が空を待う。
結界が崩壊した。
『姑息なことをしてくれたものだ。これで少しはまともな話ができる』
大蜘蛛が、八本の足で自身の身体の本体を押し上げる。急に大きな山が出現したように見えた。
『細かいことは、まぁいい。先にお前の魔力を貰おうか』
気づいたら、私自身を覆う結界にもヒビが入り、今にも弾け飛びそうなシャボン玉の膜みたいに、とてつもなく薄くなっていた。
私、食べられちゃうの?
私は慎重に慎重を重ねて、自分の周りに強固な結界を張る。この道を進んだ先、森の奥には恐ろしい魔物がいるのだ。それも人語を話し、人間と交渉までできるという賢しい化け物が。
城への第一報は、冒険者ギルド支部からだった。ちょうどこの辺りを管轄するノースィア支部には、FからA級までの様々な冒険者パーティーが所属しており、日頃から彼らの良い狩場となっている。ところがある日、複数のパーティーから奇妙な報告がギルド支部に上がり始めた。
『魔物が急激に減っている』
『群れで活動しないはずの種族の魔物が、チームワークをもって戦いに挑んでくる』
当初ギルド支部は、この辺りの冒険者が少々狩りすぎたのだろう、チームワークなぞ見間違いだろうと、容易く考えていた。ところが、あるA級冒険者パーティーの崩壊で、事態がようやく受け止められる。
そのパーティーは元々ギルドからの信頼も厚く、実力もこの辺りではトップクラス。それなのに、全部で六人のメンバーのうち、二人しか帰還できなかったのだ。
確かに、彼らは特殊な任務を持っていた。新たなダンジョンが出現したとの連絡がギルドに入ったため、その危険度や潜んでいる魔物の種類などの調査のために、森の深くに遠征していたのだ。未踏のダンジョンは罠も多ければ珍しい魔物も多く、かなり難易度の高い依頼となる。そこで彼らA級冒険者パーティーが抜擢されたわけだが、四人も失うことになるとはギルド側も予想していなかったのである。
何とか生き残った二名のうち一名は、ギルドに着くなり息絶えた。そしてもう一人も、騒然となったノースィア支部の建物内でこう呟いたきり、動かなくなってしまったのだ。
「ナチア滝から北東へ一日。そこに見たこともないぐらいデカイ魔物がいる。強い人間を寄越せと人の言葉で言っている。皆、魔力を食われて死んだ。オレは弱いから食われなかったけど……」
そこでノースィア支部は王都の冒険者ギルド本部へ連絡。とても支部だけでは対応できない事態だからだ。つまり、ミントさんの所だね! そこからは、クレソンさんのところに報告が入り、早速地元の騎士達が現場に向かったのだけれど、遠征隊は総崩れ。今度も生き残ったのはほんの数名で、班長級以上は根こそぎ殺られてしまった。
こんな魔物を、そのままにしておくことはできない。ノースィア支部の冒険者も地元民も、こぞって避難を始める始末。このままでは国中を巻き込む混乱にも発展しかねない。これは自然災害のようなものだ。宰相派が弱体化しつつあり、おそらく情報は握っているにも関わらず動こうとしていないのならば、騎士団が出るしかない。
だからクレソンさんは考えた。その魔物が人の言葉を話すならば、交渉もできるのではないかと。少なくとも、その魔物の目的が人間の世界の破壊なのか、それとも別の何かなのかが分かるかもしれない。しかし、話をできるぐらい近づくにはかなりの危険が伴い、大抵の人間は話す前に命を取られてしまうだろう。
そこで、白羽の矢が立ったのが私。私ならば、無傷で件の魔物と対話できる可能性が高いからだ。
見渡すと、景色が茶色。心が荒みそうな程荒廃していた。元々は豊かな森だったろうに、今はほぼ全ての木が倒れ、ところどころからは薄っすらと黒い煙も上がっている。炎を使った戦闘が繰り広げられた跡なのか、まっ黒焦げの地帯も広い。
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クレソンさんも総指揮という重役を持っているので、同じく森の入口で待機だ。私についてくると言いだして、どうにか嗜めるのに時間がかかったのはご想像通り。何せ、クレソンさんだから。
他にも、東西南北王都、合計八騎士団から、私の援護をするために多くの有志が集まっている。その中にはこれまで私がお世話になってきた人も皆いて、私は彼らに背中を任せつつに魔物と対峙しようとしていた。
魔物がいる場所は、分かる。私の白の魔術が日に日にレベルアップし、空間を把握する力のようなものに磨きがかかってきているのだ。私は直感的に分かるソレの位置に向けて、空飛ぶ結界を近づけていく。
いた。
と思った時には、既に攻撃を受けていた。レーザービームのように密度の濃い光。いや、これは火だ。灼熱の青い炎が、長い剣で私の結界を丸ごと薙ぎ払うかのような動き。足元の地面に地割れが走った。転がる木々の丸太ごと大きなヒビが駆け抜けて、その威力の強さを目の当たりにしてしまう。分厚く強固な私の結界も、その勢いの強さでズシンっと揺れた。薄く土煙が舞い上がり、視界が悪くなった。もう、さすがに前へは進めない。
よし、じゃ早速作戦決行だ!
私は結界から自らの手だけを出して、魔物がいると思われる方向に向ける。一気に手のひらへ魔力を集中させ、白い光を一気に照射した。光の傾いた柱が地面に吸い込まれるように突き刺さる。そこから薄い白い膜が辺りの空気を切り裂いて目標物を包み込んでいく。
『お前は誰だ』
これは……脳内通信?! 眠っているマリ姫様や、守りの石を介したクレソンさんとの会話のように、頭の中へ直接音が働きかけてくる。さすがに、魔物さんも私の結界に驚いたのかな?
『私はエース。あなた、強い人間が欲しいそうね』
『その通り。お前が生贄か』
『違うわ。そんなことより見てみなさい。あなたは完全に私の手中に収まった。いつまで大口を叩いていられるかしらね?』
『何っ?!』
魔物の力は大きい。私が異世界初日に遭遇した魔物の大群全てを合わせてもこれ程の存在感は無かったのではないだろうか。強者の覇気が私を飲み込もうとするけれど、私はこんなところでくたばらない。私はクレソンさんの所へ帰るんだ!
『これでも喰らえ!』
魔物は、結界を打ち破らんと火炎放射を続けている。私の結界は真っ赤に染まり、生きているみたいに光を強めたり弱めたりを繰り返しながら輝いている。ちょっと、綺麗。宇宙で新たな天体ができる時とか、あんな感じなんじゃないかしら。
でも、あんな閉ざされた空間で火遊びばっかりしてたら、酸欠になるから自殺行為なんじゃないの? と思っていたら、案の定魔物の悪足掻きはすぐに終わってしまった。
本当はこのまま、空間魔術的な容量で魔物ごとサイコロサイズにまで圧縮したいところ。そうすれば討伐完了なのだけれど、相手の持つ生命力みたいなものが強すぎるのか、上手くいかないようだ。元々圧縮の魔術は生きた物はあまり扱えないのかも。
さて、相手も手詰まり。私も手詰まり。となると、やっぱりクレソンの言う通り、素直に交渉するしかないのかな。
『お前、強いな』
魔物が話しかけてきた。
『私は生贄にはならないよ。ねぇ、どうして強い人間を探してるの?』
これまでの散々な結果を思い返すと、強い人間程魔物の餌食となることが分かっている。闇雲に人間を襲ったり、自然破壊しているわけではないのだ。
魔物は少し間を置いた後、重々しい声で返事した。
『森の魔力が、減っているからだ。人間達は気づいていないのか?』
何それ。
『森の魔力?』
魔物は、私の反応がお気に召さなかったらしく、また結界が赤く染まった。
魔物の説明によると、森を始め、自然界は魔素というもので満ち溢れているらしい。そして魔物そのものは、本来魔力を持っていない。身の回りの魔素を掻き集めて彼らは自らの動力源とし、生活したり魔力を使ったりしているらしいのだ。その掻き集め方なんだけど、草花を食べるだけで摂取できるタイプもいれば、他の魔物を食べて補うものもいる。
私に向かって不機嫌ながらも親切に語り続ける魔物の場合は、オールマイティで、どんな方法でもイケる口らしい。何でも、彼(脳内音声が男性的なので、彼と呼ぶ)の巣が魔素不足で維持できなくなってきたらしい。彼は立派な巣を作って繁殖の時期に備えているそうだ。
え、こんな魔物、殖えてほしくないんだけど。
ま、それはさておき。彼は周囲の魔物や強そうな人間を食べることで、効率よく魔素を取り込み、何とか凌いでいたわけだ。
『昔はこんなことはなかった。一時的に森に溢れる魔素が少なくなっても、すぐに盛り返したものだ。それが今は……』
見渡す限りの焼け野原。植物はおろか、生ける物の気配すらしない。ここが再び鬱蒼と草木が生い茂る森に戻るためには、どれだけの歳月が必要だろうか。
私は、辺りに気を配りながらも目を閉じる。そうだ。私は今回、魔物の在り方のシステムについて初めて知ったけれど、この現象に一つだけ心当たりがある。
『世界樹の衰退』
これは、今の世界樹の管理人が寿命を迎えて、世界中の自然界のバランスを制御できなくなっているからではないだろうか。
『世界樹には管理人がいるの。でもその人はもうすぐ亡くなってしまうわ』
『何だと?!』
『落ち着いて。だから、間もなく次の管理人に世界樹が引き継がれるのよ』
『ならば、今すぐに交代すべきだ。このままでは、世界が我のような突然変異種だらけになってしまうぞ』
『やっぱりあなた、突然変異だったのね』
『我らグランドスパーダ族は古の時代から生きてきた。皆長寿で最低でも二百年は生きる。しかも、強くて賢い。だが、人語を理解し話せるようになったのは、おそらく我が初めてだ。もしかすると、これも世界樹の意思なのか』
グランドスパーダ族と名乗る彼は、軽く考察すると沈黙してしまった。そうだね。現在の世界樹の管理人も、自然界のバランスが崩れることで起きる様々な異常減少を少しでも緩和させるために、いろいろな手を尽くしているのかもしれない。
『ねぇ、お願い。世界樹の時期管理人は私の幼馴染で、この国の王女なの。彼女は、管理人を引き継ぐ準備を長年続けてきた。覚悟もある。交代まで後少しだから、これ以上森や人に酷いことしないで!』
『そんなもの、信用できるものか! ……そうだ。人質を出せ。お前は人間の王国で身分の高い者を連れてくるのだ!』
『そんな……』
まさか、強さではなく身分の高さを求めてくるなんて。私は想定外すぎてパニックになってしまう。
どうしよう。怖い。身分の高い人って、やっぱり王家じゃないと駄目なのかな? 今の私の一挙手一投足、そして一言が、マリ姫様や、クレソンさんを始めとする王家の命運を変えてしまうのだ。随分と砂煙が落ち着いて、結界の中にいる魔物の形もクリアに見えるようになってきた。あれは大蜘蛛。八本の足には無数の牙のような棘がつき、目元口元は赤い光を放っている。
怖い。
怖い。
どうしよう。
そうやって、パニックになってしまったのがいけなかったのだ。
突然変異大蜘蛛を覆っていた結界に大きな亀裂が走った。しまったと思って、手に魔力を集中させるも、もう遅い。ガラスでできた高層ビルが一瞬のうちに崩壊したかのような、大量の高音と和音。空気をつんざく無数の破片が空を待う。
結界が崩壊した。
『姑息なことをしてくれたものだ。これで少しはまともな話ができる』
大蜘蛛が、八本の足で自身の身体の本体を押し上げる。急に大きな山が出現したように見えた。
『細かいことは、まぁいい。先にお前の魔力を貰おうか』
気づいたら、私自身を覆う結界にもヒビが入り、今にも弾け飛びそうなシャボン玉の膜みたいに、とてつもなく薄くなっていた。
私、食べられちゃうの?
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