第八騎士団第六部隊、エースは最強男装門衛です。

山下真響

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75いいもの見つけちゃった

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 旅は、順調な滑り出しだった。馬車に乗るととっても早く進むのだけれど、夕方早めに宿場町に入り、お馬さんを休ませてあげなきゃいけない。そこでも、念の為王妃様の行方の情報収集は欠かせないのだ。

 私は珍しくクレソンさんと別行動になり、マジョラム団長二人きりになった。正確には、先程私に抱きつこうとしたソレルさんがクレソンさんに蹴り飛ばされて、すぐ近くの地面で伸びている。ここ、店の中なので早く立ち直ってほしい。周りから身内だと思われたら、こちらが恥ずかしいんだよ。ま、旅の仲間なのは確かなんだけどさ。

「マジョラム団長も下戸なんですか?」
「いいや。今は仕事中だからな」

 と言いつつ、手元にはお酒の入ったグラスがある。飲むための店で飲まないでいると怪しいものね。目の前にあるのに飲めないのは、少しお気の毒だったりする。

 背後から冒険者達が今日の成果を自慢したり、近くの魔物情報を交換している騒がしい声をBGMにしながら、私はフードを深くかぶり直した。今回の旅に出るにあたり、まずクレソンさんやオレガノ隊長から口酸っぱく言われたことは『決して一人になるな』と『変装は徹底しろ』の二つだ。私がビキニアーマーで城へ凱旋し、再び門衛の騎士に就任した話はハヴィリータイムスで特集記事を組まれる程の大事件になっていたそうで。お陰で、宰相の手先かどうかに関わらず、興味本位や悪意を持って近づいてくる輩がますます増えることが予想されるのだ。

 私は、フードからはみ出たウィッグの長い茶髪を指先で弄りながら、何かの魔物の燻製を噛みしめる。この辺りではオーソドックスなツマミのようで、他のテーブルを見ても酒と一緒に出されているようだった。日本でよくあるイカの一夜干しや、ジャーキーみたいに、何度も噛みしめると唾液と旨味成分が混ざりあって、大人な渋い味わいがじんわりと口の中に広がり、さらに喉が乾きを訴える。果実水を啜ると、爽やかな酸味がまた燻製を欲しがって、というループを繰り返していた。

「めぼしい話は聞こえてきませんね」
「かれこれ五年も経つのだ。こちらから何か仕掛けることなく、その手の話題がやってくればかえって警戒した方がいいぞ」

 私は野暮なことを聞いてしまったなと思い、肩をすくめる。やはり、まだよく知らない人と中良さげな様子を装って長い時間を過ごすのは難しい。私は、話題を変えることにした。幸い、小道具もある。

「あの、これ」

 私は、マントの内側からツルリとした石を取り出すと、コトリと音を立てて木のカウンターに軽く叩きつけるようにした。マジョラム団長は一瞬驚愕の表情になった後、咎めるような視線で私を射抜き、すかさず石の上にその大きな手を置いた。

「自覚が足りない」

 さすがに何の、とは問わない。でも、ここまで目くじら建てるほどのことはしたつもりはないのだけれど。私は、団長が自らの手で石を覆ったのは丁度良いと思った。

「ほんの御礼です。こんな機会でもないと、お渡しできませんから」
「クレソンに見つかるとややこしい」
「大丈夫です。私がお渡ししたいと思っていることは、彼も承知してくれていますから」

 団長は指と指の隙間を開けて、石を覗いた。白い光。守りの石だ。

「身内だと思える人には、お渡ししているんですよ」
「ついに私も救世主から身内認定されたということか」

 眉を下げたその様子から察するに、嫌がってはいないと思う。ただ、素直に喜べないだろう。マジョラム団長は、王の側近とも言える立ち位置。王が王たる機能を失って幾久しいけれど、この方はそれを仕方がないこととは捉えていない。きっとこれまでもあの手この手で王を復活させようと試みて、それでいて王の心の痛みに寄り添って、ジギタリスや宰相の毒牙から王を守り抜く最後の砦としてずっと気を張ってきたにちがいない。こんな店にいるのに酒一滴口につけず難しい顔をしているのが良い証拠。本当に真面目な人なのだ。だから、クレソンさんを総帥に推すことぐらいしかできなかったと、自己評価が低いんじゃないかな。

「喜んでくださらないんですか?」
「いや、嬉しいとも。君の守りの石はハーヴィー王国へ忠誠を誓う騎士の憧れでもある」
「難しいことは考えないでください。私は、クレソンさんの待遇がようやく本来のものに近づきつつあるのが嬉しいだけです」

 マジョラム団長は、じっと私の目を見つめた。男女のどうのこうのという意味ではなく、身体を貫通するような鋭い観察眼。今の私には、知られて困ることなどないけれど、一瞬ブルリと背中が震えた。

「よし、今日は特別だ! 姫様から愛され、王からも認められ、王子からも見初められた君と誼を結ぶことができたこの日を酒で祝おう」
「は、はい」

 私は、先程までの団長の視線が嘘みたいに和らいだことに戸惑いつつも、手元のグラスを少し持ち上げる。

「ハーヴィー王家に栄光あれ」
「乾杯」

 結局その言葉に落ち着くのね。私はそんなことを考えながら、また果実水を口に含む。底に甘い成分が溜まっていたのだろうか。先程よりもまろやかな味に舌鼓をうった。

「今更だが、別行動で良かったのか?」

 マジョラム団長は、飲むと決めたら飲むらしい。早速一杯目を空にして、すぐにニ杯目も半分以下に減らしている。

「慣れてますし、そんなに心配はしていないんです」
「その理由は?」

 団長はアルコールが入ったことで少し表情も柔和になったけれど、それは見た目だけかもしれない。どことなく詰問が続いている気がしていた。

「まず、彼は強いですから。それに、青薔薇祭で活躍したステビアさんも一緒ですもの」

 喧嘩売る人がいたら、売った人の方が可哀相な目に遭ってしまうだろう。

「それに、団長だから特別にお教えしますが、クレソンさんには私の結界が常時働いています。偶然の産物なので、他の人にはたぶんできないんですけどね。だから、もしものことがあっても、私がクレソンさんを結界で守ることができるんです」

 どう? 愛の力ってすごいでしょ? と胸を張って見せた私だが、マジョラム団長はどこか遠い目をしていた。

「そう言えば、普通の女性ではなかったな。うむ」

 ちょっとそこ、自己完結しないでほしい。私がむくれていると、団長は二杯目を飲みきって三倍目と私の二杯目を注文。こういうさりげない気遣いは、さすがだよね。

「てっきり、クレソンが変な女に騙されたりしないか不安に思ってるんじゃないかと思ってたんだが、そうか。『私が守る』か」

 我ながら男前発言しすぎたかな? 私はお酒を飲んだわけでもないのに赤くなって下を向く。

「男衆が仲間の女を放って夜に出歩くとなると、大抵そういうものだが、クレソンに限ってそういうことは無い。大丈夫だ」

 え。改めて言われてみると、不安になってくるよ。だって、この国の顔面偏差値ってめっちゃ高いんだもん。未だになんでクレソンさんが私で満足しているのかよく分からないぐらいだし。あ、もしかして美男美女を見飽きちゃったとか?! それなら、いずれ私の平たい顔も飽きちゃって……駄目駄目。マイナス思考は北の森に捨ててきたんだ。私は選ばれるのを待ってるだけの女じゃない。私が好きだから、私がクレソンさんを選んで、彼の役に立ちたいだけなんだから!

「大丈夫か?」

 マジョラム団長は、隣で百面相していた私を気遣わしげに見つめる。ふんっ。誰のせいですか? と聞くわけにもいかないので、またまた話題すり替えの術。

「それにしても、アンゼリカさんとソレルさんは、意外とうまくいきそうですよね」

 男の人に恋バナみたいなのを振るのは躊躇われたのだけれど、共通の話題ってあまりないので仕方ない。

「そうだな。ソレルの奴、今回の遠征で告白するんだとか息巻いてたぞ。アンゼリカ副団長も甲斐甲斐しく世話してくる年下の男にまんざらではない様子。まさか、あの氷の美剣士があんな顔をする人物だとはな」
「そうなんですか? 私の前では、アンゼリカさんもいろんな顔を見せてくれますよ」
「そうか。私の前では、彼女も実力のある騎士であり、公爵家令嬢としての振る舞いしかしないから、あまりにも珍しかった」

 う。それって、今後私にも求められる姿なのかしら。もしかして私、墓穴掘っちゃった? さーて、次はどんな話題でこの場を繋ごうか。と焦っていたら、入口のドアベルがカランっと独特の濁った音を奏でて、来店者の訪れを告げた。

「おかえりなさい!」

 クレソンさんだ。彼も少し変装している。髪の色はありきたりな部類なんだけど、瞳の色との取り合わせで身バレしちゃいそうなんだよね。何よりこの色男ぶりというか、イケメンぶりはある種歩く女性翻弄機械的なところがあるのだ。城内でも新人侍女さんなんて、クレソンさんを見たらぽーっと顔を赤らめて共同不審になっちゃって、全員ドジっ子みたいになっちゃうのよね。そして私が少しムッとするという構図。目の保養にはなるけれど、若干迷惑かもしれないハイスペック男子。それがクレソンさんなのです。今は紺色のウィッグをかぶって、文官みたいな厳つい眼鏡を身に着けている。これはこれでちょっと冷たい感じと理知的な雰囲気が素敵。って惚れ直してる場合じゃないわ。横にマジョラム団長いたんだった。だらしない顔しちゃ駄目だったね。てへ。

「エース、ただいま。やっぱりこの格好も似合うけれど、マントで隠すのは勿体ない。でも皆に見られるのも嫌だし、どうしたものかなぁ」

 クレソンさん、嬉しいけどここでハグしたら、周りのいかにも独身っぽい男性達が殺人鬼みたいな目で睨んでくるのでほどほどに。私は必殺『話をすり替えの術』を再び発動させようとして、クレソンさんから距離をとった。

「えっと、あの、何か成果があったんですか?」
「そうそう! こんなの見つけてきたんだけど、エースならもしかしたら分かるかな?って」

 クレソンさんは、持っていた布袋から何かを壺っぽいものを取り出した。

「見た目はすっごく怪しいんだけど、どうやらこの村ではそこそこメジャーで貴重なものみたいなんだよね」

 私は、ゆっくりとその中を覗き込む。ふっと香るその独特の匂い。特徴的な外見。それは――。

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