第八騎士団第六部隊、エースは最強男装門衛です。

山下真響

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 王妃捜索隊の隊長は、もちろんクレソンさんである。何しろ、実の息子だ。王妃様のお顔はよくご存知だし、無事に発見できた際、息子のお迎えであれば王妃様も安心して城に戻ってこれるだろうとの目論見もある。

 でもたぶんね、クレソンさんの脳内は別のことでいっぱいになってるんじゃないかな。

「エース、野営する時は一緒のテントで寝ようね。知ってた? 金の魔術って魔物にも効くらしいんだよ。森の中でもちゃんとエースを守れるから安心してね」
「あ、私、広範囲の結界張れるんで、別々のテントで大丈夫ですよ」

 だって、ほら。テントって狭い密室なんだよ? うっかり朝から全裸の王子様とかに遭遇しちゃったら、シャレにもならない。私の不機嫌さを察したらしく、クレソンさんはすぐに話題を変える。近くでマリ姫様も睨んでるしね。

「そうそう。今回はね、いずれローズマリーが世界樹の元へ向かう旅の予行練習ということを意識した人選になっているんだ」
「なるほど。確かに一石二鳥になりますね。戦闘時の連携の仕方なども確認しておけば、本番の旅の不安も減ります」

 で、誰が一緒に行くことになったのかな? と思っていたら、なるほどというか、ほぼ私の身内ばかりのメンバーだった。

 まず、ラムズイヤーさん。彼はクレソンさんの側近だから、当然の如くついて来る。それから第七騎士団からはアンゼリカさんとソレルさん。さらには、退団したステビアさんまで同行するそうだ。たふん彼は、一緒に森へ入りたいだけだよね。後は、私目的だと思われる。そして最後に大物、第一騎士団のマジョラム団長を加えた合計七名が王妃捜索隊メンバーとなっていた。

「クレソンさん、マジョラム団長ってどんな方なんですか?」

 私は遠目にしか見たことがなく、話したことがない。おそらく王妃捜索は長丁場になる。気の合う方だと良いのだけれど。

「抜け殻みたいになってる父上と、まともに会話ができる唯一の人物だね」

 つまりカウンセラー的な雰囲気の人ってこと? いまいち、人となりがうまく掴めない。

「彼とは出発前に顔を合わせる機会があるから、その時に会話してみるといいよ」
「そうなんですか?」
「うん、今回は騎士団総帥直下に特別部隊を擁しての派遣になるし、出発前には王への挨拶があるからね。その時に会えるよ」

 また王様に会うのか。って、クレソンさん。また、さらっと重大なことを隠してましたね?! 今更しまった!っていう顔してますけど、なんでいつもこうなのだろう。私が詰め寄ると、クレソンさんは気不味そうに俯いた後、私の肩を抱いた。

「本当はね、エースには大変な思いなんてさせたくないし、苦労させたくない。いつもギリギリまで、なんとか回避できないかと思って動いてるんだけど、なかなか上手く行かなくって」
「単に忘れっぽいのか、困っている私を見るのが好きなのかと思ってました」
「それはちょっと傷つくなぁ。そこまで性格悪くないよ。でも、戸惑うエースが、次にどんなミラクルを起こすのか見守るのは楽しいかもしれない」

 え、それって結局そういうことなんじゃ。私は何も考えずにクレソンさんのほっぺを摘むと、にゅーんっと引っ張っておいた。私が寮室以外でこういうことをするのが珍しいからか、なぜか嬉しそうなクレソンさん。変な性癖のスイッチを押していないことだけを祈る。


   ◇


 それから半時間後。私は、大いに後悔していた。ほっぺを引っ張るだけじゃ全然足りなかった。まさか、こんなに早く王様に会うことになるなんて! 一般庶民には心の準備って奴が必要なのよ?!

 これも、ただ謁見の間で王様に向かって跪き、定型文の口上を述べて退場するだけならば、まだ良かった。なんで私、王様と囲碁なんて打ってるの?!

 ――パチリ

 静かな部屋で、石が碁盤を叩く音が響く。

 ここは、ハーヴィー国王の私室。超ロイヤルな内装。装飾過多で目がチカチカする。シックな色合いだけど、職人さんや芸術家の魂が籠もった絵画やや調度品が並ぶこの部屋の雰囲気は、ガリガリと私の精神を削り取るのだ。さらには目の前で、この国のトップが「まいったなー」と間の抜けた声を出しているとか、意識が飛びそうになってしまう。これ、夢オチですよね? 誰かそうだと言ってくれ!

「王は弱いですね。このままでは負けてしまいますよ」

 ニコニコとしながらも、しれっと失礼なことをおっしゃる男性。王の隣に立っているこのお方は、マジョラム団長だ。第一騎士団は王族警護が本業なので、他国の要人や王族と顔を合わせることも多いため、見た目が良い人で揃っている。彼も例に漏れず、清潔感溢れる人当たりの良いイケメンなオジサマだ。滲み出る風格は武官というよりも、文官の重鎮といった感じ。

「それにしても、このゲームを元々ご存知だったとは。さすが、救世主ですね」

 私は急に声をかけられて、体をピクリとさせた。私の隣に座るクレソンさんが咳払いをする。心配しなくても、マジョラム団長に見惚れているのではなく、単にびっくりしただけなのよ。

「故郷では、亡くなった祖父から教わりました。囲碁は、この国でもメジャーなものなのですか?」
「いや、全く」

 ここで、すっかり詰んでしまっている王様が、すっと盤面から顔を上げた。

「これは、ここにいるマジョラムが、以前南部へ視察に出かけた際、現地にいた物知りな村人から伝え聞いてきた遊びなのだよ」
「確か、その村人夫婦もこのゲームのことをイゴと呼んでいましたね。元々高貴な身分の方に役立つ遊びだから、ぜひ王に伝えて欲しいと頼まれたのだ。きっと気に入ると言い募るものだから、ものは試しと王に教えてみるとこの通り。最近は、私を含め数人の騎士を相手にずっとこの調子さ」

 その時、私の全身に鳥肌が立った。久しぶりに聞く、他人が話す日本語。たったのニ文字だけれど、私にはとても特別なことだった。

 この世界の言葉は、私が転移してきた時にいつの間にか備わっていた能力で読み書き、話す、聞くができる。使われているのは日本語ではないので、頭の中で内容が自動変換されている形だ。でも今、そういった自動処理が全くなされることなく、直接ニ文字が私の頭に届いたのだった。

 感激。と同時に、私の中で一つの仮定が浮かび上がる。

 もしかしてその村には、かつての救世主、つまり異世界人の足跡が残されている?

 そして、もう一つ気になること。いくら物知りな田舎の村人でも、普通わざわざ「王に伝えてくれ、きっと気にいるから」などと言うたろうか。どことなく、胸騒ぎがする。

「クレソンさん」

 隣を見ると、彼も何か思うところがあったらしい。

「エース、そこへ行ってみるかい?」

 私は大きく頷いた。今のところ、王妃様の居場所に関する情報は何も無い。五年前、失踪直後の捜索も大規模なものだったらしいけれど、その時に全ての手がかりが虱潰しにされたものの、それ以上何も分からなかったのだ。

 こうなってしまえば、少しでも疑いのあるところを優先して探すしかない。少なくとも、囲碁を知っているという村人に、どこでそれを知ったのかなどは教えてもらえるだろう。王妃様は見つからなくも、過去に私と同じ境遇にがあった人の名残を見つけることができたら、どんなに心強いことか。

 いろいろと察してくれたらしいクレソンさんは、早速マジョラム団長にその村の場所を尋ねてくれた。かなり辺鄙な場所らしく、ここ王都からは五日ぐらいかかりそうだ。


   ◇


 村への出立は、すぐに正式なものとなった。派遣隊のメンバーが旅支度をする準備や、業務の引き継ぎをするための期間は一週間与えられることに。それまでの間、私はできるだけ宰相と顔を合わせないように城の中へはあまり入らないようにし、城下町には一度だけクレソンさんと出かけて行った。旅の準備として非常食やランプ、ロープなどを購入。お忍び姿のクレソンさんは、これまたカッコよくて、街の娘さん達にキャーキャー言われていた。寮に帰ってからクレソンさんに後ろから抱きついたのは、ちょっぴりヤキモチやいていたせいである。

 さて、仕事の方では、私は再びディル班長の下についた。慣れた北門での仕事。ディル班長からは、女性が入門してくる時のチェックを担当するように言われている。これまでは男性ばかりだったから、怪しい女の人の身体チェックとか、ほとんどできなかったっていう事情があるのよね。こうして、私にしかできないお仕事を貰えると、帰ってきて良かったと安心できるものがある。

 ディル班長含め、他の先輩方もすっかり女の私に慣れてきたようだ。当たり前だけれど、胸を潰して騎士服を着なくなっただけで、中身の性格や能力は前と変わらないものね。でも、ビキニアーマーの復活を切望する声が消えないのはどうしたものか。今のところ、「あれは騎士服じゃありませんから!」と言ってお断りしている。

 そうして気持ちも緩みきり、いよいよ出発を翌日に控えた日。私は早朝の食堂前で、久しぶりに彼女と出くわした。アルカネットさんである。

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