第八騎士団第六部隊、エースは最強男装門衛です。

山下真響

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69帰ってきちゃった

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★今回の前半はラベンダーさん視点のお話です。後半、エース視点に変わります。





 ハーヴィー王城、西門。そこには、そうそうたる面々が肩を並べていた。全騎士団団長と総帥、そして親王派の貴族。こんな豪華な顔ぶれ、姫様付き侍女の私でも見たことがない。

 先触れがあったのは昨夜遅くのこと。冒険者ギルド王都本部から早馬がやってきて、至急の手紙がクレソン総帥と我が主、マリ姫に届けられたのだ。もたらされた話は、夜を通して瞬く間に広まっていき、今日は朝も早くから城の中が沸き立っている。

 あのエース様が、帰ってくるのだ。

 女性の癖にあのような男装をし、騎士の真似事をしているお方。へにゃっと気の抜けた笑い方をなさることからも、きっとお気楽な育ち方をしたにちがいない。しかし、結界を始めとする白の魔術については第一人者であり、現在この世界で唯一の使い手。彼女は息をするように、その大きすぎる力を簡単に使いこなし、次から次へと奇跡を引き起こしていく。

 彼女の周りにいる私達は、それにすっかり慣れてしまっていた。エース様がいる限り、どんなことがあっても何とかなるだろう。きっととんでもない方法で解決してくれるだろう。という気の緩みに繋がっていたのだ。

 だから、彼女の結界が消えた時の衝撃は計り知れない。私達、城に仕える者達は、エース様、ひいては世界樹の加護から見放されてしまったことを知った。また以前のように、いつ来るか分からない魔物の大群に怯えて暮らさなければならなくなったのだ。

 それだけではない。結界が無くなった途端、体調を崩す者が急増し、魔物の大群も再び頻繁にやってくるようになった。天国から地獄とはこのことか。

 いなくなって初めて彼女の存在感や偉大さに気付いた私達は、結局のところ薄情だったのかもしれない。恩恵は受けるだけ受けて、日頃は影から変わった人だと噂話をし、いざ居なくなれば、なぜいなくなったのだと糾弾する人も多い。

 けれど、結局のところ彼女のことを理解し、彼女がこの世界で生きていけるよう本当の意味で守ることができなかった王家や城がいけなかったのだ、と私は思う。彼女の境遇や、今回城から出ていかなくてはいけなくなった理由を考えると、私なりに憤りが吹き出してくるのだ。

 だからと言って、姫様にすら何も告げずに出ていってしまうなんて、どういう了見なのかしら? 若い。そして魔術に優れているというだけでも小憎たらしいのに、姫様をこんなに悲しませてしまうなんて、私は絶対に許せない。次に会ったら、私の全力の魔術をお見舞いしてさしあげるのよ!

 私は、城の西側のバルコニーから身を乗り出す姫様に目を向けた。長い黒髪が風で靡いている。薄いレースが幾重にもなっている薄いブルーのドレスが、未だ幼い雰囲気を残す姫様にとてもよくお似合いだ。

「姫様、予定の時刻は間もなくですが、本当にその時間にいらっしゃるかどうかは分かりません。お身体に障ってもいけませんし、一度お部屋に戻られてはいかがですか?」

 姫様はあれから、別人になったかのように行動的になり、クレソン総帥のため、エース様のために様々なお方とお会いになられてきた。

 第二騎士団団長との面会の際は、姫様が穢されてしまわないか不安でたまらなかったのが記憶に新しい。コリアンダー宰相とのお食事会では、姫様が手自らなるものを作って差し上げていて、飴と鞭を使い分けた交渉術を披露してくださった。侍女としても、ここまで気を揉んだのは初めてだ。それが姫様本人ともなれば、どれだけお疲れだろうか。私は、これ以上無理していただきたくない。

 でも姫様の視線の先には、いつもエース様がいらっしゃるのだ。城からいなくなっても、それは決して揺らがぬ姫様の信念と愛。やはり、私は妬いてしまう。

 姫様は男性の心を持っていても、女性として、姫として、世界樹の次期管理人の使命を全うしようと心に決めていらっしゃる。クレソン総帥に愛されたエース様は、決して手に入らないこともお分かりのはずだ。なのに、なぜこうも変わらず彼女を愛しておられるのか。

 私はやりきれなくて、泣きたくなった。

「姫様、もう帰ってらっしゃることは分かっているのですし、何もここでお待ちにならなくても」
「来た!」

 姫様が遠く彼方へ指をさす。私は目を凝らした。一台の馬車が大通りを真っ直ぐに突き進み、猛スピードでこちらへ近づいてくる。

「姫乃」

 姫様は、彼女の真の名を呼んだ。花が咲くかのような、ふんわりとしたほほ笑みと共に。その熱い視線は、自分に向けられたわけでもないのに、胸が苦しくなるほど切ないもの。馬車は、どんどんこちらへ近づいてくる。

 待ち受けるのは、静まり返った西門。通常は出入りの商人や城内で働く者の往来しかないはずの場所が厳粛な空気に包まれている。

 やってきたアンゼリカ副団長のお家の馬車は黒塗りで、金の紋章が入っていた。一見威圧的な風体だけれど、風を纏ったかのような勢いが伝わってくるデザインは流行の先端のもので、この家のセンスの良さを物語っている。

 門は、内門までしっかりと開いているので、馬車からは城の中へと続く石畳の広い道が真っ直ぐに伸びているのが見えるだろう。その両脇に整然と並ぶのは、数え切れない程の騎士達。

 馬車は跳ね橋の手前でピタリと止まった。私と姫様は、ごくりと喉を鳴らして、馬車の扉が開くのを今か今かと待つ。

――ガチャリ

 騎士達が、一斉に馬車の方へ注目した。御者が扉を開けて、中から誰かが出てきたようだ。その瞬間、はっと息を呑む音がざわめきとなって門の周辺を駆け巡る。

 ビキニアーマー。

 幼い頃、絵本のお伽噺で読んだことがあるものにそっくり。世界樹を悪の手から守る勇者一行の中にいるエルフの少女が、ちょうどこんな格好をしていた。特殊な金属で作られた女性用護身装具の最高峰。

 白い肌が眩しい。ほぼ下着同然の僅かな面積にだけ、メタル特有の煌めきが輝いている。そこから伸びる長い手足は、騎士らしく引き締まっておられるけれど、胸元やお尻は丸みを帯びていて、決して女性らしさは損なわれていない。いや、むしろソレを誇張して、こちらを威嚇してくるかのような破廉恥さ。

「ひ、ひめのが、びきに……」

 ハッとして横を向くと、姫様は鼻血を垂らしてお倒れになってしまった。

「姫様!」

 だから、早くお部屋に戻りましょうと申し上げましたのに。どうせ、あの露出狂になってしまった女騎士が、後で姫様にお会いになりたいとおっしゃいすよ。お願いですから、そんなエロ親父みたいな顔はやめて、女性らしくしてくださいませ!





★ここから姫乃視点になります。

   ◇


 入隊願いのかんたんな書類は、既に早馬で城に届けられている。城で働く者の採用は、通常厳しい審査や面接、試験があるらしいけれど、第八騎士団第六部隊だけは違う。人の命を消耗品のように使いながら、魔物の大群と日々立ち向かう、ハーヴィー王国最強部隊。それを束ねる隊長が、自ら隊員と面会して採用の可否を決めるのだ。



 紺碧の空の下。目の前に立つのは大男である。と言っても、背の高さはこの世界では平均的なもの。特徴を上げるとすれば、得意の槍で鍛え上げられた逞しい筋肉だ。騎士服の上からもその立派さが見て取れる。

「滅多とお目にかかれないぐらい、良い女だな」

 彼は、ハーヴィー王国第八騎士団第六部隊を束ねる男性、オレガノ隊長。私の全身を舐めまわすように見渡すと、少し顔を赤らめた後、そっと私から目を逸らした。

 私は、ミントさんに押し付けられたエルフ族の至宝と呼ばれる白銀のビキニアーマーを身に着けている。この世界、女性は幼稚園児ぐらいの年齢でも、スカートは膝丈以上が標準なのだ。肌を見せているのは娼婦ぐらい。

 なのに今の私ときたら、ほぼ何も着てないのと同じだ。こちらへ転移してから私の体は異世界仕様になってしまったのか、騎士の訓練の成果もあってスタイルが良くなってしまったけれど、皆の視線が痛いのなんのって! 恥ずかしすぎて、意識が飛びそうとか初めてだよ。

 さらには、伸びてきた髪をアンゼリカさんによってゆるふわにセットされ、清楚な感じにお化粧されたので、急に女子っぽさがアップしてしまっている。クレソンさんの瞳の色を意識したという紺色の大きな宝石がはめ込まれた髪飾りまでくっついているから、こんな平凡な平民女子に装飾過多なのではないだろうか。全身で総額いくらになるかなんて、考えたくもない。

 オレガノ隊長は、視線を泳がせながら私に尋ねる。

「得意な武器は何だ?」
「槍は、少しだけ使えます」
「魔法が使えるのか?」
「白の魔術だけは自信があります」
「度胸はあるか?」
「はい。今度はどんな悪にも屈しません」

 もう逃げない。私は、再びオレガノ隊長の元に戻るんだ。

 ここまでの馬車の中では、ミントさんやアンゼリカさんに胸の中のもやもやを吐露して聞いてもらった。私は、マリ姫様のように自分に課された役目、救世主を全うしようと思うし、宰相という悪者からやられっぱなしなのも嫌だ。私には、私が考えていた以上にたくさんの味方がいて、私はすっかりこの世界の人間になっていることにも気づくことができた。異世界人だからと、一番蔑視していたのは私自身。でも、歴代救世主が身につけるというビキニアーマーを着た途端、その思い込みの封印が解けて、視線を高く保ち、自然と足が前に進むようになった。

「合格!」

 オレガノ隊長の声が響き渡る。と同時に、集まっていた騎士達から鬨の声が上がった。その音で、城が、西門が、一瞬揺れたような気がした。鳥肌が立つ。

「エース、おかえり」
「オレガノ隊長、ただいま戻りました」

 反射的に、敬礼を返す。

 さて、無事に入隊できた私は再び騎士だ。これで、騎士団総帥にも挨拶できる口実ができる。

 広い石畳の道の突き当り。黒い騎士服を召した金髪の王子様が立っていた。彼はゆっくりと両手を広げる。

「クレソンさん!」

 気づいたら走り出していた。猛ダッシュでクレソンさんの胸に飛び込んでいく。クレソンさんは、少し後ろに仰け反りそうになりながらも、しっかりと私を抱きとめてくれた。

「クレソンさん」

 もう何十年も会っていなかったような気がする。会いたくて会いたくてたまらなかった人が目の前にいて、愛しげに私を見つめている。

「おかえり」
「ただいま」

 次の瞬間、唇に温かいものが押し当てられる。全身が、もっともっと熱くなる。辺りからは拍手が巻き起こった。

「エース、もうどこへも行かないで」
「これからは、ずっと一緒です」

 クレソンさんはマントを脱ぐと、それで剥き出しになっている私の体を包み、再び慈しむように抱きしめてくれた。

 彼の肩越しに見える、真っ白なハーヴィー王城。私はそのまま左手を天高く突き上げた。

 今日から、再びここが私の居場所。私は、クレソンさん、マリ姫様、そして皆を守りたい。もう一度私を受け入れてくれた全ての人に心からの感謝を!

 私の手から、白い光の柱が立ち上る。それは城よりも高く、空まで届き、パンっと弾けて光の粉がはらはらと頭上から舞い降りてきた。一瞬、世界が白くなる。やがて景色がクリアになってくると、城の敷地は以前のような半透明の結界に覆われていた。

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