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47そんなの聞いてなかった
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槍の使い方の基本は、中断での突きだ。もしくは、相手の動きを止めるために脚を狙った下段の突き。私の場合、対魔物よりも対人間を意識して勉強しているので、隊長達のように空飛ぶ魔物への攻撃方法はとりあえず頭から外していい。
じゃ、それって結構単純なのだから、簡単なんじゃない? と思えば、全くそんなことはなかった。突くという動作以前の問題があったのだ。
私は最近門衛の仕事の時にだけ槍を持ち歩いているのだけれど、ただ持ち歩くだけで大変。日頃使わないような筋肉を使う。特に手首にはかなり負担がかかっている。
私の槍は隊長がオーダーメイドしてくれたお陰で、自分の身長と同じぐらいという比較的短めのもの。でも、いざ扱ってみるととても大きい。きちんと片手で地面に垂直になるように持っておかないと、周りの人や物を穂先の刃で傷つけてしまう。取り回しが難しいのだ。つまり、槍は攻撃の練習の前に、ただ槍を持つだけの訓練がいるということになる。やっぱりまずは、武器にあった体作りから始めるのがいいんだってさ!
というわけで、どこへ行くにも槍を持ち歩くようになった。早速筋肉痛になったけれど、近所のドラッグストアへ湿布を買いに走るわけにもいかず、涙目になりながらがんばってます。
オレガノ隊長曰く、槍を自分の身体の一部にしなければならないらしい。自在に動かせるようになって初めて、誰かと相対することができるとのこと。道は遠いよ、とほほ。
だけど槍は、この世界においても古来からある武具であり、この国では一から兵士を育てる際には必ず仕込まれることになっているらしい。それぐらい基本中の基本の武器なのだ。だから、貧弱な少年である私でも、槍ならば何とかなる!と太鼓判を押されているのだけれど、本当に大丈夫かな。あまり自信がないけれど、私も自分の身はかわいいので、少しでも自衛できるようにしなくちゃね。
ってことで、今朝も早起きして練習だ。クレソンさんも一緒に早起きしてくれて、隣で剣の素振りをやっている。私は隊長から教えてもらった、片手で槍を持って、上下左右に振るのを繰り返している。ただ長い棒で遊んでるだけに見えそうなんだけど、既に辛い。筋肉痛的なものは、おそらく「救世主」チートで徐々に何とかなってきているのだけれど、コントロールが上手くいかないので、すぐに体のバランスを崩してしまうのだ。
槍は長いので、しなる。そして、隊長みたいに、大きく振った後にピタリと止めるようなことは、私からしたら神業だ。私なんて、自分が棒を操るのではなく、棒に振り回されているような気にさえなる。
と噂をしていたら、オレガノ隊長がやってきた。
「おはよう。エース、調子はどうだ?」
「おはようございます」
調子以前に、まだ本人的にもほとんど成長がない。私って、才能無いのかな。
「なんか元気無いな。ま、始めたばかりなんだ。いきなりベテランみたいな動きされたら、こちらの立つ瀬が無い」
オレガノ隊長はもっと食べて肉つけろと言いながら、私の背中や腰の辺りをポンポン叩く。隣では、それをクレソンさんが睨みつけている。私はなんだか、モヤモヤしてきた。
「隊長、私は槍より剣の方が向いてるんですかね?」
隊長はプッと吹き出した。
「たぶんお前なら、どの武器使っても駄目なもんは駄目だろ」
ぐふっ。私もそんな気がするだけに言い返せない。私、元々運動神経があまり良くないんだよね。
「でもな、エース。槍はリーチが長い分、敵がこちらの懐に入る前にこちらから攻撃をかけることができる。それに、同じ熟練度ならば剣よりも槍の方が有利だと、一般的には言われているぞ。お前みたいに気が弱い奴は、やっぱり槍の方が向いてるに決まってる」
隊長は、自分の槍を構えた。
まずは、目の前にいる見えない敵を一突き。そして、何かから身を守るようにして柄の部分を前につき出す。かと思えばさっと後ろに飛んで薙ぎ払うように槍が回転し、目にも止まらぬ連続突きが始まる。その後は、ひらりと横に飛んで、何かと少しずつ間合いを詰めていくように慎重な足運び。最後は、一瞬の稲妻のような突きで、穂先は空中の一点にピタリと停止した。
まるで演舞のよう。隙の無い流れるような動きは洗練されていて、芸術的にすら感じる。しかも、呼吸一つ乱れていないのだ。私とクレソンさんは息を呑んで、パラパラと拍手した。
「槍は、こんな風に突くだけではない。槍の重さを利用して叩き潰したり、穂先の刃で斬ったり。何を絡めて投げ飛ばすこともできれば、相手を引っ掛けて遠くへ跳ね飛ばしたり、フェイント的に柄を使ったりすることもある。面白いだろう?」
オレガノ隊長は得意げに話す。
「というか、俺は剣より槍が好きだ。だからお前も槍にしろ」
最後の一言さえなければ、もっと良い話に聞こえた気が。それはさておき、槍には長くて邪魔というデメリットを凌ぐメリットがあるみたいだ。しかも、この槍は隊長の魂が半分込められている。やっぱり私の相棒は槍なのだろう。
「変なこと言ってすみません。私は槍でがんばります」
「うん、いい心がけだ。これからも毎日訓練欠かすなよ。もうすぐ青薔薇祭もあるしな」
「青薔薇祭?」
どこかで聞いたことのある単語。でも思い出せない。クレソンさんの方を見ると、「しまった!」という顔をしていた。
「クレソン、またか。お前同室なんだから、このぐらい説明しとけよ」
「すみません」
「仕方ない。俺が話そう」
青薔薇祭。それは、先日私がタラゴンさんと決闘した闘技場で行われる騎士団内の腕試し大会だそうだ。騎士の日頃の鍛錬の成果を国民や他国に見せることと、騎士の実力向上を目的としている。参加するのは、役職のついていない平の騎士のみで、全員強制参加となるらしい。
「まさか、総当たり戦ですか? 私、無理かもしれません」
もちろん、体力的にも、精神的にも。闘技場と言えば、たくさんのギャラリーがいる中で戦わなければならないのだ。私の結界の認知度もあがってきた今、タラゴンさんとの時のように簡単に勝てるとは思えない。
「そうだな。青薔薇祭は二回戦以降、魔術の使用は禁止されているから、エースでなくとも、勝ち上がっていくのは、なかなか厳しいだろう」
あ、私、終わった……。半分白目になっている私に、クレソンさんからさらなる解説が入る。
「エースなら、たぶん初戦は突破できるよ。初戦は参加者全員が闘技場に入って潰し合い、残った十六人だけが二回戦に進める仕組みだから」
「ちなみに昨年は、十六人中十五人がうちの隊員だった。もちろん優勝したのもうちのだな。今年は面白そうな新人が他の騎士団にもいるらしいから、楽しくなりそうだな」
オレガノ隊長は、親父らしいガサツさで大笑いしているけれど、私は全然面白くないし、楽しくないよ! てか、そんなのあるなんて聞いてなーい!
「エース、第八騎士団第六部隊の隊員として恥ずかしい戦いはしてくれるなよ? さもなければ……分かってるな?」
「……はい」
ドスの効いたオレガノ隊長からの宣告に、震え声しか出ない。んにしても、分かってるなって何の事?! 分からないだけに、余計に怖いよ。
◇
「ってなことがあったんですよ、ミントさん」
翌日、私は非番でお城から外出し、冒険者ギルドに遊びにきていた。以前と同じく、ミントさんは受付カウンターに座っていたので、すぐに話しかけることができた。でも、その後に通されたこの部屋は、建物の最上階にある豪華な部屋。ここのフロアに入ってからは、すれ違う人全員がミントさんに礼をしているし、当のミントさんは部屋の真ん中にある執務机に慣れた様子で座っている。これって、もしかして、もしかしなくても?
「それは大変ねぇ」
ミントさんは、完全に他人事のような調子で返事をしながら、机の上の書類に判子を押しまくってる。
「って、聞いてます? ギルドマスター!」
「あら、バレちゃった?」
テヘペロされても誤魔化されませんよ! まさか、ミントさんまで偉い人だったなんて。私の周りに普通の人はいないのか、普通の人は!
「それで、青薔薇祭のトーナメント戦も大変だけど、その後の夜会が問題なのね」
私は大きく頷いた。どうやら、青薔薇祭はむさ苦しい戦いの見世物で終わらないのだ。夜には、貴族的な夜会が催されるらしい。元々騎士って、貴族の出の方がほとんどなので、騎士団間の交流会をするとなれば、自然とこういう上流階級的なイベントがくっついてくるそうで。
「私、そういう場に出たことないので、マナーとかダンスとか、全然分からないんです。だから、ミントさんに教えていただけないかなと」
「そうねぇ。私も立場上、貴族との繋がりもあるから、一通りの作法は知っているつもりよ。でも、それは女性の立場でのものだから、今のあなたの役に立つかどうか……」
言われてみれば、それもそうか。やっぱり忙しそうなクレソンさんを捕まえて、教えてもらった方がいいかなぁ。そう思い始めた時、ミントさんがパンッと大きく手を打った。
「そうだわ。私にいい考えがあるの!」
「何ですか?」
私は、応接セットのソファから前のめりになって尋ねる。
「あなたは、女の子として夜会に出ればいいのよ!」
「はい?!」
「私もその夜会に招待されてるの。だから、私の同伴だと言えば普通に会場へ入れるから問題ないわ。それに、よく考えてもみて? 女の子の格好をできる絶好の機会なのよ?」
確かに魅力。夜会と言えば、ドレスだ。私だって女の子。人並みの憧れはある。だけど――。
「じゃぁ、男としてのエースはどうすれば?」
「そんなの、トーナメント戦で体力消耗しちゃって、夜会には出れなくなっちゃったってことでいいじゃない?」
そんなテキトーな理由でいいのだろうか。
「心配ならば、私がこちらで手を回してアリバイぐらい作ってあげる。そういうのは得意なの」
「そこまで迷惑をかけるわけには……」
「となると、私もいろいろ手配しないとね。大丈夫よ。あなたのマナーレッスンやドレスに関しては、良い先生に心当たりがあるわ。任せてちょうだい」
ちょっと待って。それって、既に私が女の子として夜会に出ることが決定事項になってません?!
「ミントさん、夜会は騎士服の第一礼装で乗り切れますので……」
「エース?」
「な、何でしょう?」
「師匠の言うことは、よく聞きましょうね?」
ミントさんから、妙な威圧が発せられた。これ、どんな魔術だろう? 絶対に力の使いどころを間違えてるよ、ミントさん。
「……すみません。では、お世話になります」
私は泣く泣く返事した。職業を斡旋してくれた上、魔術の基礎を叩き込んでくれた恩人に逆らえるわけがありません。
こうして私は、暴走し始めたミントさんの提案に乗ることにした。けれど、これが後々あんな騒動に繋がっていくなんて、この時は全く思いもよらなかったのである。
じゃ、それって結構単純なのだから、簡単なんじゃない? と思えば、全くそんなことはなかった。突くという動作以前の問題があったのだ。
私は最近門衛の仕事の時にだけ槍を持ち歩いているのだけれど、ただ持ち歩くだけで大変。日頃使わないような筋肉を使う。特に手首にはかなり負担がかかっている。
私の槍は隊長がオーダーメイドしてくれたお陰で、自分の身長と同じぐらいという比較的短めのもの。でも、いざ扱ってみるととても大きい。きちんと片手で地面に垂直になるように持っておかないと、周りの人や物を穂先の刃で傷つけてしまう。取り回しが難しいのだ。つまり、槍は攻撃の練習の前に、ただ槍を持つだけの訓練がいるということになる。やっぱりまずは、武器にあった体作りから始めるのがいいんだってさ!
というわけで、どこへ行くにも槍を持ち歩くようになった。早速筋肉痛になったけれど、近所のドラッグストアへ湿布を買いに走るわけにもいかず、涙目になりながらがんばってます。
オレガノ隊長曰く、槍を自分の身体の一部にしなければならないらしい。自在に動かせるようになって初めて、誰かと相対することができるとのこと。道は遠いよ、とほほ。
だけど槍は、この世界においても古来からある武具であり、この国では一から兵士を育てる際には必ず仕込まれることになっているらしい。それぐらい基本中の基本の武器なのだ。だから、貧弱な少年である私でも、槍ならば何とかなる!と太鼓判を押されているのだけれど、本当に大丈夫かな。あまり自信がないけれど、私も自分の身はかわいいので、少しでも自衛できるようにしなくちゃね。
ってことで、今朝も早起きして練習だ。クレソンさんも一緒に早起きしてくれて、隣で剣の素振りをやっている。私は隊長から教えてもらった、片手で槍を持って、上下左右に振るのを繰り返している。ただ長い棒で遊んでるだけに見えそうなんだけど、既に辛い。筋肉痛的なものは、おそらく「救世主」チートで徐々に何とかなってきているのだけれど、コントロールが上手くいかないので、すぐに体のバランスを崩してしまうのだ。
槍は長いので、しなる。そして、隊長みたいに、大きく振った後にピタリと止めるようなことは、私からしたら神業だ。私なんて、自分が棒を操るのではなく、棒に振り回されているような気にさえなる。
と噂をしていたら、オレガノ隊長がやってきた。
「おはよう。エース、調子はどうだ?」
「おはようございます」
調子以前に、まだ本人的にもほとんど成長がない。私って、才能無いのかな。
「なんか元気無いな。ま、始めたばかりなんだ。いきなりベテランみたいな動きされたら、こちらの立つ瀬が無い」
オレガノ隊長はもっと食べて肉つけろと言いながら、私の背中や腰の辺りをポンポン叩く。隣では、それをクレソンさんが睨みつけている。私はなんだか、モヤモヤしてきた。
「隊長、私は槍より剣の方が向いてるんですかね?」
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「たぶんお前なら、どの武器使っても駄目なもんは駄目だろ」
ぐふっ。私もそんな気がするだけに言い返せない。私、元々運動神経があまり良くないんだよね。
「でもな、エース。槍はリーチが長い分、敵がこちらの懐に入る前にこちらから攻撃をかけることができる。それに、同じ熟練度ならば剣よりも槍の方が有利だと、一般的には言われているぞ。お前みたいに気が弱い奴は、やっぱり槍の方が向いてるに決まってる」
隊長は、自分の槍を構えた。
まずは、目の前にいる見えない敵を一突き。そして、何かから身を守るようにして柄の部分を前につき出す。かと思えばさっと後ろに飛んで薙ぎ払うように槍が回転し、目にも止まらぬ連続突きが始まる。その後は、ひらりと横に飛んで、何かと少しずつ間合いを詰めていくように慎重な足運び。最後は、一瞬の稲妻のような突きで、穂先は空中の一点にピタリと停止した。
まるで演舞のよう。隙の無い流れるような動きは洗練されていて、芸術的にすら感じる。しかも、呼吸一つ乱れていないのだ。私とクレソンさんは息を呑んで、パラパラと拍手した。
「槍は、こんな風に突くだけではない。槍の重さを利用して叩き潰したり、穂先の刃で斬ったり。何を絡めて投げ飛ばすこともできれば、相手を引っ掛けて遠くへ跳ね飛ばしたり、フェイント的に柄を使ったりすることもある。面白いだろう?」
オレガノ隊長は得意げに話す。
「というか、俺は剣より槍が好きだ。だからお前も槍にしろ」
最後の一言さえなければ、もっと良い話に聞こえた気が。それはさておき、槍には長くて邪魔というデメリットを凌ぐメリットがあるみたいだ。しかも、この槍は隊長の魂が半分込められている。やっぱり私の相棒は槍なのだろう。
「変なこと言ってすみません。私は槍でがんばります」
「うん、いい心がけだ。これからも毎日訓練欠かすなよ。もうすぐ青薔薇祭もあるしな」
「青薔薇祭?」
どこかで聞いたことのある単語。でも思い出せない。クレソンさんの方を見ると、「しまった!」という顔をしていた。
「クレソン、またか。お前同室なんだから、このぐらい説明しとけよ」
「すみません」
「仕方ない。俺が話そう」
青薔薇祭。それは、先日私がタラゴンさんと決闘した闘技場で行われる騎士団内の腕試し大会だそうだ。騎士の日頃の鍛錬の成果を国民や他国に見せることと、騎士の実力向上を目的としている。参加するのは、役職のついていない平の騎士のみで、全員強制参加となるらしい。
「まさか、総当たり戦ですか? 私、無理かもしれません」
もちろん、体力的にも、精神的にも。闘技場と言えば、たくさんのギャラリーがいる中で戦わなければならないのだ。私の結界の認知度もあがってきた今、タラゴンさんとの時のように簡単に勝てるとは思えない。
「そうだな。青薔薇祭は二回戦以降、魔術の使用は禁止されているから、エースでなくとも、勝ち上がっていくのは、なかなか厳しいだろう」
あ、私、終わった……。半分白目になっている私に、クレソンさんからさらなる解説が入る。
「エースなら、たぶん初戦は突破できるよ。初戦は参加者全員が闘技場に入って潰し合い、残った十六人だけが二回戦に進める仕組みだから」
「ちなみに昨年は、十六人中十五人がうちの隊員だった。もちろん優勝したのもうちのだな。今年は面白そうな新人が他の騎士団にもいるらしいから、楽しくなりそうだな」
オレガノ隊長は、親父らしいガサツさで大笑いしているけれど、私は全然面白くないし、楽しくないよ! てか、そんなのあるなんて聞いてなーい!
「エース、第八騎士団第六部隊の隊員として恥ずかしい戦いはしてくれるなよ? さもなければ……分かってるな?」
「……はい」
ドスの効いたオレガノ隊長からの宣告に、震え声しか出ない。んにしても、分かってるなって何の事?! 分からないだけに、余計に怖いよ。
◇
「ってなことがあったんですよ、ミントさん」
翌日、私は非番でお城から外出し、冒険者ギルドに遊びにきていた。以前と同じく、ミントさんは受付カウンターに座っていたので、すぐに話しかけることができた。でも、その後に通されたこの部屋は、建物の最上階にある豪華な部屋。ここのフロアに入ってからは、すれ違う人全員がミントさんに礼をしているし、当のミントさんは部屋の真ん中にある執務机に慣れた様子で座っている。これって、もしかして、もしかしなくても?
「それは大変ねぇ」
ミントさんは、完全に他人事のような調子で返事をしながら、机の上の書類に判子を押しまくってる。
「って、聞いてます? ギルドマスター!」
「あら、バレちゃった?」
テヘペロされても誤魔化されませんよ! まさか、ミントさんまで偉い人だったなんて。私の周りに普通の人はいないのか、普通の人は!
「それで、青薔薇祭のトーナメント戦も大変だけど、その後の夜会が問題なのね」
私は大きく頷いた。どうやら、青薔薇祭はむさ苦しい戦いの見世物で終わらないのだ。夜には、貴族的な夜会が催されるらしい。元々騎士って、貴族の出の方がほとんどなので、騎士団間の交流会をするとなれば、自然とこういう上流階級的なイベントがくっついてくるそうで。
「私、そういう場に出たことないので、マナーとかダンスとか、全然分からないんです。だから、ミントさんに教えていただけないかなと」
「そうねぇ。私も立場上、貴族との繋がりもあるから、一通りの作法は知っているつもりよ。でも、それは女性の立場でのものだから、今のあなたの役に立つかどうか……」
言われてみれば、それもそうか。やっぱり忙しそうなクレソンさんを捕まえて、教えてもらった方がいいかなぁ。そう思い始めた時、ミントさんがパンッと大きく手を打った。
「そうだわ。私にいい考えがあるの!」
「何ですか?」
私は、応接セットのソファから前のめりになって尋ねる。
「あなたは、女の子として夜会に出ればいいのよ!」
「はい?!」
「私もその夜会に招待されてるの。だから、私の同伴だと言えば普通に会場へ入れるから問題ないわ。それに、よく考えてもみて? 女の子の格好をできる絶好の機会なのよ?」
確かに魅力。夜会と言えば、ドレスだ。私だって女の子。人並みの憧れはある。だけど――。
「じゃぁ、男としてのエースはどうすれば?」
「そんなの、トーナメント戦で体力消耗しちゃって、夜会には出れなくなっちゃったってことでいいじゃない?」
そんなテキトーな理由でいいのだろうか。
「心配ならば、私がこちらで手を回してアリバイぐらい作ってあげる。そういうのは得意なの」
「そこまで迷惑をかけるわけには……」
「となると、私もいろいろ手配しないとね。大丈夫よ。あなたのマナーレッスンやドレスに関しては、良い先生に心当たりがあるわ。任せてちょうだい」
ちょっと待って。それって、既に私が女の子として夜会に出ることが決定事項になってません?!
「ミントさん、夜会は騎士服の第一礼装で乗り切れますので……」
「エース?」
「な、何でしょう?」
「師匠の言うことは、よく聞きましょうね?」
ミントさんから、妙な威圧が発せられた。これ、どんな魔術だろう? 絶対に力の使いどころを間違えてるよ、ミントさん。
「……すみません。では、お世話になります」
私は泣く泣く返事した。職業を斡旋してくれた上、魔術の基礎を叩き込んでくれた恩人に逆らえるわけがありません。
こうして私は、暴走し始めたミントさんの提案に乗ることにした。けれど、これが後々あんな騒動に繋がっていくなんて、この時は全く思いもよらなかったのである。
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