第八騎士団第六部隊、エースは最強男装門衛です。

山下真響

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44結界を突破しちゃった?!

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 宰相からの手紙はだいたい予想通り。遠回しに昨夜の結界を使ったショーを褒める言葉が書かれていた。最近分かってきたのだけれど、あの人は人の実力などには素直に認める傾向がある。私の料理だってそうだ。なのに、どうしてあんなに捻くれた悪者になったには、何か理由があるのだと思うのよね。だからって、私を拉致して軟禁したり、クレソンさんに酷い仕打ちをしたことは絶対に許さないけれど。

 もちろん書かれてあったのはそれだけではない。本件は、アルカネットさんに結界を教えることだった。私としては、自分も西部へ行ったりと忙しかったけれど、クレソンさん伝てにアルカネットさんも都合が合わないと聞いていたので慌てていなかったのだ。

 それなのに、この悪代官ときたら、式典に向けて忙しいだろうからわざわざ式典後まで催促するのを待ってやったんだぞ、感謝しろ!みたいなことを書いている。きーっ! やっぱり腹が立つ。たぶん、マリ姫様の生誕式典を通じて、結界の素晴らしさを再認識しちゃったんだろうね。

 じゃ、アルカネットさんに日程調整について手紙でも送ってみようか。でも、こう宰相に乗せられたまま、結界魔術を伝授してもいいものなのかな? こういう時は、やはり頼りになる上司に頼ってみるのが一番かも。

 ということで、早速オレガノ隊長に相談することにした。隊長は私の話を聞いて、うーんっと唸っている。

「実はな、最近貴族達からある要望がたくさん上がってきてるんだ」
「何ですか?」
「ま、縁談や養子縁組の話は少なくなってきたんだが、自分の屋敷に城と同じ結界を張ってくれという話はなかなか消えなくてな」

 あー、なるほど。貴族って、先祖代々の屋敷とかがあるから、王都に押し寄せる魔物の大群の余波で損傷を受けることもあるかもしれないもんね。結界さえ張っておけば、魔物用に衛兵さんを雇わなくても済むし、気持ちは分かる。

「でな、貴族ってのは欲深い生き物だから、拉致してでもエースを懐に取り込もうとする奴もいる。ま、お前が城に結界を張ったその日の晩からこうなることは予想できてたんだが、なかなかしつこい。だから、お前の容姿については意図的にいろんな噂を流してるんだが、そろそろお前が宰相以外の誰かに狙われる日も近いかもしれん」

 貴族って、そこまでするのか。というのが正直な感想だ。でも、オレガノ隊長の語り口調からは、その深刻さがよく滲み出ている。そんなの思い過ごしですよ!と跳ね除けられないところが悲しい。知らない間に、こんなにも自分の身が危険に晒されていたなんて。

 だからこそ第四騎士団のコンフリー団長も、私を見て噂と違うと言っていたり、アンゼリカさんもわざわざ護衛してくれたのだろう。今更だけれど、いろいろ納得すると同時に、張本人が何にも分かっていなくて申し訳ない気持ちになる。

「隊長、いろいろとありがとうございます。迷惑かけてすみません」
「いいってことよ。こんなことぐらいで頭なんて下げるな」

 オレガノ隊長は、私の頭をワサワサと撫でた。でも程々にしてほしい。近くでリンデンくんが睨んでくる視線が怖いので!

「そういうこともあって、お前の相談事については、かなり判断が難しいところだ」
「はい」

 ここで少しおさらいをしてみよう。
 宰相達は、早くアルカネットに結界の魔術を覚えさせて、それを特権として自らの権威をさらに高めようとしている。例えば、結界をかけてほしかったら言うことを聞け!などといった、取引材料に使いやすいだろう。

「エース、もしお前が本当にアルカネットへ結界の張り方を教えてしまえば、おそらく城の結界を張ったのはアルカネットということにされてしまうだろう。宰相は情報操作もうまい。これぐらい簡単にやってのけると思う」
「隊長は、私の名誉のことを気にしてくれてるんですか? それならば心配ありません。たぶん第八騎士団第六部隊の方達は、宰相の話すことよりも、実際に自分の目で見たことを信じてくれると思いますし、いつも本当に良くしてくれています。だから、アルカネットさんの成果になってしまっても、私には信じてくれる人達がいる限り、全く気になりません」
「お前なぁ……男だったら、多少はそういうところは欲を出せよ」

 ごめんなさい。私、乙女なので変なプライドなんて要らないんです。

「そういえば、お前が城に結界を張った時、王からは何もなかったんだろう? あれは宰相の差し金だぞ」

 むかっ! やっぱりそうか。これからはプライドも大切にしようかしら。宰相って、とことん私を虐めるのが好きみたいだ。
 隊長は何度目かのため息をついて、机の中から干し肉を出してきた。隊長のオヤツなのかな? 顎をしゃくって食べろと指示されたので、早速齧ってみる。うん、意外と美味しい。噛むとちょっとストレスが和らぐ気がする。オレガノ隊長は、手自らお茶も入れてくれた。

「エース、今ならばいろんな選択肢がある」

 私は、隊長の雰囲気が少しピリリと引き締まったように感じて、居住まいを正した。

「一つ目。アルカネットに結界は教えない。今以上に宰相からは敵対視され、しかも宰相派の奴らからも命を狙われる可能性もあるが、名誉は守れる。同時に、反王派全体への牽制にはなる」

 ふむふむ。

「二つ目。アルカネットには仕方なく結界を教える。すると、今後結界といえばアルカネットということになり、エースの存在感は少しずつ減っていく。つまり、お前自身は平和っぽくなるが、反王派は調子に乗る。一度大きな要求を飲めば、次は何を言い出すか分からないという怖さもある」

 つまり、教えても教えなくてもリスクがあるということだ。どうしよう。

「反王派が結界を使うようになれば、親王派との戦いも有利に働くだろうし、俺としてはわざわざ敵に塩を送るようなことはしたくないな」
「オレガノ隊長は、そういうお考えなんですね」
「まぁな。でも、まだ選択肢は残っている」

 隊長の目から、すっと光が消えた。

「三つ目。騎士団を辞めて、ここから姿を消す。幸いお前は門衛だ。こっそり商人あたりに化けて城から出るなんて簡単だろ? 辺境か、別の国まで逃げれば、さすがに宰相も追ってこれない」
「隊長!」

 我ながら、急に大きな声が出てしまってびっくりした。でも、どうしても、それ以上を語ってほしくなかった。私がここからいなくなっても大丈夫な未来なんて、知りたくない。

「オレガノ隊長。私は、身寄りがありません。第八騎士団第六部隊しか居場所がないんです」

 一度全てを失くした私が、いろんな事がありながらも、たくさんのご縁や力を手に入れて、再び前を向けるようになった場所。ここは、私の家で、隊員の皆さんは私の家族だ。そんな大切なものを宰相なんかのせいで失ってしまうのは、想像するだけで悔しいし、悲しすぎる。

 だから私、覚悟を決めた。

『|第十一制限装置解除』

 その瞬間、私が門衛の仕事の時に持ち歩いているオレガノ隊長からもらった槍が、白い輝きを放つ。

 そうだ。出された選択肢を選んでいるうちは駄目。心から望む未来は、自分で見つけ出して叶えなきゃ。私は、第四の選択肢をとる。

「隊長、私はアルカネットさんに結界を教えます。そして、私の協力者になってもらいます」
「それはさすがのエースでも難しいと思うぞ?」

 隊長はお茶を飲むのを止めて、呆れ顔をこちらに向ける。

「そうかもしれませんけど……せめて、私を殺したくないなと思ってもらえるぐらいには、仲良くなってみせます!」
「ま、無理するなよ。教えるのを断るのは途中でもできる。理由だって、いくらでも捏造できるんだからな?」

 私はにっこりして敬礼した。
 やっぱりオレガノ隊長って、私のお父さんみたいだ。


   ◇


 夕方からの仕事まではまだ時間がある。クレソンさんは北門に行ってるし、私は練習場で一人うーんっと唸っていた。

 さっき、またれいの脳内放送があったのだけれど、いまいち何が起こったのか分からないのだ。たぶん、槍に何らかの効果がついたのだと思うのだけれど、今は光もなくなってしまって普通の武器にしか見えない。

 そこへコリアンダー副隊長がやってきた。ちょうどいい。魔術のことならば、ミントさんの次に頼りになる人だ。

「コリアンダー副隊長、ちょっと今いいですか? お伺いしたいことがあって」
「どうした?」

 私は、早速さっき槍が光ったことを説明した。

「さすがにその話だけでは、私もよく分からないな。こういう時は、検証してみるといいだろう。まずは、その槍が強力になったと過程してみよう。ではエース、この辺りに適当な結界を作りなさい」
「はい」

 私は、目の前の空間に人が通れない壁の結界を作った。

「では、その槍で壁を突いてみろ」
「はい」

 結局、今の私は魔術一辺倒で、未だに槍の練習はできていない。作法もへったくれもないが、とりあえず壁に向かってプスリと刺してみた。そう、刺してしまったのだ。

「え……?」

 これは、そこそこの強度の壁をイメージして作ったので、槍が突き通るわけがなかったのに。唖然とする私をよそに、コリアンダー副隊長は近くにいた別の隊員を呼び寄せ、普通の槍で結界を突くように指示。結果は――。

「お前、真面目にやってるよな?」
「もちろんです、副隊長。これ何なんです? すごく硬いですよ。槍の穂先が破損しそうです」

 つまり、結界は十分に強固なのだ。なのに、この槍は通過した。てことは、この槍ってチートになったんじゃ……!
 と、驚いていると、コリアンダー副隊長から次の指示が飛んでくる。

「エース、次は最高に強い結界を作ってみろ。小さくていいからな」
「はい」

 私は、ちょっと本気を出して手から白の魔術を放出した。力みすぎたのか、汗が額をつたって落ちてくる。

「では、やってみます」

 まず、一回目。通らない。
 二回目。駄目だ。

「エース、私がやってみる」

 コリアンダー副隊長が私の槍を取り上げて、最強結界を突き破ろうとした。でも、破れない。次に、先程の結界に突きを展開する。今度は結界をすり抜けた。

「なるほど。この槍はある程度の強度の結界の破壊には有効なのだな。しかも、他人が使っても効果がある。大変興味深い」

 この後、副隊長と他にもいろんな検証を重ねたのだけれど、結界以外の物に対する強度は、特に変わったところは見られなかった。つまり今回は、対結界の力が備わったということなのだろう。

 つまり、アルカネットさんが結界を使えるようになっても、強い結界を張ることができなければ、私の槍で突破することができるってこと?!

 ちょっと光が見えてきた。
 とりあえず、アルカネットさんに予定を尋ねる手紙でも書いてみよう。

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