第八騎士団第六部隊、エースは最強男装門衛です。

山下真響

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43プロポーズされちゃった

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 朝も早くから通されたこの部屋は、城の中でも最上級の貴賓室だ。部屋の主は、隣国ミネラール王国の王子オニキス様。私と同じ黒髪黒目だけれど、芸術家による彫刻の傑作かと思う程の彫りの深い美丈夫である。

「君がエースだね」
「はい。お呼びと伺いまして、馳せ参じました」

 フレンドリーな雰囲気で近づいてくる彼に、私は慌てて騎士の礼をとった。

「私は君からすれば他国の人間だ。そこまで畏まることはないよ。騎士は王や王族だけに忠誠を誓い、跪くものだろう?」

 確かにそうかも。はっとして顔を上げると、オニキス様は柔らかくほほ笑んだままだった。気まずくなって目をそらす。隣に立つクレソンさんはなぜか少し怒った様子だった。

「クレソンさん、礼儀知らずですみません」
「エースは何も謝ることはないよ。いや、この男がこれに言いがかりをつけて、エースを連れ帰ったりしないように牽制しているだけだから」

 朝早く騎士寮へ手紙が届いた時に聞いた話では、クレソンさんとオニキス様は幼い頃から交流があるそうだ。お互い一国の王子であると同時に長男というよく似た境遇であり、成長して王になった暁には助け合えるようにということで、頻繁に引き合わされていたらしい。けれど、クレソンさんは王籍を追われてしまい、昨日は久々の再会を果たしたとのこと。なるほど。二人が気安い関係に見えるわけだ。

 オニキス様は、手を顎に当てて思案顔をする。

「エースは、昨夜のショーを発案した人物なのだろう?」
「はい。公式には、私が所属する第八騎士団第六部隊全員による企画ということになっています」
「あんな素晴らしいショー、他国の夜会でも見たことがないよ。あれ程のこと、自分だけの手柄にしておいた方が出世できたのではないかい?」
「私は目立つのが苦手ですので」

 というか、昨夜のショーがなくとも、既に目立ってしまっているから、これ以上は勘弁してほしいというのが本音。目立ったからって、周囲からの風当たりが強くなるだけだろうしね。

「謙虚だね。あんな企画を考えられるぐらいの賢さはあるし、しかも魔力はかなり強そうだね。ミネラール王家でさえ、完全なる黒髪黒目は私だけだというのに、それに匹敵する容姿。これは、クレソンが近くに置きたくなるわけだ」

 一般的に、魔力量は目の色に現れると言われている。黒に近ければ近いほど強い。そして、あまりに魔力が多いと、髪の色も黒くなるとされている。

「ふんっ」

 クレソンさんは不機嫌そうに鼻を鳴らすと、私を庇うようにオニキス様との間に立ちはだかった。オニキス様はクスクス笑いながらも、目はこちらをじっと見つめたまま。

「ハーヴィー王国やクレソンに飽きたら、いつでもミネラール王国へ来るといい。歓迎する」

 あれ。もしかして、また偉い人にロックオンされた? そういえば、オニキス様は第一王子だから、順当に行けば次期国王様なんだよね。

「大変ありがたいお話ですが、ここを離れることはないと思います」
「それは残念だな。でも人の心は変化するものだからね。僕は諦めずに、未来のミネラール王国王妃の座は空けたまま、君の訪れを待つことにするよ」

 オニキス様をガン見したのは、私とクレソンさん二人同時だった。今のって、私を女性だと断定した上で、遠回しにプロポーズしてたよね?!

「オニキス、いつ気づいた?」
「挨拶してもらった瞬間かな。物腰が柔らかすぎる。オーラも明らかに女性のものだ」

 私は、誰かに聞かれていないかキョロキョロする。セーフ。この部屋には、たまたまオニキス様しかいなかったようだ。

「なぜ、こんなに可愛らしい人なのに男装しているのか、そしてなぜ男性だと皆から思われているのか、不思議でならないね」
「確かに、なぜ皆気づかないのだろう……。騎士団、それも第八騎士団第六部隊は対魔物の戦闘特化部隊なんだ。だから暗黙の了解で、男性しか所属しないことになっている。皆、そういう先入観があるから、今のところ誤魔化せているのだろうな」
「それって、いろいろ不味くないか?」

 クレソンさんは押し黙ってしまい、答えられない。今のところ、騎士寮の部屋はクレソンさんと同じにしてもらっているので、プライベートは確保されているし、ミントさんの特製下着があるから、女性体型もカバーできていると思う。でも、また水難事故みたいなことが起きたら、次こそバレてしまうかもしれない。

「エース、ミネラール王国ならば、どの騎士団も女性を歓迎している。剣や槍よりも魔術を優遇する気風すらある。こちらに来れば肩身の狭い思いはさせないよ」
「でも私は、クレソンさんの方がいいです」

 と言ってからハッとした。慌てて口元を手で抑えても、もう遅い。オニキス様は目尻を下げて声を出さずに笑っていた。

「私は、ハーヴィー王国とミネラール王国を比較してもらいたかったんだけどね。そうか、私はまだまだクレソンには追いついていないのだな」
「いえ、そういう意味では」
「クレソン、彼女の期待を裏切るなよ。昔から君の方が王の器があったはずだ。今は苦難の時だけれど、決して諦めないでくれ。いずれ、王同士として再会できることを楽しみにしている」

 オニキス様は手を差し伸べた。クレソンさんはそれに応じる。二人の間には火花が散っている幻影が見えた。だけど、本来二人は本当に仲が良いんだろうな。

 第八騎士団第六部隊でのクレソンさんは、ちょっと軽薄な感じの元王子を演じているところがある。そして私の前では甘々のお兄さん。でも今は、とても自然体で立っているように見えるのだ。少し妬いてしまいそうになるけれど、オニキス様の言う通りクレソンさんが王になれるように、私も彼を助けていきたいな。できることならば、ずっと、ずっと。


   ◇


 オニキス様と会った後は、コンフリー団長とエルダー副団長にも会いに行くことに。彼らからも連名で面会の申し出が届いていたのだ。

 彼らは昨日、城内が人で溢れて怪我人が出ないように、広場の人員整理で尽力してくれた。その他の騎士さん達の必死の働きもあり、奇跡的に怪我人は両手の指で数えられるぐらいで収まったという。

「わざわざ来てくださって、どうもありがとうございました!」

 私がお礼を伝えると、コンフリー団長が恥ずかしそうに頭をかく。

「実はな、お前に会ったらまたアレを作ってもらえるんじゃないかと思ってさ」

 すると、エルダー副団長が部屋の隅から大きな箱を引き摺ってきた。

「クラーケン、入手したんです。エース、作れますよね?」

 食い意地張ってるのコンフリー団長だけかと思ったら、エルダー副団長もですか?! もしかして、第四騎士団トップツーがわざわざ出張ってきた本当の目的って、これだったりする?

「エース?」

 私が首を傾げるクレソンさんに、西部の街でのことを話すと深いため息をついていた。すみません、この国では日本にあったような甘辛系の味付けはレアらしく、大人気なんだよね。

「第七の副団長にも聞いたんだか、エースは自分専用の調理場を持っているそうだな」
「はい。クレソンさんが用意してくださって」

 そこで初めて、第四騎士団の二人がクレソンさんに注目する。名前だけで素性が分かってしまったのだろう。お二人はすかさずクレソンさんに向かって丁寧な礼をする。

「僕は第八騎士団第六部隊所属の隊員で、クレソンと言います。ただの騎士にそのような態度をなさらないでください」

 相手は団長級の大物。そんな人に畏まられてしまうと、クレソンさんも困ってしまうのだろう。

「えっと、クレソンさんは私と寮が同室で、とても親切な先輩なんですよ! ね?!」

 私は、クレソンさんの袖を少し引っ張って、もっと気軽に接して大丈夫ですよとアピールしてみる。でも、どうしてこんな解釈になっちゃったんだろう。

「そうか。俺達が王子派になれば、漏れなくエースのクラーケン焼きがついてくるんだな? よーし、分かった。クレソン王子、宰相蹴落として王籍に復帰する時には必ず声をかけてくれ。第四騎士団と西部の冒険者達はあなたの味方だ!」

 あれれ。クレソンさんに頼もしい味方ができちゃったよ。それにコンフリー団長、ちゃんと冒険者さん達とも和解したということみたいで、本当によかった。

 そこへ、部屋の扉がノックされた。現れたのはアンゼリカさん。

「皆様、ごきげんよう」
「どうしてここに?」
「私は、美味しそうな話があるところに現れる女なのよ」

 意味が分からん。
 コンフリー団長は、エルダー副団長が持ってきた大箱を担ぎ上げた。

「ちょうどいい。貴殿もクラーケン焼きで一杯やらないか? これからエースの調理場に皆で行くところなんだ」
「あら、そうなの。あれ、確かに美味しかったわね」

 なぜか、私の知らないところで今日の予定が決まっていく。今日の北門での仕事は夕方からなので時間はあるけどさぁ。
 クレソンさんだけは、まだ食べていないので不満そうだ。じゃ、もう仕方がないなぁ。

「分かりました。作りますから、静かについてきてくださいね?」

 騎士寮では、昨日の疲れが残っていて休んでいる先輩方がたくさんいるので、騒がれたら困るのだ。

 そうして、昼間っぱから宴会騒ぎになっていたところ、ラムズイヤーさんがキッチンにやってきた。なぜか私を見るなり赤面してしまう。何となく距離のとり方もいつもと違うし、どこかよそよそしい。

「どうかされました?」
「えっと……隊長室に宰相から手紙が届いてるって。たぶん、昨日のことだと思う」

 うん。そろそろ何かアクションを起こしてくる頃かと思ってたのだ。さーて、何が書いているか分からないけれど、受けて立つぞ!

 でも先に料理だね。腹の空かせた人達って、放置すると怖いから。

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