第八騎士団第六部隊、エースは最強男装門衛です。

山下真響

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13姫様と会っちゃった

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 心臓に悪い。転移してからこれを言うの、もう何度目だろう。
 つい先程、王様への謁見を済ませたところだ。用件は、結界を張ったことへの御礼だった。本来ならば褒美として爵位やお金などをもらえるところらしいけれど、王様の話の行間を読んだところ、何らかの外部圧力があったために実現しなかったようだ。もしかして、またジギタリス達の嫌がらせか?!

 本物の王様は、やはり王様らしいちょっと大げさな格好で、オーラも柔らかなもの。喋り方も、大昔突然行方不明になった私のお父さんのようで、少し和んだ。謁見の間も、日本で言うところの結婚式をする教会みたいに高い天井とステンドグラスが美しく、ついつい見惚れてしまった。こんな風に余所見する余裕も生まれたのは、全てクレソンさんのお陰である。

 クレソンさんは、初めて王様に会う私に最低限のお作法を教えてくれて、一人きりだと心細いだろうと言ってついてきてくれたのだ。もはや、保護者だね。お世話かけます。

 クレソンさんは、王城の中を知り尽くしている様子だった。さらに、行き交う人の中には歩みを止めて礼をしている人もたくさんいたし、クレソンさんの偉い人疑惑はますます深まってしまう。私、そんな人を従者みたいに扱ってしまっていて大丈夫なのかな。王様なんて、クレソンさんと視線で何か会話していたぐらいだし。つまり、対等に渡り合えりぐらいのポジションの人ってこと? とりあえず、夜に寮室に帰ったらクレソンさんにいろいろな無礼を謝っておこう。

 で、今向かっているのは姫様のお部屋。先導してくださっているのは、あの残念系侍女さんだ。再会した時には、小声で「え、あなたが、あの?!」と言って、びっくりしたり眉をひそめたりと忙しそうにしていたけれど、今はきっちりとお仕事してくれてます。

「こちらですわ」
「では、お邪魔しま……」
「お待ちください。いいですか? 姫様は、これまでの人生のほとんどの時間を眠って過ごされてきました。目が覚めてもほんの数時間でまたお休みになられるのが常だったのです。ところが昨日からは、まるで普通の人のようにずっとお目覚めになられていますから、大変お疲れなのです。ですから、繊細な姫様がショックを受けないように、言動にはくれぐれもご注意くださいませ」

 侍女さん、姫様のこと大好きだもんね。多少説明が長くても、私気にしないよ。私がしっかりと頷くと、侍女さんはすぐに可愛らしいレリーフの入った白い扉を開けてくれた。

 そして目に飛び込んできたのは――。

「姫様、またそのような格好で! 宰相様も何かおっしゃってください!」

 侍女さんが金切り声をあげて、部屋の中央にある大きなベッドへ向かってすっ飛んでいく。その気持ち、よく分かるよ。私もどこからどうツッコめばいいのか、分からないぐらいだから。

 まず、姫様らしきお方は、私と同じ黒い髪で、ゆるいウェーブを描きながら腰のあたりまで届く長さだ。遠目に見ても、色白で滑らかなたまご肌。そこにちょこんっと乗っかっている小さなお鼻と桜色の唇。身体はポキリと折れそうな程華奢で、お顔も絵に描いたように整っていた。これだけ言うと、とんでもなくおしとやかな美少女のよう。だけど、その表情はあまりにも挑戦的で、一国の姫らしからぬものであったのだ。

 それだけならば、ここまで驚かないだろう。一番目についたのは、その格好だ。

「ジャージ?」
「そう、ジャージ。これ、やっぱり楽でいいよな。懐かしくなって、作らせちゃった」

 あ、姫様が私の呟きに反応してテヘペロしてくれた。可愛い! って、それどころじゃない。今、何て言った? そしてこの口調、雰囲気。あまりにも身に覚えがあるもので。

 でも、彼女はハーヴィー王国第一王女様。滅多なことを想像しては罰当たりだ。私の予想はきっと見当外れなものにちがいない。そう思い込もうとして、すっと目を伏せ、クレソンさんから習いたての騎士の礼をとってみる。

「騎士のエースと申します。姫様におかれましてはご機嫌麗しゅう」
「かたい」

 姫様の声は非難めいたもの。え、たぶん何も間違えていないはずなのに。驚いた私は、うっかり許可を得る前に顔をあげてしまい、姫様と目がバッチリ合ってしまった。

「あ」
「その間抜け面、ほんと変わんない。三歳の時に砂場で転んだ時も、五歳の時に近所の山口さん家の柿の木に勝手に登って落ちかけた時も、俺が助けた時にはいつもそんな顔してた。あー、懐かしい」

 素材こそ、合繊じゃなくてシルク百パーセントというチョイスなので妙な高級感が出ているけれど、デザインは明らかに現代日本にあるジャージとそっくりのウェアを着たお姫様。ゆっくりとこちらへ歩み寄ってくる。侍女さんは「お待ちください」と喚いて止めようとしているけど、彼女は全く気にするそぶりがない。

「まだ、分からない?」

 外見は全く違う。でも見つめ続けると、その背後にぼんやりと彼の姿が浮かび上がって見えるのだ。

「もしかして、本当に?」

 家が近所で、物心がついた頃には既に遊び仲間になっていた。保育園から高校までずっと同じ学校。よくモテるのに、なぜか彼女らしき影が無いものだから、私はいつか彼の特別な女の子になりたくって希望を捨てずに十数年を過ごしてきた。幼馴染枠って案外難しいなと思いつつも、諦めずに片思いを続けてきた相手、衛介。死んだはずの彼が、こんな美少女として生まれ変わっていたなんて!

「来るの遅いよ、姫乃」

 あぁ、全身が熱くなる。

「よかった」

 身体は変わってしまったけれど、魂が生きていてくれて良かった。また会えて良かった。衛介が、男装している私のことをすぐに私だと気づいてくれて良かった。そして何より、転移してきて良かった!

 色を失っていた私の世界に、再び光が差し込んで、鮮やかな風景が視界いっぱいに広がっていく。こんな奇跡、他にあるだろうか? 今の私の頭ん中、完全にお花畑でお祭り騒ぎ。

「今の俺はローズマリーと呼ばれている。お前には特別にマリと呼ばせてやろう」

 衛介がマリ。衛介は、そんな乙女な名前が合うようなタイプじゃないのに。もっと感動の再会らしく、この感慨深さや懐かしさをしっかりと味わっていたいところなのに、思わず堪えきれず笑ってしまう。

 その時だ。マリがふらっと立ちくらみを起こしたかのように倒れそうになった。すかさずその身体を支えると、侍女さんも飛んできたので一緒にベッドへ横たえる。ふう。と汗が出たわけてもないのに額を拭っていると、ずっと無視していた嫌な奴からお声がかかってしまった。

「君は、姫様と初対面ではないようだな。いつ、ここへ忍び込んだ? やはり君は、地下の牢へ入れておくべきだったか」

 しまった。こいつのいる前でマリと長話をしたのは失敗だったな。かと言って、本当のことを説明しようにも、姫様は前世、異世界にいて、そこで私と出会って……なんて複雑な話、絶対に信じてもらえないだろう。どうしよう。

 そこへ、意外なところから助っ人が現れた。

「お主、姫様と話が通じておったようじゃの」

 誰?と思って侍女さんの方を見ると、マリ姫様の乳母だそうだ。たぶん、乳母っていうよりもナニーという位置づけなんじゃないかな。とにかく、外見はかなりのお祖母さんだ。

「はい」
「姫様は生れてすぐから、どこか変わったお子であった。何も教えずとも、人間が生きていく中で必要な最低限の礼儀や作法、知識を持っておる。さらには、儂らには分からぬ言葉や、誰も聞いたことのないような物語までお話なさるのだ」

 私ならば、だって、転生者だもんっ! と言って片付けたいところだけど、そんな可能性を微塵も考えていないだろう乳母さんは、心底不思議そうに話してくれる。

「このお召し物もそうじゃ。儂らからすると、これは殿方の服に近く、姫様には好ましくない。それに、儂も随分長く生きていくおるが、こんな服は見たことも聞いたこともない。じゃが、お主」

 ここで、乳母さんの目がギラリと光った。ひっ!

「お主は、これのことを知っておったようじゃの? しかも、これほどまでに姫様と話が合う者は、お主以外に他にはおらぬ。そこの青二才も自分の知識ばかりひけらかすばかりで、姫様の言葉は全て理解できぬようだしのぉ」

 いや、ここで宰相を引き合いに出しては、さすがに気の毒。だけど、ちょっといい気味だ。それにしても乳母さん、何者? 私の中では裏ボス疑惑が浮上した。

「いえ、それはたまたまだと思うので……」
「儂の目と耳は誤魔化せぬぞ? お主、そろそろ正体を表したらどうじゃ」

 それ、どういう意味だろう。実は女ってことがバレた? でもそんなの宰相なんかがいる前で暴露できない。下手したら私、今夜から路上暮らしになっちゃうよ。

 冷たい汗が背中を伝う。

 乳母さん、一生のお願いだから、ここでバラさないで? これも、生活がかかってるから仕方がなく男の子の格好をしているんだよ。もし秘密にしておいてくれたら、出血大サービスで肩たたき券を千枚ぐらい発行しちゃうよ!

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