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07ときめいちゃった
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打ち上げの後、今日からお世話になる寮室に戻ると、早速制服である騎士服が届いていた。私みたいな小柄な人用のサイズがあることと、寮母さんの仕事の早さにびっくりである。私は鏡の前で、黒い新品の服を胸に当てていると、クレソンさんも部屋へ帰ってきた。
「似合うと思うよ」
クレソンさんはいくら飲んでも酔わないタイプらしい。鏡の向こう、私の頭一つ分より少し高いところ見える彼の顔は、昼間と同じく爽やかな笑顔だった。
「ありがとうございます」
今日は初日にして第八騎士団第六部隊の真髄を見た気がする。この制服に袖を通せば、私も先輩方のように勇敢に戦えるようになれるだろうか。
このアールデコを少しあっさりさせたような内装の部屋も、金髪碧眼のクレソンさんも、未だに夢みたいで変な感じがする。昼間、魔物の大群を駆逐する結界を作ってしまったことも、正直実感が沸かない。
でも転移一日目にして、私は私の居場所を見つけることができた。私にしては上出来だと思う。良かった、って思うと、急に疲れがこみ上げてきた。クレソンさんはいるけれど、自分の部屋と呼べる場所にいると気が抜けてしまうらしい。大きな欠伸が出てしまう。
ということで、今、すっごくお風呂に入りたい。
そっとクレソンさんの様子を横目で確認すると、すぐに目が合ってしまった。わぁ、この人と今二人きりなのか。衛介と二人きりの時は何を話してたっけ? 急に緊張してしてきた。
「エース、先に風呂入る? 僕はちょっと野暮用を思い出したので、少し出てくるよ。先に寝ててね」
あ、ちゃんとお風呂あるんだ。良かった。お風呂が無いと気持ちが悪くて生きていけない。でもまさかお風呂って、男性専用の大浴場のみとか?!
そこへ、私の焦りをクレソンさんが先回りして解決してくれる。
「あ、この部屋はお風呂がついているからね。ここは居間みたいなところで、続き部屋が寝室。その奥にあるよ」
「分かりました」
それならば、女だということがバレにくそう! 今夜はクレソンさんがいない間にさっさと汗を流してしまおう。私は、心の中でガッツポーズをする。
クレソンさんは軽く私に頷き返すと、騎士服の上着を脱いで、クローゼットの中から取り出した赤いジャケットを羽織った。
「今日はよく頑張ったね。明日からも大変だと思うけれど、僕のことは味方だと思ってくれていいよ」
「はい」
「あ、明日は朝、起こしてくれる?」
「はい?」
「僕、朝弱いんだよね」
クレソンさんは恥ずかしそうに肩をすくめる。完璧そうに見える美男子でも、苦手なことはあるようだ。
「分かりました」
「じゃ、おやすみ」
そう言うと、クレソンさんは扉の方へ向かわずに、いきなりこちらに近づいてきた。気づいた時には、息が吹きかかるぐらい近くにクレソンさんの綺麗な顔がある。私の背中にはレモンイエローの壁。
「衛介、これからよろしくね」
「……はい、よろしくお願いします」
返事するのに数秒かかってしまった。さらに、クレソンさんが部屋から出ていってから一分後。私は、へなへなと床に座り込む。
「心臓に悪いわ」
私、今ちゃんと男の子の顔をできている自信がない。身体にうまく力が入らないのだ。
まさか、衛介以外の人にときめいてしまう日が来るなんて。
クレソンさんは、私のことを設定上の本名『衛介』と呼んでくれた。私のことをよく理解してくれている証拠のようで嬉しいけれど、本当は姫乃って呼ばれたい。
だけどそんな日が来てはいけないのだ。私はミントさんと話して、男としてこの世界で生きていくことにしたのだから。
気づいたら泣いていた。
寂しいとか、突然異世界転移してしまったことへの憤りとかではなく。
ただ、切なくて。
あの赤いジャケットは、どんな女の子の前で脱ぐことになるんだろうな。
◇
異世界のお風呂はすごかった。もしかしたら、ラノベのテンプレ的には魔道具と呼ばれている物なのかもしれない。大理石っぽい湯船の端に赤と青の丸が刻まれていて、そこに指を触れると自動的にお湯がたまるのだ。ちょっと熱い時は、青い丸に長く触れると温くなるといった感じ。シャワーが無かったのは残念だけれど、普通の水道の蛇口みたいなのはあるので、そこから桶にお湯を汲んで頭からかぶって髪を洗った。シャンプーらしきものも置かれていたけれど、もしかしてクレソンさんの私物かな? 明日お礼を言って、お給料が出たらちゃんと自分のを買いに行かなくちゃ。
私は、お湯に首まで浸かりながら天井を仰いだ。
目を閉じると、チャンウェル団長から聞いた話が頭の中をぐるぐる回って止まらない。
あの後私は、団長から魔物の大群について教えてもらった。世界樹のことも。でも、あの大群が王家を滅ぼそうとしている人達の仕業かもしれないなんて。なんでそんな酷いことをするの? 人がたくさん死ぬかもしれないんだよ? という怒りはもちろん、テロリストのような人がいるという事実自体に恐怖を感じる。
そして一番問題なのは、私が張った結界はその悪者達の企みを邪魔してしまったかもしれないということだ。あの結界がある限り、王城と中にいる王族は安全。となると、目障りな私は悪者達に命を狙われるかもしれない。
これはオレガノ隊長が心配そうに話してくれたことだ。団長は、目立つことをしてしまったのはもう取り返しがつかない。だから、悪者に簡単にやられないように強くなり、味方も増やすしか生き抜く方法は無いと言っていた。
その味方候補なのだけれど、これは団長のお願いと関係する。
実は、『第八騎士団第六部隊に本日付で所属することになった新人が、あの結界を張った』という話が、既に第一から第八まである全ての騎士団の中で噂になっているらしい。そして早速、第四騎士団から私の引き抜きについての話が舞い込んできたというのだ。
団長は、私が別の騎士団に移ってしまうと結界が解除されるのではないかと危惧している。だから断固拒否してくれたらしいのだけれど、人材の独占は良くないと訴えられて喧嘩になったとか。やれやれ。でも剣も交えた話し合いの結果、私が第四騎士団のお手伝いをすることで決着がついたらしい。
ここでまず、騎士団についておさらいしておこう。
まず第一騎士団は王族の身辺警護をしている近衛とも呼ばれる方達。次に第二騎士団は諜報組織と警察が一体になったようなところ。そして第三から第六は、国を東西南北の四つの地域に分割し、それぞれの治安維持を担っている。第七は王都。最後に我ら第八騎士団は、王城を含む王家直轄地内の治安維持専門だ。
で、今回のお願いというのは、第四騎士団が管轄するハーヴィー王国西部に位置する、あるダンジョンの入口を結界で封鎖するというものである。
まだ詳細は分からなくて、近々第四の団長さんから話があるんだって。私が第四騎士団に恩を売れば、今後のためになるとキャンウェル団長は話すのだけど本当かな? 単に、うちの団長の顔を立てるためだけになるような……
何より不安なのは、あの結界は私が無意識で出したものだということ。もう一度やって!と言われたところで、できる保証はどこにもないのだ。
困った。
少なくとも第四騎士団の団長と顔を合わせるまでに、何とか意図的に結界を張れるようになるか、ごめんなさいと謝り倒す練習をしておかなければならない。なんだか面倒なことになってしまった。
何はともあれ、私は明日から本格的に騎士団の人間として生きていくことになる。だけど、圧倒的に戦闘力が無いし、この世界の知識も無い。こういう時って、ラノベとかRPGゲームの主人公は何をしていたっけな?
そして考え込むこと十分。
思い出した。ステータス画面だ!
体力や生命力、魔力量が数値化されるだけではなく、持っている魔法属性やスキルが現れるという便利もの。これがあれば、現在私は何ができて何ができないのかなど、いろいろ把握できるかもしれない。
よーし、やってみるぞ!
と思ってお風呂から上がると、寝室のカーテン付きベッドの上に移動して、それと思われる言葉を唱えてみる。
「ステータス画面、オープン!」
出ない。じゃぁ、次。もうちょっと短くしてみよう。
「オープン!」
やっぱり違うか。じゃ、苦肉の策で。
「開けゴマ!」
……出ませんよね。当たり前か。と、一人で失笑していたら、どこからか女の子の声が聞こえてきた。
「似合うと思うよ」
クレソンさんはいくら飲んでも酔わないタイプらしい。鏡の向こう、私の頭一つ分より少し高いところ見える彼の顔は、昼間と同じく爽やかな笑顔だった。
「ありがとうございます」
今日は初日にして第八騎士団第六部隊の真髄を見た気がする。この制服に袖を通せば、私も先輩方のように勇敢に戦えるようになれるだろうか。
このアールデコを少しあっさりさせたような内装の部屋も、金髪碧眼のクレソンさんも、未だに夢みたいで変な感じがする。昼間、魔物の大群を駆逐する結界を作ってしまったことも、正直実感が沸かない。
でも転移一日目にして、私は私の居場所を見つけることができた。私にしては上出来だと思う。良かった、って思うと、急に疲れがこみ上げてきた。クレソンさんはいるけれど、自分の部屋と呼べる場所にいると気が抜けてしまうらしい。大きな欠伸が出てしまう。
ということで、今、すっごくお風呂に入りたい。
そっとクレソンさんの様子を横目で確認すると、すぐに目が合ってしまった。わぁ、この人と今二人きりなのか。衛介と二人きりの時は何を話してたっけ? 急に緊張してしてきた。
「エース、先に風呂入る? 僕はちょっと野暮用を思い出したので、少し出てくるよ。先に寝ててね」
あ、ちゃんとお風呂あるんだ。良かった。お風呂が無いと気持ちが悪くて生きていけない。でもまさかお風呂って、男性専用の大浴場のみとか?!
そこへ、私の焦りをクレソンさんが先回りして解決してくれる。
「あ、この部屋はお風呂がついているからね。ここは居間みたいなところで、続き部屋が寝室。その奥にあるよ」
「分かりました」
それならば、女だということがバレにくそう! 今夜はクレソンさんがいない間にさっさと汗を流してしまおう。私は、心の中でガッツポーズをする。
クレソンさんは軽く私に頷き返すと、騎士服の上着を脱いで、クローゼットの中から取り出した赤いジャケットを羽織った。
「今日はよく頑張ったね。明日からも大変だと思うけれど、僕のことは味方だと思ってくれていいよ」
「はい」
「あ、明日は朝、起こしてくれる?」
「はい?」
「僕、朝弱いんだよね」
クレソンさんは恥ずかしそうに肩をすくめる。完璧そうに見える美男子でも、苦手なことはあるようだ。
「分かりました」
「じゃ、おやすみ」
そう言うと、クレソンさんは扉の方へ向かわずに、いきなりこちらに近づいてきた。気づいた時には、息が吹きかかるぐらい近くにクレソンさんの綺麗な顔がある。私の背中にはレモンイエローの壁。
「衛介、これからよろしくね」
「……はい、よろしくお願いします」
返事するのに数秒かかってしまった。さらに、クレソンさんが部屋から出ていってから一分後。私は、へなへなと床に座り込む。
「心臓に悪いわ」
私、今ちゃんと男の子の顔をできている自信がない。身体にうまく力が入らないのだ。
まさか、衛介以外の人にときめいてしまう日が来るなんて。
クレソンさんは、私のことを設定上の本名『衛介』と呼んでくれた。私のことをよく理解してくれている証拠のようで嬉しいけれど、本当は姫乃って呼ばれたい。
だけどそんな日が来てはいけないのだ。私はミントさんと話して、男としてこの世界で生きていくことにしたのだから。
気づいたら泣いていた。
寂しいとか、突然異世界転移してしまったことへの憤りとかではなく。
ただ、切なくて。
あの赤いジャケットは、どんな女の子の前で脱ぐことになるんだろうな。
◇
異世界のお風呂はすごかった。もしかしたら、ラノベのテンプレ的には魔道具と呼ばれている物なのかもしれない。大理石っぽい湯船の端に赤と青の丸が刻まれていて、そこに指を触れると自動的にお湯がたまるのだ。ちょっと熱い時は、青い丸に長く触れると温くなるといった感じ。シャワーが無かったのは残念だけれど、普通の水道の蛇口みたいなのはあるので、そこから桶にお湯を汲んで頭からかぶって髪を洗った。シャンプーらしきものも置かれていたけれど、もしかしてクレソンさんの私物かな? 明日お礼を言って、お給料が出たらちゃんと自分のを買いに行かなくちゃ。
私は、お湯に首まで浸かりながら天井を仰いだ。
目を閉じると、チャンウェル団長から聞いた話が頭の中をぐるぐる回って止まらない。
あの後私は、団長から魔物の大群について教えてもらった。世界樹のことも。でも、あの大群が王家を滅ぼそうとしている人達の仕業かもしれないなんて。なんでそんな酷いことをするの? 人がたくさん死ぬかもしれないんだよ? という怒りはもちろん、テロリストのような人がいるという事実自体に恐怖を感じる。
そして一番問題なのは、私が張った結界はその悪者達の企みを邪魔してしまったかもしれないということだ。あの結界がある限り、王城と中にいる王族は安全。となると、目障りな私は悪者達に命を狙われるかもしれない。
これはオレガノ隊長が心配そうに話してくれたことだ。団長は、目立つことをしてしまったのはもう取り返しがつかない。だから、悪者に簡単にやられないように強くなり、味方も増やすしか生き抜く方法は無いと言っていた。
その味方候補なのだけれど、これは団長のお願いと関係する。
実は、『第八騎士団第六部隊に本日付で所属することになった新人が、あの結界を張った』という話が、既に第一から第八まである全ての騎士団の中で噂になっているらしい。そして早速、第四騎士団から私の引き抜きについての話が舞い込んできたというのだ。
団長は、私が別の騎士団に移ってしまうと結界が解除されるのではないかと危惧している。だから断固拒否してくれたらしいのだけれど、人材の独占は良くないと訴えられて喧嘩になったとか。やれやれ。でも剣も交えた話し合いの結果、私が第四騎士団のお手伝いをすることで決着がついたらしい。
ここでまず、騎士団についておさらいしておこう。
まず第一騎士団は王族の身辺警護をしている近衛とも呼ばれる方達。次に第二騎士団は諜報組織と警察が一体になったようなところ。そして第三から第六は、国を東西南北の四つの地域に分割し、それぞれの治安維持を担っている。第七は王都。最後に我ら第八騎士団は、王城を含む王家直轄地内の治安維持専門だ。
で、今回のお願いというのは、第四騎士団が管轄するハーヴィー王国西部に位置する、あるダンジョンの入口を結界で封鎖するというものである。
まだ詳細は分からなくて、近々第四の団長さんから話があるんだって。私が第四騎士団に恩を売れば、今後のためになるとキャンウェル団長は話すのだけど本当かな? 単に、うちの団長の顔を立てるためだけになるような……
何より不安なのは、あの結界は私が無意識で出したものだということ。もう一度やって!と言われたところで、できる保証はどこにもないのだ。
困った。
少なくとも第四騎士団の団長と顔を合わせるまでに、何とか意図的に結界を張れるようになるか、ごめんなさいと謝り倒す練習をしておかなければならない。なんだか面倒なことになってしまった。
何はともあれ、私は明日から本格的に騎士団の人間として生きていくことになる。だけど、圧倒的に戦闘力が無いし、この世界の知識も無い。こういう時って、ラノベとかRPGゲームの主人公は何をしていたっけな?
そして考え込むこと十分。
思い出した。ステータス画面だ!
体力や生命力、魔力量が数値化されるだけではなく、持っている魔法属性やスキルが現れるという便利もの。これがあれば、現在私は何ができて何ができないのかなど、いろいろ把握できるかもしれない。
よーし、やってみるぞ!
と思ってお風呂から上がると、寝室のカーテン付きベッドの上に移動して、それと思われる言葉を唱えてみる。
「ステータス画面、オープン!」
出ない。じゃぁ、次。もうちょっと短くしてみよう。
「オープン!」
やっぱり違うか。じゃ、苦肉の策で。
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