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止まり木旅館の住人達
おかえりなさい
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◇楓
なかなか帰ってこれなかったのは仕方ない。帰ってきたタイミングが悪かったのも、運が悪かったということにしておこう。今朝もずっと寝ていて、なかなか起きてきてくれなかったも、許そう。
だけど! 里帰りして浮気ってどういうことよー?!!!
私の隣に立つ巴ちゃんは、顔を青くして、しきりに腕をさすっている。私の心に吹き荒れるブリザードの冷気にあてられて、鳥肌でも立ったのかしらね。
「お前こそ、なんでここに……」
翔は驚いた様子でシュリさんに尋ねた。
「あたし、あの後大変だったんだから!! あそこ、普通のルートから外れた場所だったじゃない? だから麓にどうやって下りたらいいのか分からなくなっちゃって、森の中に迷い込んじゃったのよー! 気付いたら狼の群れに囲まれてて絶体絶命! たまたま近くに山小屋を見つけて逃げ込んだら、なぜか『時の狭間』っていうとこに来ちゃったの」
あれれ。シュリさんは、普通のお客様みたいだ。てっきり、翔を追いかけてきたのかと思い込んでたのだけれど、そうでもないみたい。そう思うと、途端に心が軽くなると同時に、巴ちゃんの顔色もマシになってきた。
「なるほどな。で、『木仏金仏石仏(きぶつかなぶついしぼとけ)』に滞在中なのか」
翔は面倒くさそうに大きなため息をついた。翔もシュリさんのこと、なんとも思っていないっていうことだよね?
「そ! ねぇ、翔。この人が楓さん?」
どうやら翔は、既にシュリさんに私の話をしてくれていたようだ。なんだか、ほっとした。
シュリさんは興味津々といった様子で、私の姿を見つめている。「見た目はアレだから、胃袋で掴んだ系だね!」だとかブツブツ言ってるけれど、聞こえてないもんねー?!
その時、翔は、ふと思いついた風に私を自分の方に引き寄せた。突然、肩に手を置かれてびっくりしてしまうと同時に、少し照れてしまう。
「そう。止まり木旅館の2代目女将で、俺の……」
なんでそこで言葉が止まるのよ?! その後が大切なのに!!
私は翔の何なのだろう。私にとって翔は、かけがえのない人。そして……言葉にすると恥ずかしいのだけれど、恋人だ。『彼氏』ってことね! たぶん、付き合ってるんだと思う。最近は遠距離恋愛状態だったけれど、私はずっと……好きでいる。でも彼は、帰ってきてから何も言ってくれない。故郷に帰ることで、気持ちが離れていたとしたらどうしよう。
たぶん、朝からもやもやしたり、どこか不調なのは、これが原因なのだ。翔は、私のこと、どう思ってるんだろう?
私はおそるおそる、翔の顔を見上げた。
翔の瞳は、シュリさんの方を向いたまま。お腹が冷やっとして、全身に震えが駆け抜けた。その時。
「……奥さんだよ」
?!!!
……え?
私が……?!
翔の……?!!!
「楓さん! しっかりしてください! お気を確かに!!!」
気付いたら、私は巴ちゃんに揺さぶられていた。一瞬、意識が飛んでしまっていたらしい。
「楓、大丈夫か?」
しばらくすると、ぼんやりとしていた視界がしっかりと定まってきた。すると、こちらを心配そうに覗き込んでいる翔と目が合った。
「翔! 女の子は、ちゃんと言葉にしてもらわないと不安になるんだからね!! 今こそ、ビシッと決めなさい!!!」
急に勢いづく巴ちゃん。翔の背中をバシバシ叩いているけれど、何を激励しているのかしら?
「言われなくても、ちゃんとするって! そのために里帰りしてたんだから」
翔は、軽く息を吸い込んでゆっくり吐くと、私を客室の縁側へ連れ出した。暖かな日差しが注ぐ日常の風景。ゆるやかな風が、すっと私の頬をなでる。翔は、私を縁側の縁に座らせると、彼もそのぴったり隣に腰掛けた。
そして、袂(たもと)の中をごそごそ探り始める。もしかして、お土産だろうか?
「うん。これはお土産だけど、ただの土産じゃないよ」
翔は私の左手をとった。いつの間にか、彼の腕が竜化している。
「昔々、人間に恋した竜がおりました」
翔は、静かに語り始めた。静かな庭先に彼の柔らかな声が通り抜ける。
「しかし、その恋はついに叶いませんでした」
どんな竜だったのか。その竜はどんな人を好きになったのか。何も分からないけれど、じんわりと悲しい気持ちが胸の中に広がっていく。
「それでも竜は、その人間の娘を愛し続けました。その気持ちは青い結晶となって、何万年、何千年と、ずっと変わらず光り続けました」
翔は、握りしめていた彼の右手をそっと開いた。すると、青い宝石がついた指輪が現れた……
「これは、その竜からもらった青の宝石。何万年も、何千年も生きることはできないかもしれないけれど、それぐらいずーっと、ずーーーっと……一緒にいよう」
翔が左手で私の左手を掬うようにして軽く握る。そして右手で摘んだ青の宝石の指輪が、ゆっくりと私の薬指に滑り込んでいった。金属の冷たく滑らかな感触が、火照った指の温もりに溶けていく。
「楓。結婚しよう」
「はい」
どちらからともなく、私達はキスをした。
1度目は、互いのぬくもりを押し当てるだけ。2度目は、離れていた間の寂しさを埋め合わせるかのように、深く。3度目以降は、優しく包み込むように。
何度目かをした後で、翔と目があった。
私、今、ふわふわしてる。嬉しすぎたり、幸せすぎたりすると、人間何も考えられなくなるらしい。夢うつつのような浮遊感がなかなか収まらないのだ。
「翔、おかえりなさい」
「楓、ただいま」
やっと言えた。
これからは、正真正銘、私が翔の『帰るところ』になるんだ。
私は、翔にもたれかかった。後ろから抱きかかえられているかのような格好になる。左手の薬指に納まっている指輪を見ると、自然と頬が緩んだ。
……というのも束の間。背後で、急に雅楽の演奏が大音量で始まったのだ。びっくりして後ろを振り返る私と翔。
「やっとまとまったようだな。妾は待ちくたびれたぞ」
そこにいたのは、密さん率いる天女様御一行だった。
【後書き】
やっとこさ、このシーンが書けました。
翔は竜の話を美化&はしょりすぎです(笑)
そしてお待ちかね?!
密さん、登場!!
なかなか帰ってこれなかったのは仕方ない。帰ってきたタイミングが悪かったのも、運が悪かったということにしておこう。今朝もずっと寝ていて、なかなか起きてきてくれなかったも、許そう。
だけど! 里帰りして浮気ってどういうことよー?!!!
私の隣に立つ巴ちゃんは、顔を青くして、しきりに腕をさすっている。私の心に吹き荒れるブリザードの冷気にあてられて、鳥肌でも立ったのかしらね。
「お前こそ、なんでここに……」
翔は驚いた様子でシュリさんに尋ねた。
「あたし、あの後大変だったんだから!! あそこ、普通のルートから外れた場所だったじゃない? だから麓にどうやって下りたらいいのか分からなくなっちゃって、森の中に迷い込んじゃったのよー! 気付いたら狼の群れに囲まれてて絶体絶命! たまたま近くに山小屋を見つけて逃げ込んだら、なぜか『時の狭間』っていうとこに来ちゃったの」
あれれ。シュリさんは、普通のお客様みたいだ。てっきり、翔を追いかけてきたのかと思い込んでたのだけれど、そうでもないみたい。そう思うと、途端に心が軽くなると同時に、巴ちゃんの顔色もマシになってきた。
「なるほどな。で、『木仏金仏石仏(きぶつかなぶついしぼとけ)』に滞在中なのか」
翔は面倒くさそうに大きなため息をついた。翔もシュリさんのこと、なんとも思っていないっていうことだよね?
「そ! ねぇ、翔。この人が楓さん?」
どうやら翔は、既にシュリさんに私の話をしてくれていたようだ。なんだか、ほっとした。
シュリさんは興味津々といった様子で、私の姿を見つめている。「見た目はアレだから、胃袋で掴んだ系だね!」だとかブツブツ言ってるけれど、聞こえてないもんねー?!
その時、翔は、ふと思いついた風に私を自分の方に引き寄せた。突然、肩に手を置かれてびっくりしてしまうと同時に、少し照れてしまう。
「そう。止まり木旅館の2代目女将で、俺の……」
なんでそこで言葉が止まるのよ?! その後が大切なのに!!
私は翔の何なのだろう。私にとって翔は、かけがえのない人。そして……言葉にすると恥ずかしいのだけれど、恋人だ。『彼氏』ってことね! たぶん、付き合ってるんだと思う。最近は遠距離恋愛状態だったけれど、私はずっと……好きでいる。でも彼は、帰ってきてから何も言ってくれない。故郷に帰ることで、気持ちが離れていたとしたらどうしよう。
たぶん、朝からもやもやしたり、どこか不調なのは、これが原因なのだ。翔は、私のこと、どう思ってるんだろう?
私はおそるおそる、翔の顔を見上げた。
翔の瞳は、シュリさんの方を向いたまま。お腹が冷やっとして、全身に震えが駆け抜けた。その時。
「……奥さんだよ」
?!!!
……え?
私が……?!
翔の……?!!!
「楓さん! しっかりしてください! お気を確かに!!!」
気付いたら、私は巴ちゃんに揺さぶられていた。一瞬、意識が飛んでしまっていたらしい。
「楓、大丈夫か?」
しばらくすると、ぼんやりとしていた視界がしっかりと定まってきた。すると、こちらを心配そうに覗き込んでいる翔と目が合った。
「翔! 女の子は、ちゃんと言葉にしてもらわないと不安になるんだからね!! 今こそ、ビシッと決めなさい!!!」
急に勢いづく巴ちゃん。翔の背中をバシバシ叩いているけれど、何を激励しているのかしら?
「言われなくても、ちゃんとするって! そのために里帰りしてたんだから」
翔は、軽く息を吸い込んでゆっくり吐くと、私を客室の縁側へ連れ出した。暖かな日差しが注ぐ日常の風景。ゆるやかな風が、すっと私の頬をなでる。翔は、私を縁側の縁に座らせると、彼もそのぴったり隣に腰掛けた。
そして、袂(たもと)の中をごそごそ探り始める。もしかして、お土産だろうか?
「うん。これはお土産だけど、ただの土産じゃないよ」
翔は私の左手をとった。いつの間にか、彼の腕が竜化している。
「昔々、人間に恋した竜がおりました」
翔は、静かに語り始めた。静かな庭先に彼の柔らかな声が通り抜ける。
「しかし、その恋はついに叶いませんでした」
どんな竜だったのか。その竜はどんな人を好きになったのか。何も分からないけれど、じんわりと悲しい気持ちが胸の中に広がっていく。
「それでも竜は、その人間の娘を愛し続けました。その気持ちは青い結晶となって、何万年、何千年と、ずっと変わらず光り続けました」
翔は、握りしめていた彼の右手をそっと開いた。すると、青い宝石がついた指輪が現れた……
「これは、その竜からもらった青の宝石。何万年も、何千年も生きることはできないかもしれないけれど、それぐらいずーっと、ずーーーっと……一緒にいよう」
翔が左手で私の左手を掬うようにして軽く握る。そして右手で摘んだ青の宝石の指輪が、ゆっくりと私の薬指に滑り込んでいった。金属の冷たく滑らかな感触が、火照った指の温もりに溶けていく。
「楓。結婚しよう」
「はい」
どちらからともなく、私達はキスをした。
1度目は、互いのぬくもりを押し当てるだけ。2度目は、離れていた間の寂しさを埋め合わせるかのように、深く。3度目以降は、優しく包み込むように。
何度目かをした後で、翔と目があった。
私、今、ふわふわしてる。嬉しすぎたり、幸せすぎたりすると、人間何も考えられなくなるらしい。夢うつつのような浮遊感がなかなか収まらないのだ。
「翔、おかえりなさい」
「楓、ただいま」
やっと言えた。
これからは、正真正銘、私が翔の『帰るところ』になるんだ。
私は、翔にもたれかかった。後ろから抱きかかえられているかのような格好になる。左手の薬指に納まっている指輪を見ると、自然と頬が緩んだ。
……というのも束の間。背後で、急に雅楽の演奏が大音量で始まったのだ。びっくりして後ろを振り返る私と翔。
「やっとまとまったようだな。妾は待ちくたびれたぞ」
そこにいたのは、密さん率いる天女様御一行だった。
【後書き】
やっとこさ、このシーンが書けました。
翔は竜の話を美化&はしょりすぎです(笑)
そしてお待ちかね?!
密さん、登場!!
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