止まり木旅館の若女将

山下真響

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止まり木旅館の住人達

文句あるなら、すぐ帰れ

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◇楓

 ね……眠い。
 止まり木旅館は、懇親会当日の朝を迎えた。太陽が眩しい。庭先ではいつも通り小鳥がちゅんちゅん言っていて、乾いた風が広い縁側を吹き抜けている。

 昨夜は本当に大変だった。千歳さんがあんな方だったなんて……。今朝も朝食の席で、私の写真を眺めては「姉さん……」と呟き、幸せそうにほうっと溜息をついていた。満足してくださったのは良いけれど、満足させたところでお帰りの扉は開かないのがつらいところ。

 さて、準備は整った。

 グリーンマンは「緑が呼んでる」とか言って、庭の芝生の上でゴロゴロしている。そんな父親を発見した桜ちゃんは「あーもー恥しくて見てられない!」と叫んで客室に篭ってしまった。千歳さんには、母さんの着物を与えておいた。着物をぎゅっと抱きしめて、くんくん匂いを嗅いでいたけれど、ずっと和箪笥に片付けていたものだから、たぶん樟脳の香りしかしないと思う。ざまーみろ!

 私は旅館の玄関先でそわそわしていた。私は、嫌なことは出来るだけ早く済ませてしまいたいタイプなのだ。さっさと来てさっさと帰って欲しいな。そうすれば、翔とも……ちゃんと話せるのではないだろうか。



 翔は、昨夜帰ってきた。

 やっと、帰ってきた。



 でも、何と声をかけたらいいのか、分からなくなってしまった。せっかく帰ってきてくれたのに、私は意味不明なファッションショーの真っ最中だったこともあって、まともなお出迎えもできなかったし。

 翔は、全身服がボロボロだった。グジャルダンケルでは、何があったのだろうか。目的は果たせたのだろうか。私の写真を撮りまくっただけで、寝てしまった彼。こっそり彼の部屋を訪れてみたけれど、泥の様に眠るという言葉が似合う程深く眠り込んでいた。私はまだ、「おかえりなさい」が言えていない。彼も、何も言わない。

 私は彼の寝顔に向かい、「会いたかった」と言葉を零して、そっと目を伏せて部屋を出た。

 翔は、まだ起きてこない。玄関先に立つのは私一人。荒らしの前の静けさという言葉が頭に浮かんだ時……門の扉は開いた。

 現れたのは赤い着流しを粋に着こなした男性。ポニーテールだ! 侍っぽいぞ!
 そして、彼に寄り添う様に立っていたのは、同じく黒髪の女性。浅葱色に大柄で白や赤の花が入ったハイカラな着物をお召しだ。2人とも黒髪なので、母さんが住んでいる日本出身の方のように見える。

 はて、彼らはどちら様なのだろうか?

「……古いな」

 男性の方がぼそっと呟いた。隣の女性もやれやれというお顔をされている。なんなんだ……。うちは、この古めかしいのが売りなんだ! 趣があると言ってくれ! 文句あるなら、今すぐ帰れ!!

「ようこそおいでくださいました。こちらは止まり木旅館でございます。私は、女将の楓と申します」

 早速の失礼発言なんて慣れっこの私。いつも以上に気合いを入れた笑顔を添えて、丁寧にお辞儀した。
 実は、朝から研さんに特製ドリンクをお裾分けしてもらって飲んであるので、体力はすっかり回復しているのだ。心の傷? ……そうね。無事に懇親会が終わったら、翔に癒してもらいたいな!なんちゃって。

「『金のなる木』を経営している千草だ。君の叔父にあたる者、と言えば分かるかな?」

 こいつらかぁああああ!!! 急に懇親会開催を決めたばかりか、うちを勝手に会場に指定してきた非常識人!!!
 ……はっ!いけない。あまりムカムカすると、うっかり顔に出てしまいそうだ。

 でも、1つ気になることがある。うちの家系なのに、髪色が黒いだなんて……。

「あぁ、これか? 私の父親も黒だったからな。何も桃色だけが遺伝するわけではない」

 なるほど。解説ありがとうございます。……って、もしかして、また心の声がダダ漏れになっていたの?!

「そしてもちろん、性格や考え方も遺伝するわけではない」

 千草さんは長身のお方だ。ギロっと私を見下ろす彼の瞳は、鈍く光った気がした。

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