止まり木旅館の若女将

山下真響

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止まり木旅館の住人達

気づいてしまった

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◇桜

 てっきり、私を連れ戻しに来たのかと思った。と言っても、お父さんにそんな力は無い。本当にいつもだらしがない人なのだ。

 私が仕入れ係なんかやっているのも、全部お父さんのせい。以前はお父さんがこの仕事をしていたのだけれど、あまりにも睡眠時間が長すぎるから、私にお株が回ってきてしまったのだ。おじいちゃんやおばあちゃんは、もう隠居だとか言って、全然やる気ないし、私は断ることができなかった。

 この仕事は、良いところもたくさんある。まず、他の世界に行ける。他の世界に行くには、仕様上、ちょっと体力が削られるのだけれど、私はまだ若いからそんなのへっちゃら! 初めのうちは、いろんな世界に行っては、不思議な体験をしたり、幻想的な風景を見たり、親切な旅人から美味しいお料理を奢ってもらったり、王子様に宮殿へ招待してもらったこともあった。世の中って本当に広いんだなって実感したし、とても楽しかった。

 でも、物事全てに言えることかもしれないけれど、やはり悪いことだって起きてしまう。魔物に取り囲まれて絶体絶命のピンチに陥ったり(たまたま通りかかった勇者に助けられて事なきを得た。)、幼女趣味の貴族におじさんに監禁されそうになったり、盗賊に追いかけられたりもした。好きで、危ない所に行っているわけではない。宿り木ホテルを訪れたお客様をおもてなしするために必要な物品を買い集めるためには、いろんな場所に出入りしなければならないのだ。お客様には、ちゃんと『帰って』もらわなければならない。だから、必要と思われるものは、必死でかき集める。だって、それが仕事だもの。

 そんな中で、私は見た目は少女だけれど、大人っぽい感覚を身につけていったのだ。仕入れとは、大人の取引。普通のお店に行って、現地の通貨で欲しいものを買うだけならば簡単だけれど、時には、偉い人と交渉しないと入手できないものもある。『私、幼女だから』なんて、通用しないのだ。

 そして、仕入れ係を始めて1年が過ぎた頃。私は気づいてしまった。
 時の狭間が一番居心地が良いことに。

 そんな時、天女の飛流芽さんから、止まり木旅館へのお誘いがあった。大したことない依頼だったし、宿り木ホテルを出る良い機会になると思ったから、すぐに引き受けた。
 で、当分帰らないつもりだったのに、お父さんはすぐに来てしまって……。私の日頃のありがたさを十分に感じてもらおうと思っていたのに!!

 でも、結局のところ、私を連れ戻す以外の用事があったようなのだ。それは、『金の生る木』主催の時の狭間懇親会。でも、場所が止まり木旅館ってどういうこと? 普通、主催する宿が自分の宿を会場にするものじゃないの?

 『金の生る木』は、とにかくセコイことで有名だ。あそこは、時の狭間のお宿の中でも、唯一有料なのである。どうやってお代を払うのかって? そんなの、着ぐるみ剥がされて……ってことはないけれど、持っている剣だとか、宝石などをお金の代わりに渡してもらっているのだ。時の狭間のお宿は、ちゃんと万智さんから必要経費が下りているので、稼ぐ必要はないはずなのに。

 ちなみに、何も持っていない場合は、出身世界の話を本にまとめさせられたりするらしい。管理人が暇な時に読むためだ。
 そして、その剣や宝石などは、管理人である千草さんのコレクションになるか、どこかの世界で換金されて、千草さんの道楽に使われているらしい。うちの親もいろいろ難があるけれど、まだまだ上がいると知った時は、本当に驚いたものだ。

 さて、そんな千草さん主催の懇親会。これは絶対に会費制だろう。きっと、それにも関わらず、懇親会の準備や必要物品は全て止まり木旅館持ちになるにちがいない!

 私、以前から翔お兄ちゃんや礼お兄ちゃんから、止まり木旅館の話をあれこれ聞いてきた。けれど、実際に来てみると、想像以上! このほっこりして優しい雰囲気がたまらなくて、すっかりここが大好きになってしまった。こんな素敵な場所が、あんなセコイ親父に荒らされてなるものか!!

 私、楓さんを守らなくちゃ。私だけじゃない。『旅館木っ端みじん』の千歳さんも力になってくれるかもしれない。こんな大切な時に不在にしている翔お兄ちゃんも探さなくっちゃ。とにかく仲間を増やして、対策を練らなくちゃ!

 でも、なぜ今になって懇親会なんて思いついたのだろう。時の狭間のお宿はそれぞれが独立していて、これまでほとんど宿間の交流がなかった。仕入れ係は時々情報交換目的に会ったりすることはあったけれどね。
 もしかして、ずっと鎖国状態だった『木仏金仏石仏(きぶつかなぶついしぼとけ)』が止まり木旅館と交流し始めたのが気に入らなかったのだろうか。

 私がこれからの段取りを頭の中で組み立てていると、お父さんがこちらを向いた。

 お父さんも、昔はこんなに緑だったわけではない。以前、宿り木ホテルにいらっしゃった『緑の女神』から『魅惑の緑』という変な魔法のようなものをかけられてしまって、緑が極端に好きになってしまったのだ。『緑の女神』が元の世界に戻る時は本当に大変だった。一応、お母さんもいるのに、『緑の女神』の足に縋りついてなかなか離れようとしなかったのだ。彼女も、全身緑だからね。あの頃からだろうか。お母さんの性格がさらにキツくなったのは……。そりゃぁ、浮気現場を生で見たようなものだものね。娘としても複雑だよ。でも、『緑の女神』は『もったいないの神』と結婚してるから、望みないんだよね。教えてあげたいけれど、これ以上ややこしくしたくないから、黙っている。

「お父さん、どうしたの?」

 どうやら、お父さんは私の方ではなく、私の背後の方を見ているようだ。振り返ると、粋お兄ちゃんが立っていた。

 あ、このお兄ちゃん、髪が緑だ……。粋お兄ちゃん、お父さんにお気に入り認定されたみたいだよ。悪いけれど、よろしくね。

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