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止まり木旅館の住人達
眠れる森の
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「お父さん……私、帰らないから!!」
桜ちゃんは、大きなお目目を潤ませて、全身緑の男性を睨みつけている。よし、彼のことはグリーンマンと呼ばせていただこう。
うちの父親は、アレなので、何をやってもふざけてるようにしか見えないから(いや、正真正銘ふざけた神である。)、こんな展開になったことがない。それだけに、この雰囲気は空気がピンと張り詰めていて、肌にビリビリくるものがあった。
小さな背中を父に向けて、精一杯反抗しようとする少女。一方、いつまでたっても無表情で微動だにせず、ドンと構えているだけの父親。2人の間を乾いた風が通り抜けて、木の葉がパラリと流れていった。
それから、どれぐらいの時間が過ぎただろうか。
ふと気づいたら、密さんが庭の白詰草(シロツメクサ)を摘んで、お花の冠をこしらえると、グリーンマンの頭の上に被せたではないか!! 確かに全身緑だし、細身のお方だから似合わないこともない……って、そんな問題じゃないから! 何やってるんですか!!!?
その時、グリーンマンが、すっと目を閉じた。これはつまり、桜ちゃんの言葉を飲むという意味なのだろうか。それとも、密さんの勝手な行動にお怒りだということだろうか。
誰も何も言葉を発さない今、私はどのように声をかけたら良いのか分からない。ただ、これから何が起こるのか予想できなくて、ハラハラしていた。すると……
――パタンッ
グリーンマンが、倒れました。
「大丈夫ですか?!!!!」
さすがにもう、放ってはおけない。私は慌ててグリーンマンに駆け寄った。ぱっと見たところ、奇跡的に外傷はほとんどなさそうである。私は、なんとか肩をもって抱き起こし、声をかけ続けた。
「しっかりしてください! 痛いところはありませんか? お布団を用意しますので、少しお待ちくださいね! あいにく、緑の布団はございませんが、せめて枕カバーはグリーンに致しますから!」
これだけ声をかけても、何の反応も示さない。グリーンマンは、目を閉じたまま静かな寝息を立てている。もしかして、何か持病をお持ちなのだろうか。それとも、寝不足や疲労困憊だったとか?! あ、そういえば、前にテレビでこんなこと言ってたよ。倒れてすぐに眠ってしまうのって、当たりどころが悪かったってことじゃ……?!
そこまで考えて、自分の顔から血の気が引いていくのを感じた時、桜ちゃんから声がかかった。
「いつものことだよ」
「え?」
「たまにオナラするから、油断して顔は近づけない方がいいよ」
「ええ?」
「たぶん、このまま3日は起きないよ」
「えええ?!!」
「でも、お母さんがチュッてしたら、すぐに起きるよ」
まさかの、『眠れる森のグリーンマン』でしたか?! でも、あれって、王子様のキスだよね? 魔女のキスじゃなかったよね? そして、すぐに目覚めるのは愛の力ですよね? まさか、あの恐ろしい毒舌の嵐を回避するためとかじゃないですよね?!
「楓さん、粋くんが布団を準備してくれました。みんなでこのお方を客室までお運びしましょう」
いつの間にか、巴ちゃんが裏で取り仕切ってくれていたようだ。いつもながら彼女はデキル女である。すると、忍くん、潤くん、そして、椿さんとの別れに涙していまだに目が赤い礼くんがやってきて、グリーンマンを神輿のように担ぎ上げると、旅館の中へと運んでいった。
では、私も彼らの後を追おうとしたのだけれど……
「楓。妾はそろそろお暇(いとま)するとしよう」
「え、密さん、もう帰っちゃうんですか? うち、ちょうど浴場係がいなくなったんでですけど、どうです? 戻ってきませんか?」
「翔が戻ってきたら、楽しみがいがありそう故、考えないこともないが……。よし。そんなに人手が足りないのなら、元浴場係を呼んできてやろう」
「え……それって、もしかして……?!」
密さんは、いつもの妖艶な笑みを浮かべた。そして、長いお召し物の裾をひらりと揺らしながら、門の扉の向こうへと消えていってしまった。今、旅館の玄関先に残されているのは、女将の私と大きな不安。
ほぼ間違いなく、元浴場係とは、あのお方のことだろう。最近、あの巻物は、送られてくる文面が気持ち悪すぎて、ずっと引き出しに閉まったままにしてある。会えばきっと、私に無視されていたことによる鬱憤(うっぷん)が爆発して、何をされるか分かったものではない。でもそろそろ松の間の修繕も終わらせたいし、ちょうど良いと言えば良いのだろう。仕方ない。観念して迎え入れよう。
こんな時、翔ならばどうするだろうか。実は、5日前に『木仏金仏石仏(きぶつかなぶついしぼとけ)』からグジャルダンケルへ向かうという内容のメールが届いたきり、音沙汰が無い。グジャルダンケルは、当たり前だけれどインターネットとやらに接続できないのだから、連絡が来ないのは分かっているのだけど。こんな機会でもない限り、二度と戻れないかもしれない彼の生まれ故郷。ゆっくりしているのかもしれないが、できれば早めに帰ってきてほしい。
だって、今の止まり木旅館は、前代未聞のカオス状態だから!
桜ちゃんは、大きなお目目を潤ませて、全身緑の男性を睨みつけている。よし、彼のことはグリーンマンと呼ばせていただこう。
うちの父親は、アレなので、何をやってもふざけてるようにしか見えないから(いや、正真正銘ふざけた神である。)、こんな展開になったことがない。それだけに、この雰囲気は空気がピンと張り詰めていて、肌にビリビリくるものがあった。
小さな背中を父に向けて、精一杯反抗しようとする少女。一方、いつまでたっても無表情で微動だにせず、ドンと構えているだけの父親。2人の間を乾いた風が通り抜けて、木の葉がパラリと流れていった。
それから、どれぐらいの時間が過ぎただろうか。
ふと気づいたら、密さんが庭の白詰草(シロツメクサ)を摘んで、お花の冠をこしらえると、グリーンマンの頭の上に被せたではないか!! 確かに全身緑だし、細身のお方だから似合わないこともない……って、そんな問題じゃないから! 何やってるんですか!!!?
その時、グリーンマンが、すっと目を閉じた。これはつまり、桜ちゃんの言葉を飲むという意味なのだろうか。それとも、密さんの勝手な行動にお怒りだということだろうか。
誰も何も言葉を発さない今、私はどのように声をかけたら良いのか分からない。ただ、これから何が起こるのか予想できなくて、ハラハラしていた。すると……
――パタンッ
グリーンマンが、倒れました。
「大丈夫ですか?!!!!」
さすがにもう、放ってはおけない。私は慌ててグリーンマンに駆け寄った。ぱっと見たところ、奇跡的に外傷はほとんどなさそうである。私は、なんとか肩をもって抱き起こし、声をかけ続けた。
「しっかりしてください! 痛いところはありませんか? お布団を用意しますので、少しお待ちくださいね! あいにく、緑の布団はございませんが、せめて枕カバーはグリーンに致しますから!」
これだけ声をかけても、何の反応も示さない。グリーンマンは、目を閉じたまま静かな寝息を立てている。もしかして、何か持病をお持ちなのだろうか。それとも、寝不足や疲労困憊だったとか?! あ、そういえば、前にテレビでこんなこと言ってたよ。倒れてすぐに眠ってしまうのって、当たりどころが悪かったってことじゃ……?!
そこまで考えて、自分の顔から血の気が引いていくのを感じた時、桜ちゃんから声がかかった。
「いつものことだよ」
「え?」
「たまにオナラするから、油断して顔は近づけない方がいいよ」
「ええ?」
「たぶん、このまま3日は起きないよ」
「えええ?!!」
「でも、お母さんがチュッてしたら、すぐに起きるよ」
まさかの、『眠れる森のグリーンマン』でしたか?! でも、あれって、王子様のキスだよね? 魔女のキスじゃなかったよね? そして、すぐに目覚めるのは愛の力ですよね? まさか、あの恐ろしい毒舌の嵐を回避するためとかじゃないですよね?!
「楓さん、粋くんが布団を準備してくれました。みんなでこのお方を客室までお運びしましょう」
いつの間にか、巴ちゃんが裏で取り仕切ってくれていたようだ。いつもながら彼女はデキル女である。すると、忍くん、潤くん、そして、椿さんとの別れに涙していまだに目が赤い礼くんがやってきて、グリーンマンを神輿のように担ぎ上げると、旅館の中へと運んでいった。
では、私も彼らの後を追おうとしたのだけれど……
「楓。妾はそろそろお暇(いとま)するとしよう」
「え、密さん、もう帰っちゃうんですか? うち、ちょうど浴場係がいなくなったんでですけど、どうです? 戻ってきませんか?」
「翔が戻ってきたら、楽しみがいがありそう故、考えないこともないが……。よし。そんなに人手が足りないのなら、元浴場係を呼んできてやろう」
「え……それって、もしかして……?!」
密さんは、いつもの妖艶な笑みを浮かべた。そして、長いお召し物の裾をひらりと揺らしながら、門の扉の向こうへと消えていってしまった。今、旅館の玄関先に残されているのは、女将の私と大きな不安。
ほぼ間違いなく、元浴場係とは、あのお方のことだろう。最近、あの巻物は、送られてくる文面が気持ち悪すぎて、ずっと引き出しに閉まったままにしてある。会えばきっと、私に無視されていたことによる鬱憤(うっぷん)が爆発して、何をされるか分かったものではない。でもそろそろ松の間の修繕も終わらせたいし、ちょうど良いと言えば良いのだろう。仕方ない。観念して迎え入れよう。
こんな時、翔ならばどうするだろうか。実は、5日前に『木仏金仏石仏(きぶつかなぶついしぼとけ)』からグジャルダンケルへ向かうという内容のメールが届いたきり、音沙汰が無い。グジャルダンケルは、当たり前だけれどインターネットとやらに接続できないのだから、連絡が来ないのは分かっているのだけど。こんな機会でもない限り、二度と戻れないかもしれない彼の生まれ故郷。ゆっくりしているのかもしれないが、できれば早めに帰ってきてほしい。
だって、今の止まり木旅館は、前代未聞のカオス状態だから!
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