止まり木旅館の若女将

山下真響

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止まり木旅館の住人達

娘にしてください!

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◇楓

 生まれ変わるとは、このことを言うのだろう。里千代様が、密さんの洗脳舞踊により、聖人君子になってしまったのだ。これまでの暴言の数々は何なんだったのか……。

 私はいつの間にか倒れてしまっていたようで、忍くんに支えられながら身体を起こした。

 これって実は夢なのじゃないのかと心配になったので、隣にいた潤くんのほっぺを強く捻ってみたのだけれど、彼はすっごく痛そうにしている。やっばり、これは現実なのね。ん? こういう時は自分の頬で試すべきだって? 嫌よ、そんなの。もし痛かったら、大変じゃない!?

「楓、安心するにはまだ早い」

 密さんは、槍を畳に突き立てた。流れるような美しい動きだけれど、畳が痛むからやめてー!

「妾の舞の効果は、長くもっても1年じゃ。その間になんとかならなかったら、また元通りに戻る故、気をつけるように」

 は? 戻る……ですって?! そっか。密さんの舞をしても、永遠の聖人君子に塗り替えることはできなかったのね。やはり手強い、里千代様! でも、気をつけてって言われても……。
 私は、思わず密さんから視線を外して、唇を噛み締めた。

「楓。何も心配することはない。さっさと翔と夫婦(めおと)になれば良いだけのことであろう? あの女子(おなご)は昔気質なところがある。さすがに他人の夫を狙うことは道義に反するだとか言って諦めるに決まっておる」

「……本当ですよね?」

「信じる者は救われる」

 それって、つまり……。さらに不安が大きくなったのは、気のせいではないと思う。

 私が密さんと話している横では、椿さんが里千代様を口説いていた。

「あなたのように美しい人が必要なのです。あなたが『木仏金仏石仏(きぶつかなぶついしぼとけ)』に来て、一緒に異世界巡りをしてくだされば、あっという間にホームステイ先が確保できるに違いありません! お願いです。あなたの力を貸してください!! 僕は、あなたじゃなくては、いけないんです。あなたをください!!」

 あれれ? 椿さん、男の子モードで喋ってる? 私は、粋くんに声をかけた。

「ずっとこの調子なの? 椿さんも、やればできるのね」

「いや。こんな感じで口説かれるのが夢だったとかで、台詞は頭からスラスラ出てくるそうです。なんでも、かっこいい男がたくさん出てくる女の子向けの恋愛ゲームも参考になるとか」

 なんだそりゃ。しかも、乙女ゲーやってたのか……。ちょっと興味あるから、帰る前に貸してくれないかなぁ。

 翔は、そういうゲームに出てきても良いぐらいの人だけれど、あまり私を喜ばせるようなことは言ってくれない。だからゲームで胸きゅんを補充……って、私、もしかして病んでる?! これぐらい、普通だよね? ね?!!

 そうこうしているうちに、里千代様は簡単に陥落した。

「椿さん……私、あなたのためにがんばります! どれだけお役に立てるかは分かりませんが、是非連れていってください!!」

 里千代様は、椿さんの手をしっかりと握った。同時に、椿さんの頬が朱に染まる。少し離れた所では、礼くんがそれを睨んでいた。あれ? これって、まさかの三角関係?!

 その後は、巴ちゃんと潤くんの活躍で、里千代様と椿さんの出立の支度が瞬く間に終わった。


「楓さん。大変お世話になりました」

「楓さん! じゃぁ、資料の電子化はお願いします! また来ますね~」


 里千代様は深々とお辞儀し、椿さんは無邪気な笑みを浮かべて忙しなく手を振った。そして、止まり木旅館の門の扉を開け放つと光と共に消えていった。

 これでやっと……やっと、お引き取りくださった。長かった。解放された。これで、止まり木旅館にいつもの平和が戻ってくる! 
 私は、心の中に穏やかな風が吹き、綺麗なお花畑が広がっていくような心地を覚えた。

「楓、晴れ晴れとしておるの」

 2人が『木仏金仏石仏』へ旅立った門をしばらく見つめていると、密さんが近寄ってきた。

「密さん、ありがとうございました」

「礼には及ばん。道楽にすぎんからな」

「で、密さんはいつまでご滞在になるのですか?」

「妾は、これから導きの神のところへ行って、此度(こたび)の自慢話をして来ねばならん。そんなことより、あちらの滞在期間を確認した方が良いぞ」

「あ……」


 密さんが指さす方を見ると、旅館の縁側に寝そべっている1人の少女がいた。あどけない寝顔は、まだ幼女のようにも見える。これは、一風呂浴びた後、白地に赤と黄色の可愛い柄が入った浴衣を着た桜ちゃんだ。これはもしかして……帰らない気満々ということなのだろうか?

「桜ちゃん! ちゃんとお布団敷いてあげるから、こんなところで眠らないで!」

 私は、桜ちゃんを軽く揺すった。すると、ゆっくりとその大きな瞳が開かれる。

「おばさん……」

「桜ちゃん、楓お姉さんに何かご用?」

「あのね、桜を……楓おばさんと翔お兄ちゃんの娘にしてください!!」

「え?! えええ?!! どうしたの、急に?!!」

 そうだ。桜ちゃんは、あの毒舌……いや暴言&非道女、梓さんの娘なのだ。もしかして、実の母親から、酷いことを言われて、ここへ逃げてきたのだろうか?!
 
 桜ちゃんはまだこんなに幼いのに、宿り木ホテルの仕入れ係をバッチリこなしている、すごい女の子だ。だから、きっと仕入れ業務の中で、ある程度の打たれ強さは培われているにちがいない。でも梓さんは、それでカバーできないほどの凶暴さで桜ちゃんを虐げているのだとしたら……!!
 ……いけない、桜ちゃんを助けなきゃ! 不肖私、楓お姉さんが、悪女から可愛い女の子を守ってあげるのだ!!!!

「興奮してるところ悪いけど、それはハズレだよ」

 へ? もしかして、またまた心の声が駄々漏れでしたか?!
 私は、桜ちゃんの一言にきょとんとした。


「お母さんじゃないの。お父さんが駄目なの」

「ん? 桜ちゃん、それってどういう意味?!」

「自分の目で見た方がいいと思う。たぶん、そろそろ迎えに来る頃だろうし」


 その次の瞬間、止まり木旅館の門はひとりでに、すっと開いた。

 そして現れたのは、全身緑の男性だった。

「おばさん、これどう思う?」

 ちょっと驚きが大きすぎて、桜ちゃんに返事しようとしたけれど、うまく声にならない。とにかく、『植物に生まれたかったのに人間に生まれてしまったから、仕方なく全身を緑にして、光合成しようと無駄な努力をしている人』なのかしら?……なぁんて、ぼんやりと思ってしまった。











【後書き】
楓から一言:
でもやっぱり、イマイチ椿さんの台詞は萌えないわ。旅館研修と一緒で、にわか仕込みでは駄目なのでしょうね。

粋から一言:
1年後、里千代さんが我に返る時は、どんな反動が出るのか、恐ろしくてなりません。

巴から一言:
里千代様、無事にお相手を見つけても、ある日を境に性格が変わっちゃうってことですよね? 相手の方、すっごく気の毒だわ~(完全に他人事)

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