止まり木旅館の若女将

山下真響

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止まり木旅館の住人達

作戦会議

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◇楓

 里千代様が意識を取り戻した後は、一度互いに休戦するためにも、巴ちゃんが彼女の世話を買って出てくれた。確かに、私が側にいると、里千代様も気が休まらないかもしれない。

 そして、夜。里千代様がお休みになられた頃合いを見計らって、従業員控え室に皆を集めた。もちろん、作戦会議をするためである。

 ちなみに、礼くんは欠席だ。先日、椿さんの正体が分かって以来、彼は大変元気を失くしていた。そして本日は、仕入れを兼ねて『傷心旅行』へ出かけている。ちょっと可哀想なことをしてしまったかな。もしかしたら、これが彼の初恋だったかもしれないし。一方で、巴ちゃんが妙にさっぱりイキイキしているのは、何なんだろう。

「皆、意見を聞かせて!」

 止まり木旅館は、いつだって、どんなお客様が訪れても、従業員一丸となって立ち向かってきた。今回、私には、彼女にお帰りいただくためのきっかけや方法が思い当たらない。だって、翔だけは……取られたくないもの。離れ離れの寂しさや、つらさは、もう知っている。あんなの、ごめんだ。だからこそ、皆の知恵を貸してもらいたい。


「旅館の孫娘らしいですけど、あれでは女将に向いてませんよね? 女将に限らず、接客は無理だと思います」

「友達とかいるのかな……」

「友達はいるらしいですよ。止まり木旅館のことも、友達から聞いたとおっしゃっていましたから」

「でも、その友達って、高校時代のオカルト研究会の人だけみたいだよ」

「彼女の存在自体がオカルトですからね。夕方、薄暗い廊下ですれ違った時は、変な鳥肌立ちましたから。そういう意味での需要なのでしょうね」


 皆、少しずつ里千代様に関する情報は仕入れてくれているようだけれど、お帰りの扉に繋がるような話は出てこなかった。ついに、誰も口を開かなくなり、私が途方に暮れていた時、椿さんがすっと手を挙げた。

「私に、良い考えがあります」

 椿さんは、全員に性別がバレた後も、女の子をやっている。どうやら、椿さんのお母様のご趣味で、小さい頃から女の子の格好をさせられていたらしく、今更戻れないそうだ。礼くんと巴ちゃんが準備した着物は、なかなかよく似合っている。

「私、彼女の気持ちはよく分かるんです。でも! 私は立ち直りました!!」

 そう言えば、当初椿さんも、女の子として翔に近づこうとしていたものね。で、いつの間にか立ち直ってくれたんだ? 良かった、良かった。

「私、止まり木旅館での研修が終わったら、様々な世界に出向いて、『木物金仏石仏(きぶつかなぶついしぼとけ)』からのホームステイ受入先を開拓しようと思っているんです。それに彼女を連れていこうかと思いまして!」

 なるほど、その手があったか! 別のお宿に移ってもらえれば解決だ! そして、私と翔も安泰?! しかし、簡単にはいかないだろう。


「でも、里千代様がここから移動するのを渋られたら、どうするの? 翔がここにいる限り、説得は難しいような……」

「大丈夫です! 私が責任をもって、世の中にはたくさんの男の子がいる!っていうことを洗脳しますから!」


 洗脳って……。私は、彼女と目を合わせたら、こちらが洗脳されそうになるのだけれど。すごく無機質な感じがするのよね。整ったお顔だけに、うすら怖いし。

「なんか彼女って、固定観念が強いタイプじゃないですか?! だから、別の世界へ行ってそういうのを払いのけるべきです。そして、良い男をゲット!! 完璧でしょ?!」

 椿さんの提案に首を傾げたのは、私だけではなかった。着流し姿の翔は、部屋の隅であぐらをかき、さきイカを頬張りながら、椿さんに質問した。


「もし、それで彼女が満足して、空大町への扉が開くとする。それだと、せっかく捕まえた男と離れることになるんだろ? また変な方向に思い詰めて、礼みたいに戻ってこられても困る」

「大丈夫です。うちのお客様は、現地で結婚するか子どもができた場合に限り、お帰りの扉は現れませんから! そのまま現地人として一生暮らしていただけます」


 なるほど。なかなかうまいシステムだな。やるじゃないか、父、導きの神!

「結婚ですか……僕は好みじゃないですね」
 
 すっぱり切り捨てたのは、粋くん。私も同感だよ! たぶんそれは、皆の心の声だ! となると、こんな疑問も沸いてくる。


「もし、里千代様がいい人を見つけられなかったら、どうするの?」

「その時は……ちょっと考えがありますので、大丈夫です」


 経験上、椿さんの『大丈夫』はあまりアテにならないが、今のところ、これ以外に案は無い。結局、里千代様のお世話は巴ちゃんと椿さんで行うことが決定し、散会した。


「楓、ちょっといい?」

「うん。どうしたの、翔?」

「聞いてほしいことがある」

「私も……聞きたいことがあるの」


 私と翔って、結局のところ付き合ってるっていうことになるのかな? ともかく、こんな身近な間柄で、もやもやしたことを溜め込んでおくのはお互いのためにならない。
 
 私は、里千代様に言われて、ようやく気づいたのだ。翔がどこから来たのか、知らないということに。彼は、いつも近くにいて、私を守り続けてきてくれた。それが当たり前すぎて、何も知ろうとしてこなかった。
 
 もちろん、無理やり尋ねるつもりはない。でも、ここで何もしないのは、ある意味彼を裏切っているような気がして。
 私は、翔に促されて、彼の部屋へと入っていった。

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