止まり木旅館の若女将

山下真響

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止まり木旅館の住人達

方法

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◇翔

 気がつくと、そこは白い砂地と白い霧がどこまでも続く空間だった。止まり木旅館の外? いや、雰囲気が少し違う。なぜか、鳥肌が立った。

「ようこそ、私の館へ」

 声にはっとして、振り向いた。そこにいたのは……導きの神。まさか、さっきのは『扉』だったのか?!

「時の狭間の住人が、追い詰められたり、つらいことがあったりした場合も『扉』は開く。ただし、行き先は宿ではなく、ここだけれどね」

 今日の神は、研さん仕様ではない。全身真っ白で、神々しい。神だから、当たり前だけどな。


「もしかして、解決しない限り、止まり木旅館に帰れないとか?」

「ご名答。さぁ、悩みを話してごらん。君は何に行き詰まっているのかな?」


 神の目は、すっとこちらを見据えている。わざわざ問わなくても、全てお見通しなんじゃないだろうか。まぁ、いい。いずれ、この神とは対峙せねばならなかったんだ。少し早まっただけ。

 でも、もし、打ち明けたところで解決しなかったら……。天女達と一緒に、ここ神の館に仕えることになるのだろうか。そんなの絶対に御免だ! けれど、神と話す以外に帰る道はない。
 俺は、腹を決めた。


「俺は、仕入れ係を辞めた。楓は女将になった。俺は、ずっと楓と生きていきたい。でも、命が足りない。」

「楓と同じ、不老長寿を欲しているのかい?」


 あらためて口にすれば、禁断の望みのように響く。確かにその通りなんだけど、なんだかな。俺は、頷いた。

「神と千景さんも、命の長さがかなり違う。それでもいいのか?」

 神は、やれやれと言った風に腰に手を当てて、眉を下げた。


「相変わらず、ぞんざいな態度だね。……まぁ、いい。千景は、それでいいと言ってるよ。初めからお互いに分かっていたことだしね。それに……」

「それに?」

「命は、有限だからこそ、価値がある」


 神は、寂しそうに瞳を揺らした。神に、命はない。永遠に有り続ける存在だ。そんな彼から伝えられる言葉は……ひたすら重い。
 つまり、不老長寿は望むなということだろう。確かに、たくさんの従業員が生きて死んでいくのを見送り続けるのは、つらいと思う。


「じゃぁ、どうしたら……」

「君は、幼い頃から楓が好きだったみたいだね。親としては、いけ好かない男だが、楓を大切にしてくれていることには感謝して、君を導いてやろう。」

「何か、方法はあるのですか?」


 思わず、言葉が丁寧になってしまった。今は、これに縋(すが)るしかない。俺は、全身に力を入れて、神の言葉を待った。

「心中したらいい」

 へ? 駄目だ、こいつ。
 

「冗談だって! そんなに殺気立たなくてもいいのに」

「大人しくしてられるかっての!!」

「はいはい。じゃぁ、大変不本意だけど、言うよ?」


 今度こそ、まともな回答が出るのだろうか。俺が天女達のような存在になって、止まり木旅館に入り浸る? それとも、神になってみる? どこかの世界に行って、不老長寿の薬でも探してくる? どれも難しそうだな。いったい、どんな方法があるというのだろう。

「楓と結婚すればいい。子どもができれば、止まり木旅館は子どもに継がせる。君たちは平の従業員になって、普通の寿命を全(まっと)うし、添い遂げる。ね? 解決でしょ?」

 ……あぁ。そうか。楓は永遠に止まり木旅館の女将だと思ってた。でも、考えてみればそうかもしれない。ちゃんと代替わりして、その都度新しい風が入って、旅館がどんどん良くなっていけばいいんだ。

 ん? そんなことより、この神、すっごく大事なこと言わなかったか?

「……認めてくれたんですね?」

 神は、明らかにむすっとしている。

「せめて、こういう時によくやる『あれ』をやってくれ」

 せっかくありがたいお言葉をいただいたんだ。ここは、大人しく従うとしよう。俺は、地面に膝をつくと、丁寧に頭を下げた。

「娘さんを俺にください!!!」

 返事はない。頭を下げてから、随分と時間が経った。神はどうしているのだろう?と思って、顔を上げると……


「痛っ……これも『あれ』に含まれてたのか」

「一発殴られて楓が手に入るなら、安いものだろう?」


 そうかもしれない。千景さんは、俺のことを認めてくれてる。後は、肝心の本人、楓だ。結局、いろいろと間が悪くて、ちゃんと話ができていない。

 意図せず準備した紋付き羽織り袴は、婚礼衣装になるそうだ。楓は、黒引きもいいけど、白無垢も似合いそうだよな。


「だらしない顔してるよ」

「すみません。嬉しくって、つい」


 別に永遠の命なんて要らない。そもそも、寿命があるのが普通なんだ。この寿命が尽きるまで、たまにふざけたり、真剣になったりを繰り返しながら、楽しく共に生活していけたら、それでいい。そして、本物の家族になれたらいいなって。


「楓と、話がまとまったら、巻物で報告しなさい」

「はい」


 俺は、もう一度、深々と神に向かって頭を下げた。楓と一緒にいられる方法を提示してくれただけでなく、結婚することも認めてくれた。導きの神っていう名前は、伊達じゃなかったんだな。

 すると、背後からふわっと風が吹き付けた。そこには、『扉』があった。これは、女将部屋の引き戸だ。

「ありがとうございます。帰ります」

 俺が扉に向かおうとすると……

「ちょっと待って! 楓が好きなお菓子とか持って帰る? お父さんと会えなくて寂しがるといけないから、私の等身大パネル作ってみたんだけど、これも持ち帰ってくれないかな? え? 抱き枕の方が良かった? ごめんね、次までに用意しておく。あ、君も何かお土産欲しいよね? これなんかどうかな? 楓写真集! 私が作ったんだけど、なかなかの出来だよ! それからね……」

 ……せっかく見直したところなのに、自分で株を下げるなよ。ほんと、大暴落。

「あの、いいです。俺は、毎日、生の楓と会えるんで」

 気持ち悪い親バカは放っておこう。俺は、痛む頬を手で押さえながら、扉の中に飛び込んだ。

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