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止まり木旅館の住人達
どう見ても、こいつ……
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◇楓
「ようこそお越しくださいました」
ようやく思い出した。『木仏金仏石仏(きぶつかなぶついしぼとけ)』は、母さんの妹が経営しているお宿の名前だ。宿というよりは、ホームステイ斡旋業者のようだけれど。
椿さんの髪色は、薄いピンク色。これは間違いなく私の血縁者だ。
「楓さん。私は千景さんの妹の千鶴の娘ですよ」
んんん? つまり、従姉妹ということらしい。やはり、親戚のようだ。
「そうなのですか。……では、本日はどのようなご用件で?」
もう夜も深まり、いつもならばそろそろ布団に入っている時間帯だ。そんな時間にも関わらず、妙に活発な雰囲気の彼女。できれば、さっさとお帰り願いたい。
「私、ここの研修生になります! 今日からよろしくお願いしまーす!」
「はい?!」
研修生……。もしかして今、『ここに居座ります』宣言された?!
「あんたのところ、うまくいってないっていう噂は聞いてるよ。勉強するのはいいけど、急すぎないか?」
翔が椿さんに返事してくれた。
「事情、知ってくれてたんですね!? それなら、協力してほしいな!」
椿さんによると、彼女のご両親は宿の名称のごとく、『木仏金仏石仏』な人達。相手の心を汲んで、その機微を感じ、お客様に寄り添うことができないタイプとのことだ。これって、宿泊業に全然向いてないと思う。
そのため、お客様それぞれに、あまり適していない場所をホームステイ先として選定してしまうことが多発。ちなみに、選定基準は『勘』。そりゃ、だめでしょ?!
つまり、お客様はそのホームステイ先での生活を謳歌することができないから、一向に扉は現れず、なかなか元の世界に戻れないらしい。そんなの当たり前だよね。まずは、宿というか、店の名前から変えるべきだ。
「もう、いっそのこと、そこの住人になってもらったらどうなの?」
「そうもいかないんです。扉が現れずに1年以上経過すると、また『木仏金仏石仏』の入り口にお客様は戻ってきてしまうんですよ。だから、またホームステイ先の選定からやり直しで……。だから、最近は本当に忙しくなってしまって」
声を落として俯く椿さん。妙に忙しくなるのは両親の自業自得だと分かっているようだ。
そこで、根本的な解決を図るためにも、お客様それぞれにあったおもてなしや、様々な世界や国についての知識を得るために止まり木旅館にやってきたとのこと。ちょっと、私や、止まり木旅館を誉められているような感じがして、気分が良い。
「まずは、書庫に入らせてください。止まり木旅館って、お客様の出身地の資料をまとめてるっていう噂を聞きました」
その時だ。急に背中がぞわっとした。
「書庫、いいですよね!」
やってきたのは、粋くん。そういえば、あなた書庫大好きだものね。同士を発見したと思ったのだろうか。眼鏡がいつも以上に光って見える。
「きちんとお客様情報をまとめてるのって、止まり木旅館ぐらいなんですよ! 私、これで写真取って、データ化したら、持ち帰らせてもらいますね!」
あ、あれはタブレット型端末ではないか!! 写真撮影……そんな機能もあったなんて。私、聞いてないよ? 翔と一緒に写ってみたいな、なぁんてね。
「それ、何ですか?!」
次にやってきたのは潤くん。しまった……! タブレット型端末のことは、まだ皆に秘密だったのだ。まずい。潤くんなら、あれを新たなノートとして使いこなしてしまいそうだ。
「皆さん、こんばんは! 椿と申します。仲良くしてね!」
「何だか、新たなインスピレーションが得られそうです! 仲良くしましょう!」
「まずは、その平らな機械のことを教えてください! それがあれば、楓さんを盗さ……じゃなくて、記録撮影できます!」
皆、何なの?! ちょっと若くて可愛い子が来たからって、へらへらしちゃって。でも、椿さんは、お家のことを考えて健気に努力しようとしている。しかも、動きが小動物っぽくて、女の私までナデナデしたくなってくる。
……どうしよう。自称、止まり木旅館のアイドル、楓さんの危機到来?!
「楓」
翔は、複雑な気分でもやもやしていた私の肩に、ぽんっと優しく手を置いた。
「お前の立ち位置は、これからも変わらないよ」
「でも……私、あんなに可愛くないし、よその宿の知的財産を堂々と狙うしたたかさもないし……」
ふと見ると、翔は、すっごく呆れた顔で皆を眺めていた。
「お前ら、どこに目つけてんの? ちやほやしすぎ。どう見ても、こいつ、男だろ?」
……。夜中の涼しい空気に、ピシッと音を立てて、大きな亀裂が入ったような気がした。椿さんは、口を半開きにして、わなわな震えている。そして、翔に向かってビシッと指差した。
「な、何で分かったんだ?!」
「だから、見てりゃ誰だって普通は分かるって。とりあえず、楓には近づくな」
突然の接近禁止命令。そんなこと、こんな可愛い子に言ったら……って、男の子なら、まぁいいか。翔は、後で部屋に来るようにと、呼び出しまでしていた。大丈夫かな? 大丈夫だよね。
「翔さん、椿さんが楓さんに近づかないかどうかは、僕が責任を持って監督しておきます。なんてったって、僕はいつも楓さんのストーキングしてますから! こんなの、ほんのついでです!」
……ストーキング。さらっと口にしていたけれど、これは立派な犯罪だ。潤くんにも、翔から接近禁止命令出してもらうべきだろうか。でも潤くんは、なんだなんだで面白いから、このままでもいいかな。
あまりに私達が大声で騒いでいたからだろうか。礼くんと巴ちゃんまでやってきて、結局全員集合してしまった。
「あら、研修生なの。それなら、作務衣をこしらえないといけないわね」
なんと、巴ちゃんはすぐに椿さんの正体を見抜いたらしい。
「作務衣? こんな可愛い女の子だったら、やっぱり着物の方がいいんじゃないの? そう言えば、この前、宿り木ホテルの桜に聞いたよ。木仏金仏~の受付はすっごく可愛い子だって。君のことだったんだね!」
その時、礼くん以外の全員の心が1つになった。『よし、こいつには、椿さんが女ということにしておこう!』と。
ふふふ。いつか、彼の正体を知って、自分の浅はかさを思い知るがいい。私のことを差し置いて、よその宿の女の子に『可愛い』を連呼した罪は重いよ!
「ようこそお越しくださいました」
ようやく思い出した。『木仏金仏石仏(きぶつかなぶついしぼとけ)』は、母さんの妹が経営しているお宿の名前だ。宿というよりは、ホームステイ斡旋業者のようだけれど。
椿さんの髪色は、薄いピンク色。これは間違いなく私の血縁者だ。
「楓さん。私は千景さんの妹の千鶴の娘ですよ」
んんん? つまり、従姉妹ということらしい。やはり、親戚のようだ。
「そうなのですか。……では、本日はどのようなご用件で?」
もう夜も深まり、いつもならばそろそろ布団に入っている時間帯だ。そんな時間にも関わらず、妙に活発な雰囲気の彼女。できれば、さっさとお帰り願いたい。
「私、ここの研修生になります! 今日からよろしくお願いしまーす!」
「はい?!」
研修生……。もしかして今、『ここに居座ります』宣言された?!
「あんたのところ、うまくいってないっていう噂は聞いてるよ。勉強するのはいいけど、急すぎないか?」
翔が椿さんに返事してくれた。
「事情、知ってくれてたんですね!? それなら、協力してほしいな!」
椿さんによると、彼女のご両親は宿の名称のごとく、『木仏金仏石仏』な人達。相手の心を汲んで、その機微を感じ、お客様に寄り添うことができないタイプとのことだ。これって、宿泊業に全然向いてないと思う。
そのため、お客様それぞれに、あまり適していない場所をホームステイ先として選定してしまうことが多発。ちなみに、選定基準は『勘』。そりゃ、だめでしょ?!
つまり、お客様はそのホームステイ先での生活を謳歌することができないから、一向に扉は現れず、なかなか元の世界に戻れないらしい。そんなの当たり前だよね。まずは、宿というか、店の名前から変えるべきだ。
「もう、いっそのこと、そこの住人になってもらったらどうなの?」
「そうもいかないんです。扉が現れずに1年以上経過すると、また『木仏金仏石仏』の入り口にお客様は戻ってきてしまうんですよ。だから、またホームステイ先の選定からやり直しで……。だから、最近は本当に忙しくなってしまって」
声を落として俯く椿さん。妙に忙しくなるのは両親の自業自得だと分かっているようだ。
そこで、根本的な解決を図るためにも、お客様それぞれにあったおもてなしや、様々な世界や国についての知識を得るために止まり木旅館にやってきたとのこと。ちょっと、私や、止まり木旅館を誉められているような感じがして、気分が良い。
「まずは、書庫に入らせてください。止まり木旅館って、お客様の出身地の資料をまとめてるっていう噂を聞きました」
その時だ。急に背中がぞわっとした。
「書庫、いいですよね!」
やってきたのは、粋くん。そういえば、あなた書庫大好きだものね。同士を発見したと思ったのだろうか。眼鏡がいつも以上に光って見える。
「きちんとお客様情報をまとめてるのって、止まり木旅館ぐらいなんですよ! 私、これで写真取って、データ化したら、持ち帰らせてもらいますね!」
あ、あれはタブレット型端末ではないか!! 写真撮影……そんな機能もあったなんて。私、聞いてないよ? 翔と一緒に写ってみたいな、なぁんてね。
「それ、何ですか?!」
次にやってきたのは潤くん。しまった……! タブレット型端末のことは、まだ皆に秘密だったのだ。まずい。潤くんなら、あれを新たなノートとして使いこなしてしまいそうだ。
「皆さん、こんばんは! 椿と申します。仲良くしてね!」
「何だか、新たなインスピレーションが得られそうです! 仲良くしましょう!」
「まずは、その平らな機械のことを教えてください! それがあれば、楓さんを盗さ……じゃなくて、記録撮影できます!」
皆、何なの?! ちょっと若くて可愛い子が来たからって、へらへらしちゃって。でも、椿さんは、お家のことを考えて健気に努力しようとしている。しかも、動きが小動物っぽくて、女の私までナデナデしたくなってくる。
……どうしよう。自称、止まり木旅館のアイドル、楓さんの危機到来?!
「楓」
翔は、複雑な気分でもやもやしていた私の肩に、ぽんっと優しく手を置いた。
「お前の立ち位置は、これからも変わらないよ」
「でも……私、あんなに可愛くないし、よその宿の知的財産を堂々と狙うしたたかさもないし……」
ふと見ると、翔は、すっごく呆れた顔で皆を眺めていた。
「お前ら、どこに目つけてんの? ちやほやしすぎ。どう見ても、こいつ、男だろ?」
……。夜中の涼しい空気に、ピシッと音を立てて、大きな亀裂が入ったような気がした。椿さんは、口を半開きにして、わなわな震えている。そして、翔に向かってビシッと指差した。
「な、何で分かったんだ?!」
「だから、見てりゃ誰だって普通は分かるって。とりあえず、楓には近づくな」
突然の接近禁止命令。そんなこと、こんな可愛い子に言ったら……って、男の子なら、まぁいいか。翔は、後で部屋に来るようにと、呼び出しまでしていた。大丈夫かな? 大丈夫だよね。
「翔さん、椿さんが楓さんに近づかないかどうかは、僕が責任を持って監督しておきます。なんてったって、僕はいつも楓さんのストーキングしてますから! こんなの、ほんのついでです!」
……ストーキング。さらっと口にしていたけれど、これは立派な犯罪だ。潤くんにも、翔から接近禁止命令出してもらうべきだろうか。でも潤くんは、なんだなんだで面白いから、このままでもいいかな。
あまりに私達が大声で騒いでいたからだろうか。礼くんと巴ちゃんまでやってきて、結局全員集合してしまった。
「あら、研修生なの。それなら、作務衣をこしらえないといけないわね」
なんと、巴ちゃんはすぐに椿さんの正体を見抜いたらしい。
「作務衣? こんな可愛い女の子だったら、やっぱり着物の方がいいんじゃないの? そう言えば、この前、宿り木ホテルの桜に聞いたよ。木仏金仏~の受付はすっごく可愛い子だって。君のことだったんだね!」
その時、礼くん以外の全員の心が1つになった。『よし、こいつには、椿さんが女ということにしておこう!』と。
ふふふ。いつか、彼の正体を知って、自分の浅はかさを思い知るがいい。私のことを差し置いて、よその宿の女の子に『可愛い』を連呼した罪は重いよ!
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