強くなりたい、人並みに。 ~病弱美少女、旅に出る~

山下真響

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第一章 砂羅万編

第16話 変態

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 杜夜世(とよせ)は、数種類の薬草を粉砕器に移して粉々にすると、それぞれの重さを量って魔道具に詰め込んでいく。最後に、2種類の液体をそこへ流し込むと、魔道具を稼働させた。そして、そこから10分後。

「できました」

 杜夜世は、魔道具から取り出した黒くて粘着質なものを粒状に成形すると、水と共に府長の妻の前へ差し出した。

「その、緑の筒は何だ」

 府長は、薬師の仕事を間近に見たのは初めてではない。しかし、杜夜世は、これまで府長が見てきた薬師の誰よりも手早く、かつ、外見だけでは用途が分からない道具を使っていることに驚いていた。

 ただ、府長の妻を助けたい一心で、ひたむきに、真剣な表情で患者に向き合い続ける杜夜世。もし杜夜世が何か悪事を働こうとしているならば、既に手を下しているだろう。疑り深い府長も、この時にはもう、杜夜世が善良な薬師であることを認めていたが、気になることは全て尋ねておくべきだと思ったのだ。

「薬を熟成させるための道具です」

 本当は、筒の中身だけ時間を早送りで進めることで、腐食という形の熟成を進めている。けれども、詳しく言うと、府長がどんな反応を示すか分からないので、杜夜世は簡単な説明に留めた。
 府長が短く「そうか」と答えたのを確認すると、妻は前日よりもしっかりとした身動きで、薬を口に含んだ。

「少々苦いかとは思いますが、10分以内に飲んでいただけませんでしょうか。それ以上遅くなりますと、効能が落ちます」

 府長の妻は、眉間に皺を寄せながらも、文句一つ言わずに全てを飲み込んだ。それからしばらくすると、妻は眠気を訴えたため、再び横になって休むことになった。杜夜世の見立てでは、夕方には症状が軽くなるということだった。

「一度、一座へ帰らせていただけませんでしょうか」

 寝室を出た杜夜世は、府長に話しかけた。若干、杜夜世に対する態度が柔らかくなっていることに気づいたため、今ならば外に出してもらえると思ったのだ。杜夜世は、流星に会いたかった。


「いや、先に取引の話をしよう。昨夜からはすまなかったな。私のような身分になると、様々な輩が寄ってくるのだ。どうしても慎重になってしまうのは、許してくれ」

「めっそうもございません。旅芸人の小娘なぞ、普通でしたら御屋敷にも上げたくないでしょうに」

「……。さ、執務室に行こうか。仕事をしてもらった限りは、それに対する対価……何か褒賞を渡さねばならん」

「まだ奥様のご容態が改善したわけではありませんが……」

「今朝の様子で十分だ。それに、薬が効く、効かないは患者それぞれだということぐらい知っている。十分によくやってくれた」

「あの、座長を呼ばせてください。私は、彼の世話になっているのです。彼を通さず、勝手に褒賞をお受け取りすることはできません」


 府長は少し思案していたが、すぐに屋敷の執事を呼び止めて、一座へ使いの者を走らせた。



* * *



「おい、無事だったか?」

「トヨ、何もされてない? 大丈夫?」


 杜夜世は府長の執務室に通され、そこで海烈、流星と合流していた。杜夜世は、慌てた様子で足早に流星へ近づくと、小声で尋ねた。

「どうやって戻ったの?!」

 なんと、駆け付けた流星は、人間の姿だったのだ。以前、藤華(とうか)が大市で見繕った服を身に着けている。


「昨夜、杜夜世がいなくて寂しかったから、杜夜世が残していった服とか、布団をくんくん嗅いでたんだ。そしたら……こうなっちゃった」

「……変態」


 杜夜世の目は、完全に据わっていた。そこへ海烈が流星に助け舟を出す。


「悪い。リュウが一人寝は寂しいとか言って、藤華の天幕で暴れるもんだから、俺がちょっとアドバイスしてやったんだ」

「……褒賞の交渉は、私がさせていただきます」


 男達へあからさまにツンと顔を背けてみせると、杜夜世は府長の執務机の前に進み出た。幸い、府長は、気難しい表情で机の上の書類の束に目を走らせており、杜夜世達の漫才もどきには気づいていない。

「府長……」

 杜夜世は、恐る恐る府長に声をかけた。

 その時、府長は焦っていた。
 確認している書類は、今期の予算や出納帳、そして市場価格をまとめた資料。杜夜世が用意した薬の市場価格を暫定で算出し、それに薬師としての仕事代、それに一晩拘束してしまったことに関する賃金について、そろばんを弾いていた。府長の家族に関する出費も、府の財源から必要経費として決済されているからだ。

 通常、こういった仕事の褒賞は金で支払われる。しかし、どうにもその金をすぐに準備することができない。もちろん府議会にかけて、特別予算を立てるという手続きを踏むと支払うこともできるが、杜夜世は旅芸人。大きな宴の仕事が終わった後なので、明日にでも別の土地へ移ってしまうことが予想できる。となると、すぐに支払えるもの、つまり、金以外の褒賞を準備しなければならない。
 そうは言えども、旅芸人に郊外の屋敷など与えても受け取るはずもなく。はたまた相手が娘であることから、女や剣をあてがうこともできず。府長は困り果てた後、ようやく机から顔を上げた。

「褒賞は何が良い? 用意できるものであれば、与えよう」

 こうなれば、欲しがる物を与えるのが一番だと考えた末の発言だった。杜夜世は、目を丸くすると、ゆっくりと息を吐いた。執務室に入る直前に、こっそり根治苦症の薬は服用していたものの、こう興奮してしまうと、発作が出そうになるのだ。


「一つ、書いていただきたい推薦状があります」

「推薦状?」


 その時、執務室のドアが激しくノックされた。入ってきたのは、赤髪の若い男だった。
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