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第一章 砂羅万編
第14話 診断
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府長の屋敷は、いつでも迅速に仕事にあたれるよう、府庁の裏手に構えられていた。杜夜世は、屋敷に入ると、屋敷を取り仕切る執事に先導されて、府長と共に府長の妻の部屋へ向かった。
部屋に入ると、そこは幻想的な空間が広がっていた。丸いランプがそこかしこで宙に浮き、漂っている。これは大変高価な魔道具で、部屋に籠り切りになってしまった妻へ、府長が気分転換になればと考えて贈ったものだ。
オレンジ色の灯りに照らされた大きな寝台には、小さな小山があった。もう時間は夜中近く。杜夜世は、こんな時間に寝室を訪れるのは気がはばかられていた。しかし府長によると、かなり加減が悪く、一刻を争うかもしれないと言われ、渋々面会に入ったのだった。
府長が寝台に向かって声をかけると、小さな小山はすっと持ち上がり、布団の端からは血色の悪い妙齢の女性が現れた。府長とは割と歳が離れているように見えるが、それだけに大切にしているのだろうと、杜夜世は一人納得した。
「診ていただけますか?」
寝室への道すがら、杜夜世は府長から、2つの病気を同時に患っていることを知らされていた。1つは子守熊(こあら)病。日中はほとんど起きていられなくなる病気だ。しかも食の好みが変わり、偏食になってしまう。そして、根治苦症も患っていた。
杜夜世は、医者ではないので、診るというほどのことはできない。けれども、実家の繁忙期には多少なりとも薬屋を訪れる人を診た経験はある。杜夜世は、府長の妻の手や足を順々に触って確かめていった。府長によると、徐々に身体を動かせなくなってきていて、そのまま死んでしまうのではないかと恐れているらしい。確かに、子守熊病と根治苦症にはそのような症状はないため、おかしいことではあるのだ。杜夜世はその原因を突き止めようとアタリをつけていた。
「……やはり」
思わす漏らした杜夜世の言葉に、府長は食いついた。
「何か分かったのか?!」
杜夜世は、寝台の傍らからすくっと立ち上がった。
「奥様は、もう1つご病気を患われています。巨象痛節です」
巨象痛節は、身体の関節が徐々に重たくなって、最終的に動かなくなる病気。原因は、関節にできる膿の袋にある。これを除去できればその関節は元通りに動かすことができるようになる。しかし、杜夜世の知る限り、外科的に膿の袋を除去できるような医師はほとんどいないので、たいていは内科的な治療となる。つまり薬師の出番となるのだが、処方する薬は患者の体力を削るものなので、それに耐えられるかどうかは、『賭け』だと言える。寝室の中は、より一層暗い空気で包まれた。
しかし杜夜世は、ここまで説明し終えた時、ふとあることを思い出した。
「そうです。体力さえ確保できれば、なんとかなるかもしれませんから……」
杜夜世は、引きずって持ってきたキャリーバックを勢いよく開けると、薄茶の包みを取り出した。
「ここに、私の母が作った強力な回復剤があります」
杜夜世は、薄茶の包みから一本の団子の櫛を取り出すと、一番上に刺さっていた白い団子を外し、別の紙でそっと包んで寝台横の机に置いた。
「すみませんが、味の保証はできません。ですが、効き目はあると思います。これでうまく体力が回復すれば、巨象痛節のためのお薬を作って処方いたしましょう。いかがされますか? この回復団子、召し上がりますか?」
杜夜世は、府長と府長の妻を見つめた。
* * *
海烈は、杜夜世が府長の屋敷に向かったのを見送った後、流星と合流していた。1人と1頭で、杜夜世の仕事が終わるのを待つことにしたのだ。
「杜夜世は、そのまま捕まったり、監禁されたりしないよね?」
流星は、杜夜世が罪人扱いされていないことにほっとしながらも、未だ懸念を抱いていた。
「させるわけないだろ。トヨはうちの人間だ。府長なんかにくれてやるもんか」
「トヨは僕のだよ」
「そうか、そうか。それは悪かったな」
流星は、自身が羽馬であることにジレンマを感じていた。羽馬であったからこそ、杜夜世と出会えた。羽馬だからこそ、杜夜世は流星に気を許してくれた。けれど、こういう一大事には全く羽馬であることは役に立たない。
海烈は、羽馬の癖にため息なんかをついている流星の背中を労うように叩いた。
「まぁ、そんなに気を落としなさんな。リュウがいるって分かってるから、トヨは今もがんばれてるんだ。あんなでっかい屋敷なんかに入ってみろ? 普通だったらびびって逃げたくなるだろうな。でも、府長直々の依頼だから断ることもできん。そのプレッシャーを一人耐えてるんだ。お前も男ならしゃっきとしろ! で、帰ってきたら目いっぱい甘やかしたらいい。女はそうやって育てればいいんだ」
「そういうもの? 座長は完全に藤華さんの尻に敷かれてそうだけど」
「余計なこと言ったら、馬小屋に縛りつけるぞ」
「すみませんでした」
部屋に入ると、そこは幻想的な空間が広がっていた。丸いランプがそこかしこで宙に浮き、漂っている。これは大変高価な魔道具で、部屋に籠り切りになってしまった妻へ、府長が気分転換になればと考えて贈ったものだ。
オレンジ色の灯りに照らされた大きな寝台には、小さな小山があった。もう時間は夜中近く。杜夜世は、こんな時間に寝室を訪れるのは気がはばかられていた。しかし府長によると、かなり加減が悪く、一刻を争うかもしれないと言われ、渋々面会に入ったのだった。
府長が寝台に向かって声をかけると、小さな小山はすっと持ち上がり、布団の端からは血色の悪い妙齢の女性が現れた。府長とは割と歳が離れているように見えるが、それだけに大切にしているのだろうと、杜夜世は一人納得した。
「診ていただけますか?」
寝室への道すがら、杜夜世は府長から、2つの病気を同時に患っていることを知らされていた。1つは子守熊(こあら)病。日中はほとんど起きていられなくなる病気だ。しかも食の好みが変わり、偏食になってしまう。そして、根治苦症も患っていた。
杜夜世は、医者ではないので、診るというほどのことはできない。けれども、実家の繁忙期には多少なりとも薬屋を訪れる人を診た経験はある。杜夜世は、府長の妻の手や足を順々に触って確かめていった。府長によると、徐々に身体を動かせなくなってきていて、そのまま死んでしまうのではないかと恐れているらしい。確かに、子守熊病と根治苦症にはそのような症状はないため、おかしいことではあるのだ。杜夜世はその原因を突き止めようとアタリをつけていた。
「……やはり」
思わす漏らした杜夜世の言葉に、府長は食いついた。
「何か分かったのか?!」
杜夜世は、寝台の傍らからすくっと立ち上がった。
「奥様は、もう1つご病気を患われています。巨象痛節です」
巨象痛節は、身体の関節が徐々に重たくなって、最終的に動かなくなる病気。原因は、関節にできる膿の袋にある。これを除去できればその関節は元通りに動かすことができるようになる。しかし、杜夜世の知る限り、外科的に膿の袋を除去できるような医師はほとんどいないので、たいていは内科的な治療となる。つまり薬師の出番となるのだが、処方する薬は患者の体力を削るものなので、それに耐えられるかどうかは、『賭け』だと言える。寝室の中は、より一層暗い空気で包まれた。
しかし杜夜世は、ここまで説明し終えた時、ふとあることを思い出した。
「そうです。体力さえ確保できれば、なんとかなるかもしれませんから……」
杜夜世は、引きずって持ってきたキャリーバックを勢いよく開けると、薄茶の包みを取り出した。
「ここに、私の母が作った強力な回復剤があります」
杜夜世は、薄茶の包みから一本の団子の櫛を取り出すと、一番上に刺さっていた白い団子を外し、別の紙でそっと包んで寝台横の机に置いた。
「すみませんが、味の保証はできません。ですが、効き目はあると思います。これでうまく体力が回復すれば、巨象痛節のためのお薬を作って処方いたしましょう。いかがされますか? この回復団子、召し上がりますか?」
杜夜世は、府長と府長の妻を見つめた。
* * *
海烈は、杜夜世が府長の屋敷に向かったのを見送った後、流星と合流していた。1人と1頭で、杜夜世の仕事が終わるのを待つことにしたのだ。
「杜夜世は、そのまま捕まったり、監禁されたりしないよね?」
流星は、杜夜世が罪人扱いされていないことにほっとしながらも、未だ懸念を抱いていた。
「させるわけないだろ。トヨはうちの人間だ。府長なんかにくれてやるもんか」
「トヨは僕のだよ」
「そうか、そうか。それは悪かったな」
流星は、自身が羽馬であることにジレンマを感じていた。羽馬であったからこそ、杜夜世と出会えた。羽馬だからこそ、杜夜世は流星に気を許してくれた。けれど、こういう一大事には全く羽馬であることは役に立たない。
海烈は、羽馬の癖にため息なんかをついている流星の背中を労うように叩いた。
「まぁ、そんなに気を落としなさんな。リュウがいるって分かってるから、トヨは今もがんばれてるんだ。あんなでっかい屋敷なんかに入ってみろ? 普通だったらびびって逃げたくなるだろうな。でも、府長直々の依頼だから断ることもできん。そのプレッシャーを一人耐えてるんだ。お前も男ならしゃっきとしろ! で、帰ってきたら目いっぱい甘やかしたらいい。女はそうやって育てればいいんだ」
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