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第一章 砂羅万編
第13話 呼出
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「なぜ、私が……」
海烈が呼び出されるのは分かる。しかし、なぜいきなり、杜夜世(とよせ)まで……。当然の疑問だった。怪訝な顔をする杜夜世に、海烈はばつの悪そうな顔をして、すっと視線を逸らせた。
「どうしてですか? たいていのことは受けいれられる自信はあります。それでないと、旅なんてできませんから。行ってから驚くよりも、先に知っておきたいんです。座長。教えてください」
海烈は、仕方なく口を開いた。
「実はな……」
海烈は、宴の後に府長と面会し、まずは一座の公演について称賛の言葉を受け取った。そこまでは良かった。
「お前さん、篝火に薬仕込んだだろ? あれのこと、府長にバレちまった。薬を用意したのは誰だって聞かれて……。すまん!!!」
杜夜世は、手を合わせて頭を下げる海烈をぼんやりと見つめた。皆に酒が入り、祝い事で浮ついたあの会場にいながら、薬のことがバレるだなんて……。杜夜世は、まさか見破られるとは思っていなかったのだ。しかし、そんなことよりも、このまま府長の元へ行けばどうなってしまうのだろうか。旅芸人としては邪道な方法をとったことを咎められ、罪人として捕らえられてしまうかもしれない。そう頭によぎった途端、杜夜世は小さく「こんちくしょー」と言いながら、眩暈で倒れそうになった。
「それって、杜夜世はもう、府庁から出てこれなくなるの? 海烈は、杜夜世が一座の一員だって、さっき言ったばっかりじゃないか! もしかして、杜夜世に全ての責任を押し付けて逃げるつもりじゃ……」
流星は、杜夜世を羽で自分の方に引き寄せると、海烈に向かって鋭い声で嘶(いなな)いた。
「いや、罪人なんだったら、俺に迎えに行けとは言わないだろ。兵がついてくるはずだ。そのまま逃げる可能性だってあるんだからな」
海烈の言葉に、杜夜世と流星は目を合わせて黙りこくった。確かに、一理はあると思ったからだ。
「流星、俺は杜夜世と府長に面会する。必ずお前の元へ返すから。な? きっと大丈夫だ。きっとこれも、杜夜世の試練なんだ」
流星は「俺も行く」と騒いだが、この状況で人型にしてあげることはできないと杜夜世にきっぱりと告げられ、結局府庁の外で待機することに決まった。
「羽馬のままでもいいから、連れてってくれない?」
「私、これ以上の問題児になるつもりはないの。流星、分かって? いざとなったら、府庁の庭に出るから、飛んできてちょうだい。そして私を乗せて逃げてほしいの。これは流星にしか頼めないこと。いい?」
「……海烈、杜夜世のこと、頼んだよ」
海烈は、重々しく頷いた。
* * *
府庁の中は、深緑色の絨毯が敷き詰められ、ふわふわする足元にすっ転びそうになりながら、杜夜世は府長の部屋を訪ねた。府長の執務室は、石でできた黄土色の壁が剥き出しだが、ところどころに、技巧に技巧を重ねて織られた、いかにも希少そうなタペストリーが数多く架けられていて、部屋を彩っている。奥には鏡のように磨き上げられた執務机が鎮座していて、府長はそこで書き物をしているところだった。
海烈と杜夜世は、府長に進められて、部屋の中央にあった黒いソファーに腰を下ろした。
まずは挨拶から。緊張している杜夜世は、なんとか自分の名前を呟くだけ。
「早速本題から入らせてもらおう」
この時点で杜夜世は、罪人の扱いではないことを感じていた。しかし、府長の個人的なスペース、そして府庁のあらゆる情報が集まる執務室に通してまで話したいこととは何なのか。それを思うと、妙な要求をされるのではないかと思い、発作が出そうになるのだった。
「あの薬は、白姫草を使った興奮剤だな? あの香りは独特だから覚えていた。以前視察でいった他国の村で嗅いだことがある。だが、そんなもの、砂羅万では流通していない。お前達は旅芸人だから、どこかで入手し、ここへ持ち込んだのかもしれないが、通常のルートではないはずだ。どうやって手に入れた? 返答次第では、地下の部屋で話の続きを聞くことになるだろう」
地下の部屋なんて、独房しかない。杜夜世の背中につうっと冷たい汗が流れた。海烈は、「杜夜世が用意した」としか報告していない。まだ「杜夜世が作った」とは言っていないのだ。しかし、どこかで拾ってきたと嘘をつくにも、ルートなんて説明できっこない。杜夜世は諦めて、正直に話すことにした。いざとなったら、窓を蹴破ってでも外に出て、流星と逃げれば良い。
「あの薬は、私があの場で作りました」
府長は、その緑の瞳で杜夜世の身なりを流し見た。
「私の記憶が正しければ、あれはかなり調合が難しいはずだ。それをあの場でだと? ……どこで習った? 砂羅万では、薬の流通は禁止していないが、学校で教えることは禁じている」
「私は、宝里出身の薬師です。実家が薬屋をやっておりまして、薬のことは薬師の母から全て教わりました」
杜夜世は、微動だにしない府長と目を合わせた。ここで目を逸らせると、嘘をついていると思われると思い、腹に力を入れてなんとか耐えた。負けたのは、府長の方だった。府長はふと立ち上がり、窓際に向かうと、窓の桟に手をかけて、外を眺めた。
「杜夜世と言ったな?」
「はい」
「敏腕薬師として、お前に仕事を依頼したい」
まさか、この場で断ることは、さすがにできない。杜夜世は海烈を見たが、海烈は目で「やれ」と言っていたので、腹をくくることにした。
「なんなりと」
そして、杜夜世の方を振り返った府長の目は、かすかに潤んでいた。
「妻を助けてほしい」
海烈が呼び出されるのは分かる。しかし、なぜいきなり、杜夜世(とよせ)まで……。当然の疑問だった。怪訝な顔をする杜夜世に、海烈はばつの悪そうな顔をして、すっと視線を逸らせた。
「どうしてですか? たいていのことは受けいれられる自信はあります。それでないと、旅なんてできませんから。行ってから驚くよりも、先に知っておきたいんです。座長。教えてください」
海烈は、仕方なく口を開いた。
「実はな……」
海烈は、宴の後に府長と面会し、まずは一座の公演について称賛の言葉を受け取った。そこまでは良かった。
「お前さん、篝火に薬仕込んだだろ? あれのこと、府長にバレちまった。薬を用意したのは誰だって聞かれて……。すまん!!!」
杜夜世は、手を合わせて頭を下げる海烈をぼんやりと見つめた。皆に酒が入り、祝い事で浮ついたあの会場にいながら、薬のことがバレるだなんて……。杜夜世は、まさか見破られるとは思っていなかったのだ。しかし、そんなことよりも、このまま府長の元へ行けばどうなってしまうのだろうか。旅芸人としては邪道な方法をとったことを咎められ、罪人として捕らえられてしまうかもしれない。そう頭によぎった途端、杜夜世は小さく「こんちくしょー」と言いながら、眩暈で倒れそうになった。
「それって、杜夜世はもう、府庁から出てこれなくなるの? 海烈は、杜夜世が一座の一員だって、さっき言ったばっかりじゃないか! もしかして、杜夜世に全ての責任を押し付けて逃げるつもりじゃ……」
流星は、杜夜世を羽で自分の方に引き寄せると、海烈に向かって鋭い声で嘶(いなな)いた。
「いや、罪人なんだったら、俺に迎えに行けとは言わないだろ。兵がついてくるはずだ。そのまま逃げる可能性だってあるんだからな」
海烈の言葉に、杜夜世と流星は目を合わせて黙りこくった。確かに、一理はあると思ったからだ。
「流星、俺は杜夜世と府長に面会する。必ずお前の元へ返すから。な? きっと大丈夫だ。きっとこれも、杜夜世の試練なんだ」
流星は「俺も行く」と騒いだが、この状況で人型にしてあげることはできないと杜夜世にきっぱりと告げられ、結局府庁の外で待機することに決まった。
「羽馬のままでもいいから、連れてってくれない?」
「私、これ以上の問題児になるつもりはないの。流星、分かって? いざとなったら、府庁の庭に出るから、飛んできてちょうだい。そして私を乗せて逃げてほしいの。これは流星にしか頼めないこと。いい?」
「……海烈、杜夜世のこと、頼んだよ」
海烈は、重々しく頷いた。
* * *
府庁の中は、深緑色の絨毯が敷き詰められ、ふわふわする足元にすっ転びそうになりながら、杜夜世は府長の部屋を訪ねた。府長の執務室は、石でできた黄土色の壁が剥き出しだが、ところどころに、技巧に技巧を重ねて織られた、いかにも希少そうなタペストリーが数多く架けられていて、部屋を彩っている。奥には鏡のように磨き上げられた執務机が鎮座していて、府長はそこで書き物をしているところだった。
海烈と杜夜世は、府長に進められて、部屋の中央にあった黒いソファーに腰を下ろした。
まずは挨拶から。緊張している杜夜世は、なんとか自分の名前を呟くだけ。
「早速本題から入らせてもらおう」
この時点で杜夜世は、罪人の扱いではないことを感じていた。しかし、府長の個人的なスペース、そして府庁のあらゆる情報が集まる執務室に通してまで話したいこととは何なのか。それを思うと、妙な要求をされるのではないかと思い、発作が出そうになるのだった。
「あの薬は、白姫草を使った興奮剤だな? あの香りは独特だから覚えていた。以前視察でいった他国の村で嗅いだことがある。だが、そんなもの、砂羅万では流通していない。お前達は旅芸人だから、どこかで入手し、ここへ持ち込んだのかもしれないが、通常のルートではないはずだ。どうやって手に入れた? 返答次第では、地下の部屋で話の続きを聞くことになるだろう」
地下の部屋なんて、独房しかない。杜夜世の背中につうっと冷たい汗が流れた。海烈は、「杜夜世が用意した」としか報告していない。まだ「杜夜世が作った」とは言っていないのだ。しかし、どこかで拾ってきたと嘘をつくにも、ルートなんて説明できっこない。杜夜世は諦めて、正直に話すことにした。いざとなったら、窓を蹴破ってでも外に出て、流星と逃げれば良い。
「あの薬は、私があの場で作りました」
府長は、その緑の瞳で杜夜世の身なりを流し見た。
「私の記憶が正しければ、あれはかなり調合が難しいはずだ。それをあの場でだと? ……どこで習った? 砂羅万では、薬の流通は禁止していないが、学校で教えることは禁じている」
「私は、宝里出身の薬師です。実家が薬屋をやっておりまして、薬のことは薬師の母から全て教わりました」
杜夜世は、微動だにしない府長と目を合わせた。ここで目を逸らせると、嘘をついていると思われると思い、腹に力を入れてなんとか耐えた。負けたのは、府長の方だった。府長はふと立ち上がり、窓際に向かうと、窓の桟に手をかけて、外を眺めた。
「杜夜世と言ったな?」
「はい」
「敏腕薬師として、お前に仕事を依頼したい」
まさか、この場で断ることは、さすがにできない。杜夜世は海烈を見たが、海烈は目で「やれ」と言っていたので、腹をくくることにした。
「なんなりと」
そして、杜夜世の方を振り返った府長の目は、かすかに潤んでいた。
「妻を助けてほしい」
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