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第一章 砂羅万編

第11話 秘策

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 杜夜世(とよせ)は、根治苦症の薬と、海烈達に渡したものと同じ薬を飲み干した。もちろん、流星にも飲ませてある。


「僕、羽馬だから、この分量で効くのかな?」

「もし効かなくても、大したことないわ。ちょっと気分が高揚しすぎて、はしゃいじゃうだけよ」


 杜夜世の秘策は、こうだ。火で炙ると興奮作用のある香りが立ち上る薬を、庭先に置かれてある全ての松明の火元に仕掛ける。本来は、シャーマンや宗教家達が集団を洗脳したり、奮い立たせる際に使用されてきたものだ。この薬の原材料は、市場で簡単に入手できるもので、地域によっては鬱患者の治療に使われていることもある。そのため、使う場所によってはテロになりそうな物にも関わらず、国からの取締対象にはなっていない。しかし、旅芸人の一座が使うには邪道ではある。

 杜夜世は、これらのこと全てを海烈に打ち明けた。海烈は、少し思案したが、これで皆の病が治ることに繋がるならば安いものだと、承諾したのだった。


「全ての松明への仕掛けが完了しました」

「で、なぜお前さんがそんな危険な薬を持っていたんだ?」


 海烈は、杜夜世をギロリと見下ろした。

「持っていたのではありません。材料はありふれたものですので、たまたま持っていましたし、さっき調合したばかりです」

「え?! 今?」

「私、薬師ですから」


 その時、杜夜世達が居る天幕の外から、大きな歓声が沸き起こった。それに釣られてか、ダンスホールからも多くの紳士淑女達が庭先に雪崩れ込んできている。すると、彼らは松明から流れ出る香りにやられて、さらなる盛り上がりをみせていく。舞台上では、男達が燃え盛る炎がついた棒を自在に操っていた。観客は、たくさんの小銭や札を次から次へと舞台前の箱へ投げ入れる。

 そして、いよいよフィナーレ。踊り子の舞。
 
 庭先の会場は、完全に出来上がっていた。酒を煽っては、訳も無く大笑いする者。周りの人々と肩を組んで歌い出す者。手拍子に合わせて踊り出す者まで。ついに、府長とその取り巻きまでもが、姿を現した。
 
 杜夜世達、香りの影響を防ぐ薬を飲んだ者以外は、全員が陽気になっている。舞台に登場した踊り子達は、大きな拍手で迎えられることとなった。

 そして始まる、軽快でキレのある一糸乱れぬ舞。しかし、踊り子達が手に持つカラフルな長いリボンや衣装は、彼女達の動きに合わせて優雅にたなびき、松明の灯りの下、力強くも幻想的な世界が表現されていた。

「すごく、綺麗……」

 杜夜世は、これまで行われたどの演目よりも感動していた。先程まで炎の芸を演じていた男達が奏でる、リズミカルで躍動感のある音楽にも聞き惚れてしまう。ただ、打楽器を打ち鳴らすだけではなく、砂羅万伝統の弦楽器がリードする楽しい旋律が、より一層観衆の心を鼓舞している。

 そして、誰しもがこの公演を観て良かったと思い、一座の面々も大成功だと確信したその時。悲劇は起こった。


「こんちくしょーーーー!!!」


 一瞬、会場は水を打ったように静まり返った。が、すぐさま音楽が再開し、踊り子達は何事も無かったかのように舞い続ける。
 しかし、観衆はそうもいかなかった。広がる悲鳴やざわめき。皆があっという間に血相を変えて、右往左往し始める。

 杜夜世は、流星に短く耳打ちした。そして1人、勢いよく天幕から飛び出すと、舞台の裏手にある庭の垣根の合間を掻い潜って、敷地の外に出た。
 こんなことになるのではないかと、思っていたのだ。そのため、杜夜世はあらかじめこの事態をシミュレーションしていた。
 
 杜夜世は、思いっきり息を吸い込んだ。

「こんちくしょーーーーー!!!!」

 観衆を欺くには、まだ足りない。

「こんちくしょーーーーー!!!!」

 杜夜世は、この一座を守りたかった。例え、役人と繋ぎをつけられなくなったとしても、せめて『根治苦症を撒き散らす害悪一座』という醜聞は免れてほしい。

「こんちくしょーーーーー!!!!」

 その頃、流星は、天幕の外に躍り出て、こんな声を上げていた。

「通りに、根治苦症患者がいるぞー! 皆、敷地内から出るな!!!」

 すると、あっという間に観衆達は会場内に根治苦症患者が紛れていたのではないと思い込み、ようやく場の空気が緩み始めた。
 
 その場をなんとか立て直そうとしたのは、杜夜世と流星だけではない。舞台袖で踊り子達を見守っていた藤華(とうか)は、高らかに叫んだ。

「コンチュクレート!!!」

 これは、砂漠の民の言葉で『おめでとうございます』という意味だ。『こんちくしょー』と音韻は似ているが、砂羅万では全く別のおめでたい言葉である。
 すると、舞台の上の踊り子達は、藤華に続いて『府長、コンチュクレート!!』と歌うように声を上げながら、舞を継続した。

 次第に、会場のあちらこちらからも、『コンチュクレート!!』の声が上がり始め、最後には大合唱に。その頃には、観衆はまだ、杜夜世が仕掛けた薬の香りの効能を身体に残していることもあり、先程までの根治苦症騒ぎを気に留める者など、いなくなっていた。

 いよいよクライマックス。踊り子達が、リボンのついた棒を振り投げて華麗に受け止めるという大技を完璧に決めると、庭先の会場は再び大きな拍手に包まれた。

 こうして、一座の公演はなんとか無事に幕を下ろしたのである。

 海烈が府長と握手を交わし始めた頃、流星は気配を消して、周囲の様子を伺っていた。そして杜夜世のキャリーバッグを見つけると、そっと府庁の敷地を後にした。
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