強くなりたい、人並みに。 ~病弱美少女、旅に出る~

山下真響

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第一章 砂羅万編

第3話 到着

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 それから間もなくして、羽馬は#砂羅万#__さらまん__#の街へ到着した。

 砂羅万。ここは砂漠地帯の入り口に位置する。杜夜世の故郷、宝里からは最も近い大きな街だ。これといって産業や特産物などはないが、大昔から交易の中継地点として栄えてきた。
 
 杜夜世は、『強くなる』という目的達成のために、まずは資金準備が必要だった。そのため、この砂羅万の街で薬師として商売する予定だったのだ。

 羽馬が地面に降り立つや否や、客車からは、人々が蜘蛛の子を散らすように去っていった。中には、ご丁寧にも「あいつは根治苦症だ!」「銀髪の女に気をつけろ!」などと叫びながら走りゆく者もいる。

 杜夜世は、本日何度目か分からない溜め息をつくと、鞍から飛び降りた。そして、誰もいなくなった客車から、自分のキャリーバッグを引きずりおろした。

「何?」

 背後から視線を感じたのだ。杜夜世は、その視線の主、羽馬の流星に歩み寄った。

「さっきは、本当にありがとう。あなた……男前ね。これからもつらいことがあるかもしれないけれど、がんばって」

 杜夜世は、羽馬の顔に正面から抱きつくと、その目元にキスをした。


「やめてよ、こんな人前で」

「でも、あなた、羽馬でしょ?」


 その途端、流星はぶるっと身震いして、じっとどこかを凝視した。

「どうしたの?」

 杜夜世が、流星の視線の先を振り返ると、先程の御者が、少し身形の良い大男を連れて近寄ってきた。

「うちの羽馬に小細工したのは、お前か?!」

 大男は、杜夜世に怒鳴りつけた。近くにあった杜夜世のキャリーバッグは、彼に蹴り飛ばされ、少し離れたところに跳ね飛んだ。しかし、それ以上は杜夜世に近づいてこない。杜夜世が根治苦症であることを知っているからだ。

「杜夜世は悪くないよ」

 流星の声に、大男は激しくおののいた。羽馬が話すようになったとは知っていても、実際にそれを見ると、衝撃が大きいものなのだ。

「とにかくだ! こんな羽馬、もう商売に使えん。弁償しろ!」

 杜夜世からすると、羽馬がしゃべるなんて通常ありえないことなのだから、こんな珍獣、商売に活用できそうなものだ。しかし、ここで反論して騒ぎを大きくするのは得策ではない。なんとかこの街に根を下ろすことができないと、目的どころか、生きていけなくなってしまうからだ。
 杜夜世の所持金は少ない。また別の街に移って仕切り直すには、足代だけでも足りないだろう。


「だいたい、根治苦症の女を乗せた羽馬なんて、験が悪い。さっさと金を払って、これを引き取ってくれ!」

「私は田舎から出てきたため、お金をほとんど持っていません。稼げるようになりましたら、お支払いします」


 正直、杜夜世は、羽馬なんて要らなかった。世話もかかれば、餌代などの金もかかる。移動は楽になるかもしれないが、どこまで杜夜世に懐いて、言うことを聞いてくれるかなんて、未知数だ。けれど、これ以上大衆の前で晒し者になると、今後、商売する際に差し支えるのは目に見えている。もう、受け入れるしかなかった。

 大男は、杜夜世を舐めるように眺めた。


「1ヶ月だ。1ヶ月の内に金を持ってこなかったら、うちの店で働いてもらう」

「……分かりました」


 杜夜世は、この手の視線をよく知っている。直感的に『うちの店』とはどんな店なのかが理解できてしまい、本能的に大男から後ずさりした。

 大男は、御者をせっついて、1枚の紙を杜夜世に渡すように命じた。御者は、杜夜世のキャリーバッグのポケットに紙をねじ込むと、大男と共に逃げるように去っていった。

 停車場では、大勢の人が遠巻きに杜夜世と流星を見つめている。杜夜世は、流星の手綱を引っ張ると、予定していた下宿先を探して歩き始めた。

「ごめんね。あ……大丈夫?」

 杜夜世に、また発作が起きたのだ。今回は、「こんちくしょー」と言う前に、薬を飲み込むことができた。

「行きましょう。あなたは悪くないわ」

 流星は、羽を折り畳んで、杜夜世に引かれるままに大人しく歩き始めた。


* * *


 杜夜世の下宿先は、自転車屋の2階を予定していた。

「あんた……この銀髪! しかも、羽馬連れ……。根治苦症の女って、あんただな?! 帰ってくれ! うちが汚れる!!」

 停車場に根治苦症の女が現れた噂は、すでに広まっていたのだ。杜夜世は、前月に送金していた下宿先の敷金を回収しようと思ったが、自転車屋店主の勢いに負けて、すぐにその場を後にした。

 杜夜世は、流星の手綱を握りしめたまま、街のはずれを目指して歩いた。行く手には、野次馬の集団が何度も立ちふさがる。その間を分け入っては、視線や罵声に晒され続けた。

 そして、家々がまばらになり、砂漠とは反対側にある森林地帯の入り口の辺りに到達した頃には、もう陽が沈もうとしていた。

「流星、あなたはその辺の草でも食べておいて。私は……寝るわ」

 杜夜世は、これからのことを考えると、何かを食べるという気も起こらなかった。根治苦症のことで、トラブルが起きるかもしれないとは考えていたが、早速借金まで抱える事態になるとまでは、予想していなかったのだ。

 とりあえず今は、心身を休めて、目的達成のための作戦を練り直す必要がある。杜夜世は、森に入ってすぐのところに、ちょうど良い岩陰を見つけた。そこにキャリーバッグから出した厚手のマントを敷くと、本日のベッドは完成だ。

 横になって、目を閉じると、両親の顔や白雪の姿が浮かぶ。さすがに、到着早々こんなことになっているとは、彼らも思っていないだろう。そう考えると、情けないやら、恥ずかしいやら、悲しいやらで、涙が出そうになる杜夜世だった。

「砂羅万の夜は、案外冷えるよ。一緒に寝よう」

 食事を終えたのか、流星が杜夜世の元に戻ってきた。

「羽馬って、温かそうなだものね。そうするわ」

 杜夜世は、傍らに寝そべる流星の大きな羽に包まれた。

「ねぇ、怒ってるの?」

 杜夜世は、ここへ来るまでの間、ほぼ無言だったからだ。
 

「ううん。怒ってないよ。ただ……これからどうしようかと思って」

「なるようになると思うよ。だって、ほら。僕はあそこから解放されて、杜夜世のものになった。物事って、ひょんなことから良くなるものなんだよ」

「その反対もあるけれどね」

「一緒にがんばれば、なんとかなるよ」


 杜夜世は、羽馬に何ができるのかと問いかけたくなった。が、流星の澄んだ青い瞳を見ていると、その言葉はしゅわりと炭酸水の泡のように消えてなくなった。

「……早いけれど、もう寝ましょう」


* * *


 杜夜世は、薄目を開けた。もう空が白みがかっている。すっかり夜が明けていた。しかし、何か違和感を感じる。杜夜世が自分の腹部に視線をずらすと、そこには、杜夜世のものではない、誰か、人の腕が乗っかっていた。

「……?!」

 思わず、声にならない悲鳴を上げる。慌てて、周囲の景色を確認するも、昨夜から何も変わりはない。どこかへ連れ去られたというわけではなさそうだ。では、これは誰の腕?
 杜夜世の耳には、すやすやと安らかな誰かの寝息が届いている。杜夜世は、慎重に寝返りをうって、背後を返り見た。

 そこにいたのは、青い髪の男。しかも、裸。だが、見覚えのある鞍が巻きついている。杜夜世は、顔を赤くして、身体を硬直させた。

「あの……もしかして……」

 男は、少し身動きした後、ようやく目を開いた。

「ん……杜夜世、おはよう」
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